おわりのはじまり・1 ベッドに寝そべって、ぼんやりと天井を見上げていた。 「もう、終わったんだなぁ……」 …………こんなに呆気ないものだなんて、思いもしなかったけど。 いろんな人に迷惑をかけて、100年も想い続けてきた恋の結末がコレ、って。 「うっわ、笑えねぇ……」 例え、血が繋がってなくたって。 ……やっぱ、あたしたち親子だよ、ギン。 もう涙すら出やしない。馬鹿みたいだよね、ホント── こみ上げてくる笑いは、いつしか病的なヒステリックさを伴って止まらなくなる。 もう……涙も、出ない…………。 「……馬鹿みたいだよね?あたし」 ねぇ、真子──── 不意に、ベランダの窓がカラリと開けられる音で我に返った。 「……無用心だねぇ。女の子が鍵も掛けずに昼寝なんかするんじゃないよ」 「弓親……」 気がつくと、窓辺にもたれて あたしを見下ろしている弓親がいて。 「あたし、寝てた?」 そう言って、大きく伸びをひとつ。 「……そんな大欠伸して何言ってんの」 ベッドの傍らに立って あたしを見下ろす弓親をぼんやりと見上げる。 「どうするのさ、これから」 「……どうしようかなぁ」 もう現世にいる理由はなくなってしまった。 バンドのメンバーも、もういい歳だし。同じ街に20年もいるのだ。……人の入れ替わりの激しい夜の街だってことと、手術で顔に手を入れることはおろか、性別すら変える人種すらいることを差っ引いたとしても────ロクに歳もとらないのを誤魔化すのも、いい加減、限界だろう。 「帰っておいでよ、十一番隊に」 十一番隊──── 更木隊長の元へ。隊長や副隊長、弓親や一角と。また、一緒に……。 「帰りたい、な……」 ぽつりと呟いた小さなひと言で、まるでダムが決壊するように涙があふれる。 「帰っておいで」 ベッドの端に腰を下ろす気配。枕に顔を埋めた あたしの頭を優しく撫でる手。 「……弓親が優しいと気持ち悪いよ」 「…………ホントに可愛くないよね、砂南ちゃんって」 涙声のくすくす笑いに憤慨してみせる弓親。……まるっきり、いつも通りの口喧嘩。 ひとりで現世に下りてきた時は、もう自分の居場所なんてない、くらいに思っていた。 …………いつもそうだ。 真子と離れるたびに、自分が大事なものを見過ごしていることに気付く。 ……だとすれば、これは罰なのかもしれない。 ちゃんと、あたしが前を見続けていたら、どこかでギンをこちら側に引き戻せていたかもしれないのに。 もしも、あたしが…………。 「……何もできないよ。あのチビにしてやられた、なんて考えるのは癪だけどね」 「弓親……」 「帰っておいで。そして、また隊長に鍛え直してもらいなよ」 十一番隊に、か……。だけど、あたしは……。 俯く あたしの目の前に、ぺらっと差し出された紙切れ。 「辞令。希望申請通ったよ。来月1日付で、十一番隊へ移動だってさ。……あ、色々と後片付けもあるだろうから、1日以降もしばらくは現世にいて構わないけど。だけど、一旦 戻って書類整理を手伝ってくれるとありがたいな。あの一連の騒ぎで、書類が尋常じゃないくらい溜まっちゃっててさ……」 「ちょ、ちょっと待って」 一気に捲くし立てる弓親を押し止めて。 ……“希望申請が通った”? 「あ、あたし申請なんか出してないよ?」 「出したでしょ?20年前に。あの時の書類が、保留の棚に入ってたの副隊長が見つけてさ、それが隊長の手に渡って。うちが合わなかった新入隊士が何人か移動の希望出してたから、そいつらを隊長の欠けた隊に回すからって、ゴリ押ししたんだってさ」 「はぁ……」 ……なんか物凄く目に浮かぶ光景だけれども。 でも、そうか。 ────帰れるんだ。あの場所へ……。 * * * * 「……真子ー?」 浦原商店の一室に寝かされている ひよ里。その傍らに、ぼんやりと胡坐をかいて座る俺の背後で、すっと襖が開けられる。 「……何の用や、リサ」 「夜一さんからの報告。…………砂南、尸魂界に帰るよ」 「そうか……」 振り返りもせず、上下する布団を見るともなく見つめている俺の背中に淡々と告げられるリサの声。 「ええの?」 「……ええんちゃう?」 「ふぅん……」 また静かに閉じられる襖。残るものは、規則正しい ひよ里の寝息と──僅かに落ち着きをなくした俺の心拍数と。 はっ、と息を吐いて。 「…………カッコ悪」 ふと見上げた視線の先。換気のためと言い置いてテッサイが開け放していった窓から見える空。その雲ひとつない青い空に、“時代がかった引き戸が丸く浮かんでいる”のが見えた。 見慣れた長い黒髪が、吸い込まれるように消えて……やがて、その戸も掻き消えた。 「さよならや、砂南……」 ────今度の別れの言葉は、伝えるべき相手に伝わらないまま……。 (2011.05.09. up!) <-- --> page: |