恋のキューピッドになんてなるもんか


▼バレンタイン
▼遊作大好きなAi(家族愛)



「……チョコレート、」
「あン? どったの遊作」
 唐突に呟かれた単語は普段の遊作なら滅多に口にしないような菓子。しかし遊作の視線の先を追ってタブレットを覗き込むと、Aiは嫌でも理解してしまった。遊作の意図も、何が言いたいのかも、すべてだ。
 まったく、優秀なAIというのも悩みものだと思う。だが万が一、Aiの予測は外れるかもしれない。それを証明した人間が今まさにここにいるのだから。
「……オレやな予感するんだけど」
「嫌な予感が何を指すのかは知らないが、オレは了見にチョコレートをあげようと思う」
「ア〜〜〜ヤダ〜〜〜当たっちゃった〜〜〜」
 しかしまあそんな都合のいいこともなく、やはり予感は的中してしまった。
 ──藤木遊作は鴻上了見にバレンタインのチョコレートを渡したいと、確かにそう言ったのである。
「……ちなみに、既製品?」
「手作りも考えたが……了見はそういったものは好まないだろうからな」
「確かに?」
 案外冷静な遊作の判断に相槌を打つ。とするとピンク色の目立つ、目に見えて女性の比率が高い空間に向かわねばならないのだが、はたしてこの子はそこまで考えているのだろうか。正直似合わなさすぎて不安になってくる。子どもの初めてのおつかいを見守るような、そんな気持ちだ。
「大丈夫? ひとりで行ける?」
「は? Aiも来るんじゃないのか」
「エッ!」
 当然とばかりに返されAiは目を見開く。むしろついてくるなと言われるのだろうと思っていたからだ。
「いいの? オレも行っても」
「……こういうのは、Aiの方が良し悪しが分かりそうだしな」
「オレサマAIなんだけどナ……?」
「気にするな」
「ええ……?」
 困惑しつつも遊作と出掛けられるのは楽しみだった。それに信頼されて気分も上がるというもの。「Aiちゃん張り切っちゃうぞ〜!」と意気込むすがたを見た遊作はほんのわずかに頬をゆるめている。きっと了見のことでも思い浮かべているんだろう。
 それにしても、とAiは思う。ずいぶんと遊作の雰囲気は柔らかくなった。それを引き出したのがあの了見という事実は気に食わないが、結局は遊作が笑ってくれさえすればAiは満足で胸がいっぱいで、何も言えなくなってしまうのだ。





 ──ざわざわと騒がしい。デパートのバレンタインコーナーに足を踏み入れた遊作は留まって三分ほどで音を上げていた。完全に目が死んでいるのだ。予測できすぎていた遊作の様子に、Aiは「だから言ったのに〜」とため息を吐かずにはいられない。
「……ひとがおおい……」
「そうだね」
「男はオレたちだけじゃないか……?」
「偶然デショ。今の時代贈る側の性別なんて関係ないらしいし」
「…………そうか」
 眉間に皺を寄せながらも納得する素直な遊作を傍らに、Aiはきょろきょろと辺りを見回す。瀕死状態の相棒をこのままにしておくわけにはいかず、とにかくさっさと決めてこの場をあとにするべきだと判断したのだ。 
「リボルバー先生って甘いモン大丈夫なの」
「…………知らない」
「あちゃー……じゃあ無難にカカオ多めのやつにしとくか。この辺か?」
 幸い分かりやすくコーナーが作られていたのでAiは片手間に遊作を励ましながら連れて行く。周囲の視線がなんだか暖かく感じるのは気の所為だろうか。
「ホラホラ頑張って選びな」
「……、ん……」
 ある程度絞れたからかようやく気を取り直したらしく、遊作の目にわずかながら光が戻った。そしていくつかのチョコレートを前に真剣な眼差しで吟味している。値段はあらかじめ聞いていた予算内に収まっているようなので、あとは味と見た目の問題だろう。とはいえ味は見ただけでは判断がつかないしどうすべきかとAiは腕を組んでこっそり悩んでいた。そんなときだった。二人に声を掛ける者が現れたのは。

「……おや、こんなところで会うとは奇遇ですね」
「ッ、スペクター!?」
 聞き覚えのある声に二人して勢いよく振り返る。一方の彼は自ら話しかけたくせにうんざりした顔を隠そうともせず佇んでいた。
「了見はいない、のか……?」
「残念ですが了見様は本日別件でして」
 残念、というのは遊作に対して言ったのだろう。案の定、こころなしか相棒が肩を落としたのをAiは見逃さなかった。
「ちょっと、うちの遊作にちょっかいかけるだけなら今すぐ消えてくんない」
「はあ、これだからイグニスは。私は彼の疑問に答えただけじゃないですか。邪険にされる覚えはないのですが」
「やめろAi、スペクターの言うとおりだ」
 Aiは苛立ちを覚えつつも遊作の言葉に従い一歩引いた。だがあくまで遊作に従うだけである。口はへの字に曲げて不満げだ。
 遊作は冷静に「それで、オレたちに何の用だ」と問うていた。確かに知らぬふりで通り過ぎればよかったのに、わざわざ呼び掛けたのだから本当にいらぬことを囁くだけとは思えなかった。
「……不本意ですが、買い物を頼まれていまして。了見様が仰るのであればとこちらへ参りましたが……」
 そして一瞬だけ、スペクターが遊作の方へちらりと視線を向けた。もちろん遊作は気がついたが、意味ありげなそれを受け取る理由には思い当たらなかったようでこてりと首を傾げた。だがAiは、なんとなく察してしまった。
「まあいいでしょう。了見様には私から伝えておきます」
「!? な、何をだ!?」
「どうぞお気になさらず。では私はこれで」
「おい、待て! スペクター!」
 遊作の声など届いていないとでもいうように足早に去っていってしまったスペクターを、遊作は呆然として見送るしかなかった。
「……Ai、スペクターの言っていた意味だが、」
「まあ〜十中八九遊作がリボルバー先生にチョコレートを渡そうとしていましたよってことだろうナ」
「……っ、」
 遊作もそこには思い至っていたらしく、今にでも崩れ落ちそうな相棒をまあまあと慰める。ホント、余計なことしやがってスペクターの野郎め。Aiは内心毒づいた。
 そんななか、羞恥だとかいたたまれなさだとか、おそらくそんな感情に襲われていたであろう遊作にAiはあえて言わなかったことがあった。最初にスペクターが言っていた用事について、だ。普段どおり平静を保っていた遊作ならばその発言を覚えていただろうに、すっかり頭から抜け落ちていたみたいなのである。だが遊作が何も聞いてこないのならこれ幸いにとAiは無言を貫く。
(ったく、遊作ちゃんに贈るモンくらい自分で買いに来いっつーの! バーカバーカ!)
 子どものようなAiの罵倒は口に出さなかったおかげで遊作の耳にとまることはなかった。





 バレンタインデー当日。狙ったように、というか実際狙ったのだろう。Café Nagiを訪れた了見を、Aiは親の仇のごとく睨めつけた。だが了見にとってはそんなものどこ吹く風とでもいうように気にも留めていない。それにますます腹を立てるがここで喧嘩をしてしまうと草薙の迷惑になってしまうし、何より遊作に怒られてしまう。Aiは遊作の仕事を奪い取って目線で語りかけた。早く行ってやれよと。
「悪い、Ai。少しの間任せる」
「はいよー」
 いそいそとチョコレートを準備する相棒。Aiは面白くないとは思いつつも黙って見守る。
 あの日、なんとか立ち直った遊作はかろうじてチョコレートを購入することができた。あまり派手ではなく、控えめに水色のリボンが巻かれたそれ。甘さもそれほどではないのはきちんと確認した。
 ──まあ、あの了見なら遊作からのチョコレートを拒否なんてしないだろうが。
 もともと疑惑の目を向けていたが、あの日のスペクターの発言で確信した。やはり了見も遊作のことが好きなのだ。そんな素振りはちっとも見せやしやがらないが。
「了見っ、……少しいいか?」
「……構わん」
(なーにが構わん、だ。さっきからそわそわしてるくせによぉ!)
 当然Aiの思考など知らずに遊作は了見と向かい合う。これ、と差し出したのはあの日購入したチョコレート。了見はとくに驚いた様子も見せずに受け取る。
「……スペクターから何か聞いてるかもしれないが、オレは、その、友としてお前にあげたかったんだ。いらなければ捨ててくれて構わない」
「いや……有り難く頂こう」
「っ! そ、うか」
 了見が受け取ったのを確認した遊作は見るからにほっとして、そして無意識なのだろう。朗らかに微笑んだ。それを遠目でも見てしまったAiはもちろん、目の前で食らった了見はピシリと石のように固まってしまう。だがさすがにAiの方が復活が早かった。
「ピピーーーッッ!!! 遊作警察です!!! 今のはアウトです!!!!」
「うわっびっくりした。急になんなんだ」
「とにかく駄目なの! おいリボルバー! ホワイトデーは三倍にして返せよ!」
「は? 了見、無視していいからな」
「ゆーさく!」
「いや。今回ばかりは闇のイグニスの意見に同意せざるを得ないようだ」
「え、」
「……ありがとう、藤木遊作」
 穏やかな笑みを浮かべて最後に改めて礼を告げた了見は颯爽と立ち去っていった。見送った背中がどことなく浮かれているように見えるのは、Aiの気の所為ではないに違いない。
「……オレの思い違いでなければ、喜んでもらえたと思っていいのか……?」
「どう見ても喜んでたよ!? 遊作はもっと自信持って!!?」
 そんなつもりなかったのについついツッコんだAiは、結果として少しだけ二人の関係を後押ししたみたいになってしまった。

 遊作はちらちらとカレンダーを気にするようになり、明らかに来月を心待ちにしている。ぐぬぬ。地団駄を踏みたい気持ちだが、結局は遊作の笑顔を見るとAiは了見への文句など飲み込むしかなかったのである。



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