chapter.3-21


「あ、そうだ! 上にドラゴンがいるはずだけど、このままで平気なのか!?」

「あれは町の人を変に混乱させないためのもの。魔術でそこに見えてるようにしてるだけのニセモノ」

「詳しいんだな」

「もうすぐ着くから黙ってて」

 少女はもう一度翼を大きく羽ばたかせると、一気に加速して、どんどんと高度を上げていく。
 途中、何か膜のようなものにぶつかった感触がした。これが彼女の言っていた魔術なのだろうか。
 ジブリールを見上げると、もうそこにはさっきまでいたドラゴンなんて存在していなかった。土煙の正体がだんだんとはっきりしていくのがわかる。壁に沿ってカーブしている豪奢な建物から、それは立ち上っている。よく見るとそこ以外からも、あちこちで煙が上がっていた。
 煙の中でうごめいているものは、ドラゴンでもなんでもない。もっと身近でありふれたものだった。
 大きな樹が、動いて、建物を壊していたのだ。

「樹の、魔物?」

 意志を持っているように動く木々たち。それはまさに魔物のようだった。
 何人ものジブリールの隊員たちが、その魔物と戦っているのが見える。

「どうなってるんだよ、一体…?」

 高度はぐんぐん上がっていき、ジブリールの上まで到達していた。ようやくジブリールの全体の様子がわかる。
 壁沿いの一際大きく豪奢な建物、その正面には緑豊かな中庭と、広場――おそらく修練場かなにかだろう――が広がっており、太い木の幹や蔦がそれを蹂躙するかのように埋め尽くしている。そしてそこを囲うように、まるで貴族の屋敷のような建物が四つ並び、それぞれの外れには一回り小さな建物が一棟ずつ建てられていた。どれもこれも動く樹たちによってどこかしら破壊されており、ヴィルから見て一番奥にある大きな建物だけは、唯一その被害はマシなようだった。その一帯だけは何故か魔物の姿は見当たらない。

「…! おい、あれ…!」

 その大きな建物の付近に、見知った人影を見つけて思わず指差した。間違えるはずない。朱茶の髪に、剣士のようなあの格好…。
――シェスカだ!
 彼女は誰かに腕を引かれ、魔物を避けるように走っている。その姿にも見覚えがあった。オリーブ色の軍服に不揃いな長さの黒い髪。昨夜出会ったあの男だ。第一分隊隊長の、サキ・スタイナー。

「サキ!!」

「えっ、うぉわッ!?」

 少女がそう声をあげると、ぐん、とロープが引っ張られた。それまでのスピードとは比べ物にならないほど加速して、彼らの元へ急降下していく。
 地面がかなり近付いた頃、いきなりぱっとロープを離された。

「へぶっ!!」

 無様に顔面から地面に着地してしまう。勢いがあったせいか、ものすごく痛い。鼻血程度ですめばいいんだが。
 一方少女はふわり、と軽やかに着地していた。翼が光の粒子になって霧散する。

「サキ!」

 彼女は嬉しそうにもう一度声を上げた。感情が希薄そうに思っていたが、案外そうでもないらしい。まるで主人を迎える犬のようだ。
 サキと呼ばれた男が振り返えるまで、小さな間があった。振り返ったその顔は少し緊張したような、そんな表情を浮かべている。

「…! セレーネ!」

 少女の姿を見たシェスカの瞳が、大きく見開かれる。セレーネ。それが彼女の名前なのだろうか。いや、そもそもシェスカは彼女の知り合いだったのか。セレーネと呼ばれた彼女は不思議そうに首を傾げている。
 ヴィルは痛む鼻を擦りながら、立ち上がってシェスカの元へと駆け寄った。

「シェスカ! 無事か!?」

「あなたは…どうしてここに!?」

「ジブリールにきみを追ってる奴らがいるってブラン達から聞いて…それで報せなくちゃって思って」

 そこまで言ってから、シェスカに違和感がある事に気付いた。態度が少し変というか、どこかよそよそしい。
 一方セレーネもまた、目の前の人物に違和感を感じているようだった。



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