声にならない声に






穏やかな午後の執務室。急ぎの仕事も特になく、書類を1枚片付けては、視線を窓の外に廻らせる…という非常に のんびりしたペースで仕事を進めていた。

そんな俺をどこか非難がましい目で眺めていた惣右介が、痺れを切らしたように口をひらく。

「隊長、もう少し落ち着いて仕事してくださいませんか」

「落ち着いとるわ。ちゃんと真面目にやっとるやんけ」


はあ、と、当て付けがましい溜め息を吐き出すと、惣右介は処理済の書類を揃えて立ち上がりつつ、言った。

「ギンと祐月三席が、そろって休みを取っているのが気になるんでしょう?…昨夜から、ギンは祐月三席のところですからね」

「……やかましい」


と、そこへ ひらひらと地獄蝶が目の前を舞う。

俺の指先に止まると、リサの声で がなり立てた。

『緊急や、真子!今すぐ八番隊に来ぃや!』


…………なんやねん、緊急て。

のろのろと立ち上がると、目の前に差し出される書類。

「八番隊に行かれるんでしたら、これお願いします」

黙って受け取ると、惣右介は何事もなかったように、また自分の席につき、黙々と仕事を再開する。


…………どないやねん、これ。




「きゃははははははは!」


八番隊の執務室前に立ち、中に声を掛けるべく、すっと息を吸った途端、部屋の中から けたたましい笑い声が聞こえてきた。

……って、この声は…………。

「平子真子ですー!開けますよー!」

扉を開けた途端、視界に飛び込んできた光景に、がっくりと肩が落ちる。

……………………ホンマ、勘弁してくれ。


おそらく、とっくの昔に酔い潰れたのであろう京楽隊長の傍らで、酒瓶を抱えて市丸を相手に何やら捲くし立てている砂南の姿。

と、俺に気付くと、こちらを向いて ぶんぶんと手を振る。

「真子ーー!!」

名前を呼ばれるままに、砂南の前に跪く。……って、酒臭っ。


「午前中、あたしが現世に行っとった間、この子らを引っ張り込んだみたいやねん、このオッサン。さっき帰ってきたら、この有り様や」

心なしか申し訳なさそうに言うリサに向かって、気にするな、というように片手を振ってみせる。

……もう、そんな気を遣う気力もあらへんわ。


「ほれ、帰るで砂南」

「えー、まだ呑むー」

「あかんわ!……って、オマエも、こんなんなる前に止めろや!」

と、科白の後半は市丸に向けて。

「砂南、こんな状態やから、オマエも帰れ。コイツを止めへんかった罰や、明日の朝まで自分の部屋で反省しとけ」

そう言い捨てて、砂南を背中に背負う。横暴や、とか何とか喚いている市丸を無視して、八番隊舎を後にした。



「えへへー……」

「ご機嫌やなぁ……」

背中にしがみ付く砂南の体温を感じながら、ゆっくりと歩を進める。

「ねぇねぇ、真子ー?」

「なんや?」

我ながら、気恥ずかしいほど優しい声になってしまい内心焦る。

……そう感じたのは俺だけではなかったらしく、白羽織を掴む手に力が籠められて。

「しんじ……」

小さく確かめるように呟かれた名前。

返事の代わりに、肩に乗せられた小さな手をぽんぽんと宥めるように叩いた。



(2009.11.01. up!)



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