「愛してる」より難しい!


※幼なじみ現代パラレル



 ──オレが初めてヨハンと出会ったのは、アイツが隣の家に引っ越してきたのがきっかけだった。
 日曜日の昼。十代は朝のヒーロー番組を見終えて暇していたところだった。ピンポーンというインターホンの音が鳴り、母親が玄関へ駆けていくのをぼんやりと見送る。
「あらまあ!」
 てっきり宅配かなにかだと思っていたのに違ったらしい。なんだか盛り上がっているのが気になって、十代はそっと廊下から覗いて玄関先を窺った。
 十代の視界に映ったのは自身の母親と、それからその向こうにいる女性と、女性にそっくりな少年であった。
「あら、もしかしてあの子が?」
「十代、ちょうどよかった。お引っ越しの挨拶に来てくださったアンデルセンさんよ。それで、」
「よはんです」
「十代と同い年なんですって。ヨハンくん、よければこの子と仲良くしてあげてね」
「はい!」
 ヨハンと名乗ったその少年は、十代と目が合うとにこにことしながら十代に手を振ってきた。髪と目の色から外国人だと思った十代はとりあえず手を振り返すことで応えて、またリビングへ逃げ込んだ。対応が分からなかったのだ。
 母親はああ言っていたが、はたして一緒に遊ぶ機会があるのだろうかと疑問に思っていた。だがそれはすぐに訪れる。
 次の日、律儀に遊城家を訪ねてきたヨハンは、十代にあれやこれやと質問をしてきた。このときには少年は外国人だから日本語が話せない、というのは十代の勘違いだったと理解した。
 好きな食べ物、遊び場、テレビ番組。とにかく十代の好きなものが知りたい、と興味津々のヨハンに絆されてしまったのか、十代は次第に口数を増やしていった。
「じゃあ、じゅうだいがすきなものは?」
「でゅえるもんすたーずだぜ!」
「!」
 次に出てきた質問に、十代は瞳を輝かせて答えた。エビフライも、公園も、ヒーロー番組も大好きだけれど、それ以上にもっともっと好きなものといえば。それがデュエルモンスターズだった。
「おれのでっきみるか? かっこいいひーろーをあつめてつくったんだ!」
「お、おれも! おれのでっきもみてほしい!」
「えっ! よはんもでゅえるするのか! じゃあでっきのみせあいっこはでゅえるのあとにしようぜ!」
「ああ! あ、あとな、その……」
 ちら、とヨハンが視線をやった先は、普通の人であれば何もない空間だろう。だが十代にとっては違う。そこには存在しているのだ、十代の相棒が。
「おまえ、もしかしてはねくりぼーがみえてる?」
「ってことは、じゅうだいもせいれいがみえるんだ!」
 途端、ヨハンはぱっと花を咲かせたように笑った。それは心からの笑顔なのだと、幼い十代でも感じ取ることができた。そしてそうなるのも十代には納得がいった。なにせカードの精霊が見える人間にこれまで出会ったことがなかったからだ。
 初めてハネクリボーを見たときは興奮気味に両親に話したのだけれど、微笑まれて流されまともに受け取ってもらえなかったのだ。大人には見えないのかもしれないと、今度は公園で会いデュエルした相手に尋ねてみた。だがやはり信じてもらえず、それどころか奇妙なものを見る目を向けられてしまった。それから十代は幼いなりに、カードの精霊は自分にしか見えていないのだと悟っていった。デュエル中に相手を観察するとすぐ分かるのだ。確かに精霊はいて、話しかけているけれど人から精霊への返事はない。一方的に精霊が話しかけているだけだった。十代には精霊が見えていて、声だって聞こえるのに。

 そんな気の合ったふたりだったからあっという間に仲良くなった。おまけに、ことデュエルにおいて思想が似ていたふたりは毎日のように互いの家を行き来しては、母親が迎えに来るまでデュエルに明け暮れていた。何度やっても面白くて、終わったあと反省会を開いてああだこうだ言い合うのも楽しくて仕方なかった。デュエル馬鹿、と呼んだのはどちらの母親だったか。
 すっかり仲良くなった息子たちにつられるように遊城家とアンデルセン家もご近所付き合い以上の親交を深めていっていた。

 半年もせずにふたりは保育園に通うことになったが、家が隣同士のため当然同じ保育園に入園した。となれば遊ぶ場所が家から保育園に変わっただけ。ふたりは相変わらず、休み時間はすべてデュエルする時間に捧げた。そこに興味を持った面々が加わり一緒に遊ぶこともあったが、十代とヨハンが離れることは絶対になかった。

 小学生になっても、中学生になっても。その距離感はいっさい変わらなかった。十代の隣にはヨハンがいて、ヨハンの隣には十代がいる。小学生の頃に担任教師からニコイチ扱いされていたのも懐かしい。
 中学に上がってからはもう本人たちどころか周囲の認識さえもあの幼なじみたちはいつも一緒にいる、というものになっていた。稀にひとりでいる現場を目撃した者たちはときに心配し、ときに何か用事があって席を外しているんだなと勝手に解釈した。ちなみに前者はヨハンが病欠、後者は十代が補習の件で呼び出されていた、というのが事実だ。つまり周囲の認識は正解である。

 さて。かれこれ十年以上の月日をともに過ごしてきたわけだが、さすがに高校は別だろうなと十代は思った。理由は簡単。ヨハンと十代の成績の差が歴然だからだ。
 方や学年順位上位十位以内をキープする優等生、方や授業の大半を居眠りに費やし、聞いていないので当然テストの点も取れるわけなく順位は下から数えたほうが早いドロップアウトボーイ。これで同じ高校を目指すだなんてとんだお笑い草だ。
 幸いといっていいのか、そんな十代でも入学できそうな高校が家から一番近いところにあった。睡眠時間確保のため朝の登校時間が短いことに越したことはない。即決だった十代は進路調査票の紙をもらったその日には早々に書き込んで提出していた。課題提出よりも早いな、と苦笑する担任。十代も誤魔化すように笑うしかなかった。

 こんな認識だったものだから、ヨハンに希望する学校を聞かれたときは目を丸くした。
「十代はどこの高校に行くんだ?」
 最初は質問の意味が分からず、何を言っているんだコイツは、という顔をしてしまった。長年の付き合いからか、声に出さなかったそのセリフをあっさり見抜かれ「そのなんでも顔に出る癖どうにかしたほうがいいぜ。オレは気にしないけど初対面のヤツには失礼だからな」と返してきた。いや正確に読み取るのはお前だけだろうよ。
「どこって……家から一番近いとこ」
「あそこかー。よし分かった」
「いや待て……待てヨハン!!」
 嫌な予感がして引き止めるがヨハンは素知らぬ顔で自分の席に戻るとさらさらと進路調査票らしき紙に記入していた。黒板にある今日の日付けは提出期限だったはずの日。まさかともう一度ヨハンの席に視線をやるがそこにはもう本人の姿はなかった。
「……まさか、まさかな……」
 十代はハハ、と乾いた笑いをこぼすしかなかった。あくまで予感であるし、いくら幼なじみとはいえそこまで相手の思考が読めるわけではない。むしろ読めたらデュエルは全勝している。
 いつも一割くらいは外れているのだ。今回はきっとその一割。デッキだってピン挿しのカードはなかなか引けないし。
「……ん? そうでもない、か?」
 おや、と首を傾げつつも自身を納得させるためにも細かいことは気にしないことにする。
 教室に戻ってきたヨハンがやけに満足そうだったなんて、十代の見間違い、であってほしかった。

『ヨハン・アンデルセンくん、ヨハン・アンデルセンくん。至急職員室へ──』
「おいヨハン、呼び出しが……」
 昼休み、絶えず続く放送を涼しい顔でスルーし続け、ヨハンは呑気に昼食のパンを齧っている。十代がスピーカーを見ながら言っていてもお構いなしだ。
「アンデルセンお前何やらかしたんだよ!」
「ヨハンくんが呼び出されてるなんて珍しい〜」
 優等生のヨハンが呼び出しを受けるなんて十代をどうにかしてくれという要請ぐらいのもの、というのが通説だった。だが当人は何事もなく昼食を食べているので用件は別なのだと窺える。つまり普通にヨハンが何かやったのではないかと解釈したクラスメイトらが物珍しそうに野次を飛ばしてくる。それすらも「何もしてないけどなあ」とすっとぼけて躱していて、あまりの図太さに十代も呆れを通り越して感心すら覚えてしまった。

「……なあ、マジでオレと同じ高校書いたのか……?」
 ヨハンの呼び出しは放課後まで続いていた。いつもどおり「十代、帰ろーぜ」と声をかけてきたヨハンがあまりに普通だったせいでついそのまま学校を出てきてしまった。
 じわじわと予感が真実味を帯びてくる。いい加減確かめなくてはと十代が恐る恐る口を開くと、存外ヨハンはあっさり白状した。
「ああ。オレは十代と離れるつもりないしな」
「で、でも家が隣同士なんだし、会おうと思えばいつでも会えるだろ? 高校が別になったくらいたいしたことじゃ……」
「十代はオレと距離をとりたいのか?」
「はあ? オレはそんな話してるんじゃなくて、お前の将来を考えて言って、」
「関係ないよ。オレはこの先もずっと十代と一緒がいい。十代は? 嫌か?」
「そ、んなの……聞くの、ズルいだろ」
 寂しげに微笑み、十代の顔を覗き込むエメラルドグリーンの瞳。
 ──昔からこの目が好きだった。ヨハンはよく十代の目を褒めるのだが、ヨハンの瞳のほうが余程綺麗だった。それこそ、彼の使う宝玉獣たちに負けず劣らずだと十代は密かに思っている。
 大好きな目に見つめられ、十代が思ってもないことをヨハンが口にする。ヨハンと離れたい、だなんて。そんな恐ろしい考えは思い浮かべたことすらなかった。
「オレだって、離れたくない」
「じゃあこの話はおしまいだ! オレは十代といたいし、十代も同じ気持ち。なんにも不都合はない。だろ?」
「……ああ」
 彼がこう言うのであれば問題はないのだろう。それに、これでもう十代が恐れることはないのだ。
 ここで十代は気がついた。己は怖かったのだ、と。ずっとずっと今の関係が続くのかどうかが分からなくて知らない間に臆病になってしまっていたのだ。
 だけどその不安もぜんぶヨハンが取り払ってくれた。眩しいものを前にしたみたいに目を細め、十代はヨハンの手を取った。手を繋ぐのはいつぶりだっただろうか。
 一瞬驚いた様子を見せたものの、すぐに握り返してくれた体温は懐かしくも慣れ親しんだ温度だった。
「好きだぜ、ヨハン」
「オレも。愛してるぜ十代」
「む……あ、あい……」
「無理すんなよ」
「お前こそ気軽に言うんじゃねえー!」



  ◇  ◇  ◇



「よーはーんっ!」
「わっ、いきなり抱きつくなっていつも言ってるだろー?」
「へへ〜、ごめんごめん」
「反省してない……」
 十代の成績でも合格できる、とはあくまで多少頑張れば、の話で。あの日からヨハンに教えてもらいながらなんとか詰め込んだおかげでなんとか無事に高校入学を果たした。
 相変わらずのふたりの距離はあれからよりいっそう近くなった。高校生ともなれば男同士でベタベタひっつくというのはなかなか珍しい光景なもので、入学して間もないのにもはや学校名物となりつつあった。同中出身の生徒が何人かいたおかげですぐに認識が広まったというのもあるだろう。
 ──だがなにより認識の周知に拍車をかけたのは間違いなく、登校初日の自己紹介が原因であろう。
「ヨハン・アンデルセン。趣味はデュエル、好きなひとは遊城十代です。よろしくお願いします」
 十代のほうを見てパチンとアイドル並みのウインクを飛ばした男、出席番号一番ヨハン・アンデルセン。一番目である彼のいきなりの爆弾発言はクラス中を沸かせパニックに陥らせた。もはや自己紹介を続けられる空気ではなく出席番号二番の生徒は立ち上がれない。
 そしてヨハンの好きなひと発言はホームルームが始まる前にヨハンの外見を見てはしゃいでいた、出身校の違う女子たちをすべて薙ぎ倒してしまった。
 これにはさすがの十代もぽかんと口を開けて固まった。マジか、アイツやりやがったな。
 何故かいたたまれなさそうにちらちらと十代に視線を送っている数人の生徒は同中だった者。おそらく「これ以上余計なことはするなよ、もうほんとに収拾がつかなくなるから」という警告じみたものを念で送っていたようだが十代はそれらをあっさり撃ち落とす。何故ならこちらも主張したいことがあったので。
 ざわめきのなか唯一ガタリと立ち上がった十代が視線を集めるのは必然だった。
「ハイ、出席番号四十番、遊城十代です。趣味はデュエル、好きな食べ物はエビフライ。あと、ヨハン・アンデルセンのことを愛しています。以上」
 あの日は言い返すことができなかったというのにその場の勢い任せると驚くほどすらすらと言えてしまった。ひとり満足そうに席についた十代だが、わずかの静寂を置いて次の瞬間教室を埋めたのは悲鳴ともとれる叫び声だった。
 それが他のクラスまで届きさらに人を集め、教師は気絶し、念を送っていた者たちは項垂れ、女子は興奮する者とさっそくの失恋に涙する者に分かれた。そんななかヨハンは十代のもとへ駆け、十代はヨハンからの抱擁を受け止めた。教室はまさに混沌。間違いなく、この学校の伝説になる一日になった。
「もうやだあいつら……」
「なんで同じクラスになっちゃったんだろ……」
 そんな悲愴な声をあげた生徒らがいたのだが、残念ながらはしゃぐ十代たちの耳に入ることはなかった。
 生徒のあいだで『自己紹介告白事件』と呼ばれている一件は表立って口にする者はいないが、すでに全校生徒が知っていると言っても過言ではない。というわけで入学早々有名人と化したふたりは今日も周囲に温かいようなそうでもないような目で見守られながらピンクオーラを振り撒いていた。

 いつもこんな具合であるため当然付き合っていると思われているが、しかし本人たちはそうは思っていなかった。いつだったか、恋バナが好きな女子たちが突撃したことがあったときのことだ。ちなみにたまたま教室に居合わせた生徒は藪をつつくなと戦々恐々とした気持ちと、この際だからハッキリさせておきたいとの野次馬根性で半々だったという。
「え? 十代とオレが付き合ってるかって?」
「ないぜ」
「えっ」
「好きも愛してるも言われことあるけど付き合おうとは言われてないし」
「言ってないな」
「え……? どういうこと……? なにこれ私がおかしいの……?」
「大丈夫アンタは正気よ」
 聞いた側が頭を抱えるはめになって撃沈、という予想通りといえば予想通りの結果になったが、想像とは違ったものになった。
 あまりに理解不能すぎてこちらの件は当時話を聞いていたクラスメイトたちしか知らない。触らぬ神に祟りなし扱いである。

「ヨハン、今日はショップ寄って帰ろうぜ」
「ん……あ、本屋にも行っていいか」
「じゃあもう夕飯も食ってく? そういや母さんたち帰ってくるの遅いって言ってたし」
「分かった。連絡しておくな」
「さんきゅー!」
 そう言ってさっそく十代の母親に連絡を入れているのはヨハンのほう。十代があまりにメール不精なものだからヨハンが信頼されて連絡係となっているのだ。やりとりも慣れたもので『夕飯はちゃんと食べさせます』『よろしくねーヨハンくん』の軽い一文で終わる。
「母さんなんか言ってた?」
「何も。気になるなら自分でメールしろよなー」
「だってヨハンがやったほうがはえーし」
「うーん……甘やかしすぎたかな……」





 ──オレと十代は付き合ってない。確かにそうだ。
 家の前で十代と別れヨハンは帰宅した。自室に戻るとため息をつきつつベッドにダイブする。
「クソーーー……あのときちゃんと言っておくべきだったぜ……」
『ヨハン、また落ち込んでるわね』
『仕方ないさ。まさか十代が妙なところに拘るなんて予想できなかったしな』
『るび〜』
 ひとりごとのつもりだったそれはしっかりと家族に拾われた。アメジスト・キャットとサファイア・ペガサスだ。ルビー・カーバンクルは励ますようにヨハンの周りをちょこちょこと動き回っている。
『今からでも付き合おうくらい言えばいいんじゃないの?』
「う……や、そうなんだけど……」
『何を今更照れる必要がある? 人前で堂々と告白したのに』
「あっあれは……牽制というか……」
『こんなに独占欲出しておいて』
『理解できない……』
『るびび』
「るっ、ルビーまで……!」
 両想いなのに付き合っていない。「付き合おう」とそのひとことが伝えられない。確かに現状がおかしいことには気がついている。だが気がついていてもあと一歩が踏み出せないでいるのだ。
「キスしたい……それ以上のこともいっぱいしたい……」
『先に手が出るほうが早そうだ』
『さすがにそれはまずいわね……』
『るび〜! るびびび〜〜っ!!』

 そうやって宝玉獣たちがヨハンの様子にハラハラしている一方で、十代は適当に電源を入れたテレビから流れる番組を流し見していた。つけたのは気まぐれ。ヨハンと寄り道をして帰宅し、サッとシャワーを浴びたあとは冷凍庫から発見したアイスを取り出して、それを味わっている最中にBGMとしてつけただけ。
 番組は時間帯のせいか芸能人が本音でトークする、といった内容で、トークのお題は恋愛についてのようだった。
『私思うんですよ、もう待ってるだけじゃダメだって』
 女性タレントの発言を聞いても十代は無関心に「ふーん」と思うだけ。
『お、自分から攻めてみるってコトか?』
『そりゃもうガツガツですよぉ! 待ってる間に取られちゃったら嫌ですしね』
 だが『取られるかもしれない』というひとことにスプーンを持つ手が止まる。
「……」
 十代の脳裏に浮かんだのは幼なじみの姿。彼が誰かに取られる──そんな光景は想像すらしたことなかった。だが考えるまでもなく、ヨハンは十代を選んでくれるだろうという自信がある。だってあの日約束したのだ。ずっとずっと一緒にいると。
 けれど十代はヨハンと恋人関係にあるつもりはない。ヨハンがそれを望んでいるのか分からないから。
 では自分の気持ちは、とふと疑問に思った。それは今まで深く考える機会がなかったものだった。
 これまで娯楽といえばデュエル、ともいえる人生を送ってきた十代であっても、さすがに恋人同士が何をするのかは大まかにだが知っていた。
 手は、今でも繋ぐ。キス、は、頬になら幼い頃経験があった。相手は言わずもがなヨハンだ。たぶん今されてもとくに抵抗なく受け入れられるな、と思った。
 平日はもちろん休日も一緒に過ごしている。それは互いの家であったりどこかへ出かける場合もある。つまり『デート』も経験しているのではないだろうか。となると、あとは。
 たとえば、切羽詰まった表情を浮かべたヨハンが十代に覆い被さる。耳元で「十代、」と呼んで、いつも大切にカードを扱うあの指が、十代の服を捲り直接肌を──。
「…………わあああ!!」
 咄嗟に浮かんでしまった光景を振り払うように十代は声を上げてぶるぶると首を左右に振った。
「あ、あぶねー……変な想像しちまった……」
 なんだかヨハンに申し訳なくて顔を覆う。しかし今してしまった想像は決して不快なものではなくて、むしろ──とまた思考が巻き戻りそうになる。つまり十代は知らずのうちにそういう意味でもヨハンのことを好きになっていたらしい。
 待ってるだけじゃダメ、という先程聞いた言葉がぐるぐると頭の中を巡る。もとより十代は待っているより行動派だ。一度思いついてしまっては居ても立っても居られなくなり、つい一時間ほど前に別れたばかりの幼なじみの発言を思い出す。きっとまだ就寝はしてはいないはずだ。今日買ったパックには宝玉獣デッキと相性がいいカードが入っていて、帰ったらデッキを再構築すると言っていた。ついでに本屋で購入した新刊も読みたいから今日は夜更しになっちゃうな、とも。
 すっかり忘れ去られて溶けかけのアイスのことなどすでに眼中になく、十代は急いで階段を駆け上がり自室へ飛び込む。十代の部屋とヨハンの部屋はすぐそばにあるため、たまにこっそりここから行き来することもあった。
「ヨハン!」
 深夜にもかかわらずなかなかの声量で叫んだ。どうかご近所さんには聞こえていませんように、と願うしかない。
「え、じゅ、十代……?」
 すぐにカーテンと窓が開け放たれ、困惑した様子のヨハンが顔を出した。
「ヨハン、あのな、オレすぐにでも伝えようと思ってさ、」
「うん……?」
 伝えたい気持ちはあるのに纏まらない。十代は頭の中を整理しながら言葉を紡いでいく。
「オレはヨハンが好きだ。でもそれ以上を考えたことがなかったし、付き合ってるかって聞かれたときもどうでもよかった。隣にヨハンがいてくれたら関係性に名前をつける必要なんてないって思ってたしな」
「……」
「でもさ、あの、さっきふと考えちまって……オレ、ヨハンになら何されてもいいっていうか……その、だから!」
「えっ、ハイ」
「……ッお、オレにちゅーとか、でき、」
「出来る」
「即答!?」

「あー……まだ混乱してるんだけど、とりあえずそっちに行ってもいいか? このままだと何もできないぜ」
「あ、ああ」
 勢いで告白とは言えないような謎の告白をかましてしまい、落ちた沈黙を先に破ったのはヨハンだった。
 よっ、と身軽なジャンプで家と家の間の隙間を飛び越えたヨハンは慣れた動作であっさりと着地した。
 「なあ十代、」ヨハンが己の名を呼びながら、手のひらで十代の頬を包み込む。「どうしたんだよ急に」
「テレビ見てたら急にジカクした」
「なんだよそれ。もー……オレがうだうだ悩んでたことが馬鹿みたいじゃんか……」
「えっヨハンが?」
 ヨハンは少し照れたように目をそらし、しかしすぐに小首をかしげて十代に告げる。
「ずっとこうやって十代に触れたかったんだぜ?」
 近づく距離は今までと変わりないのに、触れ方が違うだけでこうも変わるのかと十代は驚いた。バクバクと鳴る鼓動がうるさい。だが嫌だとは微塵も感じなかった。もっとくっついていたいとすら思い、十代もヨハンの背に手を回す。
「〜〜っあーもう! 可愛すぎだぜ、十代!」
 ぎゅう、と抱きしめられた。可愛い、なんて普通言われても嬉しくないはずなのに今はちっとも気にならなかった。
 顔を上げたヨハンと視線を交わす。なんとなく雰囲気というものを感じて瞼を下ろすと、唇にやわらかいものが触れたのが分かった。その瞬間十代の心を埋めたのは間違いなく、幸せという感情だった。
「好き。好きだ。愛してる、十代」
「へへ、オレもヨハンを愛してるぜ!」
 いつかの告白と同じだったけれど、あのときと違ったのはどちらからともなく交わしたキスが存在していたことだった。

「そういえば十代、何されてもいいってさっき……」
「ん。言った」
「マジか」
 ここまで来るのに時間がかかったふたりだけれども、おそらく次に進むスピードははやい、のかもしれない。



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