スマートフォン


※大学生
 くるっぷのワンドロライ再録。お題「スマートフォン」をお借りしています。



「うーん……どれがいいんでしょうか」
「特に拘りもないなら有名どころでいいんじゃないか? それともオレと同じ機種にする?」
「いや……」
 黒子は赤司の端末をちらり横目で見て首を振った。
「ボクには宝の持ち腐れになりそうです」
「そう?」
 あっさり引き下がった赤司に少しホッとする。予算的にも厳しいものがあったからだ。
「じゃあ使用用途から決めよう。ゲーム、は……しないよな」
「基本的には連絡が取れればそれで……やっぱり今までと同じものでも構わないのでは」
「駄目。オレが変えてほしい」
「ええ……?」
 ──黒子は今、赤司とともに携帯ショップを訪れていた。と、いうのも、先日ついに使っていた携帯電話が壊れてしまったのだ。学生時代からずっと使っていたそれは所謂フィーチャーフォンと呼ばれるそれで、取り出すと周囲からは珍しがられる代物になっていた。かといって必要性も感じなかったために黒子は今まで機種変更をせずずっと使用していたのだけれど、ついに寿命を迎えてしまったようでうんともすんとも言わなくなってしまったのである。
 これにはさすがに機種変更を余儀なくされ、しかし黒子は困り果ててしまった。これまで興味がなかったせいでちっとも分からないのである。店員に薦めらたものを適当に購入しようかと考えていたところで、黒子の家に赤司が訪ねてきた。曰く、連絡がつかなかったから心配になったらしい。

 京都の洛山高校に通っていた彼だが卒業後は東京に戻ってきている。大学に通いながらすでに実家の会社を手伝っているというのだから黒子は感心するばかりだ。
 そんな彼とは時折連絡をとったり誘われたら夕食をともにすることもあり、現在までそこそこの頻度で交流が続いていた。きっと今日も、そんなふうに連絡をくれたのだろう。実家暮らしであるので家族とは直接話せるし、友人たちに関しても数日なら大丈夫だろうとたかをくくっていたのが少し申し訳なかった。

 部屋に通してお茶を出し、事情を話し終えるなり赤司はカップに口をつけながら微笑んだ。話している間にちょうどいい温度になったらしい。
「そうか、ともあれ何もなくて良かったよ」
「逆に何があると思ってたんですか」
「黒子は時々突拍子もないことをしでかすからね」
「……そんなことないですよ」
 肩を竦める赤司を前にそっと視線を逸らす。これまでそのような指摘を受けたことが何度かあったのを思い出したのだ。
「そういえば赤司君はとっくにスマホに変えてましたよね。どうですか使い心地は」
「便利だね。さすがに仕事に関することはタブレットやノートパソコンを使うけれど、こっちでも出来なくはないから」
「へぇ……」
 取り出されたそれは黒色のシンプルな端末。透明ケースを取り付けただけで特にカスタムされてはいなかった。
「前に黄瀬から薦められていなかったか?」
「ああ、そういえばそんなこともありましたね」
 赤司に言われて思い出す。いつだったか、恒例のストバスの集まりで会った際にメッセージアプリのIDを教えてくれ、と言われたことがあった。だが黒子の携帯電話ではメールの方が楽だっためにすっぱり断ったのだ。そのときに早くスマホに変えてくれと喚かれた記憶がある。
 しかし、なるほど。改めてこうして赤司から見せてもらうと確かに便利そうだと頷けるものがあった。
「赤司君も黄瀬君と話したりするんですか?」
「時々な。さすがにすべて返せるほど時間を割こうとも思わないが」
 トーク画面を見させてもらうと、黄瀬からの他愛ないメッセージが何度か続き、合間に赤司の返信がぽつりぽつりと表示されている。そもそも彼からのメッセージが独り言に見えてもおかしくないので返しようがないのかもしれないとも思った。
「お前も覚悟した方がいいかもな」
「……あとで通知オフの設定教えてくださいね」
 げんなりとした顔をする黒子を見て赤司が笑った。その後彼がお茶を飲みきるまで話し、そろそろ帰るのかと思いきや立ち上がった赤司が言ったのである。「せっかくだから今から行こう」と。どこに、とは尋ねずとも理解した。

 というわけでショップに足を踏み入れ色々と物色させてもらっているが、やはりどれが良いのかさっぱりだ。もう一番安い機種に決めてしまおうかと思いかけたところで、あ、と声が出た。
「ん? 何か気になるものでもあった?」
「……はい。これにしようと思います」
 黒子が指さした先にはカメラの性能と容量をウリにした宣伝文句が書かれたPOPがある。赤司もそれを読んで「いいんじゃないか?」と同意を示した。おそらく黒子がみんなと撮る集合写真をいつも大事そうに眺めていたことに気がついていたのだろう。
 携帯端末でもデータを持っていればいつでも見返すことができる。黒子は次の約束が楽しみになった。
「じゃあボク店員さんに声掛けてきますね。手続きに時間がかかるでしょうし、すみませんが赤司君は先に帰っていてください」
「いや、向かい側の本屋で時間を潰してるよ。終わったらその新しい端末で連絡してくれ。色々教えると言ったしな」
「えっ……そんな、申し訳ないですよ」
 遠慮する黒子に、赤司は何かを考える素振りを見せる。やがて名案を思いついたとばかりに口角を上げた。
「それなら、オレの悪戯に付き合ってくれないか」
「……はぁ、」
 珍しく要領を得ない回答に困惑する。それも悪戯ときた。彼の口からはめったに聞かない単語だった。
「まあ、よく分かりませんけど分かりました。キミがいいなら待っててください」
 赤司もなかなか頑固な面がある。これ以上の問答は時間の無駄だろうと思い、黒子が折れることにした。

 赤司と別れ、店員から長々と説明を聞きようやくショップを出た頃には一時間半が経っていた。かろうじて覚えていた電話番号を打ち込み電話を掛ける。ほんの少し、間違って知らない人にかかったらどうしようと思った。
『もしもし』
「もしもし。あ、赤司君ですね。良かったです、番号合ってて」
『っふふ、そんな心配してたの?』
 すぐに本屋から出てきた赤司と合流し、色々とご教授願うお礼にと夕飯に誘った。店へ向かう道すがら、黒子はずっと気になっていた『悪戯』について尋ねる。
「そんなたいしたものじゃないけどね。アイツらとのグループにいきなり黒子を入れたらどんな反応するかなって」
「あ。それはちょっと面白そうですね。携帯変えるなんて誰も知らなかったですし」
「だろう? 黒子ならそう言ってくれると信じてたよ」
 結局、店に着いてからの話題はそっちに持っていかれ、黒子は様々な反応で通知の止まらない端末を前にわくわくする気持ちを抑えられなかった。今までスマホ依存、という言葉を他人事に感じていたがこれからは意識してしまいそうだ。

「今日はありがとうございました。ボクひとりじゃ諦めてしまってたかもしれません」
「大袈裟だな」
 帰り際に改めてお礼を告げると赤司はこちらに気を遣わせないためか「オレの方こそ楽しかったよ」と微笑みを浮かべる。
「そうそう、次の休みなんだが、」
「えっ」
 当然のように予定を立てようとする赤司に思わず驚いた声があがってしまった。
「? 今日は何も教えられなかっただろう? しかも奢らせてしまった」
「いやいやそこは気にしなくていいですよ、ボクこそ何度も奢ってもらってますし。それよりどうしてそんな面倒みてくれようとしてるんです」
「……ああ、そっちか」
 ひとり納得したように顎を引き、赤司はすっと目を眇めた。
「オレが会いたいから口実に使っているだけ。だから黒子は何も気負わなくていいんだ」
「…………えっ、と、それ、は」
 赤司が浮かべたのは美しいほどの笑みだった。それも、黒子が思わず言葉に詰まってしまうくらいの。
 まるで口説かれているかのような錯覚に陥りそうで、気づいてはいけない何かを垣間見てしまいそうで、黒子は口を噤んでしまう。
「また連絡するよ」
 黒子の様子に満足したみたいに、赤司は軽く手を上げて踵を返して行ってしまった。その場に残された黒子はピカピカの新しい端末を見下ろしてぽつりと独り言をこぼす。
「……スマホに、するべきじゃなかったですかね……?」
 赤司からいったいどんなメッセージが届くのか。黒子が悶々としてしまうことすら彼の計算だとしたら、もう彼には敵わないのかもしれないと思ってしまった。



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