「えっ、ちょっ!?」
咄嗟に後ろへ後ずさるが、足をまた何かに引っ掛けて尻餅をついてしまう。
――やばっ……!
衝撃を覚悟してぎゅっと目を閉じる。地面を抉る鈍い音がした。続いてやってくる強い風。しかし、衝撃はやってこない。おそるおそる目を開けると、ちょうど開いた足の間に凹んだ跡が。どうやらうまい具合に避けられたようだ。体の位置があと数センチほど前だったなら、見事直撃していただろう。考えただけでぞっとする。いろんな意味で。
急いで立ち上がり、改めてシェスカのほうの様子を伺う。彼女は先程見た場所から動いていない。もがけないほどきつい拘束のせいで相変わらず動けないようだった。苦しそうに首から上を左右に振って、息のしやすいところを探している。
そんな彼女を捕まえている木の根っこに、獣少女のリーナはちょこんと座って、シェスカが動かせない手足をバタつかせる様を無表情で眺めていた。とりあえず危害を加えるようではないようで、少しだけホッとする。
ふと、こちらに気付いたシェスカの瞳が大きく見開かれた。
「っ、なにボーッとしてるの! 後ろッ!」
その叫びにハッとして振り返る。忘れるな、と言わんばかりに魔物が押し寄せてきていた。横っ腹に鈍い衝撃を感じて、頭の中が一瞬だけ真っ白になる。そのまま何処かに叩きつけられたのか、背中からまた衝撃が。
「ッは……! げほッ、げほ!」
息ができなくて思い切り咳き込む。苦しくて涙まで出てきた。本当に情けない、と自分に悪態をつく。−−またすぐに魔物が襲ってくる。ズキズキと痛む横っ腹をさすりつつ、ヴィルは剣を支えにして立ち上がった。
「ちっくしょ……見てろよ……! ぜってぇ仕返ししてやる!」
とは言ったものの、ヴィルの身体能力はさほど高くない。訓練された兵士のように、痛みに耐えつつすばやく動くだとか、そういう忍耐力も持ち合わせていないのだ。それでも、ヴィルはどうにかできないかと必死で頭を回転させる。
「えーと、えーと……! 木の弱点、木の弱点……!」
思いついたのは燃やす、ということだけだが、残念なことにヴィルに魔術の才能などない。ポーチをまさぐって出てきたのもたかだか数本のマッチ棒だ。
そんなことをやっている間にも、魔物はどんどんにじり寄ってくる。
ちらりと横目でシェスカの様子を見た。彼女の状況も何も変わっていないようだ。先程と変わらず身体を捻ってなんとか抜け出そうとしているが、拘束は一向に緩まる気配はない。
「こっの……! せめて媒介さえあれば魔術使えるってのに……!!」
どうにかしてシェスカの拘束さえ解けば、この状況を打開できるかもしれない。――腹を括るしかない。ヴィルは深く息を吸い込んで、ぐっと止めた。姿勢を低くして、前を見据える。
数は多いけど所詮はただの木だ。隙間もそれなりにあるし、動きは遅い!――となれば、
「前進あるのみっ!」
半分やけになりながら地面を蹴る。とにかく進め、それ以外考えるな。木の葉や枝が、ピシピシと体中を引っ叩いてくる。へし折れそうな枝は勢いに任せて叩き折った。
そうして転がるようにシェスカの近くまで辿り着いた。距離的には短かったが、体力的にはちょっとつらい。
「君、平気!?」
「大丈夫! ……って言いたいけど実はちょいしんどいかな、あはは」
シェスカの問いに笑って返すけれど、少し途方に暮れてもいた。ここまで来たのはいいけれど、問題はどうやって彼女を助け出すか、だ。
「抜けてきたんだ……ちょっとびっくり」
伏し目がちな瞳をぱちぱちとさせて、リーナはゆっくりとシェスカに向けていた視線をヴィルへと向けた。
「でも残念。ここに来ちゃったらきみも逃げられないね」
ふさふさした腕がすいっと持ち上げられる。彼女の爪がまっすぐヴィルを指した。
「走って!」
シェスカの声に弾かれるように、ヴィルは前に飛び出した。すぐ背後の地面から鋭く突き上げるように何本もの木の根が現れる。
「あっぶね……!」
後少しで串刺しになるところだったようだ。またしても背筋がぞっとした。本当にヤバい。恐怖と焦りのようななにかで、更に心臓が痛いほどに脈を早くする。
「気をつけて! その少女がこの魔物達を操ってる!」
「んなこと言われても!」
「多分、あの子さえ何とかすれば、魔物達は動けなくなるわ!」
「っ、黙ってて!!」
リーナは苛立ちを隠さずにシェスカに向かって叫んだ。彼女のそれに呼応するかのように、シェスカを捕まえている幹がぎりぎりと音を立てて絞め上げた。シェスカの口から、ぐっ…と、苦しげな呻きが漏れた。
それを一瞥すると、再びリーナはくい、と指を動かした。するとまた次々に地面からあの木の串が生えてくる。
ヴィルはそれらをなんとかかわしてはいるものの、時折足や腕を掠めていき、傷口から出るひりひりとした不快な熱が、余計に動きを鈍らせてしまう。
しかも、魔物はヴィルをリーナから遠ざけるように攻撃を仕掛けており、どうにかかわしながら今の距離を保つしか出来なかった。
「また突っ切るしかないのかよ、くそっ!」
ヴィルはうんざりしながらそう吐き捨てる。その時、ポーチの端から何かがはみ出ていることに気が付いた。
――そうだ。これなら多少は何とかなるかもしれない。
一か八か、試してみる価値はある。
chapter.3-28
world/character/intermission