好きって言われたい



 唐突だった。「もしかしてロアに好きと言われた回数が少ないのでは……?」という事実に気がついてしまったのは。

「ロア!」
「おはよう遊我ちゃん。今日は朝から元気だね」
「昨日はちゃんと寝たから……じゃなくて!」
 そのまま勢いで会話を続けようとしたが、ここが校門を潜ったばかりの場所で、周りには登校してきた生徒がまばらにいることに気がついて口を噤んだ。
 如何せん登校途中で思い至ってしまったものだから、直後に視界に入った恋人のすがたに思わず小走りで来てしまったのだ。途端に羞恥が湧いてきて「……昼休みにいい?」と尋ねるとあっさり承諾の返事が聞けた。そのままギクシャクとした動きでロアを通り越した遊我のようすは変に思われたかもしれない。

 今朝の言動を振り返って、そもそもが失敗だったと思ったのは二限目の授業中だった。昼休みに、と言ったものの自分は何を言う気なのだ。
(「好きって言ってほしい」とか? む、無理かも……)
 寝ぼけていたと謝って、なかったことにしてもらおう。実際似たようなものだ。ノートをとりながらページの端に『素直になるロード』と書いてすぐさまバツ印をつけた。昨夜せっかく早い時間にベッドに入ったのに、今日はちっとも頭がまわっていない気がする。
 遊我は黒板に目を向け、真剣に授業を聞く態勢をとった。

 昼休みになりロアに人気の少ない屋上まで連れ出されたけれども、遊我は早々にやっぱりなんでもなかったんだ、と告げた。だがそれに納得する男ではないので探るような目でじっとこちらを見つめてくる。やがて遊我に隣に座るよう促した。
 だよね、と内心ひとりごちて観念する。正直遊我がロア相手に誤魔化せる気がしないが、素直に明かすにはちょっと、いやかなり恥ずかしい。
「ボクは黙秘権を行使します」
「じゃあやっぱりなんでもなくないじゃん」
「……」
 さっそく墓穴を掘っている。額に冷や汗が流れた気がした。
「何? オレ様なんかした?」
「……」
「え、マジ?」
 どうやら遊我の顔はだいぶお喋りらしい。だがここで口を開けばまた余計なことを口走ってしまうかもしれない。遊我は無言でもそもそと昼食のメロンパンを齧った。
 ロアも遊我に倣うように焼きそばパンを口にしながら、自身の行動を振り返っているようだった。なんだか遊我が悪いことをしているように思えてきて身体が縮こまる。どうにか彼の気を逸らせないか思考を巡らせてみるけれどいいアイデアは浮かばない。
 別に言われなくたって想いは通じ合っているのだからいいではないか。どうして考えもなしに突っ込んでしまったのか。何度としれない後悔に襲われる。
 ──ロアに好かれているという意識は事実として、確実に遊我の心のなかに根付いていた。

「……そんなに気になる?」
「当たり前でしょ。カワイイ恋人のことだしね」
「かっ……可愛くはないけど!?」
 不意打ちの攻撃にカッと体温が上昇した。そういうことは恥ずかしげもなくさらりと口に出してしまうくせに。つい恨みがましい視線を送ってしまった遊我に当然ロアは気づいて、ツンと頬をつつかれた。
「ホラホラ、早く観念しちゃいなよ」
「…………聞いても引かない?」
「たぶんね」
 多少不安を覚え、遊我は何度か口を開いては閉じて躊躇いを見せた。やがて前置きとして自身の想いを告げる。不思議と、自然に口に出せた。
「……ロアのこと好きだよ」
「? 急にどしたの、オレ様も遊我ちゃんのこと好きだけど?」
「え゛」
「な、何」

 ──ふたりの間に沈黙が落ちる。
 やがて、先に耐えきれなくなったのは遊我だった。
「…………ロアからあんまり好きって言われたことないかもって思って…………」
「……ずっと言い淀んでたの、それ?」
「うん……」
 完全に予想外だったのか、ロアは数度瞬きをしてから、はぁーっと息を吐き出した。
「ちょっと、本気で構えたんだけど」
「え?」
「オレ様が何かしたとか言うから……」
「あっ……え、違うよ!?」
「それは今分かったし」
 とんでもない誤解を生んでいたことを知り、それは違うと遊我は必死に否定しておいた。その勢いに圧されながらもロアは少しほっとした顔をしていたので「ご、ごめんね?」と重ねて謝る。
「……ほんとに、もう気にしてないから。それより、オレ様が好きって言葉にしてなかった話だっけ?」
「う、うん……いや、でも! ロアの気持ちはちゃんと伝わってるし、単にボクのわがままっていうか、」
 話を戻されたが、言葉を繰り返されるほどに羞恥が積もっていくのでもう蒸し返さないでほしい。そもそも遊我から切り出したというのに、理不尽にもそんなことを考えてしまう。
「そんなの、わがままでもなんでもないだろ」
「そ、うかな」
「そーそー。もっとオレ様見習いな?」
「それはちょっと……」
「遊我ちゃん?」
 遊我の頬をむい、と抓りながら、ロアは「ほら、」と続けた。
「オレ様行動派じゃない?」
「うん?」
「だからまあ……行動で示してたつもりなんだけど、遊我ちゃんが言ってほしいってんならちゃんと言葉にするよ」
「う、うん……ありがと」
 手を離し、先程まで摘んでいた箇所を親指でなぞられる。なんとなく、そういう雰囲気なのかなと感じて内心ドキドキしながらロアを見上げた遊我だったのだが。
「……それなら、遊我ちゃんも言ってくれるんだよね?」
「へ?」
「オレ様だって気がついてんの。おまえこそ好きって言ってないからね」
「あ」
 おそらく、その瞬間の遊我の表情は相当間抜けだったに違いない。

 後日、ストレートに好意を告げられ続けるのが思いの外恥ずかしいことに今更身をもって知ることになる遊我である。
 さらに言えば、こちらから好きだと口にするまで期待するような眼差しを送られる遊我はもうたまったものではなく、恋人のスマートさがこんなところで憎く思えてくるなんて思いもしなかったのであった。



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