ソファ上の攻防戦


※最終回後時空。
 Aiもいる。



 紆余曲折あり、遊作は了見とお付き合いをすることになった。その過程には遊作が押しに押したり、了見が罪悪感と己の感情の間で揺れまくり最終的にLINK VRAINS内でPlaymakerとデュエルをし、勝敗で我が道を決めると言ってログインを強いてきたり。
 死闘とも呼ぶべきデュエルの末、無事にPlaymakerもとい遊作が勝利を勝ち取ったその後はその後で何故か草薙に心配してもらったり、Aiは『正気!?』なんて失礼なことをかます、という事態にもなった。ちなみに余計なことを言った相棒にはミュートの刑を下した。遊作にとっては愛しい恋人と愛する相棒なので仲良くしてほしいのだが、実現する日はまだまだ遠そうだ。

 付き合い始めて半月。今日はふたりの想いが通じ合った日以来に現実世界で会える日だった。所謂デートだ。それも、ゆっくりしたいからという理由によりお家デートである。了見も遊作も騒がしい場所は得意ではないので一石二鳥だ。
 メッセージのやりとりもしているし、LINK VRAINS内では何度も会っていたからそれほど久しぶりとは感じないだろう、そう思っていたのはデートの二日前までだった。
 いざ前日になるとそわそわと落ち着かない気持ちになり、それが行動にも出ていたらしく学校では島に何かあったのか聞かれるし、多少事情を知る財前には「貴方もそんなふうになるのね」と言われ、面白いものを見たとばかりに微笑まれた。なんだか最近彼女がゴーストガールに似てきた気がする。
 Café Nagiでのアルバイト中にも危うくソーセージを焦がしかけていよいよというところで、草薙に気を使われてしまったのか休憩に促された。申し訳なく思いつつも有り難く厚意を受け取って店の前の席につく。淹れてもらったコーヒーを飲んでひと息つくと、少しだけリラックスできた。
 思えばあの了見との初デートなのだ。それは緊張していても仕方がないのかもしれないと、遊作は開き直りにも似た考えに至る。おまけに遊作にとっては十年間一度も忘れたことのない相手である。
 恩人かつ仲間になりたいと願い、いつの間にか芽生えていた感情を自覚すると、今度は了見ともっと仲を深めたいと思うようになった。最初の頃は葛藤もあったが好きだという気持ちは止められないとはよく言ったもので、色々あったものの遊作はこうして新たな未来を掴み取ったというわけである。
 ──そういえば、Aiに釣られて観ていた昼ドラが役に立ったと言えなくもない。なければ諦めていそうだったので。
 悶々としているうちにカップの中身は空になっていた。携帯端末を取り出し時刻を確認するとそろそろ帰路につく社会人たちが押し寄せる時間帯だった。店に戻らなくては、と立ち上がりかけたところで、見ていた画面にメッセージ受信通知が現れる。相手は鴻上了見──まさに今、遊作の脳内を占める恋人の名前が表示されていた。
『明日、楽しみにしている』
 たったそれだけ。了見らしい、簡潔なひとことだ。しかし、普段は用件のみをやりとりするふたりにとっては珍しい一文だった。それが意味するのは相手も明日を心待ちにしているということ。そう結論を出すと、遊作の心はさらに浮き立った。恋人と気持ちを同じくするということがこんなにも嬉しいことなのか。告白して両想いとなり付き合い始めたときとはまた違う喜びがあり、遊作は新しい発見をした気分になっていた。
 拙いながらも了見に返信をしてから今度こそ立ち上がる。自身の気持ちはきちんと届くだろうか、などといらない心配までするほどには浮かれている。そんな遊作の感情が態度にもあらわれていたのだろう。珍しく気を使っていたのか今まで沈黙を貫いていたデュエルディスクがぱちりと瞬きをして呟きをもらす。
『あーあ。遊作チャンてば嬉しそうな顔しちゃってサ〜、オレには滅多にそんな顔してくれないのにな〜!』
「…………黙れ」
 遊作の罵倒が照れ隠しだなんて、相棒にはお見通しであったに違いない。その証拠にAiはいつものように大袈裟にリアクションすることなく『ハイハイ』とおざなりな返事をするだけだったのだから。





 迎えた翌日。待ちに待った初デート当日だ。遊作は緊張した面持ちで鴻上邸の玄関の前に立っていた。
 すうはあ、とらしくもない深呼吸をしていざインターフォンを、と手を伸ばす前に、目の前の扉が開いた。もう少し猶予があると思っていた遊作にとっては想定外のカウンター罠を食らった気分だった。
「入らないのか」
「りょ、了見……」
 扉を開けた相手は言わずもがな。おそらく監視カメラから様子を窺っていたものの、あまりに遊作が動かないから痺れを切らして了見自ら扉を開けてくれた、といったあたりが妥当か。遊作も逆の立場であったなら同じ行動をしている自信があるので何も言えないのだが、それにしたってこちらの心情も慮ってほしいと願うのは身勝手なのだろうか。
 勝手に出鼻を挫かれた気分でぐぬぬと唸っている遊作を訝しげに見つめつつ、早くしろと再度了見が中へ入るよう促す。かろうじて「……お邪魔します」とだけは呟けた。

「闇のイグニスは?」
「留守番だ。お前とので、……に連れてくるわけにもいかないだろう」
「フ……そうか」
 気恥ずかしくなり面と向かってデートという単語が言えず、不自然な間を空けた遊作に了見はくすりと笑う。抗議する代わりに軽く腕を小突いたが、そんな遊作の反撃など彼にとっては可愛いものだっただろう。思えば了見とこんな些細なスキンシップをできるようになったのも、つい最近だった。

「……これ」
「なんだ?」
 遊作は忘れないうちに、と右手に持っていた紙袋を突き出す。デッキ以外に持参した唯一の荷物である手土産だ。
「手ぶらで邪魔するのも、と思って。何が好きか分からなかったから適当に見繕ってきた」
「ほう。楽しみだ」
「暇つぶしでレビューサイトを見ていたAiが太鼓判を押していたから間違いないはずだ」
「待て、前言撤回だ。大丈夫なんだろうな?」
 ──戻ってきたAiに対して抹殺するとは言わなかったが、それでも了見たちの間の確執は残ったままだ。だからこそ遊作はこの場にAiを連れてこられなかった。
 遊作が彼らのいつかの未来を夢想する一方で、了見とAiは冷戦状態だった。たとえば、遊作が目を離した隙にAiが何やら吹き込んで了見と口論していたり、貸してみろと言われ素直に渡したデュエルディスクに謎のプログラムを仕込まれ『キモチワルイのに快適! ムカつく!』とAiがよく分からない文句を喚いていたり。まあ、以前に比べたら随分と穏やかになったとは言えるのだが。
 そんなふたりなので了見が警戒するのも無理はない。ゲテモノでも入ってるのではあるまいかと眉を顰める彼に遊作はムッと口を尖らせた。理由は理解できるがそれとこれとは話が別なのだ。
「当然だ。最終的に決定権があるのはオレだからな」
「まあ、それもそうか……」
「ついでだから聞いておきたい。了見の好物はなんだ? オレはやっぱり草薙さんの作るホットドッグが好きだ」
「……前から思っていたが、君は食事にもう少し気を配るべきだ。好物なのは分かるがジャンクフードばかりでは栄養が偏るぞ」
「……なんでオレはいきなり説教されたんだ……?」
 草薙の名前が出た際に一瞬だけ了見が見せた表情など、受け取った紙袋を持ってさっさとキッチンへ向かってしまったせいで遊作からは見ることが叶わなかった。ゆえに了見が説教の裏に隠した嫉妬なんて、察せるはずがなかったのだ。

 コーヒーを淹れてくれた了見がリビングに戻ってきた。礼を言って受け取ると、遊作の隣に彼も腰掛ける。
 静かな空間、肩が触れる距離に恋人がいる。そう意識すると途端に遊作の心臓は暴れだした。少しでも気持ちを落ち着けようとマグカップに口をつけると、思ったよりも中身が熱く、すぐさまカップを遠ざけることになってしまった。
「……っ!」
「遊作?」
「……なんでもない」
 緊張がバレたくなくて目を逸らすものの了見に対して遊作の下手な誤魔化しが通用するはずもなく。アイスブルーの瞳がじっとこちらを見つめて遊作の真意を探ろうとしてくる。精神の強さには自信がある遊作だが恋人の視線には敵わない。数十秒も経たずに早々とサレンダーを決め、カップをテーブルに置いてそろそろと目線を合わせる。
「お前とふたりきりだから、柄にもなく緊張している……」
「…………なんだ、遊作もか」
「……も?」
 思わずといったふうにぽろりとこぼされた了見の発言は、なんだか聞き流してはならない気がするものだった。
「いや、」
「オレは正直に言ったぞ。まさか『なんでもない』はないよな?」
「……遊作……」
 ずい、と迫ると了見も観念したとばかりにカップを置いて天を仰いだ。遊作から見える横顔には失敗した、と書かれており、やはり先程の言葉は了見本人にとっても予定外の発言だったらしい。
「ふーん。へえ……?」
「……言いたいことがあるならはっきり言え」
 投げやりになった了見は拗ねたような態度をとり、そんな珍しい了見に遊作はときめいてしまった。
「好きだな」
「………………は?」
「いつも堂々としているお前もいいが、見慣れないぶん今の子どもっぽい態度の了見も好きだなと思った」
「おい、遊作? 待て、」
「可愛いからできればオレの前だけにしてほしいが……」
「遊作──ッ!」
 苦虫を噛み潰したような顔で話を遮ってきたので口を噤むしかない。せめてもの無言の抵抗として視線で訴える。
「……」
「先程までは緊張していたりデートが言えずに恥ずかしがっていたかと思えば唐突にストレートな告白をしてくるのはやめろ! お前の中の基準はどうなってるんだ……!」
「そんな……思ったことはすべて言葉にしていけとAiが……」
「こんなときだけ素直に奴の言うことを聞くのか……ッ!」
 そういうわけではない。遊作も納得したので実行したまでだ。
「……了見が嫌だと言うならやめるが、」
「そうは言っていない。……遊作」
「ん?」
「私も、好きだ」
 やはり照れるな、これは。そう続いた了見の言葉も遊作には届いていない。それほどまでに今の告白に衝撃を受け固まっていた。
「遊作? ……顔が赤いようだが?」
「……分かってて言ってるだろ……」
「そうだな、とても可愛らしいと思う」
「根に持ってる……!」
 ソファの背凭れに顔を埋めて逃げようとするも了見がそれを許してくれるはずなどなく。
「私の気持ちも理解してもらえたかな」
「〜〜〜っ狡いぞ! こっちは十年間ずっとお前のことが忘れられなかったのに! こんな……こんな……供給過剰すぎる……!」
「ほう……?」
 良き情報を得た、とばかりに微笑んだ了見の表情は、リボルバーとしてデュエルしていた際に見せた不敵な笑みをしていた。
「了見、顔が怖いんだが」
「恋人に向かって酷い言い草だな」
 そう言いつつ遊作に覆いかぶさってくる了見はただならぬ雰囲気を纏っている。そんな恋人を止めるために遊作は賭けに出ることにした。
「……提案がある」
「一応、聞いておこう」
 なんとか話を聞いてくれそうでほっとする。遊作はポケットからデッキを取り出して互いの眼前に掲げた。
「一度デュエルをしないか?」
「ふむ。魅力的な誘いではあるが却下だ。私としては別の誘いを期待していたのだがな」
 しかしその提案はあっさりと捨て置かれた。了見は聞き分けのない子どもを見るような目で遊作を見て、そっとデッキを取り上げテーブルに移動させる。嗚呼、サイバースたちの声が聞こえる気がする。たぶん、謝罪だった。お前たちは何も悪くない。
 改めて了見が向き直る。遊作に彼を拒否する意思はないのだが今だけは勘弁してほしかった。せめてほんの少しでも心の準備をさせてくれる時間をくれたらいいものを。
「安心しろ。待つ以外のリクエストなら聞いてやる」
「は!? なんだそれ、ま……っ!」
「待たない」
 わあっ、と。遊作のあげた悲鳴は色気を感じないものであったはずだが、了見にはしっかり効果があったようで。
 今までにない恋人からの猛攻に耐性のなかった遊作は顔だけでなく耳までも真っ赤に染め上げた。そんな遊作を見た了見はそれはもう楽しそうに愛を囁き、あの手この手で次々に遊作の思考を掻き乱していったのだった。

 ──翌朝。目が覚めた遊作は誓う。もう二度と了見を煽るまい、と。
 だがそんな誓いも虚しく遊作は無意識に破ってしまうことになるのだが、当然本人は真面目に決心していたのであった。



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