きっかけにすぎなかっただけ


▼年齢操作
▼ロアさんのお仕事捏造



「今月の表紙のロア様やばい、かっこよすぎる……!」
「こんなに色気出てて大丈夫!?」
「私らが大丈夫じゃない」
「それはそう」
 よく知る名前だったからか、己の耳はそんな会話を拾ってしまった。気になった遊我はさり気なくを装い女性誌コーナーを覗く。そこには遊我の恋人が雑誌の表紙をかざっており、先程の女性たちが言ったとおり色気というものが溢れているように見えたのである。
(……ロアって、こんなにかっこよかったんだ……)
 きっと本人が聞いていれば「え、今更?」と突っ込まれそうな感想を抱いた遊我は、もはや人目を気にせず雑誌を手に取っていた。パラパラとページを捲ってみるとどうやらロアが巻頭特集されていたらしく、表紙のような雰囲気の恋人のすがたがいくつも見えてしまった。思わずすぐに閉じてしまい、しかし中身が気になって仕方がなくなった遊我は、恥を忍んでその雑誌を持ってレジに向かっていた。

「……買っちゃった……」
 ロード研究所に戻ってきた遊我は、購入した雑誌をテーブルに置いて途方に暮れたような声を出した。
 最近のロアがモデルの仕事もこなしていることは聞いていたが、実際に目にしたのは初めてだった。まさかこんなにかっこいいだなんて聞いていない。慣れ親しんだはずの顔が、いつもの数倍輝いて見える。
「な、なんで……? プロのおかげ……?」
 うんうんと悩んでも解決することもなく。遊我は少しでもヒントを得ようと再びページを捲った。そこには何着もの服を着こなすロアが写っており、またそのどれもが見事にロアの魅力を最大限に引き出していた。思わず見惚れてしまったのも仕方がないだろう。ロアの写真が載っていたのは数ページだったが、遊我がすべて見終わる頃には二十分もの時が経っていた。
「……どうしよう……次に会ったときいつもの顔でいられるかな……」
 そう呟いた遊我は赤くなっているであろう頬を擦りながら、雑誌を棚にしまうために立ち上がった。逡巡し、一番上の端に入れる。このロード研究所は今でも友人たちが訪ねてくるのでなるべく目立たない場所にしておいた。この本棚にあるのはロードに役立つような資料ばかりなのでみんなが見ることは滅多にないのだが、念のためだ。
 そうして一冊だけだったはずの雑誌が、意識してチェックするようになった遊我のもとにはだんだんと数が増えていくことになるのだった。





「新しく本棚を作ります」
『ロア様専用本棚ですか』
「カイゾー」
『チョット! 照れくさいからってワタシに当たるのやめてくださいよ!』
 余計なことを付け足すドローンに工具をチラつかせて口を閉じさせる。まったく、とため息をつきつつストックの資材を確認したのだが、作るにはいくつか足りないようなので遊我は買い出しに出掛けることになった。
 空は快晴、絶好のお出かけ日和だ。実はルークたちに遊びに行こうとも誘われていたのだけれど、そろそろ隠しきれない雑誌の量を思い出して断っていた。やっぱり本棚作るのは今度にすれば良かったかなあ、なんて考えながら歩いていると、携帯端末が通知音を鳴らした。立ち止まり確認してみるとメッセージが届いていたようで、相手は恋人からであった。
『遊我ちゃん、今日空いてる?』
 簡潔なメッセージに、遊我はどう返信すべきか悩んだ。これはこちらの予定を聞くだけでなく、イコール暇なら家に来ないかというお誘いでもあるからだ。先程友人たちからの誘いを断ったことを後悔していたところなので遊我の心は揺らぐ。だがもし明日にでも誰かが来たらと考えると、やはり今日中に片付けておきたいと思った。
『ごめん、今日は用事があるから』
 そう打ち込み送信した。最近忙しくしているロアの貴重なオフだが背に腹は代えられない。迷いを振り切るように遊我は駆け出した。早く終わらせれば少しだけ会いに行けるかもしれない、そう思いながら。

 あれこれと買い込んで研究所に戻り、ただの本棚ではつまらないからと機能を付け足していると思ったよりも時間が掛かってしまった。
 ふわあ、と欠伸をこぼして飲み物でも淹れようかなと振り返った途端、遊我は衝撃で固まるはめになってしまった。
「よ。邪魔してるよ〜」
「……ッ、い、いつから居たの!!?」
「一時間くらい前? 声かけたのに遊我ちゃん全然気づかないからさぁ」
「ご、ごめん……じゃ、なくて、そ、それ……!!」
 そう、勝手知ったるようすで居座っている件については別にいい。普段であれば遊我は気にしないし、むしろロードに集中していると気がつかないだろうから入って来てもいいと言っているのは遊我の方だ。
 だから今動揺して顔を青くし始めている理由は、ロアの手に収まっている雑誌のせいだった。
「ああこれ? ったくオレ様に内緒で買ってるなんてカワイイとこあるね〜。どうだった?」
「〜〜〜ッッッ!!」
 声にならない悲鳴をあげてソファーに駆け寄る。今更遅いと分かっていても取り返さずにはいられなかった。しかし予想していたのかひょいと高く掲げ上げられてしまい、遊我はロアの胸にダイブする格好になっていた。
「かえして!」
「えー」
「ロア!」
「……ハイハイ。ごめんってば、だから泣くなよ」
「泣いてない!」
 ロアは参ったとばかりに少し困った表情を浮かべて遊我の頭をぽすぽすと撫でながら雑誌を返してくれた。意地悪なロアにしてはやけにあっさりだ。しかし戻ってきたことに安堵感はあり、ついつい雑誌を抱きしめてほっと息を吐く。
「……」
「……それより、なんでいるの? ボク用事があるからって断ったよね?」
「暇だったから。勝手に出入りしていいって言ったの遊我ちゃんでしょ」
「うっ」
 もし今日でなければ遊我は喜んで歓迎しただろう。うぐぐと唇を噛み締め心の中で過去の自分への恨みを連ねる。
「来てみたら遊我ちゃんはロードに夢中だし、とりあえず座らせてもらったらテーブルにオレ様が表紙の雑誌が広がってるし。今まで興味なさそうだったからびっくりしたよ」
「それは……」
 遊我は視線を落とした。雑誌を掴む手に力が入る。もう見られてしまったのだから、と観念してここ最近何度も浮かんだ感想をぽつりと告白する。
「ロアが、かっこよくて……つい買っちゃって……」
「え。今更気がついたの?」
 そして、ああ、と納得したようにロアが呟く。
「だからこっち見ないんだ?」
 図星をつかれた遊我は肩を跳ねさせた。完全にバレている。今日、ロアと会話してから未だに一度も目を合わせられていないのだ。
 懸念していたとおりどうしてもロアと向き合うことができない。どうしよう、と内心狼狽えていると、ロアは遊我が抱えていた雑誌をすっと抜き取り些か雑にテーブルに放った。
「まあいいや」
「怒ってないの……?」
「まさか。むしろ使える手札が増えて喜んでるね」
 フ、と口角を上げるロアを横目で見てしまい思わずびくりと震えた。これはよろしくない考えをしているときの顔だ。背筋に走った悪寒は恐怖からか。
 ──一瞬だけ脳裏に浮かんだ夜の顔と似ていて妙な気持ちが湧き出てきそうになったからだとは思いたくない。
「というワケで」
「!?」
 唐突に雰囲気を変えたロアにギクリとする。あ、と思ったときには肩を掴まれ向きを変えさせられていた。
「怒ってはないけど、気分は良くないんだよねぇ……」
「えっ、ちょっ……んむ、」
 おとがいを掬われ唇を奪われた。突然のキスに驚いて目を見開いたが、そうするとロアの顔を間近で目にすることになってしまう。すぐさまぎゅっと瞼を閉じるとロアが笑う気配がした。キスしながら笑うなんて器用すぎる。
 一瞬口を離したすきで、ロアの手が腰と背中にまわされた。ぬる、と舌同士が擦れ合い口づけが深くなる。遊我もおずおずと手を伸ばして相手の首にまわすと、腰に触れていた手がするりとシャツのなかに入り込んできた。思わず腰が跳ねたがロアの手が止まるようすは見られない。

 このまま行為になだれ込むのも吝かではない。そんな気持ちになりかけていた頃、ロアはふとキスを止めて遊我の耳元に囁く。
「そうだ、あの写真撮ってるとき何考えてたか教えてあげよっか」
 あの写真、とは。遊我が瞬時に思いついたのは一番最初に購入した雑誌の表紙。そういえば、ロアが今浮かべている表情に似ている気がする、ような。
「なに……っ?」
「遊我ちゃんのことだよ」
 名前を呼ぼうとして口を開きかけた遊我だったが、すぐにロアに塞がれてしまう。発するはずだった声は吐息へと変わってしまった。



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