きみの名を呼ぶ


赤司がその事に気付いたのは、いつものような部活の練習風景の一コマだった。


「黒子っち〜」


ベンチで黒子が休憩しているところに黄瀬が騒がしく近寄ってきた。多少眉を顰めつつも、元教育係としてはどうしても放っておけず、そんな自分に甘すぎるだろうかと溜め息を吐いてからなんですか、と答えた。


「青峰っちがひどいんスよ〜」
「はあ」


やっぱり面倒臭そうだから関わりたくないな、と判断したところで青峰がドタバタと駆け寄ってきた。


「黄瀬ェ!何勝手にテツのところ行ってんだ!」
「別にオレが何処に行こうが勝手じゃないスか!」
「あの、うるさいのであっちでやってくれませんか」


今度は盛大な溜め息を吐いた黒子。傍でぎゃんぎゃんと騒がれてはたまったものじゃない。
そこに3Pの練習を終えてやってきた緑間だったが、二人を見て顔をしかめた。


「こいつらは何をやっているのだよ」
「知りませんよ。いつものくだらない事で喧嘩じゃないですか?」


緑間はそれもそうだな、と言って黒子が座るベンチの隣へ腰掛けた。


「それよりも黒子、また倒れていたのか。お前のその体力のなさは異常なのだよ」
「誰が異常ですが誰が。異常なのは君たちですよ。一般人のボクと比べないでください」
「黄瀬ちん、峰ちんうるさい〜」


黒子と緑間までもがあーだこーだ言い争っていると、黄瀬と青峰のせいで集中力が切れたのか紫原がのそのそと黒子たちのいるベンチへやってきた。
近くにあるお菓子袋をがさごそと漁り、まいう棒数本とポテチの袋を取り出すと、緑間とは反対側の黒子の隣に座った。


「黒ちん、昨日美味しいまいう棒の新味見つけたよ〜」
「なんと。実はボクも紫原くんに教えたいお菓子が…」


そう言って今度はお菓子トークに花を咲かせ始めた―実際に緑間には周りに花が浮かんでいるように見えたという―帝光中バスケ部の妖精組を見守りつつ緑間は横目で、未だ喧騒を繰り広げている馬鹿二人に呆れたように眼鏡のブリッジを押し上げた。

そして、その様子を微笑ましく眺めていたキャプテンもとい赤司は自分も黒子の元へ向かおうと呼び掛けようとしたところである事に気付いて、ふと動きを止めた。


(黄瀬は黒子っちで青峰はテツ、紫原は黒ちん。それから緑間は俺と同じように黒子…)


キセキのメンバーが黒子の事をそれぞれ渾名で呼んでいる事に。
緑間は渾名で呼ぶなどそういうタイプではないし、赤司自身も同じだ。だから黒子の呼び名が被ってしまっている。
一度気付いてしまうと無性に気になりだして、何かないかと思案し始めた。


(しかし渾名なんて思い付かない…ならば他に呼び方はないだろうか…。黒子テツヤ…、あ、)


そこでようやく他のキセキたちが呼んでいない呼び方を見つけた。


(テツヤ、テツヤがあるじゃないか。何故こんな簡単な事を見つけられなかったんだ)


早速呼んでみようか、と赤司は一人静かに口許を緩めた。


***


「黒子っちー!先行ってるっスよー!」
「あんま時間かかってっと帰っぞ」
「じゃあな」
「黒ちんまたあとでね〜」


黒子たちが今日マジバに寄って帰ろうと話していると、赤司が黒子はちょっと残れ、と言い出した。
その一言でしん、となるもすぐに空気を読んだ四人はいそいそと先程のセリフを吐いて逃げ帰ってしまった。畜生、マジバで覚えてろよあいつら、と内心毒をつきながら赤司と二人きりになる。
何かをやらかしてはいないはずだから怒られる事はないだろうと黒子は赤司の向かい側の椅子を引いた。


「それで、用事とはなんでしょう、赤司くん」
「…」


はて、と黒子は首を傾げる事になった。あの赤司が何かに躊躇しているようだったからだ。


「……、あの…赤司…くん?」
「…テツヤ」
「はい。……………え?」


黒子は耳を疑った。今赤司は何と言ったか。名前を呼ばれ、無意識に返事をした。そう、名前を、呼ばれた。今まで両親しか呼ばなかった名を、だ。


「赤司くんいま、」
「うん、これだ。今日からテツヤと呼ぶ事にする」


赤司くん一人で納得してないで状況説明しやがれくださいなどと思っている黒子には微塵も気付く様子を見せず、うんうんと頷いている赤司。


「…どうしたんですか急に」


黒子はイグナイトをかましたくなる思考をぐっと抑えてなんとか質問した。その声に疲れたという色を滲ませて。


「あぁ、すまない。テツヤには何も言ってなかったな。今日お前らを見ててお前らがテツヤの名前を呼ぶのは全員違うと気付いたからな。でも俺は緑間と被ってしまっていたから他に何かないかと考えたらまだ名前を呼んでる奴がいない事に気付いてね。だから今日からテツヤと呼ぶ事にした」
「はあ」


なるほど、分からん。黒子には理解出来なかったがもうなんでもいいやと半ばやけくそになって曖昧に返事を返して現実から逃れるのであった。


(そんな事より…、はやくマジバのバニラシェイクを飲みたいものです…)







きみの名を呼ぶ
(ただの自己満足です)







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赤司くんが名前呼びになった理由を考えてみた。
ちなみに他のキセキも名前呼びになった理由は「その方が威圧感があった」みたいなとかでしょうかね、名前呼びにビビるキセキたち…(^-^)


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