ゼロから始める祝福生活02



「なあオットー、きょうのべあこを聞いていかないか」
「朝のニュースでやってそうなほのぼのとしたタイトルつけてシスコン話しようとするのやめてくれませんかねえ!?」

 朝の挨拶すらせずに、靴箱で会った親友へ真剣な顔で告げる昴へ元気なツッコミが返ってくる。今日も彼、オットー・スーウェンはうるさい。
本人に知られれば全力で誰のせいだと訴えられるようなことも、昴の心中だけならば言いたい放題だ。

「ナツキさんがベアトリスさん溺愛なのは前世から知り尽くしてることですから今更いりませんって」
「まあまあそう遠慮せずに」
「話聞いてます!?」

 そう、彼も例に漏れず前世の記憶がある。そして。

「おはようスバル。今日も元気みたいだね」
「全く、こんな清々しい朝くらいは静かにできないのかね」
「おお、はよ、ラインハルト。あと煩いのはオットーだけだから勘違いすんじゃねーよユリウス」
「ふむ、そうだったのか。これは失礼した」
「おーおー、素直でよろしい」
「なんで僕だけが騒がしいってことになってるんですかねえ!?」

 喚くオットーに苦笑するラインハルトとユリウス。この二人もそうである。

「ふふ、今日もすごーく仲良しなのね」
「大勢で靴箱に集まるのがどれだけ周りに迷惑かけてるか分かってないのね、バルス」
「スバルくん、おはようございます!」
「おはようラム、レム。エミリアたんもセーラー服似合うね」
「私、入学してもう一年近く経ってるんだけど…スバル……大丈夫?」
「今頭の心配された?でも頭の心配してくれるエミリアたんも天使…!」

 続いて登校してきたエミリア、レムとラム。もちろんこの美少女三人も。
 前世の記憶を持ち、過去に異世界で交友のあった者たちは物の見事にこの中学校で集結していた。
 かつて政敵であった者たちは、今やクラスメイトに後輩に教師に。なんとまあ愉快な世界になってしまったのだ。

「改めて冷静になるとかなり面白いな。オットーが学ラン着てるとかウケる」
「独り言なら人を巻き込まないでくれます!?」

 こんなやり取りがこちらの世界でできるようになるなど、部屋に引きこもっていたあの頃の昴には想像もつかないだろう。
 ひとりでに頷きながら足を進め始めた昴に続くように、みんなも移動を始める。ちなみにこの顔面偏差値の高さにより、遠巻きから他の生徒たちからの熱烈な視線をビシバシと感じるのが日課となっている。慣れているのか意にも介していないのか、皆平然としているのだが、凡人である昴としては内心冷や汗ものだった。昴の知らない間に彼女らにファンクラブなどが出来ていたとして、いつか刺されることになったらどうしよう、というのが専ら最近の悩みである。
 そんなことをつらつらと考えて教室へ向かっていた道すがら、ぽつりとラインハルトが口を開いた。

「そういえばスバルは課題、きちんと終わらせてきたのかい?」
「………え?」
「その反応、もしや忘れていたのかな?いくらこの国は平和だろうと、その表情だけで判断がつくような迂闊さは如何なものかと思うのだが」
「だああ!!うるせぇな!?そうだよ忘れてたよ!!」
「開き直りましたね」

 眉を下げられ呆れられそっと首を振られ。友人たちの似たような反応に、昴はぐぬぬと言葉を詰まらせた。
 ラインハルトが言ったように、一昨日の数学の授業では課題が出されていた。授業の最後にノートを集めるとのことで、それが提出できなければ成績に減点もありうる。おまけに教師は少々厳しい面がある。昴は焦燥に駆られた。なにせ授業態度があまりよろしくない。つい居眠りをしてしまったこともすでに片手では数えられないのである。この上課題未提出となれば間違いなく減点は免れない。
 ──もう手遅れ、という可能性は考えないでおく。
 教室に辿り着くなりすぐに席につき、昴は鞄から数学の教材を取り出す。一応やる気ではあったので貼っておいた付箋を目印に件のページを広げた。
 が、昴が今から取り掛かって、二限目に入っている授業までに解き終わるとは到底思えない問題を前に呆気なく撃沈した。

「オットー、俺たち親友だろ?だからノートを見せてくださいお願いします」
「こんなときに親友持ち出すってことが親友じゃない気がしますがねえ!?」

 そこをなんとか、と隣の席であるオットーの方を見ようと顔を上げた昴が見たのは、エミリア、レム、ラインハルトにユリウスまでが鞄からノートを取り出している光景だった。

「あのね、スバル。ほんとは良くないことだって思うんだけど、普段スバルにはすごーくお世話になってるから…今回だけ特別に、ね?」
「レムはスバルくんの為ならいつでも大丈夫です!」
「僕もスバルに頼られるのは嬉しいよ」
「これで君に貸しをつくるのも悪くないかと思ってね」
「えっ……どうしようオットー!俺こんな善意に慣れてないから怖い!助けて!」
「知りませんやめてください引っ付いてくるな!」

 若干一名完全な善意ではなかったが、それでも怖い。席を囲まれぐいぐいと来る四人に、昴は怯えてオットーの背後に逃げた。

「いやらしい」
「何が!?」

 昴の後ろの席の為、必然的に視界に入ったのであろうラムから侮蔑の言葉が飛んできた。どうせなら姉からレムにやめるよう説得してくれないかと淡い期待が膨らんだが、それ以降は静観する姿勢を貫いている。

「スバル…?」
「グゥッ…!!」

 しかしその場しのぎの逃走など大して意味もなさず、エミリアがしょんぼりと顔を曇らせたところで昴は白旗を掲げることになった。そんな顔もE・M・Tだなんて考えてしまう己の頭が憎らしい。

「ああもう!ありがたく全員からお借りします!」

 そう宣言し、頭を下げて差し出した昴の両手の手のひらの上には、四冊のノートが置かれた。

「悪い、みんな…サンキュー…」
「スバルってば、こんなにみんなから信頼されてるのに……素直に好意を受け取るの、へたっぴよね」
「へたっぴってきょうび聞かねぇな…」
「彼女の言う通りだ。スバルは自覚が足りないと常々感じているよ」
「確かに…僕の言葉が足りないのかもしれない。今度からはもっと伝えられるように努めるよ」
「レムも…!レムも愛情表現が足りないのでしょうか?」
「聞きました?ナツキさんモテモテですよ」
「ギャーッ!?何!?俺そんなに言ってもらえる人間じゃないよ!?怖くなっちゃうからやめて!課題に集中させて!」

 昴が友人たちの嬉しいような恥ずかしいような、身に余る言葉の羅列に顔を真っ赤にし、涙さえ浮かべかけて机に突っ伏する。背後から聞こえたラムのため息の理由も分からず、昴はホームルームが始まるまで彼女たちの言葉がぐるぐると脳内を巡っていたのだった。



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