今だけは


※中学生



「おはよ〜、ろみん……」
「おはよ、遊我……って、どうしたの!? 顔真っ赤じゃない!!」
 カラカラと扉を開けた遊我は教室に入ってすぐ近くの席にいたロミンへ挨拶をした。当然こちらを振り向きおはようと言った彼女は、すぐさま遊我の様子がおかしいことに気がついたらしい。ぴと、と額に手の甲をあてられてその体温の高さを知ったロミンが叫ぶ。当然、そんな声につられてなんだなんだと遊我の友人たちも集まってきた。
「うわほんとだ! 大丈夫か!?」
「とりあえず保健室だよな……歩けるか?」
「え〜へへ……ここまで来れたし大丈夫だよぉ」
「その喋り方がもう大丈夫じゃないわよ!」
 しかし遊我の言葉は聞き入れてもらえず「ちょっと待ってて!」とロミンが教室を飛び出していった。
 大袈裟だなあ、なんて思いつつ自分の席へ向かう。しかし自身が思うよりも身体は不調だったようで、たった数歩先の距離すら遠い。ふらふらとした足取りはおぼつかなく、友人たちが焦った声を出す。
 するとロミンが戻ってきた。息を切らした彼女は隣にルークを連れている。
「ゆうが〜〜!! 熱があるってホントなのか〜〜ッ!?」
「もっと静かに来なさいよバカ!」
「だって、だってぇ……」
「あはは、なんでルークが泣いてるの」
 オロオロと狼狽えるルークを叱咤しつつも、ロミンも動揺が顔に出ている。ここはふたりの厚意を受け取ることにして、付き添われるかたちで遊我は保健室へ向かうこととなった。

「失礼します!!」
「先生いますか!?」
「はいはい、どうしたの?」
「先生! 遊我が、遊我が〜っ!」
 勢い余ってか保健室に入るなり先生に詰め寄ったルークとロミンを宥めて養護教諭がこちらへ問いかけた。遊我が「熱があるみたいです」と答えると体温計を手渡されたのでさっそく熱を測る。すると三十八度近い数値が表示された。遊我は「わぁ」なんて他人事のように捉えたが、ロミンたちは声にならない悲鳴をあげている。
「それにしても、よく登校できたわねえ……」
 絶句するふたりの傍で養護教諭が呆れ半分感心半分、といったふうに呟きながら、返ってきた体温計をしまう。
 実はここに来る途中にカイゾーにサポートしてもらっていたのだが、今の遊我にはそれを伝えられるだけの気力は残っておらず。
 ──ちなみに『今日は家で大人しくしていた方がいいのでは?』というカイゾーのもっともな意見はその場で却下されていた。そして今の遊我は却下したことも覚えていなかった。

「とりあえずここで休んで、お家の人に連絡しましょう」
「…………ぁ」
「どうした遊我!」
「いま、うちにだれもいない、です……」
「ウソ!?」
「そうなの、困ったわね……いつ頃帰られるのかは分かる?」
「たぶん、夕方には……」
「じゃあ放課後まではここで休んで、その頃に連絡するわね」
「はい、すみません。ありがとうございます……」
 話がついたところでルークとロミンは教室に戻るよう促された。名残惜しそうに遊我の方を見て「休み時間にはガクトも連れてくるから!」と言い残して帰っていく。
「ふふ、仲が良いのね」
 養護教諭が微笑む。遊我もつられてえへへと笑ったあと、フラフラしながら辿り着いたベッドにぱたりと倒れ込んだ。思ったよりも重症みたいだった。





 カーテンが開けられる音がして、ふと目が覚めた。扉が開けられる音と、誰かと誰かが会話する声。ぼんやりとした意識でルークたちが来たのだと思った。
「…………るーく?」
「残念。オレ様だよ」
「ろあ……?」
 おもむろに起き上がろうとした遊我をロアは止めた。
「起き上がんないでいいよ。つらいでしょ」
「ん……」
 そのまま額に手のひらをあてられ熱を測られる。体温計を使わずとも伝わったらしく「なーんでガッコ来ちゃうかねぇ」と呆れ笑いをしていた。
「……ろみんに、きいたの……?」
「そ。わざわざメッセージ送ってきたよ」
 ほら、と見せられた携帯端末の画面にはロアロミンのグループで発言していたらしく、業務連絡の次のメッセージが遊我の話題になっていた。余程焦っていたのかもしれない。
「んふふ」
「ったく、おかげでゲッタちゃんたちもびっくりしてたよ」
「それは、わるいことしちゃったなぁ」
 ふと、ロア以外に人の気配がないことに気がつく。どうやら先程のやりとりは養護教諭が席を外す際のもののようだった。
「あれ……そういえば、いまなんじなの?」
「三限目の途中」
「……えっ」
 昼休みに来ると言っていたロミンの発言を思い出し、しかしこの場にロアしかいないのを不思議に思い尋ねると、彼はなんでもないように答える。
「なんで……」
「オレ様意外と先生に信用されてんのね。ちょっと頭痛がー、って言ったらあっさり送り出されたよ」
「そうじゃ、なくて……」
 ああもう熱で頭が回らない。遊我のせいで授業をサボらせてしまっただとか、どうして嘘までついてここに来たのかだとか、聞きたいことはあるのに言葉になってくれない。
 そんな遊我の考えを知ってか知らずか、ロアは遊我の手を握ると端末を操作し始めた。まるでこちらを気にしていないように見えるのに、その手が離される気配はない。
「あの、ろあ……?」
「横に誰かいると安心するでしょ」
「……、」
 思わず「うん」と返事をしそうになった。寂しいなんて感じていなかったはずなのに、そう言われた途端にほっとしたのだ。
 ──ずるいな、と思った。ロアはよく遊我にそんなことを言うけれども、遊我こそロアにそう思う。
 言葉にはしないだろうし聞いてもはぐらかされそうだが、ロアは遊我を心配して来てくれたのだろう。そう思うと安心したからか、再び眠気が訪れてくる。
「寝てなよ、オレ様ならまだここに居るし」
「……ありがと」
 より近くで体温を感じたくて、ロアと自分の手を顔の横に添える。一瞬だけロアの指先がぴくりと反応したが、やはりこちらを見ないまま端末に集中していたのでこのまま遊我の好きにさせてもらう。目を瞑ると少しだけ楽になった気がした。口にすると気の所為だと言われるかもしれないが、ロアのおかげでよく眠れそうだという予感に擽ったい気持ちになってかすかに微笑みを浮かべる。
「おやすみ、ろあ」
「……ハイハイ、おやすみ」

 しばらくして遊我が完全に寝入ったのをしっかりと確認してから、ロアは深い深いため息を吐いた。「……ほんっと勘弁してよね、遊我ちゃん」と零した呟きに込められた心情を察してくれる者は、あいにくここにはいないのだった。



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