答え合わせ、今はまだ


※中学生のふたり



「遊我もロアも、なんていうか……あっさりしてるわよね」
「え? 何が?」
 ロミンの言葉に、遊我は首を傾げることになった。

 遊我が無事に地球へ帰ってきて早数ヶ月。ルーク、ロミン、学人はもちろんロアやアサナたちと同じ中学に通うようになって、今まで以上にラッシュデュエルを楽しめるようになって。そんな環境のなかで遊我にとって最も変化したといえる出来事といえば、やはりロアと付き合うようになったことだろうか。
 もともと彼のことは好きだった。それが恋愛感情も含まれるということに気がついたのは戻ってきて一ヶ月ほど経った時期だったか。すとん、と胸に落ちてきたその気持ちは、何の躊躇いもなく受け入れられた。
 告白するかは悩んだが、伝えるだけ伝えておこうと決心するまで然程時間は掛からなかった。たとえ想いを打ち明けたとて、ロアならば上手く流してくれそうだと思ったからなのかもしれない。
 できればこれからもデュエルの誘いくらいは受けてくれないかと無理なお願いをして話を終わろうとしていた遊我の口を、手のひらによって物理的に遮ったのは他でもないロアだった。

『遊我ちゃんさあ、な〜に勝手に話を終わらせようとしてるワケ?』
『んん、むむむむむ、』
『あは、なんて言ってるのか分かんないね』
 そう言って遊我の口を解放したロアは「あのさあ、」と、それはもう不機嫌そうに続けた。
『別に遊我ちゃんにその気がないってんならオレ様はもう何も言わないよ。けど、こっちの話を聞くくらいはしてもいいんじゃない?』
『う、んん……?』
『オレ様ってば一途だからすっごい昔から遊我ちゃんのこと忘れられなかったんだよねぇ』
『いや、それは違うんじゃ……?』
 遊我のやんわりとした否定はロアの無言の笑顔によって封殺された。
『ようやく隣に来たかと思ったらすぐいなくなっちゃうし。このオレ様の心をき乱すヤツなんて遊我ちゃんくらいだよ』
『え、ええと……』
『まあ、つまり? 遊我ちゃんはトクベツってことだよ』
 一瞬だけ、ロアの瞳が揺れたように見えた。遊我にはその刹那、彼の本心を垣間見た気がしたのだ。
 だから遊我は大人しくうなずいて、ロアとお付き合いする関係になった。

「そう……かな?」
「そうよ! たまに二人が付き合ってること忘れそうになるし」
「アハハ、そうなんだ?」
 遊我はロミンと言葉を交わしながら自分たちの行動を振り返っていた。言われてみれば、付き合ってからやるようになったことはたまに帰宅を共にするようになったくらいかもしれない。その際はロアの家に行くのと同義なので正確には頻繁に彼の家を訪れるようになった、と言い換えることもできるのだが。
 そのことは知らないであろうロミンからしてみれば、学校内での遊我とロアの姿は確かに一般的な恋人同士のやりとりからはかけ離れているのだろう。
 しかしそもそも、相手はあの霧島ロアなのだ。小学生の頃から人気バンドとして名を馳せていた彼は順調に活動を続けており、もう数年もすればその人気にさらに火がつくのは間違いない。と、いうのは何かの雑誌で見た受け売りだが、これには遊我も同意見だった。
 つまりは、ロア相手に『フツーの恋人』は難しいのではないかというのが遊我の見解である。
 ロアが視線を集めやすいのは当然なので一緒に出掛ける際は気を使ってしまうし、あのロアが遊我相手に人前で一般的な恋人のような態度をとるかと聞かれれば否と答えられた。
 そういった観点から遊我には現状が妥当だと思っていたのだが、ロミンからすると「遊我はもっとワガママになっていい」と言う。遊我はそれに曖昧な返事をして、その会話は終わった。次の授業が始まる合図のチャイムが鳴ってしまったためだ。

(ワガママ、かあ……)
 授業が始まってからも遊我の思考は先程の会話を引きずっていた。ワガママとは一体何を言えばいいのだろうか。一応、抱きしめたりキスなどの経験はひと通り済ませている。どちらも滅多にすることはないが、遊我はロアと一緒に過ごせるだけで満足しているので現状に不満はない。
 恋人のやりとりとは違うが、ラッシュデュエルだってお願いすればやってくれる。なのでやはり、遊我としては今のままの関係でもじゅうぶんだと思っている。
 心配してくれたロミンには今度きちんと伝えるとして、改めて考える機会を与えてくれたのはありがたいと思った。結論がどうであれ、ロアに対する気持ちを再認識したのは良かったかもしれない。なんだか気恥ずかしいが、だからこそ普段は考えないことだったからだ。

「ちょっと、遊我ちゃん?」
 すっかり思考に浸っている間に授業どころかホームルームすら終わっていたようで、目の前にはすでに訝しげな目をしたロアが立っていた。ぱちくりと目を瞬かせて時計とロアの顔を交互に見る遊我に、ロアはため息を吐いて遊我の頭をぽんぽんと叩く。
「ったく……遊我ちゃんてば昨夜も夜更ししたの? またロード?」
「いや……そんなんじゃないけど……」
 まさかロアのことを考えていたらぼーっとしていました、なんて馬鹿正直に答えたらからかわれるに違いない。かといって別の言い訳も考えていなかったために遊我が笑って誤魔化そうとするものの、ロアがそんな単純な手で納得してくれるわけもなく。「オレ様を前にして上の空なんて生意気じゃない?」と言い放つ彼に、先程素直に頷いておけばよかったなあ、と遊我が苦笑しているときだった。

「あ、ロアくーん!」
「!」
 ロアはもちろん、振り向いたのは遊我も同じだった。呼ばれた先には教室の入り口に立つ二人の女子生徒がいて、少なくとも遊我のクラスメイトではなかった。
 彼のファンだろうかと思った遊我はさりげなく視線を逸らす。ロアからの言及を避けられた、とほんの少しだけほっとしていた。
 一方のロアは女子生徒のもとへ向かうのだと思ったのに、遊我の前に立ったままで動く様子を見せない。ただ軽く手を振って笑うだけだ。珍しい、いつもなら彼はファンを「お姫様」と呼んで、惜しげもなくファンサービスをしているというのに。
 遊我の疑問を余所に、二人の女子生徒はこそこそと何か話していたかと思うと教室に入ってきてこちらに近寄ってきた。もちろん目当てはロアで、ロアくん、と甘えたような声が遊我の耳にも届いた。
「わたしたちロアくんと遊びに行きたいなあ。今から空いてたりしない? だめ?」
 その瞬間、遊我の心臓はドキリと嫌な跳ね方をした気がした。なんだろう、と思い胸に手をあてる。今までロアのファンへの対応を見ていても何か思うことなどなかったのに。
「うーん、せっかくのお誘いだけどゴメンね。先約があるんだ」
「ええ〜!」
 ようやっと口を開いたロアがきっぱり断る。だが納得がいかないらしい女子たちは食い下がってきた。
「どーしてもダメなの? お願い!」
「あ、お友達も一緒でいいよ?」
 ちらりとこちらを見てそんなことを言うので、今まで傍観者として耳を傾けていただけの遊我は思わず「えっ!?」と素っ頓狂な声をあげるはめになった。まだこちらはつい先程跳ねた心臓も落ち着いていないのに。
「……ねぇ、」
 慌てる遊我を女子たちから隠すようにロアが一歩横にずれた。
「遊我ちゃんのことオマケ扱いしないでくれない?」
「えっ……わたし、そんなつもりじゃ……」
「そう? オレ様にはそう聞こえたんだけど」
 そう言ったロアの声色は今までに聞いたことのない冷めたもので、背中しか見えていない遊我でさえヒヤリとさせられた。それを真正面から受け止めることになった彼女は余程恐怖を感じたのか、先程までの勢いはすっかり消えてしまったようだった。
「ろ、ロア? ボクは気にしてないよ」
「遊我ちゃんは黙ってな」
 遊我が口を挟んでも聞く耳なしの態度のロアに途方に暮れてしまった。本当に今日はどうしたというのだろう。たとえ機嫌が悪かろうとファンには一切悟らせないようにするのが霧島ロアだったはずなのだ。
 一方の女子生徒たちは気まずそうに遊我から目を逸らして意気消沈してしまっていた。追い打ちをかけるみたいに苛立たしげなロアが「もう用がないなら帰っていい?」と告げてこちらに目配せをする。
「う、うん……」
「ふーん? じゃあね」
 流れるように遊我の鞄を奪っていったロアがすたすたと立ち去っていくので慌ててそれに続く。すれ違いざまに頭を下げたが彼女たちはそれどころではなさそうだったのが気がかりだった。

 追いついても遊我はなんと切り出せばいいのか分からなかったし、ロアも口を開かなかった。だが何度もちらちらと様子を窺っていたのが鬱陶しかったのか、はああ、と大きなため息を吐いた末にようやく雰囲気がいつものロアに戻ってきていた。
「……何。意外だった? オレ様が女のコにあんな態度とったのが」
「うん……どうしたの?」
「あのコたち、ロアロミンのファンじゃなかったから」
「えっ」
 ロアの答えに、遊我は驚きの声をあげてしまった。
「そうだったの? それにしたって辛辣だったと思うけど」
「もちろんファンじゃないからってだけであんなに態度変えないに決まってるでしょ。理由はあのコたちに言ったとおりだよ」
「……やっぱり、ボクのせい?」
「遊我ちゃんは関係ないから。オレ様が気に食わなかっただけ」
 ロアはそっけなく言うが、それでもやはり遊我のせいには違いない。もしこれでロアに良くない噂がたってしまったら、と悪い想像をしてしまって落ち込む。
「なーに暗い顔してんの。あのコたちだって自覚はあったみたいだから言いふらしたりはしないと思うよ」
「そんなの、分かんないよ」
「……遊我ちゃん」
「なに……、んぎゅ」
 名前を呼ばれたかと思うと、鼻をつままれて情けない鳴き声がもれ出た。ツボに入ってしまったのかロアが吹き出す。
「フフッ……なにいまの、」
「じゃあ離してってばー!」
 ぱたぱたと腕をはたいて抗議すると仕方がないと言いたげに手を離してくれたのだが顔は未だに笑いを堪えたままだった。
「……まあ、遊我ちゃんのためっていうのも、間違ってはなかったかもね」
「ええっ!? やっぱりそうなの!?」
「…………もしかして自分で気がついてないワケ? はーあ。ま、遊我ちゃんだもんね
「な、何!?」
 ロアの意味深な発言に遊我は先程を回想するものの彼の真意は読めなかった。自覚していないこととはなんなのだろうか。
「せいぜいじっくり考えな。そのうち答え合わせしてやるから」
「何それ……」
「ロミンに言われたんでしょ、ワガママになれって」
「その話っ……!?」
 額を指で弾かれると同時に落とされた発言に驚愕するがすでにロアは先へ歩きだしており、きっと今追いかけてもはぐらかされると確信できた。
「……ワガママ、」
 道端に取り残されて、ぽつりと呟いた声は自分でも思ったより参ってしまっていた。だって、遊我はとっくに、これ以上の願望などないという結論を出しているのだ。それなのに、周囲はまるで遊我よりも遊我を理解しているかのように諭そうとしてくる。
 ──わたしたちロアくんと遊びに行きたいなあ。
 ふと、あのときの言葉と心臓の痛みを思い出した。
 ──まあ、遊我ちゃんのためっていうのも、間違ってはなかったかもね。
 ロアが言っていたのは、そのことだったのだろうか。しかし、どうしてあの瞬間だけ苦しくなったのか原因は不明のままだ。それを解き明かせばロアの望む答えが出せるというのか。
「ちょっと遊我ちゃーん、マジで置いてくよー」
「待って! 今行く!」
 しかし考えを纏める前にロアに呼ばれたため遊我は思考を中断せざるを得なかった。彼のもとへ駆け出しながら、遊我はそっと拳を握りしめた。



  ◇  ◇  ◇



「ぜ〜〜ったい遊我はガマンしてると思うの!」
「……何を?」
 放課後、突然ロアのクラスに乗り込んできたかと思うと何やらロアの恋人のことで熱弁を始めたいとこに対して、こちらは詳細を聞き出すことからしなければならないのであった。

「だからね、遊我のことよ!」
「それは分かったから。なに? 本人が言ってたの?」
「その本人が自覚してないからアンタに言ってんの!」
「へー」
 そう吠えたロミンを、ロアは机の上に肘をつきながら適当に受け流した。
 ──お節介。それが最初の感想だったのだ。
「放っておきなよ。遊我ちゃんが頑固なのはオレ様だって嫌というほど知ってるし」
「そうだけど……ロアは気にならないの、恋人が気持ちを抑え込んでるとか」
「言っても聞かないからねぇ」
「でも、」
 一瞬、ロミンが躊躇ったあとに言う。
「あの調子じゃ、モヤモヤも不満も吐き出せそうにないわよ……」
 ひとりごとのように呟かれたその言葉にロアは携帯端末を弄っていた手を止めた。なるほど。ロアに遠慮をしている遊我、という現状は少し腹が立つかもしれないと思った。
「……ご忠告ドーモ。頭の隅にでも留めておくよ」
「あっ、ちょっとロア!?」
 それから遊我のいる教室へ向かう足取りは、おそらくいつもより荒いものになっていたような気がする。

 ロミンの予感が当たっていたことは、奇しくもその直後に理解することになった。
 自身も分かっていないような顔をしてしっかりと嫉妬していた遊我を見たとき、ロアは無性に苛ついた。自分の恋人が遊びに誘われているのに静観するつもりでいる姿勢だとか、自分を蔑ろにされても笑って流そうとするさまに苛立ちを覚えたのだと思う。
 だから、いつもなら女子相手にスマートに対応してみせるロアも、あのときばかりは感情的になってしまったのだ。

 ヒントを与えてやったらその場に留まりぽつんと佇んでしまった遊我を尻目にロアは苦笑していた。
(迷子みたいな顔しちゃってさァ……)
 せいぜい悩めばいい。こちらは遊我に振り回されっぱなしなのに、あちらはちっとも動じていないというのは不公平ではないのか。たまにはカワイイ反応のひとつでも見せてみろと言いたいのだ。
「ちょっと遊我ちゃーん、マジで置いてくよー」
「待って! 今行く!」
 慌てて追いついてきた遊我はすっかり困りきった顔をしており、心ここにあらずといった様子だった。
(ふぅん……)
 それを目にして気分が上がる。しばらくは楽しめそうだ、なんて我ながら性格の悪いことを考えていたロアの口元は、それはもう綺麗な弧を描いていたのだった。



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