寂しいも言えないボクら


▼中学生ロア遊



「遊我ちゃん、ちょっと話したいことがあるんだけど時間いい?」
「うん? いいよ」
「アリガト。じゃあせっかくだし家においでよ」
「わ〜ロアの家久しぶりだ〜」
 ロアの提案に、遊我はにこにこしながら乗ることにした。

 遊我が無事に元の世界に戻ってきて二週間。生活も徐々に落ち着いてきたところだった。
 遊我としてもそろそろかな、と思っていたのでこのタイミングでロアから声を掛けられたのは想定内であった。放課後を待って、ロアと連れ立って懐かしいとも言える道を辿る。その間彼は何も言わなかったので遊我も口を噤んでいた。

 実を言うと、遊我が宇宙に行く前、つまり二年前。あの頃ロアと付き合っていたのである。過去形なのは、さすがに二年もの間音信不通であった自分がまだ彼の恋人の座にいる自信がないためだ。自然消滅、というやつかもしれない。遊我はそう自己完結していた。
 だが話をしなければならないとも思っていた。すでに謝ってはいるけれども、それは仲間としての謝罪でしかない。恋人として、きちんともう一度「ごめん」を言わなければと遊我はずっと思っていたのだ。

「お邪魔します」
 そろそろとロアの家の玄関へと足を踏み入れる。相変わらず広い部屋だ。遊我はソファーに腰を下ろし、キッチンに向かったロアを待った。

「はい、コーヒー。砂糖とミルクは勝手に入れたけど苦かったら自分で追加して」
「ありがと」
 どうぞ、と出されたそれをひとくち飲む。苦かったら、とロアは言ったけれど、しっかりと遊我の好みに合わせられている。その気遣いと好みを覚えてくれていたことが嬉しくて自然と頬がゆるんだ。
 そんな遊我のようすを一瞥し、ロアも自分のカップに口をつけた。ちらりと見えた中身はやっぱりブラックのコーヒーで、何も変わっていないのに安堵する。
「オレ様の話、なんとなく察してるんでしょ」
「……うん」
「じゃあ単刀直入に聞くよ。なんで避けてんの?」
 遊我は肩を揺らす。露骨に態度に出してしまった。ロアは「……いや、少し違うかな。友人同士ならこれが普通か」と呟くと質問を変えた。
「今の遊我ちゃんはオレ様のこと恋人として見てないよね?」
 ロアの言葉はほとんど断定だった。遊我はカップの水面を見つめながら答える。それはロアに対してというより、自分に言い聞かせているみたいだと思った。
「ロアのことは、今でも好きだよ。……でも、今更だって言われるんじゃないかと思ったら、怖くて……」
 ──ああそうか。たった今理解した。遊我は、ただ逃げていただけなのだ。自然消滅したと思い込んでいたのも、そうしていれば傷付かずに済むと思ったからだった。
「なら、問題なくない?」
「え?」
「オレ様だって、お前のこと手放したつもりはないんだけど?」
 煽るような挑発的な眼差しが遊我を射抜く。思わず息を呑んでしまった。やがて、じわじわと頬に熱が集まっていくのを感じる。「ろあ、」となんとか声を絞り出したものの、それは消え入りそうな声量でしかなかった。
「ごめん……それと、ボクのこと、待っててくれてありがとう」
「……ん。待たせすぎだっての」
 仕方のないヤツ、とぼやきつつも遊我の頭を撫でる手は優しくてつい目頭が熱くなる。それがバレたくなくてロアの肩に額を擦りつけた。
「珍しく甘えてくるね」
「ロアが格好いいから」
「オレ様は常に格好いいけど」
 何気ないやりとりのなか、好きだなあと思った。だからなのか、気がついたら遊我からキスをしていた。ロアは目を丸くする。あの頃、遊我からした記憶はほとんどないのでそれも当然だろう。
「……なに。ほんとどうしちゃったの? 遊我ちゃん」
「嫌だった?」
「そんなワケないでしょ」
 今度はロアから仕掛けられ、目を瞑って受け入れる。啄むような軽いものから次第に角度を変える深いものになり、舌を絡め取られると背筋がぞくりと震えた。合間にこぼした吐息が思いのほか乱れていたせいか、アメジスト色の瞳がすう、と愉快そうに細められた。
「んっ……は、ぁ」
「ふ……かぁわいい」
「それ、暗にへたくそって言ってる?」
「あ、バレた?」
 そう言ってニヤリと笑う顔はまさに、使用デッキがお似合いだと言いたくなるくらいに意地悪なものだった。それなのに、憎たらしいと感じるどころか密かに鼓動が早くなったなんてロアには絶対に悟られまいと、遊我は慌てて口元を引き結ぶ。そんな遊我を見てどう思ったのか、ロアは肩を竦めて再びカップに手をつけた。どうやら引いてくれるらしい。
「今日のところは一先ずこれくらいで勘弁してあげるよ」
「うう……」
 ロアばかりが余裕そうなのが悔しい。ソファーの上で膝を抱えて隣を向く。涼しそうな表情ばかりを見つめていたが、ふとカップを持っていない方の手がわずかに震えているのを目にしてしまった。
(あ……)
 そこにロアの本心を垣間見た気がして、遊我の心はぎゅっと締めつけられるような痛みを感じた。
「……ロア、」
「うん?」
「手、繋いでもいい?」
「いーけど」
 そうして触れた手は冷たかった。遊我は自分の体温を分け与えるようにぎゅっと握りしめる。
「ボクたち、変なところで似た者同士だと思わない?」
 ──肝心なところで本心を隠してしまう、だとか。
「……さあね」
 ほらね。遊我は目を伏せてロアに寄りかかった。



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