chapter.3-26


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「おいおい、魔術師のクセにやるじゃねーの…。あのババアの報告と違うぜ」

「何のことかさっぱりわからないけれど、とりあえず大人しくしてくれるかしら」

 サキの喉元にブーツのヒールを突き付けて、シェスカは怜悧に言い放つ。少しでも動けばこのまま蹴り潰すとでも言わんばかりだ。普段のシェスカより容赦がない。虫を前にした彼女はこれよりもっと容赦がないけども。

「ねぇ、こいつなに?」

 その少し後ろに立っているセレーネが、彼女に向かってそう尋ねた。

「"奴ら"よ。ジブリールに潜り込んでたの」

「そう」

 セレーネは大きな瞳をスゥ、と細めると、細身のナイフをサキに向けた。

「サキはどこ? サキに何をしたの?」

「死んだぜ? オレが殺した。腹から内臓抜いて、トドメに首を刎ねた!」

 サキの姿をした人物は、自嘲気味に、しかし楽しそうに笑う。そんな彼を見て、セレーネは不機嫌そうな顔を更に歪めた。

「見え透いた嘘吐かないで。サキは死んでない」

「嘘だと思うなら、ヤツの執務室でも見て来いよ。今でも死体転がってるぜ?」

「セレーネ、そのことなんだけど…」

 このままでは埒が明かないと思ったらしい。シェスカがやれやれと口を開く。一瞬、彼女の視線から逃れたサキ(仮)の手が素早くガリガリと地面に何かを書いていた。

「油断してんのはどっちだよ!」

 サキ(仮)がそう叫ぶと、眩い光が彼ごとシェスカとセレーネを包み込んだ。

「シェスカ!」

 ヴィルは慌てて彼女たちを助けようと剣の柄を握り、一気に鞘ごと引き抜く。ゴーグルを下ろせばそれなりに眩しさもマシだろう。

「っらぁぁぁぁ!!」

 とりあえずサキ(仮)をぶん殴っとけばどうにかなる!そう決めて思い切り走り出した時だった。

 がっ。と足に何かが引っかかる感触。

「ぶっ!?」

 本日二度目の顔面ダイブ。ものすごく痛い。しかもゴーグルが顔に食い込んで目が飛び出るかと思った。
 一体何に引っかけたんだ…?
 そう思い、足元を見ると、いつの間にか地面のそこらじゅうに木の枝(いや、これは根っこか?)が張り巡らされていた。

「まぬけ」

 サキ(仮)たちを包んでいた光は、いつしか収まっており、ふわりとセレーネがヴィルと少し離れた場所に降り立つ。
 さっきと変わらない、傷ひとつない様子に少しだけホッとした。

「あれ、何ともないの?」

「わたしは」

 セレーネは短く答えると、すっ、と人差し指で先程までサキ(仮)がいた場所を指差した。

「セレーネ…! ついでに助けるくらいしてよ…!!」

「やだ」

 そこにはいつの間にか太い幹が生えており、絡みつくように伸びた枝が、シェスカをがんじがらめにしている。その隣にはサキ(仮)の姿はなく、代わりに浅黒い肌をした少年−−歳は自分より少し上だろうか−−がニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
 鋭い眼光に、あちこちに跳ねた色素のない髪。七分袖から伸びた彼の両手にはぐるぐるとボロボロの包帯が巻かれており、その上から枷のような黒い腕輪がはめられている。

「遅えぞ、リーナ!」

 彼がそう上を見上げる。釣られてその方を見ると、一際大きな木の上にちょこんと女の子が座っていた。十歳くらいだろうか。長いストールを首に巻き、白いノースリーブのワンピースを着ている。何故か手足がイヌかネコのようになっていて、長いの髪の隙間からは、ぴょこん、とふさふさした三角形の耳が出ていた。
 セレーネの翼といい、あの子の手とか耳とかといい、最近はそういうのが流行ってるのか?などとどうでもいいことを考えてしまう。

「アリスが呼ばないから来なかったんだもん」

 女の子は足と尻尾をぶらぶらと揺らしながら、可愛らしく頬を膨らませた。

「余計なモンが来て手間取ったんだよ! それからアリスって呼ぶな!」

 どうやらサキ(仮)の名前はアリス−−本人は嫌がっているようだが−−というらしい。アリスはごほん、と咳払いしてから、ヴィルたちを見ると、

「ま、この女捕まえたらあいつら用はねえんだけど、邪魔だから片付けとくか。特にあの金髪。マジうぜェ」

「またそんなこと言って。怒られてもリーナ知らないからね」

 ポキポキと指を鳴らして、アリスはこちらへにじり寄ってくる。


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