独占欲というものは案外強いもので


どかり、とそいつは俺の席の前の空いた椅子に腰を下ろすと、気怠そうに話しかけてきた。

「なー」
「なんだよ」

昼休みはまだ始まったばかりで、皆弁当を広げながらがやがやと話に没頭している教室ではそんな会話もすんなり溶け込んでいく。俺も早く食事にありつきたいのだが、如何せん俺の昼食は彼女が作ってくれるのでここにはない。その彼女を待っていたら話しかけられたのだが。

「お前さー、あの二年で一番カワイイって言われてる結城先輩とどういう関係なんだよ?」
「は?」

こいつは確かクラスメイトの一人、佐藤と言ったか、と俺の他人に関する数少ない情報を記憶の端から手繰り寄せていると、唐突にそいつはそんなことを口にした。
結城先輩。

(それってアスナのことか…!)

いつもは下の名前で呼んでいるからか、佐藤の言ったことがすぐには理解出来ず一瞬呆けた声を出してしまったが、すぐに答えに辿り着く。なるほど、こいつは俺とアスナの関係を知りたいらしい。
確かに平々凡々、ちょっとゲームに詳しいだけの一年男子と、廊下を歩けば誰もが振り向く容姿を纏った憧れの的である二年女子の共通点なぞ某ラノベやギャルゲーでよくある幼馴染みという設定ぐらいしかないだろう。しかし俺とアスナはそんなんじゃない。
となればどういう関係か。皆気にもなるだろう、俺だって同じ立場だったら少しくらいは気にもなる。多分。
俺とアスナが恋人、ましてやSAOの中では夫婦だったなんて、二人の共通の友人にしか言ってないので、あまり知られていない。
よくよく考えてみたら、それはアスナがフリーだと思われているわけで。

(むぅ…アスナが俺の知らないところで変な輩に誑かされていないか心配になってきた…)

アスナに限ってそんなことはないだろうが、万が一何かあったら。
そこで我に返ると、長い沈黙に訝しんだ佐藤が顔を覗き込んできた。

「おーい?桐ヶ谷?」
「あっ、わり、えっと」

頬をかきながら、なんと説明したもんかと悩む。彼女?いや、やっぱり。

「キリトくん!」
「!」

愛しの彼女の声が聞こえて、声の方を振り向くと、俺の分の弁当も持ったアスナが、微笑みながら控えめに手を振っていた。
横では佐藤が「う、噂をすれば…!」などと小声で呟きながらうっとりと見惚れている。よく見ればクラスにいるほとんどの人が扉の前に立つアスナをちらちらと視線を向けている。そして慣れているのか、気にもしないアスナ。
そこで俺はひとつ思い立ち、ちょいちょいと手招きしてアスナを呼ぶ。礼儀正しく軽く一礼して教室に入ってきたアスナは、俺の前まで来ると首を傾げた。

「どうしたの?キリトくん、お昼食べないの?」
「アスナ」
「?キリトく、」

疑問符を浮かべて俺の名前を呼ぼうとするアスナを遮って肩を抱き寄せると、俺は佐藤に振り返った。きっと状況を一ミリも理解していないであろう佐藤と、それからこっちを窺っているクラスメイト全員に聞こえるよう、大声で言った。もちろん笑顔で。


「この人は俺の奥さんだから、手は出すなよ?」
「え」
「ふぇっ…!?」


しん、と静まり返った教室を、呆然としたままのアスナの手を引いてスタスタと去っていく。
早くも俺の思考はすでに本日の昼食であろう、アスナの特製サンドイッチへと思いを馳せていたのだが、教室から聞こえた絶叫と悲鳴(恐らく校舎全体に響いた)を最後に、後ろから飛んできたアスナ渾身の一撃で――あいにく現実世界には犯罪防止コードなどは存在しなかった――意識は途絶えることとなった。


***


「バカバカ、キリトくんの大バカ」

アスナさんは大変ご立腹のようで。
理由は簡単だ。先日の牽制のために言った"アスナは俺の嫁宣言"のせいでしばらくの間校内では俺とアスナの話題で持ち切りとなり、周りからは野次やら冷やかしやらがとんできているからだ。

「だからあれは、その…、」
「……そんなにわたしが信じられないの?」

しかし原因はそれだけではなかったらしい。目を丸くしてアスナを見ると、アスナは頬を赤く染めながらスカートの裾をぎゅっと握り締めている。瞳は不安げに揺れていて、それを目にしたら抱き締めたい衝動に襲われた。

「ごめん。そうじゃなくて、アスナが心配だったんだ。ほら、アスナってモテるから」
「………そんなのキリトくんだって、」
「え?」

ぽそりと呟かれたアスナの言葉が聞こえずに聞き返すがアスナはなんでもないと言って、俺を見上げた。

「いいよもう…でももうみんなの前であんなこと言わないでね!」
「いただきまーす」
「ちょっとキリトくん!聞いてるの!?」

アスナのお願いには返事を返さずに昼食のメインのハンバーグに手をつける。今日の弁当も美味しいな、と話を逸らして内心で思う。
――だって牽制はしておきたいし。



独占欲というものは案外強いもので



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