もしものはなし


※リンクス時空。
 なんでも許せる方向け。
 ギャグです。



 ブルーエンジェルたちに協力するとは言った。だがこんな形でするとはひとことも言っていないはずだった。
「でも似合ってるわよ、“エーアイ”さん?」
「…………」
「ヤダこの子これからステージに立つヤツにあるまじき顔してるよ〜」
 据わった目のプレイメーカーは、あろうことかこれからアバターとアカウント名を変えてアイドルとして情報収集をすることになったのである。

 時は少し遡って数日前。デュエルリンクスとは何なのか、それを調査するためにプレイメーカーとソウルバーナーはブルーエンジェルと手を組むことになった。プレイメーカーはてっきり情報の共有だと考えていたのだが、彼女から要請されたのはなんと『一緒ににステージに立ってくれ』という理解しがたいものだった。
『ナンデ……?』
 Aiが純粋な疑問を口に出す傍らでプレイメーカーは当然拒否した。目立ちたくない一心から現実でも遊作はひっそりと生きているくらいだ。いくら復讐は終わったとはいえ、もう影のように生きるのがすっかり板についている。そんなプレイメーカーに対し、ステージに立て、などと。
『断る』
『マ、そうだよネー。このプレイメーカー様だぜ? キャラじゃねぇもん』
『確かに、無理があるよな……』
『私もそう思ったんだけど、実は……』
 もう告知が、なんて言われて見せられた文面には『新たなアイドルデュエリストの紹介』なんていう一文が記されていた。
『おい、まさかこれが……』
『プレイメーカーのことなのか?』
『うん……』
『えっ! プレイメーカーの許可をとる前に載せちゃったの!?』
 ソウルバーナーはイベント告知の画面とブルーエンジェルを交互に見ながら驚愕の声をあげた。彼女は申し訳なさそうに目を伏せ両手を合わせる。
『名前は書いてないから、一応誰でもいいんだけど……でも他に頼る人がいなくて……』
『ハ〜、SOLのヤツら相変わらずメチャクチャやってんな……』
『………………違う、アバターなら、』
 正直、どうしてあのときあんなことを言ってしまったのか。いくら理由を思い出そうとしても浮かばず、頭を捻っても理解ができないのだが、しかし。プレイメーカーは確かにあのとき、了承の返事を出してしまったのである。
『え?』
『このアバターでなく、アカウント名も変えるなら……受けないことも、ない…………』
『え、えええ〜〜〜!? プレイメーカー様ァ!!?』





 ──プレイメーカーにアイドルなど向いているはずがない。愛想もなければ振り撒く気すら持ち得ないのだから。
 あちらが勝手に言いだしたこと。であればこちらも思うままさせてもらう。プレイメーカーはそう思って、無駄口をたたく暇すら惜しむようにただひたすらデュエルをこなした。それはまるでアイドルというより、Go鬼塚のようなカリスマデュエリストという呼び名の方が合っていたといえよう。
 つまり向こうから止めさせるよう仕向けていたのだけれど、ここでプレイメーカーの計算が狂うことになる。無口はクールだと見ている者たちに置き換えられて受け入れられたのだ。アバターの完成度に自信がなく目元を隠すためにつけていたシルバーのゴーグルも、ミステリアスだと好評であったらしい。完全に予想外だった。
「いつかエーアイとデュエルしたい! あわよくば罵ってほしい、だってサ」
「何だそれは」
「某掲示板のリンクヴレインズデュエリストのスレッドから一部抜粋してみました〜〜」
「抜粋するな」
「いやー、これからステージに上がるワケだしさ、緊張を解してやろうっていうAiちゃんの粋な計らい?」
「黙れ」
「あれま、超いつもどおり〜」
 安心安心、とデュエルディスクに引っ込んでいくAiにやや呆れたため息を吐き、プレイメーカーもとい新人アイドルデュエリスト“エーアイ”はステージへ足を踏み出した。

 その日のデュエルを終え早々にステージから脱したプレイメーカーは人気のない場所を探して歩き回っていた。アイドルデュエリストエーアイは、誰がやっているかはもちろん、中に人がいるかどうかも公式には明かされていないのだ。知っているのはSOLのトップとブルーエンジェル、ソウルバーナー、Ai、そしてサポートに手をあげてくれた草薙くらいだ。つまりログアウトするにも気を使わなければならず、こうして良さげな場所を探している訳なのである。
 そんなときプレイメーカーの前にひとりのアバターが立ち塞がった。見た目は仮面を被った男で、それ以外に特筆すべき特徴はない。
「……?」
「あの、エーアイさんですよね! 僕、ファンで……!!」
「ああ……」
 プレイメーカーは困惑した。普通のアイドルならここでお礼のひとつくらい簡単に告げて上手くあしらっただろう。しかし未だプレイメーカーにはアイドルになった自覚が芽生えず、意識も持ち合わせていなかった。
 だから何だと言いたげなプレイメーカーに自称ファンの男は詰め寄る。曰くプレイングに惚れただとか、繰り返しデュエルを見ているうちに本人にも興味が湧いてきただとか。あまりに勢いがよくて上手く聞き取れなかったがおそらくそんなことをペラペラと喋っていたのだと思う。
 しかしこちら側への配慮が一切感じられないのはいただけない。プレイメーカーはこの場を去りたいというのに、男は自分の思いを伝えたいという身勝手極まりない欲を押し付けている。段々と鬱陶しくなり、苛立ちが勝ってきたプレイメーカーはデュエルディスクに手をかざした。一戦相手した方が早いのではないかと判断したのだ。
「おい、デッキを、」
 プレイメーカーがそう声をかけた瞬間だった。コツ、コツという足音がする。徐々に近づいてくるそれは誰かがこちらへ歩いてくるものだ。プレイメーカーと男が音の出処を確かめようと同じ場所へ視線を向け、そして。
「……、……!?」
 プレイメーカーは、目を見開いた。視線の先にいたのは白い服を纏った、見覚えのありすぎる人物だったためだ。
「お、お前は……!」
「そんなところで何をしている。アイドルデュエリストへの過度な接近はブロック対象だと知らないのか?」
「えっ……ちが、」
「私はたまたま通りかかっただけだが……今なら見逃してやってもいい」
 バイザーの奥にあるアメジストが剣呑な光を携え男を睨みつける。「分かったら今すぐ消え去れ」と忠告すると、男は慌てたようにログアウトしていった。
(リボルバー……)
 データの粒子さえも完全に消えると、残ったのはふたりだけだ。プレイメーカーは礼を言おうとしたもののハッとして自身のすがたを思い出す。彼は、リボルバーは正体を知って助けてくれたのだろうか。
「ええと……」
 だが視線を彷徨わせて迷うプレイメーカーを一蹴するかのごとくリボルバーは告げる。
「言ったはずだ、我々は常にネットワークを監視している、と。当然、貴様の正体も知っている」
「それマジ?」
「あっおい!」
 デュエルディスクから顔を出したAiをプレイメーカーは咄嗟に背中に隠したが、リボルバーはフッ、と嗤う。
「私の前に堂々と現れるとはいい度胸だ、闇のイグニス」
「……何の用だ、リボルバー」
「まさか貸しだとか言うんじゃねぇだろーなぁ! あんなヤツ、プ……エーアイなら一捻りできたんだぜ!」
「こちらも貸しなどと思っていない。ただ巡回中に見つけた目障りな輩を排除したまでだ」
「ケッ、そうかい」
「アイドルなどと注目されるようなものをやっているならもう少し身辺に気を配ることだな」
 そう言い捨てるなり消えていったリボルバーに、プレイメーカーはぽかんと呆けて立ち尽くした。

「……礼、言いそびれたな」
「いいんだよぉ、アイツが勝手にやったことなんだからさ! それより早く帰ろうぜ〜」
「あ、ああ……」



  ◇  ◇  ◇



 わずかな浮遊感とともに意識が戻ってくる。ぱちりと目を開け、リボルバーもとい鴻上了見はリンクヴレインズから帰還した。
 ログイン時間はわずか数分。巡回なんて嘘っぱちだ。了見はプレイメーカーの危機を察してログインしただけである。
「プレイメーカー……何故あんな真似を……」
 目を細め、タブレットをスリープ状態から解除する。フォルダからとあるファイルを開くと、そこには動画データが並んでいた。そらら全てのサムネイルにはまごうことなきアイドルエーアイのすがたが映っており、開かずとも内容は明白だった。
「…………」
 これは監視だ。断じて鑑賞などではない。同じ視聴でも理由が違えば了見はそれをクリックすることができた。
(……目立つことが嫌いなのではなかったのか……!)
 そしてこの感想は事実の確認であって、複雑な感情を抱え始めているなど、そんなことはない。
 タブレット画面には彼が淡々とデュエルする映像が流れている。そして彼に声援を送る観客らも。まさかプレイングのみでここまで人を魅了してしまうとは。

 最初に知ったのは偶然に近かったが、以降何かと気掛かりで同行を辿っていれば先程のような現場をおさえてしまったのである。SOLへはあとで匿名で忠告しておくとして、問題は本人だ。きっと今日の出来事も大した問題には捉えていないのであろうことは一見しただけで窺えた。
(おのれプレイメーカー……)
 そう思いつつも気になってしまうのはやはり、了見が藤木遊作に複雑な感情を抱えているからなのだろう。今まで見ないふりをしていたけれどさすがに認めざるを得ない。
「……代償は高くつくぞ、藤木遊作」



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