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コンコン、と軽く扉がノックされた。
ここはジブリール本部、第一棟の三階。第一分隊の隊長であるオレの執務室だ。オレ以外の人間などいない。それも当然。
今は深夜で、先程例の少女を捕縛して連れ帰ったばかり。他の隊員は現地で解散して休ませているし、研究熱心な第四分隊の連中はこの棟にはいない。少女もこことは違う棟であいつが見張ってる。クソ上司から押し付けられた残業をしているオレくらいしか、ここに残っていないというわけだ。
なのに、扉からノック音。不自然なそれに、対応するべくオレは声を上げた。
「誰だ?」
「第一分隊、テッド・モローです。至急隊長にご報告が」
扉の向こうからきびきびとした声が返ってくる。テッド・モロー、聞き覚えがない名だ。最近入隊したばかりの奴か。そう思いながら扉を開けた。
「お疲れ様です、隊長」
薄暗い廊下でひとり、テッド・モローは敬礼をした。変な形の黒い革製の額当てをつけているが、きっちりと軍服のボタンを全て留め、磨かれたブーツには曇り一つない。いかにも真面目そうな男だ。歳はまだ若い。少年と言っても差し支えないだろう。浅黒い色の肌が暗さでさらに黒く見え、ぎらぎらと光る瞳が、その格好とはかなり不釣り合いだった。
「なにかあったのか?」
「ええ、まあ」
えらく歯切れの悪い返事だ。それを疑問に思ったその時、視界がぐにゃりと歪んだ。
「これから起こるんですけどね」
テッド・モローの冷ややかな声が背後から聞こえた。
いつの間に。そう感じる暇もなく、腹に感じる異物感。続いてやってくる焼けそうな熱と、痛み。この感覚をオレは知っている。
腹を見下ろせば、そこから赤く染まった手が突き出ていた。
「…て、め…!」
「じゃあな隊長。いい夢見ろよ?」
テッド・モローは愉快そうに笑いながら、オレの腹から手を引っこ抜く。途端に鮮血が部屋中にまき散らされた。
ああ、もう、つくづく情報屋どもの情報は正確だな、ジブリールもオレをなんだと思ってるんだ。あとで追加料金払わせるからなあのクソガキ。
そんなことを心の中で悪態吐きながら、オレは意識を手放した。
chapter.3-9
world/character/intermission