黒子in洛山


!黒子in洛山





――ねぇ赤司くん。ボクはやっぱり君から離れることなんて出来なかったみたいです。


黒子が寸前に受験する学校を変えたのは、誰にも知られずにとある高校に行くためだった。三連覇したあとバスケ部を引退前に辞め、学力を上げるために全てを注いだ。努力は惜しまなかったし、両親も担任も説得済みだったのであとは結果を待つだけだった。
その末、黒子は無事とある高校――洛山高校に受かったのだった。
四月、元チームメイトたちが知らないまま黒子は京都の洛山高校に入学した。
寮暮らしに不安を覚えつつも入学式を終えた黒子は寮に帰る道すがら、ふらふらと学校周辺を見て回っていた。右も左も分からない京都の土地に少しでも慣れておくためだ。

「知らない土地でも空は一緒ですね…」

黒子は空を仰いで、ほっと息吐く。
当然といえば当然だが、黒子はこれからの高校生活が不安だらけだった。
影が薄い黒子は人に気付かれないことが多いのが一番の問題はそこだった。中学までは友人たちが目立ちすぎたためにあまり支障はなかったが、これからは一人だ。
最初の目標は友人をつくることですかね、とある程度の目標を決めたところで、黒子の視線の先に体育館が見えた。
ふ、と微笑んで歩をはやめる。
赤司と離れたくなくてこの洛山高校に入学した黒子だったが、赤司と直接会うためが目的ではないために高校でバスケ部に入部するつもりは毛頭ない。黒子は影らしく、こっそりと赤司を見守るだけにしようと決めていた。
決別したように別れた彼らを止めたいとは思った。だから黒子は最初、志望校を誠凛高校という新設校ながらもなかなか興味を引かれた学校にしていた。しかし今の自分の力ではどうにもならないことも分かっていた。
もしも、黒子の相棒であった青峰をも超えるような選手がいれば。そんな話は一番願っている黒子自身が信じられなかった。
結果、何も出来ない、と拳を握りしめながらもバスケ部を辞めてからも赤司へ抱く想いを手放せないことを表すように赤司と同じ学校へ入学した。
キィ、と小さな音を立てて開いたドアからひょっこりと顔を出した黒子は、こっそりと中を覗いた。館内では古豪と言われるだけはある、帝光中と同じか、もしくはそれ以上の激しい練習をしているバスケ部がいた。
そろそろと影の薄さを利用して忍び込んだ黒子は、邪魔にならないようギャラリーに登ってからその練習風景を目を細めて眺めた。黒子の脳裏に浮かぶのは中学時代の、まだ楽しみながらやっていたバスケ。今ではその光景を思い出すたびに、胸の奥がずきずきと鈍い痛みを訴える。
ぎゅ、と胸の前で拳をつくる。やはりまだバスケを見るのは苦しいのかもしれない。黒子はその場をそっと去ろうと、階段を静かに降りる。
ふと、懐かしい雰囲気を感じた。凛とした感じ、空気が固まって人々が息を呑む音が黒子の耳に届いた。間違いなくこれは。
――赤司、くん…?

「失礼します。ここがバスケ部の練習する体育館ということでよろしいですか?」
「…!」

やっぱり、と黒子は思った。自然と視界がぼやける。
――懐かしい、懐かしい。
黒子は胸がいっぱいになってその場でうずくまった。今すぐ赤司に前に飛んでいってでも会いたいという思いを必死に胸の奥に押し込める。
――だめなんだ。ボクがこの学校に来たのは赤司くんに会うためじゃなくて、ボクが赤司くんを遠くからでも見ていたいというエゴなんだから。
黒子はそっと立ち上がると、誰にも見つからないよう来たとき同様に体育館から抜け出した。
赤司から教えてもらったミスディレクションを駆使して。
――皮肉ですね。彼からもらったもので彼から逃げるなんて。
自嘲気味に笑みを浮かべた表情はすぐさま歪んだ表情にかわる。黒子は涙だけはこぼさないようにと唇を噛んで耐えた。


***


あれから数ヶ月、何事もなく、赤司に見つかることもなく、黒子は平穏な日々を送っていた。交友関係も持たず、いるかいないかも分からない生徒になっているのもあるが、赤司が洛山に黒子がいないと思っているのが大きいのだろう。先入観は大事だ。

「あ、猫」

人気のない穴場である校舎裏で昼食をとっていた黒子は、草かげにいる子猫を見つけた。

「どうしましたか?」
「みぃ…」

か細い声で鳴いた子猫はどうやら怪我をした状態でこの学校に迷い込んだようだった。
あまりに痛々しい姿にとても放ってはおけず、黒子は決心した。

「少し待っててくださいね。今救急箱を取ってきますから…」

黒子の住む学校の寮まで、ここからでは行って戻ってくるまで一時間は掛かるだろう。確実に午後の授業には出られないが仕方がない。黒子がいなくても教師は気付かないことが多いのでなんとかなれ、と黒子はすぐさまその場を駆け出した。


*


「にゃご」
「ふふ、はいはい、抱っこですね」

手当てをしてあげれば、子猫は黒子のことが恩人だと分かったのか分かりやすく懐いてきた。ごろごろとのどを鳴らす様を見ていると黒子の気分も良くなり、さらにぽかぽかと心地良い気温にだんだんと眠気が襲ってきた。
草むらだし良いかと横になると、子猫も黒子に並んで丸くなる。

「お昼寝しましょうか」
「なー」

夢の中へと旅立つのははやかった。


***


「征十郎くん」

にー、と答えてくるのは子猫。
黒子は子猫の名前を迷った末、赤司の名前と同じものをつけてしまった。
自分でも恥ずかしいとは思ったが別に誰かに聞かせるわけではないのだからと開き直った。
征十郎はすでに自身につけられたのだと理解しているようで呼ばれたらててて、と黒子のもとへ駆け寄る。それが嬉しくて黒子は何度も征十郎と呼んだ。

「…ボク、馬鹿みたいですね」

でも時々、黒子は猛烈に虚しさを感じるようになっていた。
赤司とは離れられもせず高校まで追いかけてきて、猫に赤司と同じ名前までつけて。
それなのに赤司本人からは逃げ続け、高校生活をまともに過ごすことが出来ていない。勉強もそろそろ危うくなっているのだ。
もともと文武両道で有名な洛山高校だ。テストで良い点を取れなければ最悪退学になってしまう。

「ボクがいなくなってしまったら、キミを世話する人がいなくなっちゃいますね」
「にゃ」
「征十郎くんのために頑張らなきゃいけませんよね」
「なう」
「………でもボク、もう嫌になっちゃいました、どうしたらいいんでしょう…」

ぽとり、と征十郎の身体に落ちてきたのは黒子の涙だった。それはあとからあとから征十郎の身体を濡らしていく。

「こんなことなら、あのとき赤司くんに言った通り、逃げなければ良かった。ボク、嘘言いました。最低だ。向き合うって、言ったのに、ボクは、」
「全くだな、まさかテツヤが嘘を吐くなんてな。おかげで僕は振り回されてばかりでどうしてくれるんだ」
「………え?」

黒子は突然聞こえた有り得ないはずの声に、そろそろと後ろを振り向いた。
そこには赤司が黒子を見下ろして立っていた。

「あ、赤司くん、ですか?」

黒子はごしごしと袖で涙を拭って立ち上がる。これは夢なのか。何故彼がここにいるのか。確かに赤司にはバレないよう、慎重に過ごしていたのに。

「僕がテツヤに気付かないとでも?まあ、確かに最初は分からなかったけどな」
「え…あ…、」
「何?僕に会いたかったんじゃないの?」
「えと…、」
「そんな猫に征十郎なんて付けた癖に?偶然とでも言い訳する?」
「こ、これは…っ!」

黒子はカッと頬を染めると征十郎を背に隠した。
赤司の冷ややかな視線に怯えて征十郎はガタガタと震えていた。

「僕と同じ名前なのにその程度か」
「…、やめてください、赤司くん。征十郎くんが怯えてます」
「…ふん」

赤司は征十郎から目を離すと黒子に向き直った。怒っているのだろう。不機嫌オーラを隠しもしないとは赤司にしては珍しいと黒子は目を瞠る。

「それよりお前が洛山にいる理由を聞きたい。誠凛じゃなかったのか」
「なんで知っ…いえ、いいです」

今更だ、と思い直して黒子は俯いた。
赤司の質問に答えられそうにないからだ。もし答えてしまえば自分の気持ちが知られてしまう。これ以上赤司と気まずくなりたくはなかった。

「答えられないのか?」
「……はい」
「そうか。じゃあ僕から言う」
「…?何を…?」
「僕はテツヤが好きだ」

バッと、黒子は勢いよく顔をあげた。その瞬間を狙っていたかのように赤司は黒子の顔に近づきキスをした。
ちゅ、と音を立ててすぐに離した黒子の唇をぺろりとひと舐めすると赤司は満足そうに首を傾げて言った。

「で?テツヤはどうして洛山へ?」
「そ、んな…えっ、でも、」
「テツヤ?」
「あ、赤司くんから離れられなかったから、で、」
「ふうん」

まだ混乱して固まっている黒子の腕を引っ張り自分の胸へと寄せた赤司は耳元で囁く。

「つまりテツヤは僕のことが好きってことなんだよね?」

こくり、と頷いた黒子に赤司はいい子だ、と頭を撫でた。


***


黒子が何処の学校へ進学したのか分からなくなったとき、赤司はかつてないほど動揺した。
都内はもちろん青峰、黄瀬、緑間、紫原たちが行った高校も確認しては違うと赤司はため息を隠せなかった。
その頃にはすでにインターハイに向けてメニューを見直さなければならなくなっていて、赤司は主将になってしまったことを後悔しつつあった。だが黒子ならどこかで試合に出ているのではないかという希望も出ていた。それならば待っていればいい、と。
しかしそれも上手くいかなかった。黒子はどこにもいなかったのだ。
まさかバスケ部に入っていないというのか。
赤司は焦っていた。黒子が自分たちから、自分から逃げ出すはずがないと確信していたからだ。

(テツヤは何処へ行った?もう手掛かりはないのか?そんなはずは、)

そのときふと、探してない場所があることを思い出した。

「この学校、か…?」

その日のうちに一年生の資料を借りて見ればそこにあったのは。

「一年Eクラス、黒子、テツヤ…」

黒子の名前を見つけた。
灯台下暗しとはこのことだな、と乾いた笑いを漏らしながら赤司はずるずると崩れ落ちた。
自分は黒子が離れないように依存させているつもりだった。
しかし実際はどうだ。赤司の方が黒子に依存してしまっていた。

「テツヤ、見つけたからにはもう逃がさないから」







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一度黒子in洛山を書いてみたかったのです…。


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