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「パルウァエ、ですか。この間魔物の大量発生があった地域ですねぇ」
朝食後、とりあえずこれまでのことをレタにかいつまんで話すと、彼女は紅茶を啜りながらそう呟いた。
さすがにシェスカが記憶喪失だの『器』だのという話は伏せたが、多分、あらかたのことは話しただろう。異常な魔物の原因がシェスカではなく、あのフードの二人組であるということだけは、何度も何度もしつこく話しておいた。
「あっ、そうだ! ジブリールの人、確か第一分隊のアシュリーって人ともう一人…、無事でしたか? それから町も…! 確か大量の魔物が向かってるってその時あいつら言ってたんだ! それから、師匠とローも…」
思い出せば出すほど、あの時のことを思ったよりも心配している自分がいて少し驚きだった。そしてそれを思い出さなきゃいけなかった自分の薄情さにも。
「ああ、アシュリーさんたちなら、現在うちのロゼ隊長がしっっかり治療してますよっ! 全治数ヶ月だそうですが、順調に回復しておりますっ!」
レタは明るくそう笑うと、まるで自分の事のようにえっへんと胸を張った。
「それから、町周辺の魔物はスタイナー隊長とガジェッド隊長が駆けつける前にはあらかた片付いてたそうだ。聞いた話だが、フライパン持った恰幅のいいご夫人が次々となぎ倒していったらしい。おかげで怪我人は出たが、死亡者も行方不明者もいない。君の師匠も、ローという人も無事だろう」
「うちの隊のやつらは、あのご夫人を見習うべきだな」とエグナーは苦笑気味に付け加えた。
フライパンを持ったご夫人とはきっとフランカおばさんだろう。彼が言うには、駐在している隊員が腰を抜かしてしまい全く役に立たなかったところを、そのご夫人がぶん殴って喝を入れていたとか。なんともフランカおばさんらしいその光景が目に浮かぶようで、思わず笑みがこぼれた。
「よかったぁ…」
なんだか一気に緊張が解けたような気分だった。べたん、とそのまま机に突っ伏す。ひんやりとした木の感触が心地いい。
「…シェスカにも教えてあげたいな」
巻き込んだ責任があるからって、オレを安全なとこまで送ろうとしていた彼女のことだ。きっとずっと気にしていたのだろう。みんな無事だったって知れば、彼女が背負い込んでいるものが少しだけ軽くなるかもしれない。
「では、ヴィルくんはしばらくお休みしてて下さいねっ! 我々は君をパルウァエへお送りする準備をしてきますので!」
レタはそう言うと、勢いよく立ち上がった。送る? オレを? この人たちが?
「えっ、いや、自力で帰れますよ!」
さすがにそこまで子供ではないし、アメリからサンスディアは橋の上なのだから、あの地下道さえ行かなければ魔物に会うことも少ないはずだ。それにサンスディアからパルウァエまでの道のりはそれなりにあるが、そこまで危険なものじゃない。
しかし、エグナーはヴィルの肩をぽん、と叩くと、
「君を家まで無事に帰すのが、我々がスタイナー隊長から与えられた任務なんだ」
と、首を横に振った。
「じゃ、私たちは一旦失礼しますね!お昼には戻ってきますので、御用があったらそこの…」
レタはそこで一旦言葉を区切ると、この部屋の出口の扉を指差す。開いている扉からひょっこりと青い軍服を着た腕が現れ、ひらひらと手を降っていた。
「うちの隊の者に言いつけてくださいね!それでは!」
それだけを早口で言い終わると、彼女はエグナーを引き連れそのまま去って行った。抗議する時間も質問する時間さえも与えないようだ。
「はぁ…」
本日二回目のため息を吐くと、ヴィルはぼすん、とベッドの端に横たわった。
帰れる。それは素直に嬉しい。師匠がいて、ローランドがいて、師匠に無茶苦茶言われながら、自分の研究をする。シェスカと出会う前まで続いていた日常に帰れるのだ。何も迷う事はない。
ゆっくりと目蓋を下ろす。ふと浮かんだのは、別れ際に師匠が言った言葉だった。
「…世界から目をそらさずに、真理を見つけてこい…か」
…シェスカ、『器』、『鍵』、魔物、怪しい二人組、記憶喪失、半年前。パルウァエを出てからの、色んなものがぐるぐると頭の中を回る。オレが見たものなんてせいぜいそのくらいで。目をそらすもへったくれもない、わからないことだらけで。
ふわり、と風がそよいだ気がして目を開けると、開かれた窓の奥に真っ青な空が広がっているのが見えた。それにそっと手を伸ばしてみる。届くわけがない、そう思ってもう一度目を閉じた時だった。
「やっほ!」
短い声とともにぱちん、と軽快な音を立てて軽く手に何かが触れた。
驚いて身体を起こすと、見知った顔が二人、爽やかな笑みを浮かべて並んでいた。
白と黒の髪。頬の刺青。強烈な違和感を放つ青い軍服。
「ブラン、ノア…!?」
「「はろー!」」
何故かジブリールの服を着た二人が、ひらひらと手を振っていた。
chapter.3-14
world/character/intermission