同室恋物語02



 新しい同室者が来るというその日、義勇は運命に出逢ったのだ。

 今年は入学者が多いから三年生には何人かルームシェアをしてもらうことになる。
 生徒会長であり、義勇の幼馴染み兼親友の錆兎は会議の場でそう言った。これは教師間で既に決められた決定事項であり、義勇ら生徒には拒否権はない。幾人かは不満をもらしていたけれど、どうせあと一年もないからと気にしない者が大半だった。
 その中でも、義勇は不満を持つ側であった。表にはいっさい出していないが、内心は舌打ちしたい気分だ。
 義勇は喋るのが嫌いだった。話しかけるのはもちろん、話しかけられることすら鬱陶しい。友人たちなら構わないが、見知らぬ人間に構われるというのがいっとう煩わしいのである。
 それに。この学園は男子校であるが故に男同士の恋愛も普通に見かける光景だった。他人事なら義勇には知ったことではないのだが、それが自分も対象なると話は別だ。
 抱かれたい、なんて邪な視線を向けられることに気がついたのは早い段階であったと思う。しかしそれは友人たちに警告されたのが大きい。そうでなければ義勇は迫る男共から逃れるのに遅れていただろう。
 こんな学園、さっさと卒業してしまいたい。義勇はそれだけを強く思いながら、二年間を過ごしていたのだったのだけれども。

(まさか、偶然同室になった子がこんなに愛らしいとは)
 その子は竈門炭治郎といっていつもニコニコと笑顔を浮かべていて、世話焼きで気遣いもよくできて、しかしハッキリ物を言う面もある。
 おまけに家事も完璧にこなし、中でも料理と掃除は目を見張るものがあるのだ。
 ──そもそもの話、一目惚れであったことは一旦置いておくとして。
 炭治郎から夕食に誘われたときはついがっついてしまった。気づかれるか引かれるかと恐れたものの幸いといっていいのかどうなのか。鈍感らしい炭治郎はきょとりとしながらも是非と言ってくれた。
 その出来事がきっかけで距離が縮まり、ついには弁当の差し入れまでもらえるようになってしまった。こんなにも幸せでいいのだろうか。義勇は人生で最も幸福といえる今に恐怖すら抱いてしまいそうだった。

「最近、随分と生き生きしてるな」
 そう言ったのは錆兎だった。付き合いが長い分義勇の感情のわずかな変化を目敏く見抜いて指摘してきた。
 今日も炭治郎手作り料理に舌鼓を打ちながらホワホワした気持ちになっていた義勇は口の中のものを飲み込みきって微笑む。
「……うん」
「いい傾向だな。……そういえば、同室の後輩はどうなんだ? 何も言ってこないということは上手くやってるのか?」
「ああ、それは……」
 義勇がルームシェアに反対していたことを知っていた錆兎は思い出したように口にした。少しでも不満があればすぐに部屋替えの申請を出すと断言していたのに一向に言い出さないのは相手と仲良くやっているからだろうと口角を上げる親友は実に友人思いの男だ。そんな彼に誠実でいたいからと義勇は素直に想いを告げる。
「そいつに惚れた」
「ああそう……はぁ!? 何だって!!?」
 ガタガタと物音を立てて錆兎が立ち上がった。あんぐりと口を開けてまじまじと義勇を見つめている。その目は信じられないと如実に語っていた。
「ほ、本当か?」
「本当だ」
「そうか……義勇にもついに……」
 何故だか感激している様子に義勇は内心どうしたのだろうと思いつつも食事を再開した。冷めていてもなお美味しいのだから炭治郎は凄い。義勇はひとりでに感心していた。
「それで? どんな子なんだ? 告白はもうしたのか?」
「かわいい。告白はまだしていない」
「ほう。……だが義勇、気をつけないと相手の子が危ないかもしれないぞ
「……どういうことだ」
 先程まで穏やかな表情をしていたはずの錆兎が途端に厳しい顔つきになった。しかもその口から発せられたのはとても穏やかではないもの。必然的に義勇の顔もひそめられる。
「親衛隊だよ」
「何……?」
 親衛隊。存在は知っているが、義勇は一切触れずにいるので誰がメンバーなのかすら知らない。遠い存在だったそいつらがどうして関係してくるのか、錆兎に続きを促す。
「知らないか? 親衛隊の中には過激な連中もいるんだ。もしお前に近い者がいると知られれば何をしでかすか分からない」
「何だそれは……! しかし、錆兎たちは無事じゃないか」
「俺たちは生徒会で特別なんだとよ。くだらん昔の風習の名残りのおかげだ。ったく……」
 錆兎は面倒くさいと言いたげなのを隠そうともせずに大きなため息をついた。つまり特別でないと判断を勝手に下した相手には容赦なく危害を加えるというのだ。そんな奴らが義勇を好いていると公言しているのだから頭が痛い。今まで放置していたことを悔やんだ。
「どうしたらいい」
「なるべくついていてあげるのがベストだろうが……それだと逆効果にもなり得るからな……」
 見守れる代わりに目立ってしまう。錆兎は難しい顔をして口元に手をあてた。
「今のところ部屋以外で話をしたか?」
「いや。俺の時間を使わせるわけにはいかないと変な謙遜をしていた」
「ふ、それはまた……。だが結果的に良かったな。じゃあまだ知られてはない、だろうが」
 この学園は生徒数が多く一人を見つけるなんてのは至難の業だ。親衛隊の数は知らないが、一般の生徒が個人情報を掴もうとするならそれなりに時間がかかるだろう。
「とりあえず様子を見るしかないな。何かおかしいと感じたらすぐに知らせろよ」
「ありがとう錆兎」
 ままならない。親友の気遣いに感謝して、しかしまさかの弊害に義勇は思わず悪態をついたのだった。





 そういった経緯から精神的な疲労が溜まっていた義勇は日も暮れる頃に癒やしを求めてようやく寮に帰宅した。早く炭治郎の声が聞きたい。炭治郎の手料理が食べたい。これまでの日常を思い返しながら開けた扉は、そんな義勇を裏切るものだった。
 暗い。最初に思ったのはただそれだけだった。いつもなら炭治郎がいるから当然部屋には明かりがついている。だが今日はどうだろう。室内は静まり返っていて、日常のかけらも見当たらない。義勇は焦燥に駆られて靴を脱ぎ捨て転がるように部屋に入った。
 リビングにはラップをかけられた皿があり、一枚のメモが残されていた。もちろん炭治郎からで、『温めて食べてください』とだけ書かれている。
 それに少しだけ安堵し、続いて寝室に向かった。そこに来てやっと人の気配を感じられて義勇は胸を撫で下ろした。
 すうすうと聞こえる寝息から既に就寝してしまっていることが窺える。炭治郎の声が聞けなかったのは残念だが何事もなかったのに越したことはない。
 義勇は炭治郎の作ってくれた夕飯を食べるために踵を返した。背後でかすかに身じろぎした影にも気がつかずに。

 シャワーも浴びてあとは寝るだけの格好になった義勇は再び寝室に戻ってきた。そしてすぐに違和感を覚える。
(明かり……?)
 ついさっき炭治郎の様子を見に来たときは真っ暗だったのに、今はベッド脇のテーブルランプがうすぼんやりと灯っているのだ。一度目覚めた炭治郎がつけたのかとそちらを見遣った義勇はハッと息を呑んだ。
「起きていたのか」
 起き上がっていた炭治郎はベッドの上に腰掛けている。けれど妙に静かで、炭治郎の表情が見えない。
「炭治郎……?」
「せんぱい」
 舌っ足らずに己を呼ぶ声はどこか幼い。いつもと様子の違う炭治郎に義勇は近寄って手を伸ばしたのだったが。
「っ、」
 その手を引かれてバランスを崩した義勇は炭治郎とともに倒れ込んだ。咄嗟に手をつきなんとか炭治郎を下敷きにするのは免れたけれど、現在の体勢を思えば主に義勇の理性があやうい。
「炭治郎ッ、危ないだろう……!」
「冨岡先輩、先輩は俺にキス、できますか」
「は? 何を言って……」
「俺のこと、抱いてもらえませんか……?」
 ──夢をみているのかと、思った。
 しかし、目の前で不安げに瞳を揺らす炭治郎がいるのは現実だった。どうしてそんなに苦しそうなのか。何を悩んでいるのか。こんなことをしなくたって、話を聞くくらいならいくらでもしてやれるのに。
 それに、だ。まだ付き合ってもいないのに手を出すなんてできるわけがない。そういうことは段階を踏んで少しずつ進めるべきだ。
「そんなこと、できるわけないだろう……っ!」
 だからこそ義勇はそう答えたのだが。
「そう、ですよね……すみません、忘れてください。……ごめんなさい」
 目を伏せた炭治郎は何度も謝り、顔を背けた。戸惑いは消えないままだったが義勇も上体を起こして炭治郎のベッドから離れる。炭治郎は壁側を向いてしまって表情は分からない。話をしたかったが、炭治郎からの拒絶するような気配にたじろぎ、義勇は開いた口を閉ざした。
「……おやすみ」
 なんとかそれだけを絞りだし、義勇も自分のベッドに横になった。



  ◇  ◇  ◇



 断られた。振られた。それどころか幻滅させてしまっただろう。
 炭治郎は毛布に包まり身体を縮こませる。今すぐにでも消えてしまいたかった。
 明日からはもう、今までどおりに冨岡と接することはできなくなっただろう。いい先輩後輩の関係を築けていたのに、その立場を壊したのは炭治郎なのだから。
 もしかしたら、なんてほんの少しの希望に縋って欲を出した。男を好きになることはないと言っていても、あんなに優しい冨岡なら、と。
 その結果がこれだ。なんと惨めで愚かなのか。胸が締めつけられているようにズキズキと痛む。じわりと視界が滲んでいくのを止められそうにない。布団の中にいるからと声を押し殺してぽろぽろと涙をこぼしてしまう。
 こんなにも苦しくなるほどに冨岡への想いを募らせていたのだと自覚した。もちろん好きになったからこそ彼に迫ったのだけれど、己の恋心がこんなにも大きく成長していたなんて知らなかった。
 しかしそんなものはもう無意味なのだ。捨てるしかないこの気持ちの居場所なんてない。
(明日から、どうすればいいんだろう)
 普通に話すことなんてできないし、冨岡だって願い下げだろう。となれば互いに関わらない選択肢しか残されていないが、同じ部屋を使う以上会話をしないなんてできるわけがない。ではどうするか。炭治郎は頭の中ですでに答えを出していた。
(……俺が出ていくしか、ない……)
 昼間の先輩たちが言っていたことを思い出す。部屋は申請を出せば変えられるらしい。今はとくに、寮に入ったばかりで相手との相性が悪かったといえば簡単に通るというのだ。
(明日、申請書をもらってこないとな)
 離れたくないと胸の内が叫ぶのを無理やり押し込める。部屋が別れたら、この気持ちも少しは小さくなってくれるだろうか。
 ──はやく、はやく消えてしまえ。
 軋む心から目を逸らして、空が白んでいくまで炭治郎は静かに涙を流し続けていた。





 担任に話をすると、その一枚の薄っぺらい用紙は拍子抜けするほどあっさりと手に入った。
 たった一枚の紙切れで、冨岡との繋がりはなくなってしまうのだと思えば笑ってしまいそうだった。
 学年クラス名前を書き終えて、提出すればおしまい。なんて呆気ない終わり方。
 さらに落ち込む炭治郎へ追い打ちをかけるように、冨岡の親衛隊らしき二年生たちは部屋替えの念押しをするために接触してきた。
「賢い子で良かったよ」
 たったそれだけを言いたいがために炭治郎の元を訪れたのかと思うとひとことガツンと物申してやりたかったのに、寝不足で痛みを訴える頭に気を取られて何も言い返す暇がなかった。彼らは自分たちが言いたいことだけを好き勝手ぶちまけるととっとと立ち去っていったのだから。

(疲れた……)
 放課後を迎えた途端、クラスメイトたちへの挨拶もそこそこに脱兎のごとく寮へ帰ってきた。私物を纏めておかなければならなかったからだ。
 幸いと言うべきか、過ごした期間が短かったおかげで最初にここへ来たときと比べて荷物の量は大して変わっていなかった。一時間もすればダンボール二箱に収まってしまうそれらをぼんやりと眺める。
 どれくらいそうしていただろう。扉が開く音で炭治郎は我に返った。いつの間にか時間を空費していたようだ。
「ただいま。……炭治郎? いないのか?」
 昨日を除けば毎日彼を迎えていた炭治郎。それももうできなくなる。
 ──そういえば。昨夜はあんなことをしたのに冨岡はまだ炭治郎のことを気にかけてくれるのかと単純な恋心が揺さぶられた。
 コンコン、と割り振られた自室がノックされる。寝室も浴室も覗いたあとなのだろう。確信を持って呼ばれる「炭治郎」の声に肩が震えた。
「入っても構わないか?」
「…………どうぞ」
 迷った末に了承した。最後に挨拶はしておくべきだと思ったからだった。
「良かった、心配、して……」
「すみません、少しぼーっとしてたみたいです」
「おい、その荷物は何だ」
 冨岡がいつになく固い声で尋ねる。炭治郎はふにゃりと力なく微笑みながら、問われたことに答えた。
 なんとか笑うことができたのは、ひとえに涙を見せたくなかった炭治郎の意地だった。
「……部屋替えの申請をしようと思うので、その準備です」
「は……? なんて……、」
「冨岡先輩とはもう一緒に居られません。だから俺、出ていきます」
 申請書って結構簡単にもらえるんですね。他愛ない話をするように、炭治郎はわらった。声は、震えていないだろうか。
「炭治郎」
「短い間ですけどお世話になりました」
「話を聞け」
「あの、楽しかったです、おれ、」
「炭治郎、話を……」
「……ッなにを! なにを、はなせば、いいんですか……? せんぱいのことをすきだなんていうおとこなんて、きもちわるいでしょう……っ!?」
 ずっと平静を保とうと必死だったのに、どうしてだか真剣な眼差しで炭治郎を見つめてくる冨岡に、ギリギリで堰き止められていたものがついに決壊した。きっと今の炭治郎は、とてもみっともない顔をさらしているのだろう。そう思うのに一度開いた口は自らの感情を吐き出してしまって、それに引きずられたものが涙となって溢れ、頬を雫が伝っていく。
「これいじょう、きらわれたくない……っ! せんぱいといっしょにいたら、きっともっとすきになっちゃうから、はなれなきゃだめなんです!」
「……炭治郎は、俺のことが好きなのか……?」
「そんな分かりきったこと……っ」
 どうして今更聞くんですか。そう叫ぶつもりだった炭治郎は言葉を飲み込むこととなった。気づけば炭治郎の額はあたたかくも硬い、けれど生きている音が感じ取れるそこに押し付けられていたからだ。
 すん、と鼻をならした際には、落ち着く清らかな水の匂いがした。
「は、」
「俺もお前のことが好きだ」
「…………え」
「昨夜は驚いた。突然抱いてくれなどと言うから身体だけの関係なんて御免だと断ったが、これでやっと炭治郎に手を出せる」
「なにを、」
「とはいえ無理に進める気はない。男同士は何かと難しいと聞いている。炭治郎には初めてで痛い思いをしてほしくない」
「まって」
 理解が及ばないうちに話が進んでいて、慌てて炭治郎は待ったをかけるも止まってくれない。何だか自分に都合のいいことしか聞こえてこなくて困惑ばかりが脳内を占める。冨岡も炭治郎のことを好きだとか、手を出すとか。
 だって昨晩炭治郎は確かに拒否されてしまって。けれど今の言葉を聞く限りでは告白していなかった故に起きてしまった事態だとしか読み取れない。
 つまり──。
「おれの、かんちがい……?」
「ああ。だからきちんと、話そう」
 炭治郎、と。抱きしめられていた腕をほどかれ、見上げた冨岡の表情はやわらかく、砂糖を煮詰めて蜂蜜に浸したみたいにあまくて澄んだ紺青がこちらを見下ろしていたのだった。



  ◇  ◇  ◇



 帰ってきたら慕っているルームシェア相手が荷物を纏めている光景といったら、衝撃に他ならない。
 一瞬我を忘れかけて募ろうとした己を制し、まずは炭治郎の話を聞くべきだと深呼吸をした。
 ところが冷静でいられなかったのは炭治郎の方で、義勇の言葉を遮るように捲し立てる姿は痛々しいものだった。炭治郎の舌が回るのはいつものことなのに、それとはかけ離れた喋りは義勇の聞きたいものではない。どうにか口を塞ぐ手段を考えていると、聞き捨てならないことを耳にした。
 好き。確かにその告白を聞き取った。
 義勇は愛し子を胸に抱きとめ、勢いの途切れた炭治郎が余計な口を挟まないうちに返事を告げる。どうやら昨夜の誘いを断ったことが炭治郎を悩ませてしまっていたらしい。己が言えたことではないけれど、炭治郎も義勇もあと少し言葉が足りていなかったのだ。
 義勇は炭治郎を大切に思うあまりとても手を出すことなんてできなかったが、炭治郎は思い詰めた末に突飛な行動に出てしまったようだった。
 誤解が解けたらしい炭治郎は火がついたようにぼっ、と顔を赤に染め上げる。似つかわしくない涙を拭ってやって、今度は炭治郎の番だと義勇は彼が話し出すのを待った。
「……先輩が、男を好きになることはないと知って……勢い余ってついあんなことを口走ってしまいました」
「……その話は誰から聞いた」
「えっ、と……」
 確かに昔そう宣言した。なにせこの学園は煩わしいことが多いのだ。多少の牽制にはなるだろうと言った錆兎に同意したかたちで。
 だがそれは炭治郎が入学する以前の話である。つまり炭治郎が知る由はないはずなのだ。
 ──誰かが吹き込まない限りは。
 問い質す義勇に炭治郎は口を割らない。おろおろと狼狽え視線を逸らす姿は隠しごとをしていますと言わんばかりなのに、肝心の内容は分からない。
「……まあいい。その話は後だ。とりあえずこのダンボール箱は開けるぞ」
「えっ!?」
「俺もお前も好き同士。部屋を出ていく必要はどこにもないだろう」
 自身が思うより、この光景は心を抉っていたのだと自覚した。





「お前が炭治郎か。俺は鱗滝錆兎という。よろしくな」
「よ、よろしくお願いします」
 思いを通じ合わせたことを報告すると、錆兎は相手と会わせろと言ってきた。炭治郎の緊張につられて強張っていた身体は、友好的に手を差し出す親友を見てふっと解けていった。
「そんなに畏まらなくてもいい。生徒会長といってもやってることは雑用ばかりなんだ」
「いや、でも……!」
 礼儀正しいこの子はさながら助けを求めるようにちらちらと義勇に視線を送ってくる。それを微笑ましく受け止め、錆兎と呼んだ。
「いい子だろう」
「ああ」
 おそらく、この親友は炭治郎がどんな人物か見極めるために場を設けるよう言ったのだろう。それを察していたからこそ、最初に錆兎が口を開くまで身の引き締まる思いを抱えていた。それもひとことで霧散させてしまうのだから、義勇の親友は凄いのである。
「炭治郎、義勇を頼んだぞ。結構抜けたところもあるし、」
「放っておけない方ですよね」
 錆兎の言葉を引き継ぐかのごとく炭治郎が続ける。見ればほんのわずかにむくれた顔をした炭治郎がいた。はて、と数秒思考し、やがて答えに辿り着く。
「なんだ、妬いてるのか」
「なっ、違っ……!」
 指摘してやると顔を真っ赤にして反論してくる恋人をよしよしと頭を撫でていなす。こうやって感情を露わにしてくれる瞬間が何よりも愛おしく感じるのは、普段長男だからと気を張っている炭治郎ばかりを見ているから。
 二人の様子を見ていた錆兎は、ふふ、と笑いをこぼした。
「安心した。……それじゃあ俺はもう行く。あの件はメールしておくぞ」
「分かった」
「生徒会のお仕事ですか?」
 意外と強い独占欲を持っていた炭治郎は尚も義勇に尋ねる。その表情が不安げに歪むのがかすかに見て取れた。
「そうだ。だから気にするな」
「ん、はい……」
 錆兎を見送ると、炭治郎を構ってやるべく寝室へ連れ込む。その意味を最近知ったばかりの恋人は途端に静かになった。かといって拒む意思は見受けられない。それをいいことに抱き寄せて唇を食みシーツの海へ押し倒す。花札を模した大振りのピアスを外してやると、弱点だったらしい耳たぶに触れてしまい炭治郎の肩がぴくりと跳ねる。
「ぁっ……」
 控えめにこぼれ出た喘ぎをもっと聞きたくて、行為に没頭していった。

 薄明かりのなか、義勇は手元の携帯端末に視線を落としていた。隣では炭治郎がすやすやと寝息を立てており、散々その身体を貪った義勇が言うのもなんだが当分は起きそうにない。
 携帯端末には錆兎からのメールが届いていた。用件は炭治郎が口を割らなかったあの件だった。薄々勘付いていたこともあって、錆兎に調査の協力を申し出ていたのである。
「やはりそうか……」
 事の顛末を知って出たのは大きなため息。義勇はうんざりとした気持ちを隠しもしないまま通話ボタンをタップする。
『もしもし』
「メールを見た。ありがとう、助かった」
『構わんさ。風紀には俺から言っておくからもう心配はいらんだろう。実害は出ていないとはいえ、陰湿なことをする輩なら注意はできる』
「……」
『……お前だと先に手が出るだろ』
「! どうして、」
『分かるかって? 義勇の執着具合を見てたら容易に想像できるぞ』
 呆れた声の錆兎に些か罰が悪くなる。が、そのとおりなので言い返す言葉もない。
『お前は炭治郎のことを見ていてやれ。な?』
「……それは、勿論だが」
『はい、それでこの件はお終い。だいたい、あの子なら復讐だのなんだのは望んでないだろ?』
「うん」
 空いた左手をまろい頬に添えると、無意識だろうにすりりと擦り寄ってくる。その仕草がたいへん愛らしくて義勇の澱んだ心が晴れていく。
『じゃあまた明日な』
「ああ」
 話を切り上げた錆兎が通話を切る。用のなくなった端末を置き、炭治郎に向き直る。額に口付けるとくすぐったそうに身をよじった。
 穏やかなこの表情を守りたい。義勇は炭治郎の身体を引き寄せ、そっと目を閉じたのだった。



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