とあるお姫様の一端


※モブ♀視点



 私はどこにでもいるモブ女。そんな私は今日一生分の運を使い果たしていた。
(あ、あれは……!!?)
 数メートル先になんと、あの大人気小学生バンドロアロミンのリーダー、霧島ロア様がいらっしゃったのである。本日はオフの日なのか、サングラスをして服もいつものライブTシャツではない。
 ベンチに座ってスマホを弄っているだけなのに神々しく見えてしまうのはロア様がロア様たる所以といったところか。
 もちろん、節度をわきまえ一定の距離を保ったままさりげなく視線をおくる。そして今更ながら気がついたが、そんな人間が辺り一面にいた。皆ロア様が気になって仕方がないようでそわそわしているが、声を掛けることは一切ない。RSFCの会員規約は伊達じゃないみたいだ。
(はあ……ロア様今日もカッコいい……)
 うっとりと眺めていると、ふとロア様が顔を上げた。すぐにそちらを見遣るとたった今通りかかった女子二人組がきゃあ、と声をあげていた。どうやら思わず出てしまったらしい黄色い声をロア様が耳にしたようだった。まあ、気持ちは分かる。私も危うく歓声をあげそうになってしまったので。
 しかしロア様は特に気にした様子もなく、それどころか笑顔で手を振っていた。それにますます興奮した二人組はペコペコと頭を下げながら慌ててその場を立ち去っていた。その足取りは今にも倒れそうなくらいよろけていて不安になる。もしかするとロア様のファンサを目の前から受けてしまったおかげで気絶しかけていたのかもしれない。強く生きろ。
 ロア様がファンをお姫様と呼んでくれてサービス精神旺盛なのは共通認識であるが、自分が受けるとなると話は別なんだろう。羨ましいと思う気持ちもなくはないけれど、正直立っていられる自信がないのでもし機会が訪れたとしても遠慮してしまいそうだ。

 再びスマホに視線を落としたロア様だったが、しばらくすると眉根を寄せていた。トラブルだろうか。いやそもそも、待ち合わせによく使われているこの通りにいるということは誰かを待っているのではないか。ということは相手からのメッセージに、とそこまで考えて思考を振り切る。いかんいかん、プライベートに深く首を突っ込む真似はやめよう。というかそれなら、この状況は結構不味いのでは。今すぐにこの場をあとにするべきか。でも私がいなくなったところでロア様目当てでこの場に留まっている者は多いわけだし。
 つらつらと言い訳を並べているうちにさらに十分ほど経っていた。するとたたた、と人が駆けてくる足音が聞こえてくる。何気なくそちらを向いて、小さく「あっ」と驚いた声を出してしまった。

「遊我ちゃんおっそい」
「ご、ごめん、ロア……」
 息を切らしてロア様のもとへ駆け寄ったのは私も知っている人物だった。
 なんとなく、ここへ来るのはロアロミンのメンバーの誰かなのかと想像していた。しかしその誰でもなく、現れたのはいつかのライブのときに二度ほどステージ上でロア様との熱いデュエルを見せてくれた子だったのである。
 確かあの子はラッシュデュエルを生み出したという小学生だったはずだ。私が記憶を掘り起こしているうちに会話は進んでいく。
「寝坊、しちゃって……」
「ハァ? ああ、もしかしてオレ様に会うのが楽しみで眠れなかった?」
「ううん、そうじゃなくて。新しいロードを思いついたからちょっとメモしておこうと色々書いてるうちに、気づいたら深夜で……」
「…………」
 わぁ、あんなロア様初めて見た。眉間にしわが寄っていてめちゃくちゃ不機嫌そうだ。普段のステージ上では見られない表情に貴重な体験をしている気分になる。というか絶対にそうだ。
 思い返してみれば、彼とデュエルしているときも似たような顔をしていた気がした。仲が悪いのかな、と一瞬そんなことが過ぎったけれども、だとしたら今待ち合わせているはずがない。聞こえてくる会話から察するにふたりは約束までしていたようなので。
「……はああ……いいよもう、早く行こ」
「ま、待って、」
 スタスタと先に歩き出したロア様を追いかけるゆうがくん。ええと、大丈夫なのかな。ちょっと雰囲気が危うかった気がする。
 だが追いかけるわけにもいかず、こちらはハラハラしつつも見送るしかない。さすがにこれ以上はマナー違反だ。うう、でも気になる。
 彼らの今後を知る術がないと理解しているからこそ、どうか仲直りできていますようにと願うことしか私にやれることはなかった。
 だって、あの子とラッシュデュエルしていたときのロア様、すっごくきらきらしていたから。いつかまた見られたらいいなって思ってたんだ。
 少しだけ憂鬱になりながら、私はスマホを取り出す。とりあえず諸々の鬱憤を晴らすためにも、そして大遅刻をかます彼氏にひとこと物申してやるためにも、まずは連絡をつけなければいけなかったので。
 ──ロア様が見られたのには感謝してるけど、それはそれとして話が別なんだよね!?





 しかし、まさかまさかの数日後。私の陰鬱な気持ちを見事にふっ飛ばしてくれた出来事があった。
『ラッシュデュエルやりたいからってウチに来たくせにフツー寝る?』
『まあオレ様優しいからこのまま寝かせてあげるけど』
 何気なく覗いたSNS、そして並ぶロア様の投稿。デッキの写真も添付されている。しかし私は見逃さなかった。ロア様が使っているロイヤルデモンズデッキの隣に、セブンスロード・マジシャンのカードが見切れているのを。
 私の記憶が間違っていなければあれはゆうがくんのエースモンスターだったはず。つまりこの投稿はあの日のことなのではないかと推測できた。
 なんだか秘密を暴いているみたいでドキドキしてしまったが、それについていた返信にはロミンちゃんから『匂わせみたいな真似やめなさいよ!』と突っ込まれているし、ドラムの月太くんやベーシストの、そうそう、ウシロウくんにも『怒られるぞ!?』だとか『ちゃんと許可、とってる……?』と心配されている。
 確かにこれは、下手したら炎上モノだよなあと思った。彼らは小学生バンドなのでこういったことではしないだろうけども。
 色々と言いたいことはあるが、ひとつだけ叫びたいことがあるとしたら。
「全然仲良しじゃんっ!!?」
 ほんっっっとに、まっっったく、私が不安になる必要とかなかった。なんかお節介ですみませんでしたって感じ。
 隣で彼氏がびくりと肩を跳ねさせて何事かと驚いていたが、それに構っている余裕が今の私にはなかった。ゴメン。でもあとでたくさん話させて。



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