パッショネート・ラブ・コール


※現パロ
 了(22)×遊(20)



 ──同じゼミの奴に誘われた。今日は遅くなると思う。
 遊作からのメッセージが表示される携帯端末を見て、了見はすぐさま本日の作業量を再考することにした。
 己の平均から計算すると、これから三時間ほど集中すればなんとなるだろうと踏んだ。ふう、とひと息吐いて再びモニターと向き合う。現在の時刻はといえば、短針が四を指していた。

 鴻上了見は恋人である藤木遊作と同棲している。すでに職についている了見が、まだ大学生の遊作を囲い込んだというのが正しいかもしれない。頑固な遊作を説得するのには骨が折れたが、なんとか頷かせて無事に今の生活を手に入れた。
 元々ひとり暮らしだった者同士のため家事は分担することで話がついたし、互いに物静かな性格ゆえか衝突もほとんどなくふたりの同棲生活は順調そのものだった。何かあれば話し合いかデュエルで解決と決めたルールがあるので派手な喧嘩も起こらないのだ。まあ、意見を却下されデュエルにも敗北を喫した遊作が拗ねて口を利かないという例もあった。そのときは滅多に見る機会のない表情が見られたので微笑ましいな、で済ませている。
 ちなみに、了見が却下したのは遊作のアルバイトを増やしたいという要望だった。なるべく共にいたくて同棲を持ちかけたのに、家を空ける時間を増やされては元も子もない。

 ふたりの間で決めたルールのなかに、予定通りに帰宅できない際は連絡すること、という項目がある。これは了見が、遊作の行動をできるだけ把握しておきたい一心から頼んだものだった。たとえ狭量だと言われようが構わない。遊作本人は拒むどころか素直に頷いてくれていたので本人了承済みととっている。

 そんなわけで、今日も遊作は律儀に了見へ帰宅が遅れる旨と、誰からの誘いであったかを報告してきた。場所についてはGPSを辿れば特定できるので記されておらずとも問題ない。大方飲みにでも誘われたかと見当をつける。遊作本人は否定しているが、あの子は心優しい子なのだ。ひとからの頼まれごとはなんだかんだ言って引き受けてしまう。美徳ではあるが了見にとっては少々思うところがある遊作の長所だった。
 さて。遊作からこのメッセージを受け取ったということは、すなわち了見には遊作を迎えに行くという使命が課されたことを意味する。いくら遊作が成人済みの男であるとはいえ、恋人の身を心配しない者はいないだろう。おまけに彼が酒に弱いことも了見の心配に拍車をかけている。本人も自覚しているので飲みすぎるということはないだろうが、念には念を、というやつだ。

 迎えに来た了見を見て嬉しさを隠しきれない顔をしつつも「また来たのか」と、素直じゃない言葉を吐く遊作を思い浮かべて知らずのうちに了見は口角を上げた。そのあとに続く小声での「ありがとう」も含めて、遊作の行動すべてが了見には可愛らしく映って愛おしかった。
 今日もまた同じやりとりを交わすのだろう。そう思うと自然とタイピングの速度は上がった。このまま一気に仕上げてしまおうと、了見は今一度モニターへ向ける意識を集中させたのだった。



  ◇  ◇  ◇



「藤木、今日の夜空いてねえか?」
 同じゼミに所属している男に話しかけられ、遊作は眉をひそめた。
「空いていない」
「ホントか? 少しでも?」
「なんなんだ、まずは用件を言え」
 男とは特別親しくもなく、用事があれば話す程度だったので断るつもりだったのだが、なんだかしつこそうな気配を感じて渋々用件を尋ねる。
 そもそも遊作にはなるべく早く帰宅したい理由がみっつあった。ひとつ、遊作が最も落ち着ける場所が自宅であること。ふたつ、その家には現在恋人と住んでいること。みっつ、遊作にとっては恋人と過ごす時間が何より最優先であること。
 これらの理由により遊作は基本的に約束をしない。付き合いが悪いと言われようがひとには優先順位というものがある。恋人の了見の存在が、遊作のなかでは圧倒的首位だというだけだ。

 一緒に暮らそうと誘われたあのとき、遊作がすぐに誘いに乗らなかったせいなのか。了見は自分の方が執着心が強いと思い込んでいるようだがそれは違う。金銭的な理由や学生のうちに了見と暮らすと自分が駄目になってしまいそうだったために渋っただけであり、遊作の心はとっくに了見に囚われている。それを理解してもらうのが、遊作にとって目下の密かな目標だった。閑話休題。

 遊作がつらつらと了見への想いを馳せている間に男が喋っていたことを纏めるとつまり、飲み会をやるのだが人数を揃える必要があるので遊作にも来てくれとのこと。わざわざ他人とのコミュニケーションを苦手とする遊作を誘うところを見るとほかは総当たりしたあとなのだろう。
 バッサリ切り捨てることも選択肢にあったが、もう藤木しかいねえんだ、と頼み込まれてしまうと駄目だった。恋人が心配するので少しだけなら、と了承してしまう。
「惚気かよ! まあいいや、サンキューな〜!」
 随分と軽い男は時間と集合場所を告げて去っていった。あとに残された遊作は深々とため息をつくと、携帯端末を取り出し遅くなる旨のメッセージを打ち込む。それを了見へ送り、少しだけ申し訳なく思う。
 遊作が夜出歩くことをよく思っていない了見は必ず迎えにやってきてくれる。本人はそれを楽しそうにやっているし、遊作も嬉しいと思う気持ちがあるので止めはしないのだが、彼の仕事を急かしてしまっていることも知っている。それがどうにも心苦しかった。
 一度さりげなく了見にその件を伝えた際は「気に病むな。作業効率が上がって感謝したいくらいだ」なんて発言をしていた。おそらく迷惑なら遊作を縛るようなルールの追加でもしそうなので本当に気にしていないらしい。それともそこまでの執着は表に出してくれないのだろうか。
 やはり遊作がどれほど了見のことを好きなのか、早々に知ってもらわねばなるまい。しかしどうすればいいのか思いつかないのが、すぐに行動に起こせていない理由だった。
(難しいな、恋愛というのは……)
 こうして、遊作は自身が向かう飲み会に真の目的があることを知る由もないまま、了見に対する愛情表現について考えていたのだった。





「…………おい、」
「お〜、どうした藤木ぃ〜」
「どうしたもこうしたもない。なんだこれは」
「何って、見れば分かるだろ? 合コンだよ、合コン!」
「………………は?」
 遊作は固まっていた。何故なら、指定された居酒屋に足を踏み入れ案内された席には遊作も含めて同じ数の男女が揃っていたからである。
 遊作だってさすがにそこまでの無知ではない。これが俗に言う合コン、とやらであることはすぐに察した。だから誘ってきた男に聞きたいのはそこではない。
「オレには恋人がいると言ったはずだが」
「んなもんバレなきゃ平気っしょ。藤木は適当に飲み食いしてるだけでいいからさ! な?」
 顔の広そうなこの男が遊作に声をかけてきた理由をやっと理解した。きっと候補は他にもいたに違いない。それでも遊作を選んだのはこのような場に興味がないから、だ。人数は必要だがライバルは増やしたくない。そんな男にとって遊作は都合がよかったのだ。
「帰る」
「ちょ、待て待て待て! 困るよ帰られたら!」
「騙したのが悪い。合コンだと知っていたなら初めから来なかった」
「そ、そりゃ言わなかったのはオレが悪いけど……!」
 もごもごと口ごもるあたりわざと伏せていたのだろう。遊作は目を眇め、踵を返そうとする。
 そんなふたりの空気をどう読んだのか、ねえねえ、と女性陣のうちのひとりが遊作たちに声をかけてきた。心の内だけで舌を打ち、そちらを振り向く。
「何してんの〜? 早く座りなよぉ」
「いや、オレは、」
「アハハ、こいつってば合コン初めてだから緊張してんの!」
「え〜! なにそれカワイイ〜」
「おい……っ」
 その隙をチャンスと見たのか男は無理やり遊作の腕を引き、空いた席に押しやった。そのまま着席させられ、対面に座っていた女が手際よく眼前に料理と酒を並べていく。そのまま話しかけられ、ついに遊作は完全に逃げ場を失ってしまった。他者との関わりが薄かった遊作には、この場から抜け出す術を持ち合わせていなかったのである。

 空返事をしながらこのあとどう対処すべきかで遊作の頭の中はいっぱいだった。男は先程、恋人にバレなきゃいい、などと宣ったが、その恋人が此処へ迎えに来ることはもう決定事項である。
 場所も割れているため落ち合う場を近くのコンビニを指定しても却って怪しまれる。今までに前例がないからだ。突然そんな連絡をすれば何か疚しいことがあります、と言っているようなものだろう。そもそも了見に隠しごとはしたくない。
 ならば素直に訳を話して謝るべきか。おそらくこれが一番良い。遊作だって来たくて来たわけではないのだし、了見は優しいからきっと許してくれる。
 ──けれど。
 遊作のこの現状は、謂わば恋人への裏切りともとれるのではないか。もし遊作が逆の立場であったら、許しはするものの多少なりとも蟠りを残してしまうだろう。
 遊作が確認を怠っていなければ約束をする前に気がつけたはずなのだ。合コンという言葉を使われずとも、女性が来ることを知っていれば決して誘いを受けなかったと断言できる。だってもしも、了見が女性と同じ席で酒を飲むと聞いたら遊作は不安になってしまう。ただでさえ外を歩いているだけで視線を掻っ攫う容姿の持ち主だ。話してしまえば、了見が優秀な頭脳を持ち気配りもできる男で、さらには責任感も強いという一面も垣間見ることが出来てしまうだろう。そうなればどんな女性でも落ちてしまうのではないか。遊作は恋人の贔屓目にしてもそう考えてしまう。
 遊作には、了見のように女性を魅了するような箇所はない。なので抱える不安の大きさは違うといえよう。それでも、同等でなくとも、同じ気持ちや不快な思いをさせたりしてしまって了見に愛想を尽かされたらと思うと、想像だけで背筋が震えた。
 遊作が好きになるのも遊作を好きになってくれるのももう了見しかいないと思っている。だから彼に捨てられたら遊作は一生ひとりで生きていかなくてはならない。この感情が一般的には重い部類であることは理解している。だが一度刻み込まれた愛情は、自身の恋愛観をすっかり変えてしまった。
(了見、りょうけん……、)



 すでに絶望のどん底にいる遊作にはもう、周囲の声は届いていなかった。顔を真っ青にして返事もしなくなった遊作をさすがにおかしいと思ったのか、向かい側に座っていた女が手を伸ばしたところで、突如何者かが個室の戸を開けた。
 当然皆がそちらに注目する。そこには銀色がかった髪を少しだけ乱し、かすかに肩で息をしているイケメンがいた。その端麗な容姿に女性陣は思わず息を呑む。
 店員でないことは一目瞭然なので新たな参加者かと思った者が幹事の男女ふたりへ振り向いた。だが知らない、とばかりに首を横に振ったのでその線は消えた。
 であれば誰かの知り合いかと皆が顔を合わせるなか、アイスブルーの瞳が遊作を捉える。「失礼、」と声を発したイケメンは縮こまって青くなる遊作のもとへ近づいていった。ちなみに喋っただけでまた女性陣は沸いた。
「遊作、大丈夫か」
 無愛想に見えた表情がほんの少し和らぐ。一見すると高嶺の花とも思えるイケメンがわずかに身近に感じられた瞬間だった。
「……、了見……?」
「そうだ。帰るぞ」
「あ、ああ……」
 未だ放心状態でありながらもイケメンの言葉はちゃんと届いたらしい。遊作は手を借りつつもふらふらとした足取りで立ち上がる。そこに待ったをかけたのは遊作をこの場に誘った男だった。イケメンは周りの空気などお構いなしに行動していたので声を掛けづらく、おまけにふたりきりの世界を作りだしていたためそんな空気のなか話しかけるとは、と男にはある種の尊敬の眼差しが向けられた。
「ま、待てよ。そいつに帰られると困るんだけど……」
「何故。……ああ、金か? なら……これで足りるだろう」
 温度を感じない瞳が男を見据え、イケメンは財布から数枚の札を取り出した。躊躇ないその動きになんとなく豊かな経済状況が窺える。もしこんな状況でなければ全力で狙いに行っていたのに、と女性陣はひっそり肩を落としていた。
「多……っ、いや、えと、そうじゃなくて、」
 男の語尾が露骨に弱くなった。無意識にあらゆる面でのハイスペックさを発揮していくイケメンに男はタジタジだ。
「もう私たちに用はなさそうだな。行くぞ遊作」
 辺りを一瞥し、今度こそイケメンは遊作を連れてその場を後にした。残された面々は唖然として室内に沈黙を落とした。
 そのうち、誰かがようやく口を開いた。静寂を破ってぽつりともらした呟きには全員の意見が一致していた。
「マジギレしたイケメンって怖えんだな……」



  ◇  ◇  ◇



 了見は家路までの道のりをただひたすら歩いていた。その足取りは力強く、まさに了見の心情を反映している。
 作業を終わらせた了見が携帯端末を手に取ると、すぐさま遊作の居場所を確認する。やはり誘いは飲み会だったらしく、現在地は大学近くの居酒屋を指し示している。そうして今度は別のアプリケーションを起動した。それは遊作のバイタルデータが表示されるもので、彼の携帯端末で測定したデータを了見の端末にも送信されるよう作ったものだ。これを見れば離れた場所にいても遊作の体調をチェックできるため大変重宝していた。
 ──問題は、居酒屋にいるはずの遊作から異常な数値を検知していたことである。心拍が上昇し、呼吸も荒くなっているようだった。それを目にした途端、了見は弾かれるように家を飛び出していた。
 らしくもなく息を乱して向かった先にいた遊作は、結果的に言えば無事だった。何やら反応が鈍いが、少なくとも了見の脳裏に一瞬だけ過ぎった最悪の事態にはなっていない。そっと安堵し力が抜けそうになった全身を叱咤して、とにかく遊作をこの場から連れ出さなくてはという思いに駆られた。何があったか知らないが間違いなくここに留まらせることは良くないし、何より了見が嫌だった。
 居酒屋を抜け出して数分間、了見も遊作もずっと無言であった。だが遊作に何があったか聞き出さなくては話が始まらない。ちらりと後方を窺うと、表情は暗いまま、了見が手を引いているおかげで歩けているような状態だった。
「……遊作」
「っ!」
 名を呼ぶと、遊作は肩を跳ねさせる。雄弁なエメラルドグリーンの瞳にはかすかに怯えが滲んでいた。
「奴らが無体を働いたか? ならば私が、」
「了見は、怒っていない、のか……?」
「……何?」
 まさか、と了見が先程の面々を思い出し怒りをあらわにすると、意を決したらしき遊作がおそるおそる尋ねてきた。それに不意をつかれて了見は瞠目する。出てきた問いの意味が理解できなかったからだ。
「どうして私が遊作に怒りを向けることになる?」
「その、オレがあんな場に行ってしまったから……」
「君のことだから騙される形だったんじゃないか? 事故みたいなものだろう」
「うっ……」
 図星だったらしく遊作はしおしおと項垂れた。やはりこの子は人が良すぎるのではないか。いつか大事に至りそうで了見は遊作から目が離せない、と、何度繰り返したか定かではない再確認をする。
「私が怒りを覚えていると思って怯えていたのか」
「……と、いうより、お前を裏切ったみたいで胸が痛かった。このまま捨てられるんじゃないかと思って気が気じゃなかった」
「どうしてそこまで話が飛躍したんだ!?」
 捨てる、などと。遊作が了見を見限ることはあろうとも逆は絶対にないと言いきれる。──可能性を思い浮かべただけで背筋が凍った。心臓に悪い。
「すまない、慣れない場に放り出されて取り乱していたみたいだ。冷静に考えたら了見がオレを捨てるなんて有り得ないのにな」
 その考えこそがお前への裏切りだったな。そう告げた遊作の顔は穏やかだった。まるで自分がどれほどの発言をしているのか無自覚のまま、了見のことを心から信頼していなければ出ない言葉をくれたのだ。
「もちろん逆も有り得ないし、……了見?」
「〜〜っ、……遊作は、私を喜ばせるのが上手いな……」
「そうか? 思ったままを喋っているだけなんだが」
「、ゅ」
 出来るならその場に崩れ落ちてしまいたいくらいの衝撃だったが、なけなしの矜持で顔を覆うだけにとどめた。
「本当にどうしたんだ、了見」
「…………いや、想像以上に愛されていたことを実感したというか……」
「!」
 了見のひとことに、何故か遊作は目を輝かせた。これは嬉しい出来事があった場合によく見られる顔だった。
「なるほど、言葉にするのが一番早かったのか。確かに今までのオレは言葉足らずだったな。よし、明日からは意識するとしよう」
「おい、待て。ひとりで結論を出すんじゃない。まず何の話だ」
 遊作はひとりで納得して勝手に解決しました、といった様子だが了見には恋人の思考が何ひとつ分からなかった。これはたっぷり話し合わなければならないようだ。
 少なくとも、未だ佇んだままのこんな道端では落ち着くことすら出来やしない。
「遊作、どうやら私たちの間には齟齬が生じているらしい」
「?」
「怪訝そうな顔をするな」
 了見には早急に帰宅しなければならない理由ができた。
 帰路についたらまずは夕飯を用意しなければ。了見が着いたときの遊作の様子からしてまともに食べていないだろう。了見もまだなので、ゆっくり会話を交えつつ食卓を囲むことにしよう。
 歩みを再開した了見の歩幅は遊作に合わせるようにゆっくりとしたものになっていた。遊作は隣に並んで手を伸ばしてきたので意図を察して指を絡ませてやる。それだけで表情を綻ばせる遊作はたいへん愛らしく、了見は再び心拍数を上げるはめになった。

「了見、」
「なんだ」
「好きだ」
「っあ、した、から実行するんじゃなかったのか……っ!」
「奇襲も駆け引きのテクニックのひとつかと」
「……私の寿命を縮めたくなければ控えてくれ」
「!?」
 ──遊作が適切な愛情表現を会得するまで、まだまだ時間が掛かりそうである。



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