あの人とあの子は想い合っているみたい


※モブ視点



 ミーハーながらも、私はチャンピオンのファンだった。
 ここはホウエン地方。私はしがないポケモントレーナーで、パートナーのエネコロロとともにポケモンバトルに励んだり新しいポケモンをゲットしようと挑んだり、とにかく何処にでもいるような人間だ。
 そしてわが地方が誇るチャンピオンというのは、スマートで物腰柔らかく、さらにはイケメンでおまけに御曹司という、一体天は彼に何物与えたんだとツッコミたくなるくらい完璧な人物だった。そんなだから彼がチャンピオンになりメディアに取り上げられると途端にファンは溢れかえった。チャンピオンのブロマイドが発売すると飛ぶように売れに売れ、即日完売なんてことも。かくいう私も入手するのにかなり苦労したものだ。

 もちろん、チャンピオンというだけあってバトルの腕は言わずもがな。はがねタイプを得意とするため重力級のポケモンを多く使用しているが、すばやさの低さを耐久力と攻撃力の高さで押し切る、本人の見かけによらないパワー系のバトルスタイルで数々の挑戦者たちを蹴散らしてきた。そんな圧倒的なバトルを見せられては彼の容姿がどうこうはなくともファンにならざるを得ないだろう。そんなわけで、私はあっという間に彼の虜になってしまったのである。

 さて。チャンピオンについて長々と語ってしまったが、実は正確に言えば彼は元、チャンピオンでもある。ついこの間、多くのトレーナーが注目するなか中継もされたチャンピオン防衛戦は、まさかの彼の敗北で幕を閉じたからだ。
 観戦者の大半はまた彼が勝利を収めるのだろうと思っていた。特に、フィールドにチャレンジャーの少年が姿を現した瞬間などは顕著だった。容姿にまだ幼さが垣間見えるせいか、明らかに少年を軽く見るような空気があったのが感じられていたのだ。
 だが試合開始の掛け声でボールを手にした途端少年の雰囲気は一転して変わり、目つきだって鋭いものになっていた。その変貌ぶりにぞわりと鳥肌がたつのが分かった。それは観客たちも同じだったようで、スタジアムはすぐさまシン、と静まり返る。

 バトルは圧巻のひとことだった。少年が有利なタイプを揃えていたというわけでもなく、時にスピードで、時にパワーで臨機応変にスタイルを変化させ、流れは完全に少年の方にあった。
 チャンピオンはといえば、劣勢だというのに口角は上がっていて不敵な笑みを浮かべていた。戦える手持ちが最後の一体になっても彼の表情が曇ることはなく、ただひたすらにこのバトルを楽しんでいることが伝わってきた。それが相棒にも伝心しているのだろう、エースであるメタグロスは少年のポケモンを一体ずつ、確実に倒していく。
 お互いに残り一体となり、もはやどちらが勝つのかまったく読めない。バトルを見守る全員が息を呑むなか、勝敗が決まったのは一瞬だった。
 ともにメガシンカしたメタグロスとチルタリスの激しい技の応酬は、ダメージが蓄積していたメタグロスが先に倒れて終わりを迎えたのだった。
 誰もが声を出せなかった。審判ですら信じられないものを見るように目を見開き固まっていた。
 先に動いたのはメガシンカをといたチルタリスと、その子に対してお疲れさま、と声をかける少年。褒めて褒めてと言うみたいにすりすりと擦り寄るチルタリスを存分に撫でながら、少年を前を見据えた。ようやく審判が判定を下すと、チャンピオンはふう、と息を吐いてメタグロスを労りボールに戻した。そしてフィールドを横切り真っすぐに少年のもとへ歩いていく。皆が固唾を飲んで見守るなか、チャンピオンはおめでとう、と微笑んで少年を称賛した。
 すると会場は大いに沸いた。新チャンピオンの誕生の瞬間に立ち会った、という人々の興奮が会場を包み込む。おかげで少年──いや、新チャンピオンと元チャンピオンが一言二言なにか会話を交わしたようだったが、それがテレビ越しでは内容が聞こえず、握手をする二人を私は盛大な拍手をしてただ見ていた。

 その日のニュースは新チャンピオンの話題でもちきりだった。当然だ。だが翌朝の報道はさらにビッグなものになっていた。私は少年のことが詳しく知れるだろうとワクワクしていたのだけれど、なんと少年はチャンピオンの座を即辞退したのだという。
 これは私もその際に初耳だったのだが、チャンピオンはバトル以外にも様々な雑務や仕事があるらしく、まだまだ旅をしたい少年は一ヵ所に留まるのはゴメンだと言いきったらしいのだ。その発言に生意気だと批判する人もいたと聞いたが、チャンピオンの椅子を返された彼──ダイゴさんが苦笑しながら「向上心のある子だよね」と少年を褒めたことでそれらの声はなりを潜めた。
 それからしばらくは少年の噂だったり、バトルしたことのあるトレーナーからの話などが特集された番組が放送されたが、本人が表に出てこないのもあって、やがて話題は尽きていった。





 とまあ、ここまで何故私が誰に聞かせるまでもないことをつらつらと述べていたかというと、なんと今、その少年が隣にあらせられるからなのだ。

 キャモメの鳴き声とさざなみの音が与える癒やしにハマってからというものの、このミナモの一角に存在する、テラス席のあるカフェは私のお気に入りだった。
 いつものようにカフェを訪れいつものようにコーヒーを注文し、エネコロロと一緒に憩いのひとときを楽しんでいたところ、隣に誰かが座ったのだ。軽い気持ちでわずかに視線を横に向けて、私は内心めちゃくちゃに驚いた。ぎりぎり表情には出さなかったが、本当にびっくりした。件の少年が、クリームのようなポケモンを連れて座っていたからだ。
 見たことがないそのポケモンは抹茶色にクローバーの飾りをつけていてとても可愛い。他の地方に生息している子なのだろう。
 ──そういえば、あの試合ではチルタリスも使っていたし少年は案外可愛いポケモンが好きなのかもしれない。

 思わぬ遭遇についつい聞き耳を立ててしまう。少年はそのポケモンをマホイップと呼び、ケーキのクリームを掬って口元へ運んであげている。
「ほら、あーん」
「まほ、まほ〜!」
「おいしい? よかった」
 マホイップちゃんが喜んでいるのを嬉しそうに見守りつつ、自身も食べて顔をほころばせている。ここ、ケーキも美味しいもんね。私も追加で注文しようかな。
 こうしてみると、ごく普通の少年に見えた。バトルのときの尖った雰囲気など微塵も感じない。今日はオフの日なんだろうか、と推測し始めた私は、ここでコーヒーを口に含んでいなかったことを心底安堵する出来事に見舞われる。

 なんと、なんとあのダイゴさんが、降臨なさったのだ。

 困惑する私なんて当然置いて、ダイゴさんは片手をあげ隣の席へついた。
「ごめんねユウキくん、お待たせ」
「お仕事だったんですよね。お疲れさまです」
 御曹司スマイルを間近で浴びて薄目になった。この二人ってあれから交流あったんだ、とかろうじて思考が追いつく。
「ありがとう。ところでその子見ない顔だね? どうしたの?」
「最近意気投合して友達になったマサルって子からあずかったタマゴが孵ったんですよ。可愛いでしょう?」
「うん……だけど、新しく手持ちが増えるとキミ全然ボクに構ってくれなくなるからなぁ……」
「いいじゃないですか。ダイゴさん、どうせまだしばらくは忙しいんだし」
「……え。もしかして……ユウキくん拗ねてる……?」
「は? 違いますけど」
 待って待って待って。情報が大洪水を起こしている。交流があるどころかめちゃめちゃ仲良いじゃんこの二人。私の脳内にはぐるぐるとアチャモが走り回っていた。
「……今回はいつまでお休みなんですか」
「そうだ、聞いてよユウキくん。なんと三連休!」
「そ……! そうなんですか」
 あ、嬉しそう。隠したがっているみたいだけどそんな雰囲気が滲み出ている。私ですら分かったのだからダイゴさんだってもちろん読み取れているわけで、そのご尊顔は満面の笑みだ。
 あれ、ていうか休み全部二人で過ごすのか。本当に仲が良いんだな。年の離れた友達とか、はたまたダイゴさんが弟みたいに可愛がってるのかな。
 私が悶々と妄想を繰り広げている間にも会話は進んでいく。
「どうする? 遠出でもするかい?」
「たとえば?」
「アローラなんかはどうだろう。この前こおりのいし柄のシャツを買ったんだよね」
「三連休でしょ、無茶言わない。まあでも……いつかは行きたいですね」
「え、本当かい? 言質とったからね? 絶対に長期休暇、もぎとってくるから待っててね?」
「ハイハイ」
 ──ら、ラブラブだ〜!
 なんだろう。むず痒くなるというか、ゴロゴロと床をのたうち回りたくなるというか。バカップルってこういう人たちのことを言うんだなって初めて実感した。
 少年──ユウキくんと呼ばせてもらおう。ユウキくんはどうにも素直になれないみたいで言葉の端々にとげが見られるが、それがかえって年頃の少年らしくて大人から見ればかわいいものである。ダイゴさんもきっと同じことを思っているんだろう。パッと花を咲かすような笑顔がすべてを物語っていた。

「アローラ旅行楽しみだな〜……って、そうじゃなくて。それじゃあ三連休はシンオウにでも行く?」
「ん……いいですね。久しぶりにコウキやヒカリにも会いたいですし」
「決まりだね! さっそく準備しようか、ちょうどミナモデパートも近いことだし」
「……コウキたち、お土産何がいいかな」
「ドールでも買っていってあげたら? 確か、前に可愛いって盛り上がってなかったかい?」
「そ、それだ! ダイゴさんも一緒に選んでくださいよ。オレひとつに絞れそうにないんで」
「え、ボクが? ボクのおすすめとなるとだいぶ限られちゃうと思うけど……」
 いつの間にか話は纏まっていたようで、ユウキくんはマホイップちゃんを抱えあげて立ち上がる。ダイゴさんもそれに倣い、そしてさりげなく伝票を手に取った。あまりにも自然だったために思わず瞠目してしまう。これがスパダリってやつか、と戦々恐々しているとふとそのダイゴさんと、バチリと思いっきり目が合ってしまった。
「……シーッ」
「……っ!!」
 片目を閉じ、立てた人差し指を口元にあてるといった、まさにイケメンがやるポーズを難なく披露する彼を前に、私はポカンと口を開いて間抜けな顔をさらし、完全に思考停止していた。
 彼らが去ったあと、バクバクとうるさい心臓を自覚して顔を覆う。私はちょっと、いやかなり特殊な癖に目覚めてしまったのかもしれない。

 ──ダイゴさんとユウキくん、良い……ッ!!

 まるでそんな私の心の声を感じ取ったかのように、隣に寝そべっていたパートナーのエネコロロがもの言いたげな目をして「にぁあ……」と鳴いたのだった。



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