ひとりにしないで


「けどやっぱ…ダメだわ」
「オレに勝てるのはオレだけだ」


そう言った青峰くんの表情がずっとボクの頭から離れない。


ボクたちの最後の全中の決勝が終わったあと、ボクは引退を待たずにバスケ部を退部した。
耐えられなかった。あの空間に、空気に、必要とされないチームメイトとのバスケに。
このまま続けていたら、ボクはきっとバスケを嫌いになってしまう。そう思ったボクは自ら退部届をキャプテンである赤司くんに提出しに行った。


「…赤司くんは、」


最近のみんなはただただ勝つためにバスケをしていた。そこには楽しさも嬉しさも何もない。勝つのは当たり前。
青峰くんも練習をサボり気味になっていて、面倒だと思っているようだった。
ほかのみんなは練習には来ていても事務的なことしか話さない。前だったら笑いあって、互いに注意しあって、笑顔だったのに。それさえも消えてしまった。黙々と、練習するみんな。


「…バスケは、楽しい、ですか?」


答えは分かっている。赤司くんもみんなと変わらない。勝つことに執着しているだけ。バスケの楽しさなんて覚えていない。
それでも、もしかしたら赤司くんだけは、なんて可能性を信じたくて。
言うことが全てが正しいと言う赤司くんなら、なんて。


「別に。勝てればいいさ」


ああ、やっぱり。どうしてこんなことを聞いてしまったんだろう。
ボクは、引き止めてほしいのだろうか。
「黒子は間違っていない。また、一緒にやろう」なんて言葉を、待っているんだろうか。


「…そうですか」


自嘲気味に笑って、踵を返す。ドアノブに手を掛けてから、一度だけ振り返った。


「さよなら、赤司くん」


パタンと閉まったドアは、再び開くことはなくて。
追いかけてはくれない赤司くんに少しの落胆と、安堵を覚えた。
これで、ずっと閉じ込めていた想いも忘れられるだろう。


「…好きでした」


こっそりと呟いた言葉は誰にも聞かれずに消えた。


***


「黒子」


バスケ部を退部してから一週間、ボクはキセキのみんなから逃げ続けていた。
廊下の向こう側に姿が見えたら引き返して別の場所を通ったり、今まで会ったことがある場所はなるべく近づかなかったり、常にミスディレクションを使ってたり。
すると誰とも会わなくなり、ボクはクラスメートや友人の巻藤くんくらいしか話さなくなった。
ある日、ちょっとだけ油断して、図書室へ足を運んだ。もちろん完全に注意をといていたわけではないから、人の少ない朝を使って。
ボクの予想通り人はいなくて、図書室で一人朝のホームルームが始まるまで、と読書をしていた。
そのときだった。
耳に馴染む、ボクの大好きな声がボクを呼んだのは。


「…っ!?」
「やっと見つけた」


話しながら、彼は軽い足取りでボクに近寄ってきた。
そうしてボクの前まで来ると、黙ってボクの反対側の席についた。


「…あ、かしくん…」


ボクの声は震えていたと思う。それもそうだ。だって、一番会いたくて、会いたくなかったひとだ。
だから、彼にはとくに気をつけていたのに。


「久しぶり…一週間ぶりくらいかな?」
「そ…、ですね…」


ぼんやりと返事を返す。本は開きっぱなしだったけど、内容はちっとも頭に入ってこない。
だって頭はなぜ赤司くんがここにいるのかという疑問で爆発しそうだったから。


「黒子はほんとうに本が好きだな、こんな朝早くから」
「…」
「黒子?」
「…どうして、」


「ボクを探してくれていたんですか?」とは聞けなかった。


「たまたまだよ。今日は朝練がない日だから」
「…そういえば、そうですね」


空気が重い。赤司くんはいつまでここにいるのだろうか。
一度も目を合わせずに会話をしておそらく数分。ボクには数時間にも感じていたけれど。


「…みんな動揺していたよ。黒子が辞めたことに」
「は…」


そのとき思わず顔を上げた。赤司くんは窓のそとを見つめていたからやっぱり視線は交わらなかった。


「なんで、いまさら、」
「バスケでは皆黒子のことを必要としてなかったのは分かっていたし、認める。だけどね、黒子」
「…っ」


ボクに向き直った赤司くんの瞳は真っ赤で、久しぶりに見ても綺麗で、見惚れるものだった。
そんな瞳に射抜かれてびくりと震える身体を彼は一瞥して、目を細めながら言った。


「日常生活には欠かせない存在だったんだ」
「…嘘、ですよ」


だって、退部する前の数週間、ボクらは部活以外で一度も行動を共にしたことがなかったから。


「人はね、なんでも失ってから気付くものなんだ。大切なものに」


その、大切なものが、ボクだと…?赤司くんにとっても…?
そんなこと信じられるはずがない。だって、だって。


「ボク、は、…っ」
「…」


震える肩を、黙って見守りながら、頭を撫でてくれた赤司くんの手は優しくてあたたかかった。
人肌に飢えていたボクにはとても、とても嬉しくて。
しかも大好きな赤司くんからのものに、ボクは涙を抑えきれるはずがなかった。


***


「赤司くん…!」
「やあ、黒子。遅かったな?」
「すみません!ちょっとノートとるの、間に合わなくて…」
「はは、黒子らしいな」
「どういう意味ですか」


ぷう、と頬を膨らませて意見すれば、赤司くんはさらに笑って「ハムスターみたいだな」と頬をつついてきた。むう…話を聞いてない…。
あの図書室での出来事以来、ボクは赤司くんとよく会うようになった。
ボクと廊下ですれ違ったらちょっとだけ話したり、昼休みには屋上で一緒に昼食をとったり。
これはボクの思い上がりかもしれないけれど、赤司くんは赤司くんなりにボクを慰めてくれているのかな、なんて。


「お腹空きましたよね?今日はちょっと多めに作ってもらったので赤司くんにお裾分けしますね」
「それはお前が食べきれないから俺に押し付けてるだけだろ…」


呆れつつも「はい」と赤司くんの口もとに箸を持っていけば、ぱくりと食べてくれる。
いわゆる"あーん"のシチュエーションなのだが、このシチュエーションに酔っているのはボクだけなんだろう。そう思うと少しだけ虚しくなるのだが、仕方がない。こうして、共に過ごせるだけでも幸せなのだから。


「そういえば黒子」
「なんでしょう?」


もぐもぐとおかずを咀嚼しながら赤司くんに視線を寄越すと、「それ」と指差す赤司くんがいて、その行動が謎で首を傾げた。


「間接キスだな」
「…………え」


吹き出さずに口に入っていたものをごくんと飲み込めたことを誰かほめてほしい。
赤司くんは、いま、なんと言った。


「なんだ、気づいてなかったのか?というか"あーん"だなんて黒子も大胆というか天然というか」
「え、え、え、」


かああ、と一気に顔の温度が上昇していくのが分かる。
ボクが意識していた行為から意識してなかった行為まで指摘されていてもたってもいられなかった。


「その様子じゃ分かっていたのか?ああ、間接キスまで考えてなかったか」


クスクスと笑いながら明らかに分かっている風に告げる赤司くんにボクはもう降参と白旗をあげた。


「…そうですよ…」
「ふっ…。なあ、黒子」
「はい?」


恥ずかしくて俯いたまま返事をすると、途端に身体が重くなった。あれ、と顔を上げる間もなくその正体が分かった。
赤司くんがボクの身体を抱きしめていたのだ。


「あああ、あの」
「黒子」


耳元で囁かれる自分の名前に緊張で言葉を呑み込む。
どくどくとはねる心臓の音がどうか赤司くんに聞こえませんように、と祈って、赤司くんの言葉の続きを待った。


「俺はもう黒子を手放さないと決めた。だから、黒子もずっと側にいてくれ」
「っ!」


出会ったときから、一目惚れだったあの赤司くんにそう言われて"ノー"という選択肢があるはずもなく。
…そうでなくても言わせてくれないだろうけど。


「はい…!」







ひとりにしないで
(ボクはもう、きみがいないと生きていけないから)







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ダヤンさまに捧げます!いつもありがとうございます…´///`
六万打企画参加ありがとうございました!

黒子っちを支える赤司くん、でしたが支えてる…かな?支える=依存という勝手な解釈が出張ってこうなりました…。
不安ですが喜んでいただけると嬉しいです…!

※ご本人さまのみ返品、お持ち帰り可です。



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