ハンドクリーム


※WEBオンリーで展示していたものです。
 平和時空。



「……っ、」
 デッキ調整をしていると、不意に指先を切ってしまった。絆創膏を貼っておけば済む程度であるものの日常生活において煩わしさは感じる。やってしまったな、とは思ったがどうにもならないので仕方がない。
 ため息を吐いた遊作は、デッキをケースにしまって席を立った。

 鴻上了見とするデュエルは楽しい。それはもう、遊作にとって一番の楽しみともいえるかもしれないほどに。
 本当はLINK VRAINS内でやりたいところだが、あいにくとPlaymakerとリボルバーは有名人ともいえるアバターだ。ゆえに迂闊にログインも出来ないので、こうしてリアルで会って向かい合うのがふたりの日常だった。
 さてデッキをシャッフルしようという場面でふと了見の視線が遊作の指先に向いた。それを追うように遊作も目線を下に落とす。そして「あっ」というなんとも間抜けな声が出た。当然訝しんだ了見が問いかけてくる。
「怪我をしたのか」
「あ、ああ……そんなところだ」
「…………少し待っていろ」
 何やら黙ってしまったかと思うと、了見はおもむろに立ち上がりどこかへ姿を消した。
 しかし数分もしないうちに戻ってきた。そしてその手には何かが握られていた。どうやらそれを取りに行っていたらしい。
「了見?」
「遊作、手を出してみろ」
「?」
 言われるがまま手を差し出す。すると遊作の手に何かが塗り込まれた。
「うわっ!?」
「やはり、手が荒れている。だからシャッフルくらいで切るんだ」
「!?」
 何故バレた。驚いて了見を見るがそんな遊作の行動など予測済みだったのか「見れば分かる」という答えが返ってきた。
「ケアはしていないのか」
「ケア……?」
 これだ、と言って了見が掲げたのはハンドクリームだった。遊作の手に塗られている何かの正体がようやく暴かれた。というか塗る前にひとこと声をかけてほしい。無駄に驚いてしまった。
「必要だと思ったことがない」
「デュエリストだろう。気にならないのか」
「最近はもっぱらVRだしな」
「…………」
 了見の呆れた視線が飛んでくる。遊作は澄ました顔で無視を決め込んだ。

 しばらく無言のまま手を握り込まれている、という奇妙な状態が続いていたが、やがてぽつりと了見が呟いた。
「……せっかく綺麗な手をしているのにな、勿体ない」
 これは聞き捨てならないと遊作はいつになく目を輝かせる。
「じゃあこれからは了見がやってくれ」
「……それは、面倒に思ったから言っていないか」
「そう……、でもない」
 確かにそれもある。あるのだが「つまりは今より会える頻度が上がるんじゃないのか」と思ったというのが一番だった。
「それで? どうなんだ、やってくれないのか? ちなみに今これを貰っても忘れる自信がある」
「おい。…………はあ、分かった。分かったからその目をやめろ」
 遊作の押しに折れたらしい了見に了承をもらい、こちらから頼んだというのに心がそわそわと落ち着かなくなる。
 そんな遊作の気持ちは筒抜けなのか、了見は一瞬だけ笑みを見せた。それはすぐに消えてしまったのだけれど。
「ほらデュエルを再開するぞ」
「ああ」
 まあ、これから見られる機会も増えるだろうと踏んで遊作も了見に続く。まずはこれから彼に勝つことだけを考えなくては。余計な思考が混じった頭で勝てるほど、この男は甘くないのだから。



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