もう少しだけこのままで


▼チャたら3の展示作品
中学生ロア遊



 第八中学校の昼休みは午前の授業から解放された生徒たちのお喋りで賑わっていた。そのうちの一組である遊我たちも例に漏れず早速机を同士をくっつけて向かい合っている。
「好きなひとができたぁ!?」
「ちょっ、声が大きいよ……っ!」
「ご、ごめん! でも、びっくりして……」
 驚いたロミンの声は周囲の喧騒に掻き消されて誰もこちらを気にするようすはなく、ふたりはほっと胸を撫で下ろした。

 好きなひとができた。そう告白したのは遊我だった。
 学人は生徒会の用事があり遅れると連絡をもらい、ルークは今購買に昼食を買いに行っている最中。遊我とロミンはそんなふたりを待ちつつ先に弁当をつついているところだった。
 なんとなく、男友達にはしづらい話題。そう思った遊我は一番仲の良い女子であるロミンに相談を持ちかけてみたのだ。
 ロミンはまだ信じられないらしく、遊我をまじまじと見つめていて箸はすっかり止まってしまっている。それもまあ、仕方がないかなぁと遊我は思った。
 これまでラッシュデュエルとロードにばかり夢中になっていたのだ。正直、遊我だってまだ気の所為なのかも、という気持ちが拭えていない。けれどどれだけ悩んで考えてもその感情は“恋”と呼べるものだった。
 ただ、恋をしただけならこんなにも悩むことはなかっただろう。相手がもしクラスメイトの女子生徒などであったなら。遊我はさりげないふりをして教室内を見回した。そうせずとも目立つ彼はずっと視界の端にいたのだけれど。
「それで、相手とか聞いてもいいの……?」
「う、ん……あの、驚かないでほしいんだけど……」
「遊我に好きなひとができた、っていう事実以上に驚くことなんてないわよ! 誰? 私も知ってるコ?」
「むしろロミンが一番知ってるっていうか……」
 照れくささからどうしても口にするのを躊躇ってしまった。そろ、とロミンから視線を外してぼそぼそと消え入りそうな声で告げる。
「…………ろあ、」
「……えっ?」
「好きなひと。ロア、なんだけど……」
「えっ、……〜〜〜っっ!!?」
 ロミンは自身の口を塞いだが、それでも隠しきれていない絶叫がこぼれ出ている。遊我は彼女の気遣いに感謝しつつ、あまりの居た堪れなさにおかずのポテトサラダから薄切りのにんじんを一枚だけ摘んで口に運んだ。恥ずかしい。やっぱり言わなければよかっただろうか。
「……ホント、なのよね……」
「…………うん」
「うーん、そっか〜〜ロアかぁ〜〜」
「や、やっぱりロミン的には許せない?」
「え。それどういう意味? 私が言いたいのは『ロアでいいの?』ってことだけど」
 だってロアよ、とロミンは続ける。
「ワガママでオレ様で周囲を振り回してばっかだし」
「アハハ、自由だよね」
「手段を問わないときもあるし」
「あったねえ。あのデュエルはヒヤヒヤさせられたけど、でも最高だったよ!」
「カレーのことまだ根に持ってるし」
「それは、ロミン限定じゃないかな……?」
「……うーん、ロアにはそうやって受け流せる相手のほうが良いのかしら」
 ロミン的にロアの欠点を挙げ連ねたらしいが、遊我にとっては欠点と感じられない箇所ばかりだ。ロミンは相変わらず難しい顔をしていたけれど、最終的には「もちろん応援はするわよ!」と笑顔で言ってくれた。心強い味方である。
「何か協力することある?」
「ううん、こうやって話聞いてもらっただけで嬉しいよ」
「そう?」
「あ、でもまた相談しちゃうかも……」
「いいわよそれくらい! 頑張ってね、遊我」
「……ありがと」
 遊我がロミンと笑い合っていると、パンを買ってきたルークと、用事が済んですでに合流していたらしい学人が姿を見せた。そのあとは、普段と変わらない昼休みを過ごして終わった。
 人に打ち明けたおかげか、ロアを好きだと想う気持ちはますます大きくなった気がして遊我はどことなくそわそわしてしまう。決意を新たにした気分で、ひっそりとこれからのことを考えていた。



 アプローチというものをしたことがない遊我にとって、好きな人に対してどんな行動を起こせばいいのかちっとも分からなかった。友人としては見てくれているだろうが、意識してもらうには今までどおりというわけにはいかない。
 無難かつ、不自然に思われない程度と言われるとやれることは限られていて。まずは会話を増やすようにしたのだった。

「ロア」
「ん。どしたの、遊我ちゃん」
「ちょっと、ロアの意見が聞きたくて……」
 ロードのアイデアを記したノートを見せながらロアに話しかける。いつもどおりに喋れただろうか。緊張で少し声が上擦ったような気がする。遊我は平常心を保とうとしつつも内心少しだけドギマギしていた。聞きこぼさないようロアの話に耳を傾けて、横目でそっと見つめる。
「──ありがとう、参考になったよ」
「そう? 貴重なオレ様の意見、ちゃんと活かしてよね」
「うん」
 じゃ、と去り際に頭をひと撫でされて遊我は固まってしまった。だというのにロアはこちらに気づきもせず行ってしまう。遊我は赤くなっているであろう顔をノートで覆いその場で蹲った。
 おそらくロアは何気なくやったのだろうが、彼を意識している身としては心臓によろしくないので今後はやめていただきたい。いやしかしそれももったいないのでは。相反する心が堂々巡りしていた。
 こんなときばかりは、行動のすべてにかっこよさが出てしまうロアを恨めしく思う。
「遊我!? どうした、大丈夫か!?」
「……ごめんルーク、大丈夫じゃないかも……」
「な、なにーっ!!?」
 隣で心配してくれているルークには悪いが、もうしばらくは顔を上げられそうにない。
 ──会話を増やすのはいいけれど、ロアの一挙一動に気をつけていなければならないと学んだ遊我だった。



 次に、そばにいる時間を増やそうと思った。ロアとは相性がいいのか会話がなくともそばにいるだけで心地よく、また、向こうも同じなのか昔から遊我が突然家を訪ねても迎え入れて好きに過ごさせてくれていた。
 それぞれ別のことをやっているので傍からみれば一緒にいる意味があるのか疑問を持たれるだろうが、少なくとも遊我には意味があった。今思えばそれが恋に発展する前の淡い想いだったのだろう。思い返すとなんだかくすぐったい。
「ロア! 次の授業って移動教室だよね、一緒に行ってもいい?」
「いいけど……珍しいね。ルークちゃんはどうしたのさ」
「え、えっと……ロミンと行ったみたい」
 本当はロミンが気をつかってルークを先に連れて行ってくれたのだが、まさか本当のことを言うわけにもいかない。笑って誤魔化すとロアは「ふーん?」と返事しただけでそれ以上追求してくることはなかった。遊我は内心でよかった、と安堵する。
 咄嗟だったので話題もなかったが、とくに気まずい空気になるでもなく。移動時間はたった数分しかないけれど、遊我はほんのわずかでもロアの隣にいられたことが嬉しかった。
 それに。歩幅の違うロアと遊我では普通に歩いていると距離がうまれてしまうはずなのだが、それがないことに途中で気がついてしまった。そうやって与えられる優しさにますます想いが募る。

「ロアって、今まで何人の女の子を落としてきたんだろ」
「な、何があったの……!?」
 ロミンにお礼を言うついでにぽろりともらすと、彼女は遊我の肩を掴んで「しっかりして遊我ー!」と揺さぶった。ちょっと目が遠くを見つめていたかもしれない。



 放課後、遊我は日誌を開いてぼーっとグラウンドを眺めていた。そこに何かあるわけではない。日誌の記入に詰まっているわけでもない。ただ詮無い時間を過ごしていただけだった。
 遊我がロアへの気持ちを自覚してから早くもひと月が経っていた。ちなみにロミンに打ち明けたのも自覚して割りと早い時期だったはずだ。
 それから意識してロアと過ごしてみたが、これがなかなかに難儀だったのだ。我ながら、どうして友達じゃダメなのだろうと不思議に思うほどに。
 過ごす時間が増える度に気持ちを再確認するし、女子生徒と話している場面に遭遇するとモヤモヤした思いが溜まっていくのを感じる。気がつけば目で追っているのも、ふとしたときにロアを思い出すのも止められない。
 はあ、とため息を吐いて遊我は机に突っ伏する。最近では日常生活にまで影響が出ていて、今日なんて日直の仕事もまともにこなせなかった。せめてお詫びにと、日直の係のペアになったクラスメイトに頼み込んでひとり居残っているわけなのだが、現状はご覧の有り様だ。
 二回目のため息がこぼれ出たときだった。ふっ、と頭上に影が差した。視線だけ動かせば、そこにはまさに今遊我の脳内を占めている彼が前の席の椅子を引いて座ろうとしているところだった。
「ロア?」
「真っ白じゃん、そんな悩むとこある?」
「え、ああ、これは……」
 どうしてここにいるのか。遊我の聞きたいことを察していそうなのに、ロアが指をさしたのは机に広げられた日誌。名前の欄しか埋められていないそのページは、彼の言うとおりまっさらなままだった。
「……一時間目なんだったっけなーって……」
「そんなの時間割見れば分かるでしょ」
「……えへへ」
「遊我ちゃん、笑えば誤魔化せると思ってるところあるよね」
「そんなことは……あるけど……」
「あっさり認めんなよ」
 前の席で肘をついて、呆れた目で見るロア。遊我は頬をかいてペンを持ち直した。何のきまぐれかは分からないが待ってくれているらしい。ならば一緒に下校できそうだ。
「今日はロアロミンのみんなで打ち合わせするんじゃなかったの?」
「ロミンから聞いた? それなら終わったよ。次のライブの日程と仮のセトリを決めてたんだけど、ちょーっと白熱しちゃってさ。止めようとしてたゲッタちゃんが可哀想だったねぇ」
「……白熱してたのはロアとロミンだよね……?」
「ハハ、バレた?」
 澄ました顔で返すロアに、相変わらずメンバーのなかで月太は苦労人ポジションなんだなぁと察してしまう。本人はもう開き直っているらしいのだけれども。
 驚くことに、先程までひとりでいたときにはまったく進んでいなかった記入が、ロアと喋りながらだととても集中できた。最後に今日のまとめを書き上げればあっという間に残りは提出するだけとなっていた。
「終わった〜!」
「じゃあ、昇降口で待ってるからさっさと提出してきな」
「先に帰らないでね……?」
「……何の為に今まで待ってたと思ってんの」
 ほら、と促され、遊我は急ぎ足で職員室へ向かう。かろうじて廊下を走らなかったのは脳内の学人が止めてくれたからだった。

「お待たせ!」
 職員室から昇降口に移動すると、遊我の鞄も持って待ってくれていたロアが振り向いた。靴を履き替えてそばに近寄る。
「お腹すいたからコンビニ寄ってもいい?」
「いいよ。何買うの?」
「んー……どうしよっかなぁ」
 鞄を渡されながらされた提案に遊我は内心喜んでいた。一緒に帰れるだけじゃなくて寄り道までできるとは。つい三十分ほど前まで沈みかけていた気持ちがこんなにも簡単に浮上していく。
 やっぱりロアが好きだな、という結論にたどり着いたのはもう何度目だろうか。遊我はロアの隣を歩きながら、そっと幸福感に浸った。


  ◇  ◇  ◇


 ロアに対してだけ遊我の態度が変化したのには、おそらく早々に気がついていた。そしてその理由に思い至ったのは数日後のこと。
 当時の感想としては「オレ様の魅力ってば恐ろしいな〜」くらいだったように思う。認めている相手に好意を持たれて悪い気はしない。だがロアはとくに指摘するでもなく、ただ傍観に徹していただけだった。
 その姿勢がわずかに崩されたのはさらに一週間が経ったあと。ロアの気持ちがほんの少しだけ揺り動かされたのだ。
 健気にロアについてくるすがたに「可愛いな」と思ってしまったのが始まりだった。ロアのひとことに顔をほころばせるのも、ちょっとしたスキンシップに肩を跳ねさせるのも、行動すべてが可愛いと思ってしまう。
 だが遊我のことをそう思うのは何故か、理由を探ろうとすると途端に分からなくなった。兄弟愛のようなものかと納得しかけたが何か違うなと首を捻る。次第に悩んでいるのが馬鹿らしくなって思考を投げた。別に答えを出す必要なんてない。ロアはそう結論づけた。
 ──結論づけた、はずだったのだ。
 ロア、と呼ばれると自然と口角が上がる。しかし相手に悟らせないよう気持ちを押し殺して振り向く。呼んだ本人はほんの少し耳を赤くして用件を告げてくる。話しかけるだけで緊張する理由を知っているのに、ロアは素知らぬ顔でなぁに、と返事をするのだ。たったそれだけなのに遊我は相好を崩す。それを目にするとロアの心は乱された。無性に触れたい欲が出て、つい手を伸ばしてしまう。
「え、えっと……?」
「ああ、ごめんごめん。ちょうどいい位置にあるからたまに触りたくなっちゃうんだよねぇ」
「もう! ボクのこと子ども扱いしてない?」
 まさか。むしろ、それだったらどんなにいいか。ロアはあえて名前をつけずにいる感情に頭を悩まされているというのに。
 素直に気持ちを認めて遊我に告げればいいのだろうか。だがロアには抱えているのが相手と同じ気持ちなのか自信が持てない。あの霧島ロアが、好きという感情ひとつ思いのままにできないのだから笑えない。
 考えごとを続けながら樺色の髪を撫でていたが、ふと遊我が静かになっていることに気がつく。少し下に目を向ければ伏し目がちの遊我が何かに耐えるように唇を噛み締めていた。やがて、それがこの行為によるものだと察してつい止めてしまう。そしてつられるようにロアの頬もかすかに赤く染まった。
「……なんか、ごめん」
「なにが!?」
 隠しているであろう遊我本人に告げるわけにもいかず、ロアは視線を遮るようにまたぐしゃりと多少乱暴に頭を撫ぜた。慌てるような声を聞きながら、ロアは自身の口元を手のひらで覆う。どうしてくれよう。やっぱり、遊我のことを可愛いと思ってしまった。


  ◇  ◇  ◇


 ──なんだか最近、ロアからのスキンシップが増えた気がする。遊我は深刻な表情を浮かべたまま学校への道のりを歩いていた。
 今までのように頭を撫でられるのに加えて、肩を組んだり、ふとしたときに指先に触れられたりするのだ。最後のに至っては触れている面積に対して尋常ではないほど心臓がバクバクとうるさく鳴るので卑怯だと思っている。
「……遊我?」
「っ、ロミン?」
「あ、気づいた。何度か声掛けても反応がなかったから」
「わ、ごめんね。ちょっと考えごとしてて……! おはよう」
「おはよ。……ちなみにそれって、ロアのこと?」
「う……うん」
 突然眼前に手のひらが現れひらひらと振られる。そこでようやく呼ばれていることを知って立ち止まった。隣を向けばポニーテールを揺らしてこちらを覗き込んでいる友人がいる。挨拶を交わして再び歩きだす。ロミンは少し躊躇ったようすを見せてから、口を開いた。
「遊我、結局あれからなーんにも話してくれないんだもん。仲は良さそうだから何も言わずに見守ってたけど」
「ん……そのこと、なんだけど」
 せっかくの機会。遊我はロアとの距離感について尋ねてみることにした。
「ロアがね? その、何かと近いっていうか……もちろん嫌じゃないんだけど!」
「え。何? キスでもされた!?」
「きっ……ちがうよ!?」
 「なぁんだ、びっくりした〜」と安堵しているロミンをよそに、遊我は突如落とされた爆弾に対して跳ねた鼓動を鎮めようと必死になっていた。ロミンの言葉でつい想像してしまったのだ。しかしもしそれが現実になっていたのなら、遊我はもう色んな感情により爆発している自信がある。
 そんな想像たちをどうにか振り払いたくて慌てて話を戻す。
「困ってるのに嬉しいみたいな……たまにロアもボクのことが好きなんじゃないかって勘違いさちゃいそうになるっていうか……」
「まあロアはかなり遊我のこと好きよね」
「え?」
「ううん、なんでもない。続けて」
 ロミンが何かぽそりと呟いたが聞こえず、聞き返しても話を促されてはそれ以上突っ込むこともできない。遊我は再度口を開く。
「もしかしてボクの気持ちバレてるのかなって思って……」
「あ〜〜……うーん……」
「やっぱり……? ロミンもそう思う?」
「ちょっとね……まさかロア、遊我の気持ちを知りながら弄んだりしてんじゃないでしょうね……!?」

「オレ様がなんだって?」

「きゃあっ!?」
「わあっ!?」
「なにその反応」
 背後に迫る気配に気付けなかったふたりはびくりと肩を跳ねさせ悲鳴をあげた。これまでの人生でそんな反応をされたことがなさそうなロアは、案の定ひくりと口端を引き攣らせている。
「アンタいつからそこに……!」
「今だけど……勘で言ったのにホントにオレ様の話だったの?」
「教えるわけないでしょ! ね、遊我」
「う、うん」
「……」
 面白くない、と態度に出すロアにハラハラしつつロミンの言葉に遊我は頷いておく。
「……ロミン、今日委員会の当番だって言ってなかった?」
「……あっ!!!」
 大きな声をあげ、すっかり忘れてたと叫ぶとロミンは遊我に「またあとでね」と声をかけるなり走って行ってしまった。
 すると残されるのは当然ロアと遊我のふたりだけ。思いがけず訪れたふたりきりのチャンスに内心動揺していると。
「じゃ、オレ様たちはゆっくり行こっか」
「う、ん……」
 何故か一歩こちらへ歩み寄り距離を縮めたロアに囁かれて応える声が掠れた。
(こういうとこだよロア……!!)
 本人には決して言えない心からの叫び。ポケットに突っ込んだ拳を握りしめて堪える。気が緩んだら気持ちを吐き出してしまいそうだった。
 遊我が悶々としている一方。ロアは今日の授業で行われる小テストについてぼやいていたようだったが、ふと口を閉ざしてしまい沈黙が落ちる。
「ロア?」
 遊我が隣を向いてもロアはこちらを見ない。真っ直ぐ前だけを見つめて、鞄を肩にかけるように持ち直す。なんだか空気が変わったように思えた。
「……オレ様さぁ、遊我ちゃんのこと可愛いと思ってるんだけど、なんでだろうね〜?」
「そんなの……、えっ? なんて?」
 ロアの口から予想外のセリフが飛び出したような。幻聴なのか疑ったが、ロアとばっちり視線がかち合い今聞いたのは間違いなく現実だったことを知る。
「か、可愛い? ボクが……?」
「そー。最初は気の所為かとスルーしてたけど、日に日に可愛いなって思う回数が増えてきてそろそろ自分を偽るのも限界かなって」
「……偽る……?」
「とっくに絆されてんのに、そんなことないって、ね」
 ロアが立ち止まり、つられるように遊我もその場に佇む。彼が何を伝えたいのか、頭では理解しているのに感情が追いついてこない。そんなに、都合のいいことがあっていいのだろうか。
「……、……可愛いって、そんな、」
「そうだねぇ、そりゃムカつくときもあるけど? でもオレ様は、今のその顔には唆られるものがあると思うんだよね」
「なに、言って……」
 ずい、とロアの整った顔が急接近してきて遊我はたじろぐ。一歩引きかけた足を見抜いた彼はすぅっと目を細めて、噛み殺しきれなかった笑いをこぼす。
「〜〜〜っ揶揄ったの!?」
「まさか」
 そう言ってロアはあっさりと元の距離に戻ってしまった。離れてくれたことに少しの安堵と惜しがる気持ちが綯い交ぜになる。無意識に胸に手を置いた遊我を見て、ロアは告げた。
「好きだよ」
「、へ」
「遊我ちゃんは? オレ様のこと好き?」
「すっ……! 好き……だけど。ロア、何か勘違いしてるんじゃ……!」
 両想いだなんて簡単に信じられなくてつい疑ってしまう。友情を捉え違えているんじゃないか、遊我自身悩んだことを尋ねてみてもロアは鼻で笑って「そんなわけないだろ」と取り付く島もない。
「ほ、ほんとに? ロアがボクを……好き?」
「どんだけ疑ってんの。そっちこそオレ様のこと、そーいうイミで好きなんだよね?」
「当たり前じゃん! ボクがどれだけ……っ」
「どれだけ?」
「ロアを、好き、だと……」
 あ、と我に返っても遅かった。ロアに引き出された言葉は止まることなく遊我は素直に想いを吐露する。
 遊我の気持ちを聞き出したロアはしたり顔だった。完全に主導権を握られているのが悔しくて睨みつけているうちに、遊我はロアの髪からちらりと覗いている耳が赤くなっていることに気がついた。
(もしかして……照れてる?)
 飄々としているように見えるのに。遊我はぱちぱちと目を瞬かせた。
 そしてその瞬間、先程ロアが言っていた『可愛い』の意味が理解できた気がする。いったい自分のどこが、とまで尋ねる勇気はないけれど。きっと今の遊我みたいに思いがけず、といったことがあったのだろう。
「……ふふ」
「なに」
「なんでもないよ! ねえ、ボクたち両想いってやつなんだよね?」
「急に調子取り戻してきちゃってるし……」
 ぶっきらぼうなのもおそらく照れ隠しからくるものなのだ。遊我は構わず「ね?」とロアの表情を窺う。
「……そうね」
 ぐい、と手を引かれたかと思うと、いわゆる恋人繋ぎで指を絡め取られた。きゅっと力を込められると意識せざるを得なくなり、遊我は途端に勢いをなくしてしまう。繋いでいないほうの手で顔を隠すもののそれもまったく意味をなしていないだろう。
「……不意打ちずるい……」
「なんとでも?」
 惚れたほうが負けってこういうことなのかな、と遊我はぼんやり考えていた。それでも、今日ばかりは悔しいと思わなかった。

 そういえば今は何時なのだろう。そろそろ急がないと遅刻してしまうかもしれない。なのに遊我も、そしてロアも未だ手を離せずにいたし、急ぐ素振りもなかった。
 ──もう少しだけ、と望んだのはふたりとも同じだったようである。



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