三日どころか数時間


※俳優×ファン



 冨岡義勇は今をときめく超人気俳優だ。
 整ったかんばせにあらゆる役をも完璧に演じきる演技力に、スタントマンを使わずともこなすアクション。一クールで複数の主演は当たり前で、雑誌の特集や写真集が出れば予約の時点で完売。しかしバラエティー番組やラジオへは一切顔を出さず、淡々と演技と被写体としての仕事のみを受けるだけ。素性もほとんど明かされず、だが逆にそれがミステリアスだと人気に火をつけ、最早知らない日本人はいないのではないかと思われる程の男である。

 さて、竈門炭治郎は平凡な男子大学生だ。竈門家に長男として生まれ、優しい父母と五人もの弟妹たちに囲まれたあたたかい家庭で育った、ごく普通の青年だ。
 父は病弱で炭治郎が中学に入る頃に亡くなってしまったけれど、その代わりを努めるように炭治郎が弟妹たちの面倒を見て母に負担をかけまいと頑張ってきた。長男だから頑張れていた。
 とはいえいつでも頑張れた訳ではない。時には折れそうになったこともあった。そんなときに見たのが、まだ脇役としてしか出ていなかった冨岡義勇だった。
 当時の冨岡が演じていたのが、まさに炭治郎と同じような境遇の青年の主人公を励ます友人の役で。主人公は家族の為にと一生懸命働いていたけれど、どうしても疲れを隠せなくなってしまった。そんな主人公は友人に励まされアドバイスを受け、行き詰まっていた仕事が上手くいくようになる。
 友人の台詞に炭治郎はとても感動し、そして元気を貰ったのだ。エンディング曲が流れ始めるとハッとしてドラマのタイトルを検索した。キャスト陣の名前をひとりひとり確認して、友人の役を演ったのが冨岡義勇という俳優だったことを知る。今度はその名前を検索してみるとまだまだ新人のようで、このドラマ以外だと舞台での出演の方が多いようであった。
 ならば、とこれまで出演した舞台のDVDをネットショップで探す。気づけば炭治郎はそのうちの一本を購入していた。
 ──これが、全ての始まりである。
 炭治郎もどうして彼にそこまで惹かれたのか分からない。役柄イコール演者ではないのは頭ではじゅうぶん分かっているはずなのに、どうしても彼が演じた役の言葉が炭治郎の心に響いたのだ。だから彼のことをもっと知りたいと思った。
 数日後に手元に届いたDVDを、炭治郎はドキドキしながら再生した。その舞台で彼は準主演で、ドラマよりもその姿を多く目にすることができた。
 やはりその舞台を演じる彼も炭治郎の心を奪い去っていく。見終えたときにはすっかり彼の虜になっていた。
「冨岡義勇さん……! 好きです……!」
 つい虚空に向かって告白する程の大ファンへと変貌していったのだった。

 つらいことがあっても、特集の組まれた雑誌が発売間近、出演するドラマがまもなく放送される、それらを思い出すだけで炭治郎は元気になれた。
 隠しごとが下手な炭治郎はすぐに家族にも俳優のファンになったことが知れ渡ったが、今まで長男だからと我慢ばかりしていた炭治郎にも趣味ができたことの方を喜ばれ協力さえ申し出られた。おかげでうっかり録画予約を忘れた、なんてことがないのは有難い限りである。

 定期的にファンレターを送り応援していた彼の知名度を一気に上昇させたのが、とある一本のドラマだった。
 少年漫画が原作でファンも多かったその作品はあらゆる意味で注目度が高かった。既に人気があるだけに実写化への不安や、少しずつ公開されていく情報に期待しても大丈夫なのではと擁護する声。
 そして。満を持しての第一話が放送された日のSNSは、見事大絶賛の嵐で埋め尽くされた。
 原作の雰囲気を壊さないようにしつつ実写だからできるキャラクターたちの些細な感情の変化やアクション。出来上がったものからはスタッフやキャスト陣も作品を愛していることがひしひしと伝わってくる、そんな作品であった。
 炭治郎も彼が出演すると発表されてから事前に原作を予習して臨んでいた。その結果、ドラマの出来の良さと、彼の演じる役に知らぬ間に涙していた。
 今回彼が演じるのは主人公の兄弟子で、一話では絶望に蹲る主人公を叱咤して立ち上がらせてくれる作中でも重要な役割を持つキャラクターだった。原作でも人気が高く、発表前はキャスト予想で盛り上がりを見せていたという。そんな中彼に決まり、まだその頃はそれ程名を馳せていなかった彼を疑問視する声は少なからずあった。
 だが一話だけで、あっという間に原作ファンたちの不安の声を取り除いていった。それどころか格好良いと一夜にして大勢のファンを生み出していたのである。
 その事実にも炭治郎は静かに泣いた。応援していた俳優が多くの人々に認められていくのは感慨深く、その喜びは自身が褒められるより何倍も嬉しいものだった。
 そのドラマがきっかけで朝のワイドショーで取り上げられたりあらゆるメディアからオファーが殺到したらしいが、以前と変わらずインタビュー系は全て蹴り続けて、今も尚プロフィールは謎に包まれたまま。
 冨岡義勇は一体どんな人物なのか。世間の人々は大いに注目したけれど、いくら人気になってもファンからの目撃情報すら上がらずであった。

 すいすい、と慣れた手つきでスマートフォンの画面を操作して炭治郎は情報のチェックを行う。彼のファンになる前は、本当に現代人かと友人から疑われるくらいには機械音痴であった炭治郎も今ではすっかり文明の利器を使いこなしている。というかそうならなければいけない程には彼が有名になり、あらゆる場面で情報戦になってしまったのだ。
 ドラマを追いかけるだけならいいが、舞台はチケットを取らなければならないし、書籍関連は一歩出遅れると泣きを見る。今のところ運が良いことに無事に勝ててはいるけれど、SNSで繋がっているファン仲間の悲しみは何度見たか知れない。彼が人気になったのは喜ばしいことだが、これに関しては歯噛みする思いである。

「あ。反応来てる」
 炭治郎は通知欄に浮かんだ数字に目をとめた。そこをタップすると炭治郎の呟きについた反応を見ることができる。そしてその一番上にはあなたの呟きをいいねしましたという文字が並んでいた。その相手のアイコンはもう見慣れてしまった鮭大根の画像で、いつもの人だと頬が緩む。
 ハンドルネームは『凪』。自らは殆ど発言することはなく、けれど炭治郎の呟きにはいいねや時折返信をくれる人だ。プロフィールは空欄で最初は怪しんだものだが、インターネット上の隅っこに載せた感想に反応を貰えれば同じように感じたファンもいるのだと嬉しくなるし、日常生活についてあった出来事を何となく呟いたら返事がくるのは存外心が弾む。
 少ない呟きから窺えるこの人は、成人はしており多忙な生活を送っているらしいことと、それでも好物の鮭大根の為に気に入りの小料理屋へ足繁く通っていること、それから炭治郎に対する反応から同じく冨岡義勇のファンということだ。口調からして男性のようだし、どうしても数の少ない同性のファンは炭治郎にとって親近感が湧いて止まない。この頃は通知欄に現れる鮭大根を見ると、もっと話してみたいと思うようになった。炭治郎はまだ参加したことはないけれど、オフ会なるもので会えたらなぁ、とまで考える始末だ。
「でも『凪』さんはそういうタイプじゃなさそうだもんなあ……」
 SNSですら発言の少ない人だ。おまけにフォローしている人数も限られている。きっと積極的に交流をする方ではないのだろう。どうしてその中に炭治郎を入れてくれたのかは分からないが、何か気に入るところがあったのかもしれないと解釈している。
 それでも、と。炭治郎は文字を打ち込んだ。もしかしたら忙しくてこの呟きを見ないかもしれない。
『凪さんと直接お会いしてみたいです』
 IDも付けずタイムラインに流したそれは、まるで誰に届くかも分からないメッセージボトルのようにぷかぷかと浮いていた。





 炭治郎の朝は早い。というのは少し前までの話だ。
 実家がパン屋を営んでいて、父が病床に伏すようになってからは炭治郎がパンを焼いていたから、すっかり毎朝三時には起きる癖がついてしまっていた。
 けれど現在は大学に通うのに便利な土地に移り住んでいる為寂しいひとり暮らし。つまりは炭治郎が早起きする必要など皆無。むしろ寝直さなければ日中が辛いだけなのだ。
 二度寝するまでにと無意識にスマートフォンを手に取る。ロック画面にはSNSにダイレクトメッセージが来ているとの通知があった。
「……………だれ?」
 寝ぼけた頭では相手の候補が浮かばない。ここ数日は個人的なメッセージをやりとりする相手もいなかった筈であるし、だとしたら誰が何の用だろうか。
 なんとなしに開いて、相手を確認した瞬間炭治郎の脳はハッキリと覚醒し、飛び起きてベッドの上で正座をしてしまった。
 鮭大根のアイコン、『凪』からのメッセージであったからだ。
『突然会いたいと言われて驚きました。俺も同じ気持ちです。もし時間が許せばの話ですが、どうでしょうか?』
「えっ! えっ!!」
 深夜にもかかわらずそこそこの声量で叫んで画面を凝視する。目を擦っても画面上には同じ文章が羅列していて幻覚でも夢でもなさそうだ。炭治郎は高鳴り続ける自分の心臓の音を聞きながら何と返信したものかと頭を悩ませる。

 かなりの時間をかけて考えた文章を、震える指で打ち込んでいく。
 メッセージをくれたことへのお礼と、是非会いたいとの旨、こちらは学生である故時間は調整できること、最後に場所はどんなところがいいかなどを尋ねて締めた。
 炭治郎の周りには趣味を理解してくれる人はいたけれど、同志の者はいなかった。感想を共有するのは全てSNS上のみであったので、リアルで語れる相手と会えるなんてと心が躍る。
 結局興奮で二度寝なんてできず、けれど朝になれば元気に大学へ向かう炭治郎だった。

 講義の合間にアプリを開くと、メールアイコンのところに一の数字が浮かんでいる。炭治郎は舞い上がりながらそこをタップした。
『有難うございます。場所はこちらで指定したいのですが構いませんか?』
『もちろんです!楽しみにしてますね!』
 時間に融通の利く炭治郎が相手に予定を合わせることになった。何もかもこちらに合わせてもらって、と恐縮する『凪』に炭治郎は気にしないでほしいと送る。こちらこそいきなり馴れ馴れしいことをしたのではないかと思っていたので、応えてくれただけで嬉しいのだ。だからこれくらいはお安い御用である。
 次のメッセージを心待ちにして十日程。『凪』から次の土曜日はどうかと問われる。その日はアルバイトのシフトが入っていたが、代わってもらえないかとメンバーへ連絡するとあっさりと了承の返事を貰えた。前に頼まれて炭治郎が代わったことがあったのを律儀に覚えてくれていたようだった。
 無事に予定を空けられた為にメッセージを返すと、次に届いた文章には店の指定をされていた。しかし炭治郎には聞き馴染みのない店名だったので検索をしてみる。すると出てきたのは個室も用意されているというきちっとした小料理屋で、炭治郎は驚いて固まる。これは少し、いやかなり身の丈に合わないのでは、と思ったけれど、鮭大根にとても拘りのある人だからそこが関係しているのだろうと己を納得させる。自身の懐に不安を覚えたのでその日はできるだけ現金を詰めていくことを決めた。
 思えばこのときにもう少し疑問を持つべきだったのではないかと、後に炭治郎は考えるのだ。

 鱗滝という名前で予約をしている。もしかしたら遅れるかもしれないから先に入っていてほしい。
 そんなメッセージが届いたのは、炭治郎が最寄り駅に降り立った頃だった。
 地図アプリを頼りに歩みを進めていくと、建ち並ぶ外観がだんだんと高級さを醸し出していく気がする。炭治郎は居心地が悪くて歩く速さを上げてそそくさと先を急いだ。これはもしやとんでもない人と会おうとしているのではないか。そんな予感が胸中を占めていた。

 辿り着いた店に入るのにかなりの勇気を振り絞った。おそるおそる教えられた名を出すと、奥の座敷に通された。本当に入れた、などと謎の感動に浸る。
 さて。それから待つこと十五分。炭治郎を案内してくれた女性の声がして、相手も到着したことを知る。緊張からか拳を握りしめていた。
「……遅くなった」
 ネット上のやりとりとは違って、意外とぶっきらぼうな喋り方をする。最初はそんなことを思った。続いて何処かで聞き覚えのある声じゃないかと疑問が出る。しかしどちらも一瞬のことで答えまで思考が回らない。
 炭治郎は顔を上げた。そして襖へ向けた視線の先には、長身ですらりとした男性が立っている。キャップを目深く被っている所為で表情は見えない。黒い長髪が特徴的だった。
 澄んだ水のような、清らかな匂いがする。それは彼特有の匂いなのだろう。その香りが鼻腔を擽ると、不思議と心が落ち着いた。
 襖が閉められた室内には炭治郎と彼だけの二人。キャップのつばに手をかけた際わずかに覗いた蒼に惹き込まれる。先立って震えた身体はもう彼が誰だか気がついていたのだろうか。
「一応初めまして、か。『炭』さんで合っているか?」
 炭治郎が何度聞いたか知れない、心地のいい低さの声で。
 ──『炭』、と。あの、冨岡義勇が、炭治郎の、ハンドルネームを、呼んだのである。





 恥ずかしい。穴があったら入りたい。
 愛してやまない俳優にハンドルネームとはいえ自分の名を呼ばれて倒れない者がいたらその人は人間ではないに決まっている。まあつまり、そういうことである。
 驚きと喜びと困惑他様々な感情から少しの間気絶してしまっていたらしい炭治郎はなんと畏れ多いことか、冨岡義勇の着ていた上着を枕に横になっていた。思わず匂いまで嗅いでしまって、罪悪感が押し寄せた炭治郎はがばりと起き上がり土下座を決める。
「すみませんでしたこの度はとんだ醜態をさらしてしまい、」
「……いや、別に気にしていないから顔を上げてくれ。それより大丈夫か…?」
 彼が気遣うように手を伸ばしてきた先は炭治郎の鼻先。そういえば気を失う寸前鼻血を出した気がする。もはや入る為の穴を掘らせてほしい。
「……えっと、あの、一応確認しますけど……」
「冨岡義勇だ。SNSでは『凪』と名乗っている」
「〜〜〜っですよね……!!?」
 一体何が起こっているのかさっぱり分からない。超人気俳優である冨岡義勇のことが語りたくてオフ会を来たと思ったら現れた相手が本人だった。いや本当に意味が分からない。現実が直視できなくて顔を覆った。
 これまで貰ってきた『凪』からの反応が脳内を駆け巡る。炭治郎の感想は全部本人に届いており、さらにはくだらない日常の呟きまで拾われていたのだ。まさか多忙な彼が一ファンである炭治郎のことを匿名の個人アカウントでフォローしているなんて誰が予想できようか。
「……いつまで顔を覆っているつもりなんだ」
「む、むり、むりです、俺のことフォローしてたんなら、どれだけ貴方のことを好きか、よぉ〜〜〜く知っているでしょう……!?」
「ああ…たまに恥ずかしくなるが、嬉しい言葉の数々だった」
「っ! っ!!?」
 指の隙間から覗き見た笑顔が眩くて、炭治郎は息を詰まらせる。この近距離で浴びるのは確実に適正じゃない。溶け死ぬ。
「……しかし、そろそろ名前くらいは名乗ってもよくないか?」
(名前……誰の……? 俺の……? オフ会ってハンドルネームだけでじゅうぶんじゃないか?)
「それだと俺が一方的に知られていて不公平だろう」
「あれ? 俺声に出してました?」
 むすっと眉根を寄せ不満を表現する彼に炭治郎はたじろぐ。しかし一つ反論させてほしいが、日本中から知らない人を探すのが困難な超人気俳優と平凡な一般人を比べて不公平は無いだろうと強く主張したい。
 けれど諦めずこちらを見つめ続ける蒼に逆らえる筈もなく。炭治郎は絞り出したような声で自らの名を名乗った。
「…なるほど。名前から取ったのか」
 SNSに登録したときの炭治郎はまだネット初心者もいいところで、本名で登録するのはまずいとなんとなく分かっていたもののかけ離れた名前を考えることもできず。悩んだ末に結局本名から取って『炭』という安直なハンドルネームで登録したのだ。まさか本人に呼ばれるなんて未来があるとも知らず。
「……炭治郎……そうか、炭治郎か……」
「ひええ……!な、なんですかやめてくださいそんなに呼ばれるとしにますしんじゃいますううぅ……!!」
 殆ど半泣きの炭治郎には目もくれず、何故か噛みしめるように呟く超人気俳優。そろそろ心臓は破裂してしまうのではないかと心配になる程に先程からずっと忙しなく動いている。頭はクラクラしてきているし、酸素不足に陥っているのかもしれない。
「炭治郎、俺が今日ここに来たのは他でもない。炭治郎に想いを伝える為だ」
 顔を覆っていた手を片手だけ剥がされ、彼の手のひらに包まれる。初めて触った彼の肌はすべすべで、少しだけひんやりしていた。
「ずっと炭治郎の言葉に励まされて、元気を貰っていた。好きだ。俺と付き合ってほしい」
「……………え、なんて……?」
「愛おしい。愛している。結婚してほしい。恋人に、」
「あああああ分かりましたもう結構ですとってもよく伝わりました!!!」
「そうか、良かった」
 理解が及ばず聞き返してしまったが為に愛の言葉を存分に囁かれ、炭治郎は茹だってしまいそうな頭をぶんぶんと振ってその口を閉ざさせる。もしやこれは番組のドッキリなのかと疑った。それなら早くネタバラシをしてくれないか、でなければ本当に死んでしまうぞと祈るような気持ちで襖を見たが、それが開かれそうな気配は微塵も感じない。
 彼はふわりととろけるような甘い笑みを向けて炭治郎の頬を撫ぜた。その微笑みは炭治郎が知る限りこれまでどのドラマや映画でも見せたことがなくて、もしや演技ではない本当の笑顔なのではないかと感じた。
(俺は俳優の冨岡義勇が好きで、これは純粋なファンであって、ガチ恋とかそういう部類の感情じゃない筈だ!)
 炭治郎もその手のファンをSNSで見かけたことがあるので存在は知っている。しかし炭治郎には縁のない世界だと思っていた。思っていたのだけれど。
(だったら、告白されて、なんで、こんな、)
 告白される前は目を背け続けて視界に入れることすら困難だったのに、今や胸がときめき彼から目が離せない。湧き上がるこのきゅう、と締めつけるような苦しさは何なのだろう。
「……、炭治郎……」
「あ……、う、……俺の好きは、そういう意味じゃ、」
「分かった」
 それでも、きっと勘違いだ、と。演技を間近で見て感動しているのだと言い聞かせて。炭治郎は俯いてそっと答えを出した。
 そんな炭治郎の言葉を遮るように彼は頷く。やけにあっさり引き下がってくれたなと安堵の息をもらすとともに、少しだけ胸の奥に痛みが走って、けれど気づかないふりをする。
 儚いひとときの夢だった、と、炭治郎が思ったときだった。
「三日だ」
「え?」
「三日、休みを貰ってくる。そしてその三日で炭治郎を落としてみせる」
「……えっと?」
「その際には俺の名前も呼んでくれ」
「いや? え? 待ってくださ、」
 こちらの言葉をちっとも聞き入れてくれない。話は終わったとばかりに彼は満足げにムフフと笑っていたが、炭治郎は何一つついていけていないのに。
 もはや決定事項となったらしいその三日間とやらに震える。はたして炭治郎は耐えられることができるのだろうか。

 ──既に口説き落とされかけてるのにこれ以上なんて、想像もつかなかった。



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