体育祭で君と


櫂と三和の通っている後江高校へと顔を出したアイチはわあわあと騒がしい人だかりをぼんやりと眺めながら憂鬱感に浸りながらぽつりと呟くのだった。


「帰りたい…」


***


事の発端は三和の一言だった。


「アイチ、今度の日曜暇か?」
「?うん、特に予定はないけど」


そうか、と言ってきょろきょろと辺りを見回して何かを確認してから三和はアイチに近付いて内緒話をするようにこっそりとその事を伝えた。


「えっ…!?」
「なっ!どう?」
「い、行く!」


三和がこそこそとアイチに話した内容は今度の日曜日に後江高校で体育祭が行われるから来ないか?というものだった。
何故こっそり言ったのかはアイチには分からなかったが、それよりも櫂の通う学校が見れる、というのがとても魅力的だった為、三和の提案には喜んで首を縦に振った。
三和には弁当も作って来いよ、と何だか念を押されてしまったので母とエミに教えてもらおうと頭の隅で考えながらその日は数回ファイトをするだけで帰宅した。
帰宅すると、夕飯の支度をしていた母へ早速今度の日曜までに料理を作れるように特訓してほしいと頼み込んだ。
母はアイチが家事に興味をもってくれたと思い込んだらしく、喜んで承知した。
それから一週間はカードキャピタルにすら行かず、必死に料理の勉強した。

そして一週間後―…。


***


「うぅ…。来たはいいけど…これじゃあ櫂くんたちがどこにいるのか分かんないよ…」


人混みが苦手なアイチにとっては今の状況に一人はなかなかつらいものであった。
しかしここでじっとしているわけにもいかないだろうと、アイチはなるべく人が少ない方へ向かおうと一歩踏み出すとどん、と誰かとぶつかってしまった。慌てて謝ろうと相手の顔を見ると、アイチの見慣れた顔だった。


「櫂くん!」
「アイチ?何故ここに」
「三和くんに来ないか、って言われて…」


そこまで言いかけてハッと気付く。
もしや三和は櫂に知られないよう周りを警戒してアイチを体育祭へ誘ったのだとしたら、ここで言ってしまったのはまずかったのではないか。櫂は自分が干渉される事を好んでいない。


「…三和に?」
「あっ、えと、ちがくて、」


どう言い訳をしようとオロオロしていると、アイチの耳に今の状況での救世主の声が届いた。


「おっ!アイチ来てくれたんだな!」
「こんにちは、三和くん」
「お前が呼んだのか」
「おう、アイチも後江を志望校に入れてただろ?見学がてらに丁度良いんじゃねーかと思ってよ」


しかし三和はあっさりとバラしてしまった。櫂に隠す為ではなかったのだろうか。
しかし櫂は未だ不機嫌そうにしている。やはり自分が来た事がまずかったのだろうかと俯いているアイチに櫂が声をかけた。


「…アイチ、ずっとそこに突っ立っているつもりか?」
「え?」
「櫂が俺たちの居るテントに来いだってよー」
「三和、」
「あっ、行きます!」


良かった、と一安心してアイチは櫂と三和の側まで駆け寄っていった。


***


パン食い競争や障害物レース、玉入れに綱引きなど様々な競争が行われていったがどの競技中もすごい声援で溢れていた。
後江高校の生徒ではないし、大声を出すのもあまり得意としないアイチは密かに心の中で二人を応援していた。
また一つ競技が終了し、先程の勝ち負けが発表される。アイチが次の競技を確認すると、借り物競争のようだった。
アイチは自分がやったときはシャーペンと比較的楽な物だったから良かったなぁ、と思い出に思考を沈ませていると出場選手は既にスタート位置に並んでいた。
いけない、とそこにいた選手を見るとその中には櫂の姿もあるのに気が付いた。


(櫂くん…大丈夫かな…)


スタートの合図を知らせるピストルの音に選手たちはお題の紙が置かれた場所へと駆け出す。
選手たちはそれぞれその場へ着くと、これだと思った紙を手に取り、折り曲げてあるそれを広げて中に書かれている事を確認する。
選手たちの顔から、簡単なお題や無理難題なお題であっただろう事はすぐに分かり、どっと場に笑いが生まれる。
色々野次が飛ばされ、アナウンスもそれに乗り賑やかになったところでアイチの前に櫂が近付いてきた。


「あれ、櫂くん?」
「ついてこい」
「へっ!?えっ!?あの!」


アイチの返事も聞かずに櫂はアイチの手を引っ張り、走っていく。
他にも無事お題の物を借りた選手がいるらしく櫂を追い上げようとスピードを上げてくる。


「櫂くん!このままじゃ…」
「ちっ…。アイチ、まだいけるか?」
「…じ、つは…、もう限界で…」


もっと身体を鍛えておけば良かったなぁと涙目になって答えると櫂はそうか、と一言だけ答えると、アイチの身体をひょいといとも簡単に抱き上げてしまった。所謂、お姫様だっこだ。


「!!!??」
「ちょっとの我慢だ、辛抱しろ」


アイチは声にならない声を上げた。
一方ギャラリー達は一瞬ぽかんと呆けたものの、次には女子の悲鳴や黄色い声、男子から冷やかしの言葉が飛び交った。
わあああ、きゃあああ、と騒がしい中、櫂は一位を守りきり颯爽とゴールした。


「……櫂くん、おめでとう……あのそろそろ下ろして…」
「あぁ、悪かったな」
「いや…役に立てたなら良かったよ」
「礼を言う」


ようやく下ろしてもらい、アイチはほっと息を吐いた。公衆の面前でお姫様だっこというのは些か男としてどうかと考える。


「ごめんね、重かったよね?」
「いや、軽かった。ちゃんと食っているのか?」


その言葉に益々ショックを受けてしまったアイチ。そこへたたた、と駆け寄ってくる足音が聞こえた。


「アイチー大丈夫か?」
「三和くん。うん、平気だよ。…ちょっと恥ずかしかったけど…」
「あー、それなら大丈夫だ。みんなあれ櫂の彼女か?ってすごい噂になってる」
「え」


どこが大丈夫なのかと悶々としていたらとんでもない爆弾を落とされてアイチは固まってしまった。自分は男だとか櫂の彼女ではないとか櫂に申し訳ない事をしただとか考えているうちに頭がキャパオーバーになってしまったらしい。
それに苦笑して、三和は櫂に向き直る。


「櫂のお題って何だったんだ?」
「…まぁアイチを呼んだのはこうなるのを予想したお前のお陰であるとも言えるし教えてやる。全くつくづくいい性格してるよな」
「お褒めにいただき光栄でおじゃる」


櫂から紙を奪った三和はそれを見てからかったあと、アイチにも言ってやれよ、とぼそりと言った。


「あ、それと。アイチには弁当も持ってくるよう言っといたからアイチの手料理も食えるぜ!ヒュー!羨ましいなー」
「…今度パフェ奢る」
「ケーキも付けろよなー」


それだけ言い残すと三和は次の競技に参加する為に去っていった。
そして漸く石から解けたアイチに櫂は無言で紙を差し出した。
頭にクエスチョンマークを浮かべて、紙を広げるアイチはすぐに真っ赤になった。


「かかか櫂くんこれって………!」
「そういう事だ」


借り物競争のお題は―「好きな人」







体育祭で君と
(両想いになれるなんて)







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紅蓮さま、匿名さま、この度は五万打企画に参加してくださってありがとうございました!
借り物競争の櫂アイ、との事でしたが喜んでいただけたでしょうか?王道シチュもなかなか難しいものです…。それにしても櫂くんのジャイアニズムっぷり!

お持ち帰りや書き直し希望などはご本人さまたちのみOKです。



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