酔いとか愛とか


※オンイベ展示作品でした。
 最終回後未来捏造。



「む……」
「仕方がないだろう。どうせ二年なんて月日、過ぎるのは一瞬だぞ」
「ぜんぜん一瞬じゃない」
 子どものように頬を膨らませて拗ねる遊作の前には空のグラス、そして了見の前にはワインの入ったボトルがあった。

 了見はつい最近誕生日を迎え飲酒ができる年齢になった。アルコール類にさほど興味はなかったが、滝ら三人から勧められたこともあり何度か飲む機会を経てたまに嗜むようになっていた。
 そして今日、二週間ぶりに会った恋人と隣り合って座り夕食を共にしている際にふと飲みたくなり、ワインを取り出してきた了見に遊作は目敏く反応した。
「ん」
「おいこら未成年。何当然の如く貰おうとしているんだ」
「けち」
「ケチではない」
 てっきり遊作なりの戯れかと思った。この子の口から突拍子もない発言が飛び出すことが増えたのだが、どうやらそういった了見とのやりとりを楽しんでいるらしいのだ。了見も気がついたのは最近だった。
 だから気にせず自身のグラスに注いでいたのだけれどコップを持った遊作の手はこちらに伸びたままだった。
「遊作?」
「……了見だけずるい」
「飲み物が欲しいのなら取りに行くが……」
「それがいい」
 何故か頑なにワインをねだる様子を見せるのでこれが本気なのだと悟る。駄目だと言い聞かせて、冒頭のやりとりに戻る。

「どうして酒に拘る」
「……べつに」
「遊作」
 名前を呼んでも理由を話そうとせず、分かりやすくつい、とそっぽを向く。軽く鼻を鳴らして了見はグラスに口をつけた。すると翡翠の瞳が動いて、再びこちらに視線が戻ってくる。それはやはりグラスの中で揺れる液体をじっと見つめていたために、遊作がワインに関心を持っていることが窺えた。
 しかしもう一度尋ねたところで返ってくるのは先程と同じ答えであろうことは簡単に予想できた。ならば了見自ら遊作の思考を暴かなければならないのだが、それが容易であればこれまで了見は恋人の言動に一喜一憂していない。おそらくこれからも遊作には振り回されるだろうという確信にも似た予感があるが、それが嫌ではないのが惚れた弱みというやつなのだろうと思う。

 さて、ではどうしたものか。時間が経てば遊作も機嫌を直して何事もなかったかのように振る舞うだろうが、それでは了見の気が済まない。澄まし顔が標準装備の恋人が子どもっぽく拗ねているのは可愛らしいに他ならないが、それはそれとして了見の目の前でこんな顔をし続けているという事実が気に入らないのだ。
「遊作、」
「なんだ、俺は何も話すつもりは……〜〜〜っ!?」
 身体ごと隣へ振り向き遊作のおとがいを掬うと、これみよがしに突き出されていた唇にキスをした。驚いた拍子に開いた隙間から舌を捩じ込み遊作の口内を好き勝手に弄る。驚愕に満ちていた目は口付けを深めていくと、みるみるうちに生理的な涙から潤み始めていった。
「……っはあ、いきなり、なにするんだ……!」
「なに、飲酒を認めるわけにはいかないが酒の味だけはと思ってな」
「な、……はあ?」
 抗議する遊作に対して了見が意地の悪い笑みを浮かべて答えると、一瞬で頬を染めてもごもごと口ごもってしまうのだから堪らない。
「それで? 初めての酒の味はどうだったんだ?」
「〜〜ッ分かるわけないだろ!」
「そうか」
 予想できていたことを敢えて尋ねると遊作はキャンキャンと吠えだした。可愛い奴め。
 しかし今度こそ完全にへそを曲げてしまった遊作はじとりと了見を睨みつけている。これはもう理由を聞き出すことは叶わないだろうなと半ば諦め、機嫌を取ってやらねばと了見は手を伸ばす。
「……ん、」
 食むようなキスを仕掛け眦を親指でそっとなぞる。びく、と遊作の肩が跳ねて反応を見せたのに気を良くし、舌を差し込むと今度は遊作のペースに合わせてやさしく吸い上げる。遊作の手が了見のシャツをぎゅうと握りしめた。

 やがて、ふ、とどちらからともなく離れると、遊作は了見の肩に顔を埋めるようにして寄りかかってきた。何か切り出そうする気配を感じたのでしばらく黙って、時折戯れに髪を梳いたり背中を撫でたりしていると、遊作は重かったその口をようやく開き始めた。

「……了見との年齢差を感じるから……変な態度をとってしまった……」
「……年齢差?」
 声はわずかにくぐもっていたが、耳に近い位置なのでしっかりと聞き取れた。
 しかし遊作の言う『年齢差』にはどういうことかと首を捻る。確かに二人の年齢はふたつほど違うが、それが何かの弊害となった覚えはない。少なくとも了見は、であるが。
 もしかしてこちらの知らぬ間に遊作は悩みを抱えていたというのだろうか。であれば早急に問題を解決しなければなるまい。了見は遊作に続きを促した。
「いつもは、そんなに実感する機会もないから気にしたことはなかったんだが……なんだか、今日は了見が遠くに思えた……」
「なんだそれは……」
 しかし、聞いてみれば了見は肩透かしをくらった気分だった。思わずそんなことか、と口に出してしまいそうなくらいに。
「遊作。私たちの年齢が離れていて今まで困ることがあったか?」
「…………ない、な」
「ならばこれからも気を揉む必要はない。だろう?」
「……分かった」
 そこでようやっと顔を上げた遊作の表情は、まだ少し迷っているかのように伏せ目がちではあったものの、納得はしているらしかった。おそらく遊作なりに色々と葛藤があるだろうがこればかりは本人の気持ちの問題でしかない。了見にできることといえば遊作に心の距離を感じさせないよう努めることだろうか。
 手始めに、と了見が遊作の指先を絡ませると向こうも気が乗ったのかこちらの手で遊び始めた。そんな遊作を横目に頬や額に唇を落とし、了見は自身の気分が上昇していくのを実感した。アルコールか、恋人の愛らしさか。そんなもの考慮するまでもないと分かりつつ、素直に認めるのも癪だと思う心もあったのだった。





 ──なんて、そんなこともあったなと了見は昔を思い出していた。
 了見と遊作の年齢差が埋まることなど未来永劫有り得ない。それでも時が経てばやがて遊作も成人を迎える。初めての酒は必ず一緒に飲もうと約束していたため、了見はそれはもう悩んだ。遊作の二十歳の誕生日祝いも兼ねているのだ。どんな酒を贈ればいいものか、と。
 そうして了見を悩ませたプレゼントは無事に遊作を喜ばせることができ、さっそく開けた次第だったのだが。

「りょうけん、おかわり」
「…………もうその辺にしておけ、遊作」
「やだ」
「駄々をこねるな」
 無理やりボトルを奪うと遊作から文句があがった。しかし酔っぱらいの戯言ほど意味のないものはない。了見はそれらをすべて無視して水を取りに向かった。
「遊作、水だ」
「いらない……」
 了見とてまったく予測していなかったわけではない。遊作がまったく酔わない場合と、逆に弱かった場合。前者であれば了見の飲み相手になってくれるのではないかと少し期待したり、後者ならば介抱するために準備しておこうと思ったりしていたわけなのだが。

「意外だな。遊作なら強いんじゃないかと思っていたが」
「……ん〜……」
「聞こえていないか」
 すっかりふにゃふにゃになってしまっている遊作の頬を手の甲で撫でながら、了見はじっくりと観察する。
 なんとなく、遊作は酔わないイメージがあったのだ。おそらくそれは、強い意志を持った翡翠を何度も目の当たりにしていたからなのかもしれない。こうして恋人となっても、やはり了見にとっての遊作はPlaymakerとしての彼の印象が強いのだろう。
 むにゃむにゃと寝言未満の言葉をもらす遊作につい笑みをこぼしつつ、了見は恋人の身体を抱え上げた。彼をゲストルームへ運び、聞こえていないと知りながらも「おやすみ」と声をかけそっと部屋を出る。

 明日の朝起きたとき遊作はどんな反応をするのだろうか。了見はそればかりが楽しみだった。
 ああそうだ。自分の前以外では飲まないようきつく忠告することも忘れないようにしなければと、了見は脳裏にしっかりとメモを書き残した。



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