恋人はSSR



 炭治郎の恋人、義勇はガチャが上手い。少し日本語がおかしいかと思うがそう表現するほかない。何故なら炭治郎が欲しい高レアを必ず引いてくれるから。そう、必ず、である。
 最初は有り難いと拝んでいたものの、もはやここまでくると恐怖すらある。だって炭治郎が必死こいて貯めたアイテムで、引いても引いても出ないキャラを、単発でぽんと出してくるのだ。しかも百発百中。三回それがある頃には最初から頼み始めた。やはり引いてくれた。怖かった。
 炭治郎はだんだんと己はズルをしているのでは、という気分に陥ってきた。それに少し思うところがある出来事があったあとなので、今回は彼を頼るまいとこっそり誓っていた。幸い義勇が単発で引き続けてくれたおかげでアイテムはたんまりと貯まっている。
 しかし。流石にこれくらいあれば大丈夫だろうとタカを括っていたのが悪かったのか。最後の一回しか引けないというところまで来て、炭治郎はテーブルに突っ伏していた。
(おかしい……こんな筈では……)

 『けっぷうけんげき!』は今話題沸騰中のソーシャルゲームだ。ゲーム初心者でも始められる簡単RPGと銘打っており、着々とユーザー数を増やし続けている。
 かくいう炭治郎も、これまでの人生においてゲームというものにはとんと触れてこなかった。このソーシャルゲームだって、周囲が夢中になっているという話は聞けど己が手を出すことはないと思っていた。
 ところが友人から始めるだけでいいからと何やらキャンペーンの為にアプリをインストールさせられたことがきっかけで。チュートリアルで興味をひかれ、気が向いたときにアプリを起動し何となくプレイしていた。件の友人から序盤の進め方を教えてもらい、真面目な炭治郎はそのアドバイス通りこつこつと強化をして炭治郎の分身とも言える主人公はどんどん強くなっていった。
 ──そうすると面白く感じてくるのは必然で。
 みるみるうちにのめり込んでいくのは早かった。気まぐれプレイだったのが空いた時間をほぼつぎ込むようになり、やがて立ちはだかったのはガチャという壁であった。
 このガチャというのがよく出来ていて、無料でも手に入るアイテムでも引けるのだが、集められるアイテムは限られているうえに高レアキャラはそう簡単に手に入るものではない。その為課金して手っ取り早くアイテムを買いガチャを引くという方法を取らざるを得ない。本当に怖い金のかかる大人の遊びである。
 とはいえ『けっぷうけんげき!』は高レアキャラを仲間にせずとも努力と時間次第でなんとでもなる。それがこのゲームの魅力の一つで、敵を倒して稀にドロップする武器を強化すれば無課金でも大抵のバトルには参加できるくらいには強くなれるのだ。だから炭治郎はガチャには殆ど見向きもしていなかった。──そのキャラが追加されるまでは。
 新キャラ登場というあおりとともに画面上に現れたその姿に炭治郎の目は釘付けになる。その新キャラが非常に似ていたのだ、炭治郎の恋人に。
 炭治郎は震える手でキャラ紹介ページを開いた。どうやらメインストーリーの次の章で登場するらしく、まだまだ謎の多い人物だった。だが炭治郎は決意した。絶対に欲しい。今まで使わずにとってあったアイテムを全放出するべくガチャページへ向かう。そうして案外あっさり引けたのが、地獄の始まりだった。
 強くて格好良くて頼りになるそのキャラはあらゆる場面で活躍してくれた。おまけにキャラを手に入れることで解放されるストーリーを読んだら更に惹かれるばかり。すっかりゲームのキャラに虜になっている炭治郎である。

 そうしていると黙っていないのは恋人だった。同じ家で暮らしていながら炭治郎の視線はスマートフォンにばかり向けられているのだ。眉を顰めるのは当然といえよう。拗ねてしまった恋人を宥めるのは大変苦労した。けれどゲームのキャラに嫉妬する義勇に胸をときめかせてしまったことも事実。炭治郎だけの秘密である故、謝罪も心の中でこっそりした。言ったらどうなるかはおおよそ予想がついてしまうので。
 義勇がいるときは義勇を優先することで落ち着いたのだが、あるときふと彼にガチャを引いてもらおうと思いついた。そのとき開催されていたガチャには炭治郎の推している例のキャラの友人が新しく追加されてピックアップ中であり、なんとなく頼んでみたのだ。するとどうだ、たった十連ガチャのみで引いてくれて、炭治郎は両手を上げて喜び義勇に抱きついた。彼は複雑そうな表情をしていたものの、恋人に引っ付かれて悪い気はしなかったのか。己よりもひと回り大きいその手は炭治郎の背にまわっていた。そして、これが地獄へ更に進んだ第一歩。
 大して苦労せずにお目当てを二人も引いたものだから、このゲーム、SNSなどで言われる程ガチャの確率が悲惨じゃないのでは、と炭治郎は思ってしまったのだ。
 炭治郎の推しキャラにはまだ同僚キャラがいた。きっとその同僚キャラたちのエピソードにも推しキャラが出るに違いない。となれば引かない選択肢はない。そこそこ人数は多いがやれるだろうと実に浅はかな考えを持ってしまったのである。
 ──結果、惨敗。やはりネット上の声は正しかったのだ。炭治郎は泣く泣くそのピックアップガチャから撤退した。傷付いた心は義勇に癒してもらった。嬉しい、有り難い。炭治郎には勿体ないできた恋人である。

 それから爆死を数回経て義勇の豪運を知ったのだが、今回は自分で引いてみせると臨んでいた。しかし結果はご覧の通り。炭治郎は悔しげにスマートフォンを睨めつけていた。
「……炭治郎」
「あ、義勇さん」
 恋人の声に炭治郎は顔を上げる。浴室から出てきた義勇はタオルを被り、濡れた髪を放置して冷蔵庫へ足を向けていた。
「またゲームか?」
「う……は、はい……」
 前に拗ねられてからというもの、義勇からゲームの話題を出されるのは弱い。炭治郎は誤魔化すようにテーブルに端末を置いて義勇へ寄っていった。
「髪、俺が乾かしてもいいですか?」
「……ん」
 わずかに引いた顎を見て炭治郎は頬を緩める。冷蔵庫から缶ビールを取り出した義勇とともにリビングに戻り、炭治郎はソファへ、義勇はカーペットの上に腰を下ろした。
 ドライヤーで風を送りつつ櫛を使って伸ばされた長い髪を丁寧に梳いていく。ケアは面倒だと跳ね除けるくせに、触り心地のいいふわふわとした感触を保ち続けるのがいつも謎だった。
「……さっき、変な顔をしていたのは何だったんだ?」
「変な顔」
 今日は義勇の方がゲームの話題を続けるとは珍しい。炭治郎は多少不安を覚えつつも尋ねられたのであればと答える。
「その……今回は義勇さんに頼らずともSSRを引こうと……」
「しかし結果は芳しくなかったと」
「はい……」
 しゅん、と炭治郎は項垂れた。どうやら匂いから察するに義勇は気遣ってくれているらしかった。優しい彼のことだ。炭治郎が難しい顔をしていたから声をかけてくれたのだろう。義勇は炭治郎がゲームに夢中になっていることを良く思っていないだろうに。
 不甲斐ない、とますます肩を落とす。義勇はビールをちまちまと消費しながら炭治郎にかける言葉を探しているようだった。
「……どうして俺を頼らなかった?」
「そ、それは、」
 義勇からの疑問に炭治郎は口ごもる。言ってもいいのだろうか。もしも炭治郎の懸念を打ち明けて、同意されでもしたら間違いなく炭治郎は泣いてしまう。例え今までの自身の言動の末路だとしても、みっともなく縋りついてしまいそうだった。
「炭治郎?」
「……あの、俺、都合のいいときばかり義勇さんを頼ってばっかりで、こんなんじゃ呆れられるって……」
 そう、それが炭治郎の抱えている懸念であった。
 友人に手持ちのキャラを見られたときに、炭治郎がガチャから排出されるキャラばかりを編成していたせいだろう、そんなに課金をしているのかと驚かれた。だから炭治郎は素直に恋人の運が良くて引けていることを話した。すると、そんなんじゃ恋人も呆れるだろ、と。
 普段はゲームにかかりきりなのに、こんなときばかり頼るのはどうなんだ、と。
 友人の言葉は炭治郎の心に突き刺さった。だから今回はと思っていたのだが。
「ごめんなさい義勇さんんんん」
「泣くな。……確かに、色々と思うところはあるが、お前に頼られるのは嬉しかったから気にしなくていい」
「……え?」
「むしろ呆れられるのは俺の方じゃないのか。お前程器用に家事をこなせる訳でもない、ゲームのキャラに嫉妬するくらい狭量な男だ」
 そう言って渋面を浮かべる義勇に、そんなことない、と炭治郎は大声をあげた。
「義勇さんは働いてるのに休みの日は家事手伝ってくれるし、俺の推しに妬いてる義勇さんは可愛かったです!」
「炭治郎……」
 ドライヤーと櫛を放り出して、炭治郎はソファから滑り落ちると義勇に思いきり抱きついた。
「うわーん!! 義勇さん優しい大好きですうう〜〜!!」
「そうか」
 鼻先から香る匂いで顔を見なくても義勇が笑っているのが分かる。炭治郎の恋人はなんて懐が深いのだろうか。義勇は狭量だというが炭治郎は恋仲ならこれくらい普通だと思うのだけれど。
「ところで」
「はい?」
「先程俺のことを『可愛い』と称さなかったか?」
「……………あ、」
 炭治郎は今更ながらに失言を思い出す。義勇からは既にほわりとした柔らかい匂いは消え去り、じりじりと焼けつく匂いがしている。こうなることが分かっていたから、今まで胸に秘めていたというのに。
「いや! あのですね! 義勇さん!」
「聞かん。可愛いのはお前だと教えてやる」
「いっ、いりません! ぎゆうさっ、」
 なんだか不穏な空気が漂い始め、炭治郎はどうにか足掻こうと手足をばたつかせた瞬間。
 ピリリ、とこの場に合わない軽快な電子音が鳴り響いた。
「あーーーっっ!!」
 突然耳元で大声を出された義勇はびくりと肩を震わせた。一体何なんだと炭治郎に向けられた表情はこれ以上なく顰められている。
「俺これからゲーム内の仲間とマルチやる予定でした!」
 かけておいたアラームは約束を忘れない為の保険だったが、今はそれに助けられた。過去の自分へ賞賛を送りたい。
 見てください、ほらほらと、ゲーム内のチャット画面を出したスマートフォンを突きつける炭治郎に毒気を抜かれたのか。義勇は深い深いため息を吐いて顔を覆いながらソファに寄りかかった。
「……おまえは、ほんとうに、おれをふりまわすのがうまいな……」
 その声はひどく疲れた色を滲ませていて、炭治郎は少しだけ罪悪感を抱いた。ので、妥協案を提案してみる。
「……優しくしてくれるなら、ゲームが終わったあとに……ね?」
 再び長々と息を吐き出した義勇がこちらに向けた眼差しは綻んだものだったので炭治郎はほっとしたのだ。
 まさか優しく丁寧にじっくりとされることがあんなにもつらいとは知らずに。



  ◇  ◇  ◇



「……という訳で、俺の恋人はとても寛大な人だった!」
「…………そう」
 つらつらと、永遠に続くかと思う程の盛大な惚気を聞かせられた青年はそれだけを呟くので精一杯だった。
 今現在げんなりとしているこの青年こそが、炭治郎を『けっぷうけんげき!』に誘い、そして恋人を頼るばっかりではいけないと言った炭治郎の友人だった。
 青年は非常に後悔していた。自分よりも後に始めたというのにボックスを見せてもらえば高レアキャラばかりいるものだから、妬みの心が顔を出してしまった。聞けば恋人が豪運だというし、彼女いない歴が生きてきた年数と同じ青年はなんだかもうあらゆる面で負けた気になったので、つい軽い気持ちで言ったのだ。
 するとこの友人は律儀にその後の恋人との会話を報告してきたものだから堪らない。炭治郎と恋人がそんなに想い合ってるなんてこと出来れば聞きたくなかった。なんせ甘すぎるのだ。どうしてソーシャルゲームの話題がこんなことに。青年は虚ろな目でキャラがちょこまかと動いている戦闘画面を見つめた。二人は講義の合間の空き時間にマルチバトルをしているのだった。
「……しかし、仕事もできて家事も手伝ってくれて気遣いもしてくれて、あとはなんだったか? お前の恋人完璧すぎない?」
「そうだけど?」
「清々しいドヤ顔しやがって……炭治郎はアレだよな、恋人でSSR引いてるようなもんだよな」
「SSR……」
「うん」
 ピタリと固まった炭治郎。しかしそこで固まられると困る。炭治郎にはバフをかけてもらわねばいけないのだ。
「確かにあの人SSRって感じだ……」
「ブフッ」
 冗談で言ったのに真面目に答えた炭治郎に青年は思わず吹き出す。おかげで間違えてスキルを発動してしまった。もうこれ負けそう。
「もー! どうすんだよコレ!」
「うわっ、ご、ごめん」
 ハッと我に返った炭治郎が頑張ってくれたのでなんとか勝つことができた。ドロップした報酬もそこそこ良かった。それでも青年はふと思ってしまった。
「俺も彼女欲しい……」
 炭治郎は困ったように笑うだけであった。然もありなん。



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