告白


「あ、あの、王道くん……! 少しいいかな……?」
「いいよ、どうしたの?」
「えっと……ここじゃ少し……」
 昼休み。聞き取れた限りそんな会話をして、遊我は女子生徒とどこかへ行ってしまった。
 ロミンは声にならない悲鳴をあげて、危うく弁当を取り落としかけた。もちろん死守したけれども。

「ななな、なんですとぉ〜!? 遊我くんが……っ!?」
 学人は驚愕の声をあげかけ、内容が内容だったためか途中で自ら口を塞いだ。ロミンは頷きながら鮭を口に入れる。
「そうなの。うう……遊我が帰ってきたら詳しく聞かせてほしいけど悪いわよね……でもでも……!」
 続けて唐揚げを放り込みつつ悩ましげに首を横に振る。一方黙って話を聞いていたルークはわなわなと震えだし、そして絶望に打ちひしがれたような暗い声でぽつりと呟いた。
「そんな……もし遊我が誰かと付き合ったら、オレたちとはもう遊んでくれなくなるのか……?」
「いやいや……遊我くんがそんなこと……いえ、やはり優先順位は落ちてしまうかもしれません……」
 ルークの発言を否定しようとした学人も次第に自信を失い、絶句した一同の雰囲気は一気に暗くなった。
 そんな三人の耳に届いたのはその場にそぐわない、けれども今一番必要とされている人物の明るい声だった。
「……あれ? みんなどうしたの?」
 ──刹那、王道遊我の名前を呼ぶ三人の声が重なりこだました。

「え? ボクが誰かと付き合ったらって? ……なんで急に……?」
「いや……その……」
 なんと話したものかと三人が口ごもっていると、あっ、と何かに思い当たったらしい遊我が途端に焦りだした。これはまさか本当に、と知らずのうちに学人は息を呑んだのだが、出てきたのは本当に予想もしてない人物の名前だった。
「も、もしかしてロアになにか聞いた……?」
 ロア。霧島ロア。その名前はもちろん知っている。ロミンのいとこで、ロアロミンのボーカルを務める人物。かつては色々あり遊我とラッシュデュエルを繰り広げた末に今は仲間となっている彼だが、何故ここで。
 そんな疑問は三人全員が持ったようで、ロミンですら首を捻る。
「……? なんでここでロアの名前が出てくるの?」
 そのひとことで遊我は自身が墓穴を掘ったことを知った。
「アッ、なんでもないです」
「何ですか!? 遊我くん!?」
 しかし遊我は相変わらず誤魔化すのが下手だった。学人に詰め寄られてうう、としばらく言い淀んでいたがついに重そうな口を開く。
「…………ロアと……付き合い始めたの、聞いたのかなって……」
「誰が!?」
「……ボク」
「誰と!?」
「……ロア」
「聞いてない!」
 消え入りそうな声をしっかりと拾い上げた三人は今度こそ絶叫した。
 ──ちなみに、ここは生徒会室なので多少大声を出しても問題はなかった。当然まったく聞こえないわけではないので近くの廊下を通りがかった数名が肩を跳ねさせてはいたのだが。

「遊我ー!! これからもオレたちとラッシュデュエルしてくれー!!」
「んん!? どういうこと!?」
 涙を浮かべて訴えるルークに遊我は羞恥心も忘れてたずね返す。学人とロミンは気まずそうに視線を合わせ、実は、と経緯を切り出した。

「ああ、さっきのは別に告白じゃないよ」
 ロアにファンレター渡してほしいんだって。あ、そうだこっちはロミン宛てね。そう言って遊我は手紙を二通取り出した。
「ファンレター……?」
「告白じゃ、ない……?」
「きっと移動したのはきっとロミンがいたからじゃないかな? 直接言えないけど応援してますって伝えてって頼まれたよ」
 遊我の伝言に未だ呆然としながらもロミンは差し出された手紙を受け取っていた。淡いピンク色の封筒にうさぎが描かれた可愛い封筒には、確かに『霧島ロミンちゃんへ』と宛名が記されている。
 事の真相に安堵したけれどなにも解決はしていないような。おや、と正気に戻りかけた三人。そこへぽつりと落とされた呟きは彼らを揺り起こすにはじゅうぶんだった。
「でも……ボクも3人に恋人できたらちょっと寂しいかもね……」
 もちろん祝福するよ、と慌てたように付け加える遊我に、ワッと沸き立つ。
「ハア〜!? しばらく予定はないですけど!?」
「ていうかそれを遊我くんが言っちゃうんですか!?」
「そうだそうだ! ロアのヤツばっか相手してたら許さないぞ!」
 先程から驚かされてばかりですっかり追及しそこねていた。いくら遊我といると驚きの連続であるとはいえ、こうも続くと思考が追いつかないのだと知る。
 ちょっと詳しく、と言い募る三人から逃れるかのように遊我は声を張った。
「もう、昼休み終わっちゃうからぁ……!!」



  ◇  ◇  ◇



「……というようなことがあったのよ」
「……ねえ。まさかそれ言うためにわざわざオレ様の家に来たの?」
「そうだけど」
「……」
「ま、まあまあ」
 ロアの家を訪ねてきたのは遊我、だけではなくロミンもいた。いったい何事だとロアは思ったのだが。
「これでも三人の代表で来たのよ。ガクトが遠慮してルークを止めてたから」
「ああ……」
「そ、れ、よ、り! どーして報告してくれなかったの!?」
 バン、とテーブルを叩いて立ち上がったロミンは眼前に迫る勢いでロアにまくし立てた。ロアは肩を竦めて遊我を見遣る。
「オレ様は別にしても良かったんだけどさ、遊我ちゃんがイヤだって言うから」
「い、イヤとは言ってないよ!? 恥ずかしいから言いづらいなってだけで……」
「とのことで」
「むむ、それじゃあ仕方ないわね……」
「遊我ちゃんにだけ甘くな〜い?」
 視線を彷徨わせ、やがて観念したように項垂れる遊我を見て溜飲が下りたのか、ここまで来たくせにあっさりと引き下がったロミンを見て口端を引き攣らせる。
 なんとなく温度の下がった周囲に気がついたらしい遊我が話題を変えるように「そうそう、これ!」と件のファンレターをロアへ差し出した。
「ああこれね。確かに受け取ったよ」
 ひょい、と受け取りながらロアは先程のロミンの話を思い返した。
 遊我が告白されるかと思った、か。なるほど。ロアは考えたこともなかったし思いつきもしなかった。
 けれど今やラッシュデュエルを考案した人物として知名度もあるし、誰かの笑顔のために行動できる遊我が好意を持たれる可能性は存分にある。彼に絆されない人間はいないのではないかと、そう宣言出来得る現在が霧島ロアにはあった。
(…………面白くない)
 ──しかし納得はできても、感情が追いつくかどうかは別だ。
 今回は違ったが、次は本当になるかもしれない。遊我と誰かが並ぶすがたを思い浮かべただけで心中穏やかではなかった。もちろん顔には出さず平静を装っているが。
 ロアが悶々としている間に喋って満足したらしいロミンが席を立ち、ロアは投げやりに手を振り、遊我は玄関まで見送ってから別れた。戻ってきた遊我もそろそろお暇しようかな、といった雰囲気だったのでロアは無言で手を引いて隣に座り直させる。
「ロア?」
「……もうちょっとくらい時間あるでしょ」
「え? まあ、大丈夫だけど……」
 ロアの発言を受けたその表情は心底困惑しており、むしろこちらが眉を寄せる番だった。
「なに?」
「……や、ボクたちほんとに付き合ってるん、だね……?」
「…………は?」
 数秒経っても言葉の意味が飲み込めずに目を丸くするしかなかった。今コイツはなんと言ったのか。
「……ごめん遊我ちゃん、聞こえなかったな。なんて?」
 ニコニコニコ。我ながらいい笑顔を浮かべたつもりだったのに目の前の遊我は見惚れるどころか顔を青くして震え始めてしまった。
「ロア……?」
「いやぁまさかそんなこと思ってるとは予想外だったなあ。オレ様、そういう突飛な遊我ちゃんの発想は好きだよ。でもこれはちょっと受け入れられないかな」
「もしかしてめちゃくちゃ怒って……」
「──めちゃくちゃムカついてるし、癪だけどちょっとだけ、ヘコんでる」
 ロアは先程までの小さな嫉妬心をも上回る感情の渦に飲まれていた。
 遊我にきちんと気持ちが伝わっていなかったという事実は想像以上にロアの心を抉った。自分の態度が原因だということは百も承知だ。しかし、だからといって。ロアはロアなりに真摯に告白したつもりだったのだ。そして遊我に受け入れてもらえて、それなりに、浮かれてもいた。
「あ…………ごめん、ロア」
 ロアの態度から察したのだろう。遊我はおずおずとロアの右手に自身の左手を重ねてきた。あのね、と緊張でわずかに震えた声が室内に落ちる。
「言い訳に、聞こえるかもしれないんだけど、あんまり現実味がなかったっていうか……ロアは普段どおりに振る舞ってるし、ボクもそうした方がいいのかなって思ったら分からなくなってきて……」
「いいよ、もう、」
「ろあ、」
「……こっちこそごめん。オレ様も悪かったしお相子ね、それでいい?」
「……うん!」
 一方的に感情をぶつけたのに遊我は対して怒りもせず、それどころかロアのすべてを受け入れるみたいにふにゃりと微笑む。
 それを可愛いと思うのが悔しくて、ロアは手の甲で口元を覆って肘をついた。しかし微かにある素直になりたいと思う気持ちが右手を動かした。そっと指を絡ませ、グローブ越しの体温に触れる。
(ああもうホンット、遊我ちゃん相手じゃ感情のコントロールがきかない……!)
 昨日よりほんの少し心の距離が近づいたふたりの触れ合いは、窓から夕陽が差し込むまで続いていた。



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