たまにはこんな休日も



「新一くんを抱かせてくれ」
「へあっ!?」
「今君を抱えて町内一周とかしたい」
「れ、零さん…?大丈夫か…?」

 どうやら新一の恋人はお疲れのようだ。
 一週間ぶりに帰宅した降谷を玄関で迎えれば、早々に突然爆弾発言をかましてくれた。まさか外で性行為をるような性癖でもあったのかと戦慄して、とにかく詳しく話を聞かねばなるまいとリビングへ引っ張っていく。新一だってこんな意見の不一致で別れたくはない。

「で?どういうことだよ」

 降谷をソファに座らせ、キッチンに向かうとココアを用意する。すでに遅い時間だ。コーヒーよりこちらの方がいいだろうと思った末の判断だった。
 二人分のココアを作り終えると降谷の元へ戻り、マグカップを差し出しながら新一は呆れつつ尋ねた。疲れきって帰宅した降谷が突拍子のないことを言うのはこれが初めてではなく、過去にも何度かあったのだ。やれあのコスプレをしてほしいだの、深夜なのに遊園地に行きたいだの。己の顔の良さを理解しているのであろう、首を傾げてどうしてもと頼まれれば新一は断れなかった。そうして後日きちんとリクエストに応えてきたのだけれど。
 今度の願いがやらしい方面であればさすがに断ろうと新一がひっそり決意していると、ココアを飲んで少し落ち着いたらしい降谷が口を開いた。

「新一くん、お姫様だっこさせてくれ」
「は?嫌だけど」

 やらしいものではなかったが、新一は即座にノーの返事をしていた。
 お姫様だっこ。少女漫画によく出てくる、ヒーローの男子がヒロインの女子を横抱きにするあのシチュエーションを、降谷が。
 確かに降谷がやればそれはもう似合うのであろうと容易く想像できてしまう。だがその相手が新一。いや、自分以外の他人にやられても新一の心は複雑になるだけだが。

「零さん疲れてんだよ…今日はもう寝ろよ」
「やだ。君をお姫様だっこするまで寝ない」
「なんなんだよその横抱きに対する執着心」
「ダメ…?」
「ダメったらダメ。今日こそ零さんのその顔の攻撃には負けねえ」
「チッ」
「舌打ち!?てかやっぱり分かっててわざとやってたな!?」
「はあ……とりあえず風呂行ってくる」
「いっそ冷水浴びて頭冷やしてこい。あとオレはぜってえ嫌だからな」

 やれやれとまるで新一が聞き分けの悪い子どもだとでも言うように肩を竦めた降谷はのそのそと浴室へ消えていく。新一は何も間違ったことは言っていないのに平然とそんな態度をとるのはやめてほしい。
 ため息をついて、ソファの背もたれにずるずると沈んだ。今のうちに降谷に諦めてもらうための作戦を立てなければならない。シャワーを浴びているうちに正気に戻ってくれればそれでいいのだが、恐らくその期待は捨てるべきだとこれまでの経験から新一は学んでいた。彼は諦めが悪いうえに職業柄意識が朦朧とすることなど滅多にない。限界が来る前には最低限休息をとっていつでも正確な判断が下せるようにしている。つまり、いつでも真面目だ。ただ疲労が溜まるとちょっとぶっ飛んだ思考になるだけで。
 別の条件で我慢してもらうよう提示するか、いっそ強制的に麻酔銃でも打って眠らせるか。前者は降谷の気分次第だし、後者に至ってはそもそもちゃんと薬が効くのか分からない。さすがに恋人に試したことはないので、降谷の耐性が高く、打ったことがバレれば逆に新一の身体が危ない。主に喉や腰やあらぬところが。
 抱き潰されるリスクを考えるとやはり話し合いで解決するしかない。何事も平和な解決方法はそれに限る。

「新一くん」
「………れーさん、考え変わった?」
「ううん、全然」

 タオルを被った降谷に頭上から覗き込まれ、一応の確認をとっておく。しかし笑顔で否定されてしまい、新一は半目になった。

「髪乾かすよ」
「ありがとう。でもそれで誤魔化されないからね」
「………ダメか」

 まだ濡れそぼる降谷の髪を見て、その頭から新一はタオルを取る。ちょいちょいと手招きをして降谷を前に座らせると、さらさらと手触りの良いそのミルクティー色の髪にタオルを乗せてかき混ぜた。

「理由、聞かせてくれよ。零さんいっつも唐突なんだよ」
「あはは、ごめんね?」

 微塵も悪いと思っていないであろう声音の謝罪に、新一は指に少し力を込め髪をわしゃわしゃと乱してみる。だが降谷はずっと目を瞑り新一にされるがままで、なんだか馬鹿らしくなりすぐにやめてしまった。

「こう…仕事してたらさ…急に新一くんを抱きしめたくなって…」
「んじゃ普通に抱きしめればいいじゃねーか。なんでそこから横抱きになんだよ」
「だって新一くんロマンチストなところあるだろ?お姫様だっこの方がグッと来ない?」
「はあ?…………別に」
「今の間は?ちょっと思ったでしょ」

 する方はいいなと思っただけで、決してされる方で考えたのではない。新一は心の中だけで反論した。
 あらかた乾いた降谷の髪に満足した新一は、両手を広げてみせた。

「ん」
「新一くん?」

 振り返った降谷がぱちくりと目を瞬かせる。多分、新一のやろうとしていることは分かれどなかなかしないその行動に驚いているのだろう。
 新一だって降谷のことは大切で愛しい恋人だと思っている。ただどうしても素直になれない場合が多く、おまけにめいっぱい愛情をくれる降谷に返すのが精一杯で、新一から贈るのに慣れていないのだ。
 視線だけで早く来いと言ったのが伝わったのか、降谷はソファに移動し新一の胸の中に収まる。きっと早鐘を打つ鼓動は聞こえてしまっているだろう。

「なあ、本当にこれだけじゃ満足できねえ?」
「うーん……正直これだけでもかなり最高かな。…でも、ね」
「往生際の悪いヤツだな
「………こっちの台詞」

 背中に回していた手でとんとんと撫でながらどうにか誤魔化されてくれないかと思い悩んでいると、いつの間にかすうすうと一定のリズムを刻む呼吸音が聞こえてきた。まさかと思って降谷の顔を窺えば、アイスブルーの瞳はしっかりと閉じられている。

(おお……零さんが寝落ち……)

 珍しい事態に新一は心の中だけで驚嘆の声を上げた。しばらくじっと観察していたのだが、寝室へ移動した方がいいだろうと新一は身を起こそうとした。だが降谷の身体は動かせそうになかった。

(ええー…どうしよ)

 幸いこのソファは広くてふかふかと柔らかい。おかげでここで行為に及んだことも片手では数えきれない程だ。
 ならばもう、ここで寝ても問題はないだろう。新一は数秒でその結論に到達すると、もぞもぞと寝やすいよう体勢を変えて降谷を抱き込み部屋の灯りを落とした。おやすみ、と囁いて、瞼を閉じればあとは襲い来る睡魔に意識を手放した。





 寝返りを打とうとした身体が動かなかったことで、新一はぼんやりと目を覚ました。すう、と息を吸い込むと、大好きな香りでいっぱいになる。それが嬉しくて、新一は腕の中のものをさらに抱きしめる。

「おはよう、新一くん」
「……んん、れーさん…?」

 くすくすと笑いを噛みころしきれていない降谷が新一を見上げている。なかなかないそのアングルに、徐々に意識がはっきりしてくる。そうだ、動けなかった新一は寝室への移動を諦め、降谷とソファで眠ったのだった。

「ごめんね、こんなところで寝ちゃって」
「んーん。やっぱ零さん疲れてたんだろ?」
「そうだねえ…新一くんの前だとつい気が緩んじゃうのもあるけど」
「そうなの?」

 冷房の効いた涼しい室内で、降谷とくっついて過ごす心地の良い時間。そういえばと、新一は身体をずらして目線を合わせ、今さらながらの疑問をぶつけた。

「零さん今日は休み?」
「じゃなきゃこんなにのんびりしてないさ」
「それもそっか」
「君も休みだろ?どうする?どこか出かける?」
「うーん……」

 すりすりと擦り寄る新一に、降谷は頬を緩ませて新一の前髪を横へ流して額にキスを落とす。それを受け止めながら、降って湧いた恋人との休日について思いを馳せる。特に何も予定を入れていなかったので元々出かける予定はない。そういう日の一人の新一は大抵家に引きこもって読書をして過ごすことが多い。今日もそんな日になるだろうと思っていたところに降谷も在宅の休日。確かにデートとして街をぶらつくのも捨てがたいが、やはり思い切り降谷とくっついていられる家の方が、新一には魅力的に映った。コンビニで適当におやつを買い込み、レンタルショップで適当に映画を見繕って、各々適当にゆっくりする。そんな完璧な一日を降谷に提案する。

「いいね。新一くんとならどんなことをしててもいい日になるよ」
「…オレも。零さんがいればなんでもいい」
「ふふ、そう?今日の新一くんは素直だね」
「へへ、素直デーだよ」
「そんな日があったの?」
「たまーにあるんだよ」
「へえ、それなら……」

 のそりと起き上がった降谷に新一も続く。言葉の先を言わない降谷に首を傾げると、彼は新一の視線を受けてにやりと口角を上げた。

(あ、この表情は…)

 目にも止まらぬ早さで新一の脇と膝下に手を差し込まれた。思考が追いつかないまま一つだけ感じたのは、突如訪れた浮遊感。
 やはり執念深いこの男は、昨夜のことを忘れていてはくれなかったのだ。お姫様だっこをしたい、と宣ったことを。

「…っ!!ちょっ、零さん…!オレ許可してねえ!」
「寝室に運ぶのはこれが一番手っ取り早いんだよ」
「しん…しつ…?」
「君が素直なときにセックスするとどうなるのかなって気になっちゃった」
「は、ちょ、」

 先程話した今日の予定はどうなるんだ。まだ朝なのにそんなに盛るな。早く降ろしてくれ。こんなに軽々と持ち上げられるなんて、昨夜身動きすらとれなかった自分の腕力とは。
 言いたいことは山ほどあるはずなのに、降谷の熱を思い出すだけで腹の奥が疼くような感覚になってしまう。こうなるよう新一を仕込んだのは紛れもなく目の前の男だ。
 ぼすん、とベッドに少々乱暴にベッドに投げ出され降谷を見上げると、ぎらぎらと獲物を狙うような獰猛な視線が逃さないとばかりにしっかりと新一を捉えている。早く食べ尽くしてしまいたい、降谷の目はそう告げていた。

「新一くん、いい…?」
「そんな顔しといてよく言う」
「えー、俺どんな顔してる?」
「オレのことめちゃくちゃにしたいって顔、…んっ」

 降谷の輪郭をなぞるように指先で挑発すると、すぐさま噛みつくように口を塞がれる。もうここまで来てしまえば立てたばかりの予定はすべてパアだ。それでも降谷を拒むことなどできない。
 広い背中に手を回し、新一は身を任せることに決めた。



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