遠くにいかないでね、きらきらなきみ



「イエーイ! まだまだついて来れるよねー!?」
「ぴっかちゅう〜!」
 わああ、という歓声が響き渡り、ユウキの目には観客の笑顔がきらきらと輝いて見えた。それを嬉しく思うと同時に、ユウキはたまに何故自分はここにいるのだろう、と我に返りそうにもなる。だがすぐに、今はライブ中だと己に言い聞かせてがむしゃらにメロディに歌をのせる。隣ではステージ上で一番の相棒のピカチュウがバチバチとエレキネットを飛ばしながらメロディーに合わせてダンスを披露していた。
 サビに入る。ばちん、とピカチュウと視線がかち合い、ちいさく頷き合う。ピカチュウがくるくると回転し、10まんボルトを放つ。ライトの代わりにステージをまばゆく照らし、ユウキはその電撃に負けない勢いで声を張った。

 最初は、ルチアに衣装をもらった。次にこのピカチュウを託された。その頃はまだ、コンテストを楽しんでいただけだった。
 ルチアの他にもコンテストアイドルというものがいて、それは別に女性だけじゃないと知った。最初に会った彼女の印象が強くてなんとなく女性しかいないと思い込んでしまっていたのだがそうではないらしい。実際に見てみると、彼らはステージ上でポケモンと一体となって動いていた。歌やダンス、合間に挟まれるわざのうつくしさ。それらすべてに、ユウキは瞬く間に魅せられた。

 自分だけのひみつきち。誰も見ていない空間、動画を参考にしながら見よう見まねで踊ってみた。すると興味をひかれたらしいピカチュウがボールから出てきて「わたしもいっしょにやる!」と言いたげな顔をした。なのでひとりといっぴきでたくさん踊った。途中からはほかの手持ちのポケモンたちに観客になってもらって、その子たちにも楽しんでもらえたと思うくらいにはみんなではしゃいだ。

 そんなことをたまたまコンテスト会場で会ったルチアにこぼしたところ「じゃあユウキくんもやってみよ、コンテストアイドル!」となんだか簡単に言われ、いやいやと苦笑していたユウキだったのだが。
 気がつけばルチアの伝手により舞台に立つことになっていた。この辺りはいまだによく分かっていない。一応、マスターランク優勝を果たしたコンテストの腕を買われたとは聞き及んでいるが、半信半疑のままだ。
 そんなこんなであっという間に半年が過ぎた。最初は訳も分からず、といった具合だったが次第に緊張や困惑より楽しさのほうが上回ってきた。
 だからユウキは、たまに我に返って羞恥をおぼえそうになりながらも、胸の内にある気持ちを優先してコンテストアイドルとして今日もステージに上がるのだ。

 ところで、ユウキには年上の恋人がいる。そのひとは御曹司とチャンピオンという大層な肩書をふたつも持っていて、毎日をとても忙しそうに過ごしている。それでも夜には必ず時間を作ってユウキに連絡をくれたり、たまの休日も自身が休息をとることに使わずデートに誘ってくれて、とそれはもう恋人として満点のお付き合いをしてもらっている。当然ユウキは不満などなく、それらの貴重な時間を大切にしていた。
 恋人との会話において日々の出来事を報告するのはあまり会えないがゆえ必然で、しかしユウキは意図的に、コンテストアイドルを始めたことだけは黙っていた。それは先に述べたとおり、恥ずかしさがユウキのなかにあるままだからだ。
 そもそもユウキは恋人に対してなかなか素直になれないことが多く、何かとつっけんどんな態度をとってしまいがちなのだ。そんな自分が、人前でノリノリにウインクをきめて歌いながらダンスをしているなど、とてもじゃないが言えなかった。ルチアを除いて、知っている人間にアイドルをしている姿を見られたことすらないのだ。秘密にしているわけでもないけれど、積極的に見てもらいたいとも思っていなかった。

 コンテストアイドルの仕事は、ルチアのようにコンテストライブへのスカウトをはじめ、知名度アップのため各地へ赴いてPRをしたり、そもそものライブの前座や後座などだ。さらに人気が高いと単独ライブが行われている。ユウキはパフォーマーとしてはそこそこ優秀な成績をおさめているものの、アイドルとしてはまだまだドがつくほどの新人。なのでやることといえばコンテストライブノーマルランクの、場を盛り上げるための前座くらい。つまりユウキの活動を見ているのはコンテストライブの参加者か、コンテストそのもののコアなファン、または多少興味がある者に絞られる。テレビのリポーターだってその日の優勝者にマイクを向けるから、ルチアほどの人気者でないと見向きもされない。もちろん例外もあるだろうが、とにかくコンテストに関心を寄せている者だけにしかアイドルとしての姿は見られていないとたかを括っていた。
 だからその日、会場内で特徴的な髪型を見つけてしまったときは心臓が止まるかと思った。背中には冷や汗が伝い、寒くもないのにがたがたと震えてしまう。隣にいたピカチュウは「ぴーかー……?」と心配そうな鳴いているが、今のユウキには何も返してやることができない。
(なんでここにダイゴさんがいるんだ……!?)
 頭のなかはその疑問でいっぱいで、答えのない問いをぐるぐると巡らせる。しかし無常にも時間は刻一刻と過ぎ、ユウキの出番までもうまもなくというところまで迫っていた。
 ──もうこうなったら自棄だ!
「ピカチュウ! 準備はいい!?」
「ぴっ!? ぴか……!」
「そっか! オレももう大丈夫、心配かけてごめんね。いこう!」
 手を差し出すと、ピカチュウは笑顔でうなずいて、ユウキの肩へ跳び乗った。
「こんにちは! 今日もたくさん楽しんでいってね!」
 ユウキの掛け声から始まりライブがスタートする。ピカチュウのエレキネットが空中に舞い、ぱちぱちと弾ける光のこなゆきへとすがたを変えていく。そうして、会場内のボルテージを一気に上げていった。



  ◇  ◇  ◇



 ダイゴがその日コンテストライブの会場にいたのは偶然だった。友人のミクリに、最近人気急上昇中のコンテストアイドルが現れたといううわさを聞きつけたのでぜひ自分の目で確かめてみたいからついてきてくれ、というようなことを矢継ぎ早に言われ、渋々連れられてきた、というのが事の次第だ。本当はそんな暇があるならダイゴのかわいい恋人に会いに行きたいのだが、あいにく彼からは「用事がある」と断られてしまっていた。途端にぽっかりとあいた予定を持て余していたところ、なんとなしに連絡した友人から誘われてしまい、あれよあれよという間に引っ張られてきていたのだ。断るにはミクリからの「きみ、わたしに貸し、あったよねえ」のひとことが大きすぎた。彼には恋人と付き合うまでにあれこれ相談してきた多大な恩があったものだから。

「……けど、コンテストライブに明るくないボクなんかより、誘ったほうがいい人なんて他にいくらでもいたんじゃないのかい? それこそ……ルチアちゃんとか」
「んー……ナンセンス! きみだから誘ったのさ。自分の好きなものを友人にも知ってもらいたい、というのは当然の感情だろう?」
 ──ああ、ちなみに。うわさの出どころはルチアだから、きみの案は残念ながら却下だよ。
 そう言ってわらうミクリはどこか楽しげで、まるでそのアイドルが誰かを知っているかのような口振りだった。今にして思えば、実際にそうだったのだろう。だからあえて、ダイゴを誘ったのだ。

 客席の照明が落ちて、辺り一面が暗闇に包まれる。先ほどまでざわついていた会場内が徐々に静かになっていく。そうして数秒後、ステージが眩い光に照らされた。そこへ、ひとりの少年が掛け声とともに登場した。
 瞬間、ダイゴはかみなりに撃たれたような衝撃を受けて固まるしかなかった。なんたってその少年は、ダイゴの最愛の恋人だったのだから。

 少年はドレスアップした姿でステージに上がり、さらにおそろいの衣装を着たピカチュウといっしょに歌とダンスを披露してくれた。場を盛り上げるように時折少年が合いの手を入れると、あちこちから口笛や歓声があがった。そして極めつけは、ピカチュウのかっこよさを感じるパフォーマンス。コンビネーションバッチリな彼らは目線だけで意思疎通をとり、完璧なタイミングでアピールをしてみせた。エレキネットを使った光の雪から始まり、でんきタイプならではの迫力ある、しかしどこかうつくしくもあるアピールを魅せてくれたのだ。これには観客も大盛り上がりで、コンテストライブは華々しく幕を開けたのだ。しかしダイゴの目にはもう恋人の姿しか映っておらず、少年がステージから去ってしまってもずっと脳裏に焼きついて離れなかった。

 ミクリにはそれをあっさり見破られ、一次審査が終わったあとの休憩時間に控え室へと送り出してくれた。関係者以外立入禁止であるはずの裏口もミクリにかかれば顔パスだ。それじゃわたしは戻るから、と手を振る友人と別れ、ダイゴは足早に恋人のもとへ向かった。

「ユウキくんッッ!!」
「わぁっ!?」
 バンッと大きな音を立て、蹴破るような勢いでダイゴは扉を開けた。もちろん少年のいる部屋だということを確認したうえで、だ。
「びっ、くりした〜……なんだ、ダイゴさんか」
「なんだ、じゃないよ!? どうしてそんな冷静なの!?」
「いや……焦りとかそのフェーズは終わったっていうか……もう吹っ切れたし……」
 ステージ上とは打って変わってやけに冷めた態度の恋人、ユウキは光を失った瞳でダイゴから視線をそらした。
「それはそれとして聞くけど……なんでここにいるの?」
「ボクはミクリに連れてこられたんだけど……」
「あ、ミクリさんもいたのか。頭真っ白になってたから全然気がつかなかったな……」
「ってボクのことはいいんだよ! こんな可愛いこといつからやってたの!?」
「え。……うーん……半年くらい前、かな……?」
「そんなに!?」
 視線ついでに話までそらされそうになり、慌てて軌道修正を図る。すると返ってきた答えは想像を超えており、ダイゴは絶句してしまった。まさかそんなに長い期間、かわいい恋人のかわいい姿を見逃していたなんて、と。
 ──それに加えて、秘密にされていたのもショックだった。
「ひどいよユウキくん……なんで教えてくれなかったんだい……?」
 思ったより沈んだ声が出た。だがユウキはダイゴの想像とはまったく違うことを口にした。
「はあ? そんなの、恥ずかしいからに決まってるでしょーが!」
「…………へ?」
 つい呆けた返事をしてしまった。それほどまでに想定外だったのだ。てっきりダイゴのことを信用しきれていないからだとか、伝えるような関係ではないと思われていたんじゃないかとかネガティブなことばかり考えていたものだから最初はユウキの言っている意味が分からなかった。だが我ながらなかなか優れた頭脳を持っていると自負しているだけあってすぐに理解する。とはいえ浮かんだのは頭の悪いひとことだったのだけれど。
「かっ、……わいいなぁ!?」
「うわっ、なに」
「え、ボクのこと嫌いだから言わなかったとかじゃない、んだよね?」
「嫌いならとっくに別れ、」
「ごめんボクが悪かったからそれ以上は口にしないで。この場で抱き潰しそうになる」
「怖……情緒めちゃくちゃかよ……」
「と、とにかく! 秘密にされてたのは確かにショックだったけど、ボクが言いたかったのは!」
 ──ボクの恋人が最高だったってこと!
 きっと廊下にも響いたであろう声量で、恥ずかしげもなく叫んでユウキを抱きしめたダイゴのことを怒るでもなく窘めるでもなく。ダイゴのかわいい恋人は耳を赤くして、間近でようやく聞き取れるくらいのちいさな声で「……ありがと」とつぶやいた。





「あと、オレがコンテストアイドルやってるってことルチア以外知らないよ。まあ今日ミクリさんが来てたってことはあのひとには知られてたんだろうけどさ」
「えっ? ハルカちゃんとかミツルくんにも? 言ってないの?」
「言えるかよ。……だって、キャラじゃねーじゃん……父さんになんか見せたらどうなるか……」
「ええ〜そんなことないと思うけどなあ……そうだ! ボクの前で練習すればいいじゃないか。慣れたらみんなの前で披露するってことで」
「それ、ダイゴさんが見たいだけとか言わないよね?」
「……どうだろうね」
 せめて、今まで見られなかったぶんのアイドルとしてのユウキをこれからたくさん見せてほしいと願うのは恋人として当然ではなかろうか。ダイゴは胸中で言い訳をして、ドレスアップしたユウキをまじまじと見つめた。ああ、本当に惜しいことをした。こんなに魅力的な彼を独り占めする機会がこれまでに何度もあったというのに、それらを逃してしまっていたなんて。
「妬けるなあ……」
「なにが?」
「アイドルのきみに声援をおくっていたひとたちに、だよ」
「……なにそれ。オレはダイゴさんのなのに?」
「──っはは、ずいぶんとボクを煽るのが上手くなったね」
「本心だし」
 やられた、と思った。ここが外でなければ押し倒していたところだった。ならばせめて、と奪うように唇を塞ぐ。一瞬だけびくついた身体はすぐにダイゴに委ねられ、首には腕がまわされた。それを了承ととったダイゴは、次第に口づけを深いものにしていったのだった。



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