離れない、離さない03


黄瀬が赤司の新人同士で何かと話しやすいのではないか、という思惑で黒子の教育係を言われた翌日。黄瀬が体育館の更衣室へ行くと黒子は既に着替えていて、何だかそわそわと落ち着きがない様子だった。軽く挨拶をすると、そこで黄瀬の存在に気付いた黒子がとことこと近付いてきた。


「?どうしたんスか?黒子っち」
「えと、黄瀬先輩がボクの教育係でいいんですよね?」
「そうっスよ!よろしくっス!」
「はい、よろしくお願いします。あの、早速なんですが、」


そう言うと黒子は黄瀬に色々と尋ねた。練習のことや試合、細かいことまで聞いて全てを頭に入れるようにふんふん、と頷いた。聞きたいこと全て聞き終わると、ありがとうございました、と頭を下げて笑った。


「これからなんでも聞いてくれると嬉しいっス!」
「あ、あと最後に…」
「何っスか?」
「"黒子っち"ってなんですか?」


なんか嫌です、と付け加えて言う黒子に黄瀬は苦笑しながら言う。


「オレ尊敬する人には"〜っち"ってつけることにしてるんスよ!」
「はあ、先輩はボクのどこに…」
「だってあの赤司っちが認めたんスよ!?きっとすごい才能を秘めてるんスよ!それに黒子っち可愛いじゃないスか」
「えっ…可愛いとか…引きます…」
「わー!!ごめん!冗談っス!」


先程まで尊敬の眼差しを向けていた黒子だったが、黄瀬から"可愛い"と言われ一歩下がり目を逸らした。それに慌てて冗談だと言う黄瀬に冗談は嫌いです、と更に一歩下がって答える黒子。この光景だけ見るとどっちが先輩なのか分からない様だ。
これ以上は何も聞かない方がいいだろうと判断した黒子はでは、と更衣室から出て行った。ぱたん、と閉じた扉をじっと見ていた黄瀬は一人になった更衣室ではあぁと大きな溜息を吐いたあと、一人ぽそりと呟いた。

「黒子っちほんと可愛すぎるっス…」


***


黒子が更衣室から出ると、壁に寄り掛かるように赤司がいた。それ程驚く様子を見せずに黒子はなんでしょうか?と淡々と用件を問う。


「戦力アップは早い方がいいと思ってね」
「?」
「テツヤ、君にはパス専門の練習をしてもらう」
「パス、ですか…?」

黒子は元々そんなにバスケが上手いわけではない。しかしバスケが好きだという気持ちだけは人一倍大きかっただけだ。だからシュートやドリブル、勿論パスだって全部素人に毛が生えたようなものだ。だからその内一つを得意にしろ、というのは好都合だった。一つだけなら極めることだって可能かもしれない。ぐ、と気合いを入れるように拳に力を入れると黒子は赤司に話を続けるよう促した。


「それで、何をするんですか?」
「おや、やる気十分のようで有り難いね。じゃあ早速だけど僕がちょっとやってみるから見ててね?」


一瞬、たった一瞬だった。赤司が黒子の前から姿を消したのは。呆気にとられて黒子は思わず息を呑んだ。ふと、気配を感じて黒子が後ろを振り向くとそこには赤司がにこりと笑って佇んでいた。黒子の頬にたらりと汗が流れる。


「今、の、は、」
「ミスディレクション。手品などに使われる一つの技術だ。相手の意識を逸らして自分を視界から消す、テツヤにはぴったりだと思うんだけど。ちなみに僕はほんの一瞬しか気配を消すことが出来ないからすぐに気付かれてしまうんだけどね」
「それを…ボクが…」


黒子は高揚する気持ちを抑えるようにぎゅっとシャツを掴んだ。消えるパスなんて面白いだろう、そう言いながら歩き出す赤司に黒子は静かについていった。


*


「…という事なんだけど」
「はい、よく分かりました。キャプテンの説明分かり易くて助かります」


誰もが帰り、静かになった第4体育館。赤司がミスディレクションについて説明をし終えると、黒子はこくりと頷いた。二人だけの体育館には赤司の声だけが響き、黒子の緊張をより一層強くさせた。


「じゃあ今日はここまでにしようか」
「はい。遅くまですみません…」
「なに、気にする事じゃない」


赤司が気にしなくていい、と言っても聞かない黒子を笑顔で制して帰宅の準備を始める。渋々引き下がった黒子も自分の鞄を取りにぱたぱたとロッカーの元へ走っていく。その姿を眺めながら明日からまずは走り込みからやらせようと決め込んだ赤司だった。


「お待たせしました」


戻ってきた黒子に忘れ物はないかと確認してから体育館をしっかりと施錠する。かちり、と南京錠が音を立てるのを聞き届けてから体育館を後にする赤司と黒子。外は既に夕日が沈み、暗くなり始めているが春先のせいか気温はまだ寒くも暑くもなく丁度良い。遠慮気味に吹いている風が二人の髪を優しく撫でる。


「じゃあまた明日からよろしくお願いします」
「あぁ、ビシバシ指導していくつもりだからよろしく頼む」
「う"っ…は、はい…」


にっこりと微笑みながら断言されてしまえば黒子には従う意外の道がない。苦笑しながら肯定の返事を出せば赤司は満足そうに頷いて黒子から踵を返して帰路へとついていく。その背中に小さくお礼を言ってから黒子もその場を立ち去った。


「…」


そんな二人の姿を何者かに見られていた事も知らずに。


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