ソーダ色の夏


※現パロ
 十代さんおたおめ



 エアコンの稼働音と、時折ペンが紙の上を踊る音だけが響く室内。そういえば、今年はセミの鳴き声を聞く機会が少なかったように思えた。例年以上に暑かったからだろうか、それとも、今現在、数学の問題に向かって唸っている親友と過ごす日々があまりにも楽しくて他に意識が向かなかっただけなのか。
 ヨハンは窓から見える青空を見上げて、数ヶ月前に思いを馳せた。

 高校入学を機に日本へ越してきたヨハンは、始業式早々に運命に出会った──なんて言うと少し照れくさいけれども、そう表現したくなるほどの相手を見つけたのだ。
 それが遊城十代、後にヨハン・アンデルセンにとって一番の親友と胸を張って自慢したい相手であった。
 楽しみにしていた日本。ヨハンはここでデュエルモンスターズ好きの友人を見つけるのが目標だった。流行しているので当然簡単に見つかるだろうが、しかしヨハンが求めるのは並々ならぬ情熱をデュエルモンスターズに持つ、そんな人物と友達になりたかった。というのも、母国ではなかなか同じ熱度でデュエルをしてくれる相手がいなかったためだ。そこでヨハンは日本でならきっと、と考えていた。
 そして。同じクラスにいた十代を見た瞬間、ヨハンの勘がビビッと反応した。あれは勘としか言いようがない。とにかくヨハンは彼に話しかけてみたくて、担任の話はほとんど耳に入っていなかったように思う。
 ようやくホームルームが終わり、皆が周囲を気にしつつも席を立つ。同じ中学だろうか、既に仲良さげに会話をして教室を出ていく二人組の女子生徒とすれ違いながら、ヨハンは隅の席の彼の元へ駆け寄った。
 窓際の席で外を眺める表情はアンニュイで。もしかしてクールなやつなのかな、とワクワクしながらヨハンは「なあ!」と声を掛けた。
「君、デュエルモンスターズやってる?」
 ヨハンがそう言った瞬間の、十代の顔は忘れられない。ぽかん、と呆けたかと思うと途端に瞳をきらきらさせて、先程までの印象とは打って変わって太陽のような明るい表情を浮かべたのだ。
「ああ!」
 今にして思えば最初はもっと他の尋ね方もあっただろうと思うが、すぐに意気投合した結果を見ると、やはり自分たちはこれで良かったのだと納得する。十代はまさに、ヨハンが求めていたような人物だったのだから。
 その日は互いに午後の予定もなかったのでカードショップに出向き、デュエルスペースで向かい合いデッキを置いた。似た者同士だと笑ったのは家に取りに戻らずともヨハンも十代もデッキを所持していたことか。デュエリストはデュエルをすれば分かり合える、その信条を元に二人はカードを捲った。
 気がつけば夕暮れになるまで散々デュエルして、いつの間にか増えたギャラリーに笑って手を振りながら店を後にした。
「あ〜〜〜楽しかった! ひっさしぶりだぜ、こんなにデュエルしたの!」
「オレもだぜ!」
 もうすっかり友人という関係になっていたヨハンと十代は、そのあと駅で別れるまでひたすら先程のデュエル談義に夢中だった。

 たった一日で仲良くなった二人の意思疎通っぷりはたまに同じ中学出身かと間違われるほどだった。
 ヨハンは十代といる時間がこれ以上ないくらい大切で愛おしく、彼といると時の流れは早かった。気がつけば夏休みに突入し、そしてその夏休みも終わりが近づいていた。今年の夏は海にもキャンプにも行ったし、夏祭りにも足を運んだ。これが小学生時代であれば絵日記はどれほど鮮やかに彩られていたことか。なんて考えたところでヨハンははたと思い出す。
「そういえば十代のやつ、課題はちゃんとやってるのか……?」
 十代といえば、授業は居眠りばかりしているし、中間も期末もテスト期間前はヨハンに泣きついてきていたのだ。そんな彼が計画的に課題を進めているとは考えづらい。
 そんなヨハンの予感は的中した。思い立ってすぐにコールした相手からの第一声といえば。
『ヨハ〜〜〜ン! ナイスタイミングだぜ〜〜〜!!!』

 携帯端末に表示される今日の日付けは八月三十一日、夏休み最終日である。案の定、十代からのエマージェンシーコールで彼の家に駆けつけたヨハンが見たのは机上に積まれた数冊のワークブック。一冊は開かれているが、ちらりと覗いたところ解答欄はほぼ空白であった。せめて隣に積んである山が仕上げられていることを願うが、それも望み薄だろう。
「……十代。ちなみに、これは何冊目だ?」
「へへへ……いち……」
「…………とにかく、やろうぜ」
「神様仏様ヨハン様〜!」

 そんなわけで、見張り兼教師役として隣に座ったヨハンは十代が問題に詰まる度にヒントを出し、合間には持ってきた手土産と出されたおやつを摘んだりして夏休み最終日を過ごしていた。まあ、相手が十代なのでなんの苦もないどころか少しだけ楽しんでしまっているのは否めない。調子に乗りそうなので口が裂けても十代本人には伝えないけれども。
「ヨハン〜休憩にしようぜ〜……」
「ええーせめてこの一冊は終わらせないか?」
「うええ〜〜」
「溜め込んでたのは十代だぜ?」
 空を眺めていたヨハンに気がついたのか、十代が弱音を吐き出し突っ伏した。デュエリストとしての姿とは正反対のネガティブさに笑ってしまいそうだ。
 ほら、とスナック菓子を摘んで差し出すと、鳥の雛よろしく口を開けたためにそこへ放り込んだ。なんだかんだ休憩を与えてしまうあたりヨハンは十代に甘いのだ。
 二回、三回とやるうちに数分経ち、これ以上は十代のためにもそろそろ続きをやるよう促してやらねばとヨハンが思った刹那、ぴょっと起き上がった十代が突然口を開いた。
「あ、オレ今日誕生日だったわ」
「……へ、」
「だから、な! コンビニ行こうぜ!」
「え、ちょ、十代!?」
 何やらとんでもない爆弾発言をしなかっただろうか、この親友は。
「た、誕生日? 誰が?」
「だーかーら、オレ!」
「いつ?」
「今日だってば! あ、ウソじゃないぜ?」
 「ほらほら〜」と言いながら見せてきたのは生徒手帳。確かにそこには生年月日の欄に今日と同じ日付けが記されている。
「なんで今言うんだ!?」
「いや、今思い出したから」
「ぐ……っ、十代のバカ野郎……!」
 そんなまさか。十代の誕生日は思いっきり祝ってやるつもりだったのに。ヨハンの密かな企みはたった今ガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。
「来年はリベンジするぜ!」
「? おう」
 なんにも分かっていなさそうな十代に、心の中だけで「絶対だからな……!」と念押しする。
「こうなったら今からでもできることを……」
「じゃあさ、オレ欲しいモンあるんだけど」
 十代にウインク付きでそう言われ、ヨハンにNOと答える選択肢がどこにあっただろうか。

 十代が望んだ行き先は発言どおり徒歩で三分ほどのコンビニエンスストア。もうヨハンにとっても馴染みのある店になっているそこで何を買うのか。そんなヨハンの疑問は店内のアイスケース前で解決された。
「これこれ。今のオレにはこの冷たさとシャリシャリ感が必要だったんだ……!」
「え。アイス?」
 十代がソワソワしながら取り出したのは食感をそのまま名前にしたかのようなアイス、のソーダ味。
「まさかこれだけじゃないよな……?」
「いやいや。十分だろ?」
 いくら友人間とはいえ誕生日プレゼントにアイスのみとは。ヨハンは軽いショックを受けつつ、同じアイス二本を手に取った十代に引っ張られてレジへ向かう。思考を宇宙に飛ばしていても慣れとは怖いもので無事に支払いを済ませ、ヨハンたちはあっさりコンビニを出た。

 こんなに暑いと溶けちまうぜー、なんて喋りながらさっそく中身を取り出す十代を横目にしたところでようやくヨハンは我に返った。
「な、なあ、本当にプレゼントがこんなのでいいのか? もっとこう、翔や万丈目たちも呼んでパーティーとかさ、」
「いーんだってば、オレはこれで」
 共通の友人たちの名前をあげる。別に今日でなくても、遅れてでもいいのではないか。みんなの予定を聞いて、サプライズにはならなくとも集まるだけで楽しくなるはずなのだから。
 そんなヨハンの提案にも、十代は首を横に振ってアイスに齧りつく。
「うめ〜! ほらヨハンも!」
「ああ……、」
 納得いかない、という顔を隠しもしないで十代からアイスを受け取った。
「なんでヨハンが不満そうなんだよ」
「なんでって……当然だろ? 親友の誕生日は盛大に祝いたいぜ」
 子どもっぽいと自覚しつつも拗ねるような言い方になってしまった。ヨハンはもやもやをぶつけるようにアイスを口にする。暑いなか食べるアイスは十代の言うとおり美味しかった。
「んー……確かにヨハンの言うことも分かるけどさ、オレはヨハンと二人でデュエルしたり、こうやって美味いもの食べたり、なんなら一緒に歩いてるだけだって幸せだぜ」
「……それはさすがに、欲がなさすぎやしないか?」
 ヨハンの純粋な問いに返ってきた答えは予想外のものだった。
「そうかー? 好きなヤツと一緒って何してても楽しいモンだろ」
「そう、か、…………えっ!?」
「ヤベ、口が滑っちまった。早く帰って課題終わらせようぜ!」
「課題が残ってるのは十代だけ……ってそうじゃない! ちょっと待て、十代ッ!」
 何がなんだかさっぱり分からないが、もしかして十代とは同じ想いを抱えているのかもしれない。真相を確かめるべくヨハンは先を行く十代を追いかけた。追いつくまでの間に告げるべき言葉は思いつくだろうか。
 ジワジワと上がる体温が、ヨハンにまだ夏を終わらせてくれそうになかった。





 ──ちなみに、色々あったあとの会話。
「そういえばヨハンの誕生日って?」
「六月、」
「過ぎてるじゃねーか!? オレにはあんなに言っておいて!?」
「アッハハハ」



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -