※中学生



 卒業式だった。清々しいほどの晴天で、六年間を過ごした校舎は満開の桜に囲まれている。
 グラウンドには胸に花の飾りをつけた卒業生たちが笑い合ったり涙を流したり、各々が最後の日を噛み締め合っている。

 そんな中霧島ロアはひとり屋上にいた。ここは通常立入禁止になっている。おまけに今日は卒業式なのだ、当然ロア以外に人影は見当たらない。──だからこそ、身を潜めるようにここを訪れているのだけれども。
 本日、ロアはゴーハ第一小学校を卒業した。
 今頃は第七小学校も式が終わったくらいだろうか。はたしてロミンたちは、いったいどんな顔で出席しているのか。遊我の席は、空っぽなのだろうか。分かりきった答えを想像してしまう。
 王道遊我。彼こそが、現在進行系でロアの心を曇らせている原因だ。そしてロア以外の大勢の人間も、である。
 今から一年ほど前、遊我はひとりですべてを背負って戦い、宇宙で行方不明になった。宇宙なんて場所、当然捜索も容易ではなく、子どもであるロアたちには為す術もなくただ日々だけが過ぎていった。
 そうしてついに小学校の卒業式まで迎えてしまった。
 もちろん遊我が死んだなんて微塵も思っていないし、そのうちなんでもないような顔をして帰ってくるんだろうと信じている。けれど、どうしても遊我を置いて自分たちだけが成長していくような錯覚に陥る。皆が成長していくのに、ロアの記憶のなかの遊我はひとり小さい背中のままなのだ。
「…………いい加減帰ってきなよ、遊我ちゃん、」
 ロアの呼び掛けに答える声はない。ギリ、と歯を食いしばる。こんなことで頬を濡らすだなんてごめんだった。
 ロアにとって小学校の卒業式は、苦い思い出しかなかった。





 誰が立案者だったなんて思い出せないが「遊我の卒業式と入学式をやろう」と言い出した者がいた。きっとあの三人のうちの誰かだろうと予想はつく。誰か、ではなく三人全員かもしれないが。
 最初は恥ずかしいやら申し訳ないやらで遠慮していた遊我だったがついに折れたらしい。あれよあれよという間に準備が進み、人も集まった。
 とはいっても中学生らしく場所はカラオケの一室。広めの部屋を借りたがそれでも人数に見合う場所とは言い難かった。

 卒業式と入学式、なんて言ったものの、要は『遊我おかえなさいパーティー』だ。しんみりした空気は最初のうちだけで、あとはひたすら騒がしいものになった。カラオケに来たのだからと歌っていたのも一時間ほどで、いつの間にかラッシュデュエル大会に発展していたのは参加メンバーのことを考えれば当然だった。マイクもデュエルの実況専用になっている。担当は手の空いた者が務めているが、学人が一段とさまになっていた。
 ロアはそれを、どこか遠くの場で行われているような気持ちで眺めていた。もちろんデュエル大会には参戦しているし一戦目は早々に勝利している。それでも気持ちがふわふわしているのは、やはり遊我の存在なのだろう。
 幼い頃からロアの心に居座り続けていたとはいえ実際に関わったのはたった一年にも満たない期間であるのに、彼はすっかりロアの日常に馴染んでしまっていた。そんな存在が突然目の前から消え、そしてまた戻ってきた。正直に告白すると、少しだけ泣きそうだった。もちろんそんな様子は欠片も表には出さないけれど。
 ぼーっとコーヒーを啜っていると、知った気配が近づいてくる。一瞬席を離れることも考えたがそいつを前に逃げるなど癪だった為にすぐさま却下して、飄々とした顔のまま到着までのほんのわずかな時間を待った。

「あ〜〜〜悔しい負けちゃった〜〜〜!!!」

 やや乱暴にロアの隣に座ったそいつ──遊我は悔しそうに口を尖らせ足をばたつかせている。「ジュースこぼすよ」と声をかけると渋々足を地につけたが今だ表情は不満そうだ。
「ロアは? ロアも敗退組?」
「誰に言ってんの。次の対戦相手の決定待ちだよ」
 あっち、と示すべく指をさす。つられて遊我が視線を向けた先にはネイルとアサナが好戦的な笑みを浮かべながら向かい合っていた。かろうじて見えた盤面は、すでにユグドラゴを召喚しているネイルがやや優勢に思える。しかしいつでも逆転が可能なラッシュデュエルでは勝敗は分からないものなのだ。
「……気になるなら行ってくれば」
「……いい! あとでふたりから聞くから!」
 我慢するようにズゴゴと勢いよくオレンジジュースを吸う遊我を、ロアは理解できないといったふうに見つめた。
「まあ、いいや。それで遊我ちゃんはオレ様のトコ居ていいの? ロミンたちならあっちだけど」
「あ、その呼び方も懐かしいね」
 あの頃を思い出すように遊我は目を細めた。
「ルークたちには、みんなに怒られてこいって言われてるから。あと、ボクがロアのそばに来たかったんだけど、だめだった?」
「……あ、っそ。別にいいけど」
 思わぬ発言にそっけない態度をとってしまい、バツが悪くなって咄嗟にネイルたちの方を見た。いつの間にか彼の場はがら空きになっており、逆にアサナが上級モンスターを召喚しているようだった。だが伏せられているカードとネイルの表情から窺うに、まだ勝負がつくとは思えない。ロアは再び遊我に視線を落とした。
 ──四人の再会の瞬間を、ロアは知らない。なんとなく想像はできるが聞くのは野暮だと思ったからだ。だがあの頃のままの時間を過ごす彼らに、交わすべき言葉はすべてぶつけられたのだろうと感じている。
 だからこその台詞なのだろう。しかし三人はすでにロアの言いたいことも口にしていそうなので、何を言うべきか頭を巡らす。黙ってしまったロアに、遊我は眉を下げた困り顔で次の言葉を待っていた。
「……本当は、また胸倉掴んで怒鳴ってやろうかなって思ってたよ」
 卒業式の日の屋上での苦い気持ちを思い浮かべる度に思っていたことだ。
「えっ」
「何?」
「ロアも、怒ってるの……?」
「ハア? マジで怒るよ」
「ご、ゴメン! そういう意味じゃなくて、」
 しどろもどろに弁解しようとする遊我に、ロアは無言の圧力で話の続きを促した。
「みんなに怒られたとき、ボクって結構愛されてたんだなって実感したんだよね。もちろんやったことに後悔はないし、ルークにもみんなにも悪いことをしたって気持ちもある……だけど、心配されてたのが嬉しい、って思っちゃった」
 デュエルの王は、無邪気に笑っていた。申し訳なさそうに、照れくさそうに。
 つまりは、こうしたロアの怒りすらも遊我にとっては喜んで受け入れられてしまうものだと宣ったのだ、コイツは。ロアはコップをテーブルに置いて、それはもう深い深いため息を吐いた。そうせざるを得なかった。あまりにも馬鹿らしくなってしまって、肩の力も抜けてしまった。
「ろ、ロア?」
「…………それ、ロミンたちにも言ったの」
「うん。……今のロアとおんなじ反応してた」
「だろうね…………」
 ロアは同情した。きっとそれは、怒りたくても不発に終わってしまっただろうから。
 他のやつには黙っていなよ、と告げたが「そのつもりだけど、顔が勝手に緩んじゃうかも、」と言われてしまえばああそうと投げやりな返事をするしかない。
「はぁ…………でも、次はないと思いなよ」
「でもそのときが来たら?」
「殴ってでも止めるかもね」
「……んふふ、それは怖いや」
 かも、なんて曖昧に誤魔化したが実行していまう予感はある。あんな思いは二度としたくないからだ。まあ、次なんて機会は絶対にこの場に集まっている全員が許さないのだろうけれど。

 ──意趣返し、のつもりでもあった。右手のすぐそばにあったものだから、つい手を伸ばしてしまったのだ。
「……ロア?」
「なに」
「……ううん、なんでもない」
 前触れもなく繋いだ手にさすがの遊我も驚いた顔をしたが、すぐに握り返してきた。わずかに動いた指先には気づかれただろうが、それでもロアは素知らぬ顔を通した。
(……地球を離れるのが惜しいと思うくらい、遊我ちゃんの未練になれたらいいんだけど)
 とても口には出せないような願望を内心で独りごちる。少なくとも手を繋いでも嫌がられない程度には好かれているらしい。脈があるんだかないんだか。ロアが好きになってしまった相手は、一筋縄ではいかない男だった。
「ホント、参るよねぇ」
「???」
 ロアの呟きに、話の流れが読めないと言いたげな遊我は疑問符を浮かべてこちらを見上げてきた。それに答えてやる義理はない。ロアは一瞬だけ名残惜しいと感じて躊躇い、それでも潔くパッと手を離した。数歩先の距離ではたった今ラッシュデュエルの決着がついたようだった。
「じゃあまたあとでね、遊我ちゃん」
「うん。……頑張ってね、ロア!」
「あれ、いいの? オレ様だけ応援しちゃって」
「今日はトクベツ!」
「……そ。なら負けらんないね」
 平静を装うのに精一杯だった。これからデュエルだというのになんてことを言ってくれたんだ。公式戦でないとはいえロアは負けるつもりなど毛頭ないのに、とても冷静に戦況を判断できる気がしない。自分がこんなにも恋に浮かれる男だったなんて知りたくなかった。
 デッキを置いて向かい合う。相手に「なんだその顔は」なんて言われても答える必要はないと、ロアは開き直った。



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