マフラー


※平和時空



 自宅からしばらく歩いたところで、遊作はひとこと「寒い……」と呟いた。
 と、いうのも暦は師走の半ばを過ぎ、近頃のニュースでは寒波到来のワードを繰り返している。それなのに遊作の現在の格好は黒いパーカーにジーンズという冬にあるまじきものだった。言い訳をすると、室内にいたときはそれほど寒さを感じなかったせいでまあこれでいいだろうと甘い考えを持ってしまったせいだ。それに加え、コートまで忘れてしまうという失態までおかした。
 もし今が登校中であれば、遊作は迷わず引き返してコートを取りに戻っただろう。しかし今はCafé Nagiのアルバイトに向かう途中。遊作にとっての優先順位は、間違いなく草薙翔一の存在がダントツであったのである。
『いや〜、草薙のヤツならゼッタイ怒ると思うけどナ』
 鞄に入っているAIが何やらぼやいている気がするが、遊作は無視して足を進めた。

「遊作、お前そんな格好でここまで来たのか!?」
『ほ〜らね! 言わんこっちゃない!』
「……黙れ」
 到着して早々にそんなやりとりをして、遊作は鼻を赤くさせながらキッチンカーのなかで作業していた。本当は外で接客をしたりテーブル席の片付けをやる予定でだったのだが「そんな格好で外に出せるか」とのことで、車内であれば多少はマシだろうという草薙の気遣いから今日の仕事内容が変えられたのだ。
『遊作チャンてばうっかりさんだったねー』
「草薙さんが過保護なんだ。これくらい耐えられるのに」
『さっきまで震えてたくせによく言うぜ』
「おい今度こそミュートにするぞ」
『やーん! 寂しいからヤメテ』
 Aiにはそう言ったが、車内といえど開けっ放しなので突き刺すような冷たい風が入り込んでくる。温まりかけている鉄板も暖をとれるほどではなく、つまり寒さは依然としてあるわけで、遊作は知らずのうちに眉間に皺を寄せていた。

「……その顔で接客するつもりか」
「っ了見!?」
 寒さに気を取られていたためか近づいてきていた人影に気がつかなかった。聞き覚えのある声を耳にしてデュエルディスクへ向けていた視線を外へやると、そこには訝しげな顔をした鴻上了見のすがたがあり遊作は驚愕の声をあげる。
「注文しても?」
「あ、ああ……」
 オーダーを受けた遊作はソーセージを焼きながらちらちらと外の様子を窺う。待っている了見はというと、遊作の代わりにキッチンカー前に立っていた草薙となにやら言葉を交わしていた。
『遊作ー、焦がさないようになー』
「……わかっている」
 気を取られすぎだ、というAiからの言外の忠告を素直に聞くことにする。なにせこれを食べることになるのは了見なのだ。遊作は意識して手元に集中した。

「悪い、待たせた」
 品物を入れた紙袋を持って外に出た遊作が話しかけると、口を開きかけたらしい了見がそのままぽかんとした顔で固まった。珍しい表情に内心で驚いたがおくびにも出さず、首を傾げて「了見?」と再度声をかける。
「…………その格好は」
「……? なんだ、まさかお前も『見ているだけで寒い』とでも言うつもりか」
「既に言われていたのか」
「ほらみろ。Aiには同意してもらえなかったけどな」
『AIに無茶言うなし〜』
 了見は遊作に呆れたような視線を寄越し、それに草薙が頷きながら「遊作は自分に無頓着すぎる」と嘆いていた。否定したいが現状が物語っているので何も言い返せずに口を噤む。
『アララ、遊作チャン拗ねちゃった』
「拗ねてない」
「そう言い返すから拗ねたと捉えられるのだ」
 途端視界が遮られたかと思うと何かふわふわしたものを頭上からずぼりと被せられ、慌てて首元に触れる。見るとそこには真紅のマフラーがあった。手触りが良く、そして何より暖かった。すぐに体温に馴染んでいくのが分かる。そこまで理解し、遊作は前を向いた。
「これ了見の……っ!」
「それで少しは寒さが凌げるだろう」
「だが、これではお前が冷える」
「支障ない。そもそもマフラーがなくとも私はお前と違ってきちんと防寒しているからな」
 了見の言葉を受けてよくよく観察すると、ぱっと見ただけでもコートやセーターなど確かに暖かそうな格好をしている。
『めちゃくちゃ言われてんね、遊作』
「いやいや、これくらい言ってもらった方がいいんじゃないか? 遊作、せっかくの好意なんだから素直に受け取っておけよ」
 Aiと草薙の援護射撃もあって、遊作はやや間を空けてから「……じゃあ、借りる。ありがとう」と大人しくマフラーを巻き直した。
「別に返してもらわなくてもいいのだが」
「駄目だ。次にお前が来たときに返す。……それともオレが行った方がいいか?」
「そのような気遣いは無用だ。分かった、次にここを訪れたときだな」
 そう告げた了見は草薙に一礼するなり早々に帰ってしまった。
『何しにきたんだ、アイツ』
「は? ホットドッグを買いに来た以外にないだろ」
『そうかねえ……』
「ハハハ」
 遊作はマフラーに顔を埋め、ほう、と息を吐いた。先程まで了見がしていたのだと思うとなんだか妙な気恥ずかしさがこみ上げてくる。しかし、そう悪いものではないと思った。




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