わんこ奇譚


▼遊我が犬になる話
公式で猫になる前に書いてたやつです



「なんですとぉーーーっっ!!?」
「ゆ、遊我が……」
「わんちゃんになったァ〜〜〜!!??」
 とある休日のロード研究所で、三人の絶叫が轟いた。
 遊我を訪ねてきた三人だったがそこに遊我のすがたはなく、代わりに元気に走り回る子犬を目にした。なんとなく、毛色が遊我の髪色を連想させたことでその時点で三人の脳裏にはある予感が過ぎっていた。
 子犬はルークたちに気がつくと辺りをくるくるとまわって喜んでいるようだった。その可愛らしさについついロミンは頬をゆるませる。
 そこへ、ふらふらとカイゾーがすがたを現しロミンの両手に収まった。すぐさま学人が説明を求める。カイゾーは『ア〜』と間延びした声をもらし、昨夜の出来事を語りだしたのであった。

 前日、遊我は何やら新しいロードの開発に夢中になっていた。カイゾーは詳しく話を聞いていないので何を作っていたのかは知らない。ただ、時折声を掛けられた際には手伝いもしていた。
 そのうち遊我がすっかり無言になってしまったので、カイゾーは暇つぶしに動画を見て過ごしていた。それから二時間もしないうちに、それは起きた。
 突然ボカンと爆発音が鳴る。ここではそれも日常茶飯事であるのでカイゾーはたいして気にもせず『またですか』と呆れて振り向いた。
 しかし。そこに遊我はおらず、代わりにこの子犬が椅子に座っていた。まるで遊我が犬になってしまったかのように。
 カイゾーはぐぅるりとゆっくり研究所内を一周し、そして元の場所に戻ってきた。カイゾーの思考回路は、すでに現状を理解し始めていた。
『……もしかして、遊我なんです?』
「わふ」
 まるで返事をするように、その犬は鳴く。──途端、カイゾーは険しい表情を浮かべた。

『……というワケで、助けてクダサイ〜〜!!』
「しかし……ロードが原因というのであれば、我々ができることなんてあるんでしょうか……?」
「本人はこんなカワイイすがたになっちゃってるし」
「ほ、ほんとに遊我なのか!?」
 学人とロミンが真剣に悩んでいるなか、ルークが子犬に迫り訴えかけている。子犬は分かっているのかいないのか、くりくりした瞳でじっとルークを見つめていた。その瞳が遊我と同じ翡翠色なのだから、やはり信じざるを得ない状況だった。
「しばらくは様子見でしょうか……」
「でも昨日の夜から戻ってないんでしょ? 大丈夫かなぁ……」
「ラッシュデュエルをすれば遊我も元に戻るかもしれんぞ!」
「あの、ルークくんはラッシュデュエルをなんだと思ってるんです?」
「そもそもこのすがたじゃデュエルディスク持てないじゃない!」
「そういう問題でもない気がしますが……?」
 カイゾーにヒントはなかったのか聞いても『すでにデスク周りを調べましたが、昨日取り掛かっていたのがどれだかは……』という回答が返ってきて為す術もない。
 途方に暮れた三人はとりあえず、遊びたそうにしている子犬を連れて外に出た。それからどうしたかというと、当然全力で遊び尽くした。



「それで、なんでいつもオレ様の家に来るワケ?」
「ロアも見たいかなと思って」
「…………」
「わん!」
「ほら遊我もこう言ってるし」
「いやなんて?」
 突然子犬を持って訪れたかと思うと情報量の暴力といえるような経緯をロミンから語られ、ロアは一瞬宇宙を見た。それでも最終的には「まあそんなこともあるかもね」で済ませて、次に気になった事項を聞いておく。ロミンが遊我に対するロアをどう認識しているのか知りたくもないけれど、迷惑だと一蹴するには惜しいと思ってしまったのだった。
「やっぱり遊我だからかしら。なんとなく分かっちゃうのよね」
「あっそ」

 その後、やけに念押ししてきたくせに「あとはよろしく」と言って子犬──遊我を置いてロミンは早々に帰っていったのだった。翡翠色が何かを期待するようにロアを見上げてくる。その目があまりにも遊我そのもので、ロアはすぐに白旗をあげた。
 ただでさえ、遊我のあの目にはいつも勝てないというのに。

 本人の意識があるのかは定かではないが、構ってやると尻尾を振って喜びを全身で示してくるし、カードを見せると大人しくロアの腕のなかでじっとデッキを見つめていた。
 そのうち遊び疲れたのか、くうくうとずいぶん愛らしい寝息が聞こえてきた。ロアは視線を真下に向ける。遊我はすっかり安心しきったような表情で眠っていた。まるでロアの存在がそうさせているみたいで気分がよくなる。起こさないようそっと抱き上げて、改めてまじまじと観察した。
 何も事情を知らされていなければ本当にただの子犬にしか見えない。こんなロードを生み出すなんて、はたしてあの少年はどこを目指しているというのか。
 ふっと吹き出してしまった吐息がくすぐったかったらしく、子犬がもぞりと動いた。その拍子にロアの唇が何かにあたる。
 ──それをキスと呼ぶにはあまりにも状況と相手のすがたがイレギュラーだったけれど、ロアの唇は確かに遊我の口とぶつかっていた。
 刹那、ぼふんという音ともに視界が真っ白に包まれる。煙だった。そしてずしりとした重みが手から伝わってくる。
「……っわぷ、」
「っ、え」
「あっ、戻れた〜〜!!! ありがとうロア!」
 やけに明るい声が部屋に響いた。混乱しながら、先程まで犬のすがたをしていたはずの少年を隣へ座らせる。
「実は犬と話せるようになるロードを作ってたんだけど失敗しちゃって……えへへ」
「それで犬になるってそっちの方が凄くない?」
「そう?」
 あっけらかんとしているがとんでもない偉業を成し得ているとロアは思う。
「じゃあこれはこれで……ところでさっき何したの? ボクも元に戻る方法知ってないといけないし」
「え。……もしかして覚えてない?」
「んん〜〜……なんとなくの記憶はあるんだけど……なんか……口が……んん?」
「あーハイハイハイ思い出さなくていーよ。ついでにこのロードの開発ならもうやめときな。あと、今後同じようなことがあったら絶対オレ様のとこに来ること」
「え? え?」
「いい?」
「わ、かった……?」
「よし」
 ほとんど強引に頷かせて、ロアはひとり満足しソファーの背もたれに寄りかかる。遊我はなにがなんだか分からずじまいで大量の疑問符を浮かべていたようだけれど、ややあって少し不満げな顔をした。おそらくロードに活かせなくなった点についてだろうが、とにかくこんなものを完成させられてはたまらないのだから仕方ない。
(……っていうかオレ様で、ほんと、良かったよ……)
 心の底からそう思う。もし気がついたのがあの三人だったら。少し想像しただけでロアは面白くないと思った。

「──なに? そんなに知りたいの?」
 隣から熱心に送られてくる視線に気がつき声をかける。
「そうじゃなくて……ロア、なんか機嫌悪い? もしかしてボクのせい?」
「あは、そう見えるんだ。まー、悪くないと言ったら嘘になるけど……」
 すっと距離を縮める。鼻先が触れそうなほどに近づくと、さすがの遊我もロアの雰囲気が変わったことを察したようだった。
「どっちかっていうと浮かれてるかもね」
「へ、」
「世の中知らないほうがいいこともあるでしょ」
 一瞬だけ、ロアは遊我の唇を親指でそっとなぞった。本物はやわらかくて、少しだけかさついている。きっと、指先に残る感触は当分忘れられそうにない。
「ま、そういうことで」
 身体を離し、パッと両手を挙げて笑顔を浮かべる。ロアの変わりように目を白黒させていた遊我はハッとして「気を悪くさせてないならよかった」とほっとしたようすだった。その頬がわずかに赤くなっていることで、ロアの口角は上がりっぱなしである。
(これは案外……)
 こちらの想いが伝わるのはそう遅くなさそうだという予感がした。きっかけをくれた遊我のロードには感謝してもいいかな、とほんの少しだけ思えた。



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