君は絶対に守るから


「はぁ…」


黒子は靴箱を開けて中を見るなりひどく肩が重くなった気がした。きょろきょろと辺りを見回し、誰もいないことを確認してもう一度靴箱の中を見る。中に入っている靴と封筒を取り出し、靴を履き替えつつ封筒は鞄に突っ込んだ。


「テツヤおはよう」
「…!あっ、赤司くんですか、おはようございます」
「…?どうかしたのか?」
「いえ…?」


思わずどきりとして振り返るとそこには部活のキャプテンである赤司がおり、黒子は安堵してほっと胸をなで下ろした。その様子に赤司は鋭く気付いて黒子に問うが黒子はもう既になんでもないように振る舞っており、そこにはいつもの無表情な黒子が立っていた。
赤司は少しだけ違和感を感じつつも、なんでもない、と話を切り、今日の朝練について話し出した。


***


鬼と呼ばれる特別メニューをこなして終了した部活から帰宅した黒子は自室に籠もるなり、今朝鞄に入れた封筒をそっと取り出した。
封筒は白い大きめのもので、何かが入っているようだった。しかしこの中にはDVDと自分に宛てた手紙が入っていることを黒子は知っていた。何故なら黒子にとってこれが初めてではなかったからだ。


「今日で一週間ですか…」


一人ぽつりと呟いてかさりと封筒を開いた。
中にはびっしりと紙いっぱいに書かれた愛の言葉が並んでいた。それは全て黒子の昨日の様子についてであり、あのときの仕草が可愛かった、あの場面ではこうするべきだった、とまるで監視しながら書いたようなものだった。最初は気味が悪すぎてトイレに駆け込んでしまったが、次第に慣れていき一週間経った今では平然として読めるようになっていた。


「こんなものに慣れたくはなかったんですけどね…人間の順応力とはつくづく恐ろしいものです」


黒子は大きく息を吐き出すと気持ちが悪いのには変わりはないそれを、またそっと封筒へ戻し、次にDVDをじっと見つめた。今までもDVDは入っていたが、未だに怖くて見れていなかった。


「見てみる…べきでしょうか…」


ぐっと空いた拳を握り締めるもやはり見てみるという勇気はあらず、それも封筒に戻していつものように引き出しの奥へと仕舞い込んだ。


***


ここ一週間、黒子の様子がおかしいと最初に気付いたのは赤司だった。いつもなら部活に来るなり、無表情だった顔に笑顔が増え、楽しそうにバスケをしていた。
ところが最近は部活に来ても、気掛かりがあるような顔で辺りをきょろきょろとしている。それも徐々に回数が増えてゆき、今日はバスケに集中出来ていなかった。
流石にここまで来るとキセキ全員がその異変に気付いた。


「テツのことだけど」
「黒子っち…、最近おかしいっスよね」
「やはり涼太も気付いていたか」
「というか全員とっくに気が付いているのだよ」
「あんなに分かりやすいのに気付かないとかないでしょ〜」


黒子のことを心配している全員で緊急会議が開かれた。赤司がリーダーとなり、何があったか知らないか、と問うも誰もが黒子に何があったのか知らず皆首を横に振った。


「青峰か赤司に相談していたかと思っていたのだよ」
「オレはなんも聞いてねーよ」
「赤ちんも〜?」
「あぁ…。…そういえば昨日の朝、テツヤと靴箱で会ったんだが妙に怯えた表情をしていたな…」
「まじかよ!」
「あの…」


赤司が昨日の出来事を思い出し、ぽつりと漏らすと青峰ががたりと立ち上がった。赤司も話をしながらもしかしてそれが関係しているのかと思案していると、黄瀬が神妙な顔つきでそろりと手を挙げた。


「どうした涼太、心当たりでもあったのか」
「いや…分かんないんスけど…」
「黄瀬、もったいぶらないでさっさと言うのだよ」
「黒子っちさ、よく体育館とか更衣室見回してるっスよね?」


それを聞いて、肯定を表すように皆がこくりと頷く。様子がおかしいと気付いた原因でもあるそれは、いっそ挙動不審のように忙しない様子なのだから。
そこでふと思い出したのか青峰が黄瀬を遮って口を開く。


「あー…そういやテツの奴、教室や廊下でもそんな感じだわ」
「え〜なんで峰ちんそのこともっと早く言わないの」
「うっせ、最近それが普通だったから特に気にしてなかったんだよ」
「やっぱり…」


黄瀬は考えていたものが繋がったのか表情は何かを確信したものになっていた。


「黄瀬…?」
「オレ、モデルやってるからそういうのよく聞いたりするんスけど、たぶん、黒子っち、ストーカーにあってるんじゃねーっスかね」
「ストーカーだと…?」


黄瀬の言った言葉を繰り返した赤司は眉を寄せた。そして昨日の朝の黒子の仕草を思い出す。


「そう言われてみれば思い当たることが幾つかあるな」
「オレもなのだよ」
「視線感じると思ってたのそれかな〜」
「あれファンの子かと思ってたっスわ」
「モテ期じゃなかったのか…」


青峰は全員のそれはないわ…、という視線を一斉に受けたとかなんとか。
何はともあれその可能性が大になったため、黒子に直接確認することになった。公平にじゃんけんで決めた結果、赤司がいくことになり、他の皆は練習を開始し、赤司は一人更衣室に待機することになった。


***


ばたばたと廊下を走りながら体育館へと急ぐ。
先程黒子の机の中にまた例の封筒が入っており、予想外の出来事に動揺してしまっていた。いつもは朝の靴箱にしか入っていなかったのだから当然だった。
しかしそれが部活を遅刻していい理由にはならない。それにキセキたちには知られないよう隠しているため、尚更だ。さて、言い訳はどうしようか、ペナルティはどれくらいになってしまうのだろうか、と考え事をしながら更衣室のドアを開けるとそこには既に練習を始めているはずの主将の姿があった。
赤司は仁王立ちのままにっこりと微笑み、その後ろにどす黒いオーラを感じた黒子は一歩退いてしまった。


「あ、赤司くん…?練習は…」
「とっくに始まってるよ」
「ですよね…ではなんで赤司くんは」
「テツヤ」


威圧感のある声で名前を呼ばれ、黒子は身体をびくつかせた。


「は、はい」
「隠してること、全部話してくれるね?」
「!な、なんでそれをっ…」
「やっぱりね…」


黒子はやってしまった、と口元を押さえた。赤司はカマをかけていたのだ。
黒子は俯いてこのまま話してもいいのだろうかと思い悩む。今まで隠していたのは迷惑を掛けたくなかったからだった。しかしそんな黒子の考えをお見通しらしい赤司は心配するな、と優しく話を促した。


「…本当は皆さんに黙っているつもりだったんですけど…っ」
「うん」
「最近、毎朝靴箱に変な封筒が入れられてて…」
「うん」
「その中には手紙とDVDが入ってるんです。DVDは、まだ見たことないんですけど…、手紙にはびっしりと、その、監視してたような言葉が書いてあって…。それで最近よく視線を感じるなって…っ」


黒子はそこまで話したところで何かがぷつりと切れた気がした。それを期にぽろぽろと涙がこぼれ出た。今まで我慢していたものが全て溢れ出るような、そんな勢いだった。
嗚咽を出して涙を流す黒子に赤司は目を細めて、ここまで参るような状態だったのに気付かなかった自分に舌打ちをしそうになり飲み込んだ。そんなことより一刻も早く黒子のストーカーを見つけなければ。


「事情は大体分かった。すまない、嫌なことを話させたな」
「ひっ…うっ…いいんです…こちらこそっ…ボクの所為でこんなことに巻き込んで…っ」
「巻き込まれてなんかいない。テツヤがこんな目に合ってるんだ、見逃すわけにはいかないだろう?」
「……ありがとう…ございます…」


黒子はそこでようやくいつもの笑顔を見せた。久々の心からの笑顔だった。


***


「…というわけらしい」


今日は用事があるから、とキセキ以外の部員を早退させてから(職務乱用という)、赤司は残っている全員を部室へ集めて事情を話した。黒子も赤司の隣にちょこん、と座り、紫原から貰ったまいう棒バニラ味を頬張っていた。


「許せねえ…オレが殺る」
「嫌な予感が当たっちゃったっスねえ…黒子っちを泣かすなんていい度胸してんじゃん」


青峰は怒り狂い、黄瀬も同様でいつもの語尾が消えている。


「待て、落ち着くのだよ青峰、黄瀬」
「まだ犯人分かんないから捻り潰せないし〜」


そう言いつつも緑間はラッキーアイテムのネームペンを真っ二つに折り、紫原はお菓子を食べるスピードが速く、落ち着いている様子ではない。


「お前らもだ。…大丈夫だ、ある程度目星はついてる」
「本当っスか!?さすが赤司っちっスね!」
「で、どこの誰だよ。テツにんなことすんのは」


赤司の発言に二人が食いつくが、一向に口を開かない。その様子に訝しんだ緑間が声をかける。


「どうしたのだよ赤司。目星がついているのなら簡単だろう」
「いや、」


言い淀む様子を見せる赤司に周りは困惑して顔を見合わせる。黒子もどうしたのだろうか、と顔を覗き込もうとした瞬間、赤司はにっこりと、それはもう最高の笑顔で言った。


「どういう罰を与えたらいいかと思ってね」


その場にいた全員はああ、やっぱり赤司だった、と思うのだった。


***


次の日の早朝、ある一か所の靴箱へ近づく影があった。影は一人ごそごそと誰かの靴箱を開けて何かをしているようで、他に人がいれば怪しまれていただろう。しかし今は早朝でまだ誰も登校していない。その為周りには人がいない、はずだった。


「ねえ、何をしているんだい?」


静かな廊下にその言葉が響いた。さっきまでごそごそと何かをやっていた人物は突然現れた気配と響いた言葉に驚いたようで、バッ、と振り返る。
そこに立っていたのは赤司だった。
やばい、とその人物、男は慌てて赤司とは逆方向へ逃げようと駆けだした。しかしそれは靴箱の影から飛び出した足によって転ぶことになってしまった。


「な…、なんでお前がここに…!」
「なんでって、そんなのお前が一番分かってんだろ」


青峰が顔を出す。その後ろからは黄瀬、緑間、紫原と続いた。
男は完全に包囲されてしまったようで、じりじりと追い詰められた。


「俺になんのようだ!」
「だーかーらー、お前が一番分かってることだって言ってんじゃないスか!」
「今更誤魔化しても無駄なのだよ」


黄瀬と緑間が追い打ちをかけるように詰め寄る。紫原は睨みつつ隙を作らないようにしている。


「お前、テツヤを泣かせただろう?」
「何言っ、てるんだよ、テツヤたんが、」
「テメェの汚ねえ口から黒子っちの名前出すんじゃねえよ」
「正論だな。まず名前呼びというのから納得出来ない。その上にその不愉快な呼び方はやめてほしいな」


がん、と思い切り足をぶつけて怒りを表に出す赤司に、男がたがたと身体を震わせて、歯をがちがちと鳴らしている。


「お前が行ってきたことは全部知ってるよ。2年4組の…」
「ヒィッ!ごめんなさい!ごめんなさい!!」
「おい聞けよ」


青峰は苛々とした口調で話しかけたが、ただ怯えるだけの体制になった男はもう謝罪の言葉しか口にしていない。
はあ、と赤司は溜め息を吐いた。つまらない、と。もっとじっくり痛めつけてから絶望の淵へ落とそうとしていたのに。こんなになってしまった人間はもう何も変わらないだろう。
くるりと踵を返した赤司に紫原が声を掛けた。


「あれ〜?赤ちんもういいの〜?」
「あぁ。こんな奴に構う時間など僕にはない」


それを聞きとった男はどこか安堵したように息を吐きだしたが、次に紡がれた赤司の言葉によって男は息を呑むことになった。


「だから、あとは好きにしていいよ」


それを聞いた黄瀬、青峰、緑間、紫原は、まるで枷が外れた猛獣のような目つきを浮かべて男に向き直った。そのあとのその男の行方はキセキのみぞ知る。


***


カチャリ、と開かれた扉に黒子は慌てて顔をあげた。朝早くに赤司に呼ばれて、ずっとここに待機していたのだ。
赤司の顔を見て安心したのか、黒子はほっ、と息をついた。


「良かった、赤司くん。無事だったんですね」
「当然だよ。もう全て終わったんだ。これで今まで通りまた過ごせるだろう」
「赤司くん…本当にありがとうございました…」


瞳を伏せて、ゆっくりとお礼の言葉を呟く黒子はもう不安な心は残っていないようだ。その姿を見て赤司は微笑む。
今回のことで黒子がどれだけキセキの面々を大切に思っているかを身をもって知った。
しかしそれはこちらも一緒、黒子にはずっと笑ってもらいたいのだ。


「ねえ、テツヤ」
「はい…?」


赤司はそっと心の中で誓った。もう絶対にテツヤを危険な目には合わせない、と。どんな些細な変化も見逃さないようにずっと見守って、そばに置いておこう、と。


「もう、安心していいよ」







君は絶対に守るから
(絶対にだ)






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朔夜さま、リクエストありがとうございました!
なんか最後赤司くんがヤンデレっぽくなっちゃってすみませんんんn
いやでもstkされる黒子っちを書くのは楽しいですね!(ゲス顔)アッスミマセン

こんなもので申し訳ないですが喜んでくださると幸い、です…!

※ご本人様のみお持ち帰り、返品可となります。


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