黛と赤司と


▼黒子さんが不在



「モテる方法って何でしょうか」
 黛は思わず「正気か?」と返しそうなり、慌てて口を噤んだ。しかし本心は変わらない。
 今、黛の隣にいるのは赤司征十郎。二学年下の後輩だ。家は名家だとかで、それに加えて眉目秀麗、文武両道。あのキセキの世代を纏めあげ、ここ洛山高校でも一年生にしてキャプテンを務めている。もはや完璧すぎて羨ましいとすら思えない。まあ、赤司には赤司なりの苦労があるのだろうが黛にとっては知ったことではないのだけれど。
 ちなみに、決して仲が良いというわけではないのに何故隣にいるのかというと、赤司が勝手に居座っているだけである。黛に許可した覚えはない。

 もう口を開くことすら億劫で、黛はライトノベルの冒頭のごとく脳内でつらつらと現状を説明してみたが、目の前の後輩が逃す隙を与えてくれるはずもなく。早く答えてくださいと言わんばかりに組んだ腕の上で人差し指をとんとんと叩いた。黛は渋々反応を返す。
「……お前、何もしなくてもモテんだろ」
「言い忘れてました。黒子からモテる方法です」
 今度こそ黛はその場から早急に立ち去りたくなった。ふざけるな。なんでオレがテメエの恋路なんぞにアドバイスしてやらなきゃならないんだ。喉までせり上がってきた文句はまたしても赤司によって遮られる。
「……これ、欲しいと言ってましたよね」
「……ッ!? そ、それは……!!」
 赤司が黛に提示したのは最近アニメ化して人気が急上昇しているライトノベルのサイン本であった。黛にとって、喉から手が出る程に欲しい物である。
「お前、どこでそれを」
「少しツテがありまして」
「くそ、坊ちゃんめ……!」
 黛の苦々しい顔を眺めてほくそ笑む後輩のなんと憎たらしいことか。こちらの赤司は温厚だと実渕が言っていたのを聞いたことがあったがとんでもない。やはり赤司は赤司だ。
「別に無理難題を言っているわけではありません。ちょっとだけご意見を頂ければこれは差し上げますよ。……もちろん、オレが納得する意見であれば、ですが」
 それが無理難題というのだ。黛は内心舌を打つ。
 黒子テツヤ。赤司の元チームメイトで幻の六人目と噂されていた人物。そして先日のウインターカップで洛山を打ち負かし優勝した、誠凛高校バスケ部の一員である。
 あの日の胸の痛みの記憶も新しいというのに、それを与えたヤツを想起しろというのか。おまけに、コイツは今なんと言ったか。確か、モテる方法、だとか。
「…………は? オイ赤司、お前今黒子にモテる方法って言ったか?」
「そうですが。聞こえてなかったんですか?」
 煩わしそうな顔をするな。またもや浮かんだ苛立ちを飲み込み、黛は片眉を上げる。赤司が、黒子に。このやりとりの意味することとはつまり。
(……頭痛くなってきた)
 初めて接触してきたときからやけに元チームメイトに対して執着しているな、とは感じていた。だがとくには気にしていなかった。
 あのときはもうひとりの赤司だったが、やはり元の人格も大して変わらないのかもしれない。一先ず答えの出なさそうなことは置いておき、黛はこめかみを押さえて俯く。
「……こういう話題は、オレより実渕の方が向いてるだろ」
「もちろん相談済みです。あとは黛さんだけなので」
「何が」
「黒子と直接話したメンバーです。でないと相談のしようがないでしょう?」
 赤司の言うことは尤もだったが素直に頷く気にはなれなかった。しかしここまで来るともう逃げようがない。黛は観念して話を聞くことにした。

「お前、黒子のこと好きだったんだな」
「はい」
「家がうるさいんじゃねーの」
「そんなもの何の障害にもなりませんよ」
「……あっそ」
「それで、アドバイスはいただけるんですよね?」
「正直、お前が白旗をあげたのにオレが考えつくとは思えねーけどな」
「そうとも限りませんよ。黒子に関してはオレもまったく予想がつかないので」
 黒子のことを話す瞬間だけは年相応の微笑みを浮かべ、先程までの鋭さは鳴りを潜めていた。その表情を見てしまった黛は目を瞠る。どうやらこの坊ちゃんは本気らしい。
 とはいえ、だ。黛に人にアドバイスができるほどの恋愛経験などない。しかも相手は赤司。この後輩は黛が黒子と似ているから先程のような返答をしたのだろうが、似ているのはあくまで特性やプレイスタイル、強いて言うなら趣味の読書、くらいだろう。それは赤司が一番よく知っているだろうに、わざわざ黛のところにまで足を運んで意見に耳を傾けようとするなど、まったくご苦労なことである。
「ちなみに他のヤツらはなんて言ったんだ」
「手紙を書くとか、食べ物で釣るとか、遊びに誘うとか。そんな感じでしたね」
「フツーだな」
 食べ物で釣るのはどうかと思うが。それにしても、誰からの助言なのか分かりやすい。
 だがそれくらいなら、と黛も頭を回転させた。そして数十秒後。
「……考えたんだが、お前すでに色々試したあとなんだろ?」
「ええ」
「それでめぼしい成果がないんなら、もうまどろっこしいことはやめて告白しろよ」
「えっ……」
 ここに来てようやく、赤司の表情が崩れた。ええと、とらしくもなくしどろもどろになる後輩の姿に「コイツも人間なんだな」と思ってしまったのは絶対に口に出せない。
「なんだよ、もしかして照れてんのか?」
「照れてません。……告白は、まだ早いと思うので」
「ハァ?」
「こういうのはタイミングが大事でしょう。まだその時ではないと……」
「……ハァ〜〜〜……」
 黛の口からは盛大なため息がこぼれ出てしまっていた。言い訳がましい。目の前の男は本当にあの赤司征十郎なのだろうか。前に言っているのを耳にした記憶がある、座右の銘の迅速果断とやらはどうしたんだ。

 なんだか面倒に思えてきた黛は「携帯貸せ」と手を出した。赤司は若干眉をひそめつつも大人しく従う。主の許可を得たのだからと受け取った端末を勝手に弄りメールの編集画面を開く。話したいことがある、とだけ打ち込みそのまま送信してやった。
 そして『送信完了しました』の文字が表示されている状態のまま赤司へ返す。戻ってきた端末を見た赤髪の男は、ピシリと石のように固まり状況を把握するのに一分ほどを要していた。いつも状況判断の早い赤司にしては実に珍しい事態である。
「……まゆずみさん、」
「ここまで追い込まれたらもう腹括るしかないだろ。まさか逃げ出したりしないよな?」
「しかし、こんな突然告白しても黒子を困らせてしまうだけでは……!?」
「いつ告っても同じだろうが」
 黛の言葉にぐ、と反論に窮した赤司は、やがてため息を吐いた。いや、それは深呼吸であったのかもしれない。
「……分かりました。明日、東京に行ってきます」
「明日!? つか向こうから返信来たのか?」
「まだです。でも、踏ん切りがつきました」
 決心したらしく、宣言した赤司の表情は晴れやかだった。もしここに赤司のファンがいればあまりの破壊力に失神してしまっていたかもしれない。苦手としている黛でさえ、眩しいと感じたものだったので。
 ともかく、赤司はくるりと踵を返して去って行った。呆然と見送った黛であったが、ふと気がつく。
「アイツ、ラノベも持っていきやがった……」
 これは数日は貰えないだろう。それとももし告白が黒子に受け入れられずに振られたら、黛への報酬は無かったことにされてしまうのだろうか。
「……頼むから成功してくれよ」
 何故自分がアイツらの恋路を祈っているのか。ふと我に返った黛は盛大に顔をしかめ、やれやれと立ち上がった。
「帰ろ……」





 だが後日、嬉しそうな赤司から告白の結果を報告されるとともに、これどうぞとライトノベルを手渡してきたのだった。ついでとばかりに惚気を聞かされてしまったが、黛はついに念願だったそれを手に入れたのである。
 気分が良かったので後輩の惚気くらい許してやろうとも思った。あまりの嬉しさに普段は仕事をしない表情筋も働く。
 これを入手できるのは抽選に選ばれた、たった百人の幸運の持ち主のみだったはず。黛も応募していたのだが当然というべきか落選して肩を落としていたところだったのだ。
 そんな貴重なサイン本をいったいどこで手に入れたのか。もはや黛にはどうでもいい。どんな手段を使っても、欲しい物を手に入れられたのなら満足なのだ。
(それにしても……)
 赤司にとっては黒子と付き合う方がこの貴重なサイン本を入手するよりも難易度が高いらしい。なんだかムカつくが、面白いとも感じた。

 まさかこれ以降定期的に赤司から相談を持ちかけられることになるなど、黛は予想もできなかったのである。



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