隠された真実・4




 
流魂街の外れ。

小さな花束を抱えたまま、あたしは ずっと立ちつくしていた。

目指す場所は、そこから ほんの数メートルほど先にあって、この数日の内に訪れているらしい乱菊の気配も微かに感じられる。

だけど――――



     *     *     *     *     



『ねぇ、砂南。アンタ、まだ一度もアイツのとこに行ってやってないでしょ?』

『乱菊……』

『ヒマな時でいいのよ。それに、そんなに遠くないわ。……なぁにぃ?あたしの建てたお墓には参れないっていうのぉ?』

『ちょ、ちょっと乱菊……その“アタシの酒が呑めないのか”みたいな絡み方やめて……』

思わず、酔って“大虎”と化した状態の乱菊を思い出し、思い切り腰の引けている あたしを見て、ふっと笑みを零す。

『……アイツも、きっと寂しがってるわよ。顔を出してあげて。それとも――』

と、あたしの顔を覗き込んで。

『…………まだ、ギンのこと許せない?』 

そう言って首を傾げて。さっきの強気な表情から一転して、どこか不安げな表情。それがなんだか、妙に幼く見えた。

……こういうとこ。あたしに怒られたあとの小さなギンに そっくりだ。

そう思って小さく笑って。

あたしは黙って首を横に振った。



     *     *     *     *     



……むしろ、あたしを許せないと思っているのは、ギンの方じゃないだろうか。


ふと視線を落とすと、そこには妙に真新しい小さなお地蔵様があった。

誰が作ったんだろう。まるで、わざと人目を忍ぶように そこにいるみたいだ。

数の大きい街では、小さい子供が生き抜いていくことは難しい。きっと、それを憂いている人が、ここにこれを置いたのだろう。


……優しい人がつくったんだね。


ふと思い立って、お地蔵様の前に花束をそっと置く。

「……かわりにもらってね?」

しゃがんで、そっと手を合わせて。


そんな風に祈る あたしの頭の中にいるのは、いつだって小さな頃のままのギンなのだ――



     *     *     *     *     



「あれぇ?砂南ちゃん、もう帰ってきたの?もう少し休憩とってていいのに」

眠そうに書類に向かっていた弓親が、ふと顔を上げて驚いたような声を上げた。

「……んー、食欲ないし。ひとりでボーッとしてる気分でもなかったし」

「へぇ……。あ、卯ノ花隊長から呼び出しかかってたよ。あとで行ってくればいい。こっちに戻ってきてから、いつもの検診受けてないでしょ?」

「あ、じゃあ今から行ってこようかな。まだ、休憩時間少し残ってるよね?……もし遅くなったら、その分は残業しますから!」

……と、後半の科白は隊長に向けて。

「おー、気にすんな。ゆっくり行ってこいよ」

更木隊長は、こっちも見ずに鷹揚に手を振る。

「……あ!砂南ちゃん待って、今は……」

何か言おうとしていた弓親の声も聞き流して執務室を出る。


……どうせ、また余計な ひと言を聞かされるだけだ。

そう思い込んでいた自分を後悔することになるのは、ほんの数分後のことだった――



    *    *    *    *    



「戻るで、ウチの隊になァ!」


ぱしん!と勢いよく病室の扉を閉めて。

「はよせえ!」

ずんずんと廊下を先に進みながらも、病室の方へ向かって怒鳴る。

「はいっ、平子隊長!」

先程までとは一転して生気の戻った返事を聞いて、俺は口許を緩めた。


……これで、藍染の残していった問題も、ひとつどうにかなってくれたらエエんやけどな…………。


滅茶苦茶になってしまった五番隊。……ことに、藍染の副官だった桃の傷は計り知れない。

100年前にヤツを止められへんかった分、現・五番隊の隊士たちを支えるのは俺の役目やろ……?

尸魂界を立て直すことに尽力すること。……それが、きっと砂南を守ることにも繋がる筈や。


と、ふと風に乗って鼻先に届いた香りに、思わず足が止まる。

「金木犀、か……」


この尸魂界での砂南との記憶は、ささやかで幸せなものばかりだ。

故に、砂南の抱えてる闇も、本気で気にしたことなどなかった。

気にする必要などないと思っていた。

……そんなん忘れるくらい、俺が幸せにしてやったらエエことやないんか…………?


けれど、今の俺は知ってしまった。

砂南の頭上に暗雲をもたらす市丸自身の闇を――


空座町の空で、ガキの頃の稽古以来 初めて剣を交えた市丸。


『アンタは なんにもわかってへんねん。なんにも、な……』
 
ガキの頃に言われた科白そのままに、淡々と紡がれる言葉。


『……教えたるよ。砂南ちゃんの本当の子供を殺したんは……ボクや』


薄い笑みを浮かべた唇。まるで表情の読めない瞳。

自分の言葉の意味が伝わったことを俺の目から読み取った市丸は、満足げな表情で哂う――


 
(2013.07.18 up!)



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