真意をおしえて



 竈門炭治郎と冨岡義勇は、想いを通じ合わせて間もない恋仲である。
 兄弟子へ向けるあたたかな気持ちが憧憬などだけではないことに気がついた炭治郎は、これは胸に秘めておかなければならないと悟った。日に日に募っていく想いに、果たしていつまで隠し通せるものなのかと不安を覚えていると、なんと義勇の方から想いを告げられた。それから二人は恋仲になったのだが、炭治郎には今になって一つ後悔していることがある。義勇から周囲には秘密にしておいてほしいと言われ、素直に頷いてしまったことだ。
 炭治郎は嘘をつくのが下手だよね、とは善逸の言葉だ。鬼殺隊として任務をこなしている以上、心苦しくても嘘をつかなければならない状況を経験することがある。その際は上手くやっているつもりだったが、どうやら己の勘違いだったらしい。
 つまり、もしもその手の話を振られてしまった際には、とても誤魔化せるとは思えなかった。
 それに、だ。炭治郎は折角なら二人の関係を皆に祝ってほしかった。頷いたあのときは、嬉しさで舞い上がった心と照れ臭さでいっぱいだったので納得出来たが、今となっては頷かなければ良かったと思っているのだ。せめて理由を聞いていれば炭治郎も考えを改めるかもしれないが、今更聞いて、約束が守れないと知れた義勇の反応が分からず動くことが出来なかった。

 蝶屋敷の縁側にて。任務の帰路で土産にと買ってきた団子を頬張りながら、炭治郎はおそるおそる隣に座る善逸に質問をした。ちなみに伊之助はまだ任務から帰ってきていないようなので、きちんと彼の分の団子は分けてある。

「善逸……善逸はお付き合いをし始めたら相手を周りに紹介するのか?」
「当然じゃない!炭治郎にもちゃんと紹介するよ!」

 ウフフ、と頬を染めながら笑う友人に、炭治郎は相槌を打つ。やはり一般的な意見は炭治郎と同様なようだ。

「それは嬉しいな」
「というかどうしたの急に。………まさか、炭治郎裏切ってないよな!?」
「う、裏切り?」
「俺より先に女の子と……!?」
「ち、違うぞ!それはない!」

 慄く善逸に慌てて首を横に振る。女の子とお付き合いをしているか、という点は間違いなく否と言えるので嘘ではない。
 それにしても、やはりこの手の話において彼はひどく敏感だ。炭治郎はただでさえ嘘がつけないのに、耳のいい善逸の前では余計に見抜かれてしまいそうだ。

「本当に?本当だよね?」
「疑り深いなぁ…」

 善逸からのじろじろとした怪訝な視線を躱すため、炭治郎は残っていた団子の最後の一本を差し出す。思わず反射で受け取った善逸はいいの、と目をぱちくりと瞬かせた。

「うん。お礼だからな」
「え??俺何かした??」

 相談に乗ってくれたから、とは言わなかった。そのせいで善逸がしきりに困惑したまま団子を食べる事態になってしまったことには大変申し訳なく思うが、そちらに意識が移ってこれ以上追及されることはなくなったため胸を撫で下ろした。恐らく炭治郎の表情筋はもうギリギリだろうから。
 庭の方を見つめながら、炭治郎は義勇のことを思い浮かべた。こうやって一人で考え込んでも解決しないのは理解しているが、兄弟子に直接尋ねる勇気がどうにも足りない。善逸にもらった答えでさらに悩みが悪化したような気さえする。
 やはり男同士だからなのだろうか。炭治郎は最も考えられる可能性に心中でため息を吐く。町中で堂々と手を繋ぐことも出来ないなどは炭治郎だって百も承知だ。それでも、親しい者たちくらいには報告したい。男同士だとそれも許されないことなのだろうか。
 堂々巡りの思考は、伊之助が帰還するまで炭治郎をぼんやりとさせていたのだった。





 たとえ悩んでいたとしても、義勇と会う約束をしている日は心が弾むものである。軽い足取りで向かった待ち合わせの場所には既に兄弟子の姿があった。炭治郎は顔を綻ばせながら足早に近寄る。少し離れたところから義勇の名を呼べば、見上げていた空からすぐに炭治郎の方へと向いてくれた。

「息災だったか」
「はい!義勇さんこそ」
「俺もいつもと変わりない」

 素っ気ないように聞こえるが炭治郎には匂いで義勇もこの逢瀬を嬉しいと感じていることが分かり、ついつい笑みがこぼれてしまう。そんな炭治郎を目にしてからか、義勇の口角も僅かにだが上がっていた。
 今日は義勇が何度か訪れたことがあるほど美味いと聞くうどん屋に行くことになっている。此方だ、と義勇の案内に炭治郎もそれに後ろからついて行く。
 元々口数が少ない義勇だが、食べている最中はもっと苦手だというので道中が貴重な近況を聞ける時間だった。炭治郎の方はそこそこの頻度で手紙を出しているので話題はあまり多くないのだ。

「……炭治郎は、」
「はい?」

 主に炭治郎が質問をして、義勇が答えるといった形で近況を聞き出していたところ、ぽつりと義勇の方から口を開いた。

「聞いていて楽しいのか?……つまらないだろう、俺の話は」
「なんでですか!そんなことないです!」

 義勇の言葉に、炭治郎は即座に反論した。なんてことを言い出すのだ、この兄弟子は。
 柱の一人である義勇は任務に加え警備などで多忙を極めている。炭治郎だっていつ指令が下るか分からない。いつも義勇のそばにいることが叶わないのだ。だから些細なことでも構わない、普段の義勇が知りたいのだと炭治郎は訴える。
 炭治郎の語る勢いに圧倒されたのか目をしばたたかせていた義勇は、すべてを聞き終えるとそうか、とだけ呟いた。
 引かれてしまったかと顔を青くしたものの、炭治郎の鼻孔をくすぐる匂いは悪いものではなかったことで安堵した。よくよく注視してみれば、義勇の耳が微かに赤く染まっているではないか。珍しい様子に炭治郎は気を良くし、うどん屋に到着するまで義勇さん義勇さんと何度も話し掛けてしまうのであった。

 うどんに舌鼓を打ち、腹も満たされたところで店を出る。まだ日は高く、互いに任務も入っていないので義勇とはまだ過ごせそうである。かといってこの後のことは何も決めていなかった二人は顔を見合わせた。

「どうしましょうか」
「……適当に町を見て回るか」
「いいですね!」

 義勇の提案にぺちこと手を鳴らして一も二もなく賛成する。早速とばかりに炭治郎は斜め向かいにある菓子屋を指さし義勇に問いかけた。

「まずは彼処から見てもいいですか?善逸と伊之助と蝶屋敷のみんなへの土産にしたいんです」
「分かった」

 こくりと首を縦に振った義勇を確認して菓子屋に足を踏み入れる。中を覗くと甘い匂いが香り、色鮮やかな光景が広がった。どうやら様々な菓子を取り扱っているようで、どれもこれも良いと目移りしてしまう。

「うーん……饅頭?それとも金平糖?」
「決まらないのか?」
「どれも美味しそうで…義勇さんは何がお好きですか?」
「………鮭大根」
「そうだったんですか!俺、今度作ってみますね!料理には少し自信があるんですよ」
「!」

 思わぬ所で義勇の好物を知ることができ、炭治郎は意気込む。が、今は違った。菓子の中ではどれが好きなのかを聞きたかったのだった。

「じゃあこの中では?」
「菓子はあまり食べない」
「そんなこと言わずに!」
「……食べるのはお前の友人たちなんだろう?俺が選ぶのは違うと思う」
「むむ…、では!みんなの分は一人で頑張って決めるので、俺と一緒に食べる物を選びましょう!」

 なんで、と義勇が小さくこぼしたような気がしたが、名案だと目を輝かせてさっと身を翻した炭治郎にはよく聞こえなかった。目に飛び込んでくる色とりどりの菓子の前でうんうんと唸る。そうしてなんとか選び終えた炭治郎は、続いて義勇と共に頭を悩ませた。ようやっと決め終えてから、どちらが代金を払うかで一悶着あったのは炭治郎にとって誤算であった。言い出したのは自分の方なのだからと主張する炭治郎に、すべてを黙殺して支払われてしまったのは解せない。いつか絶対に返すことを心に誓い、炭治郎は渋々引き下がった。
 菓子屋を後にしてからは二人とも特に欲しい物が思い浮かばなかった為に、散歩がてら遠回りをしながら蝶屋敷までの帰路をゆっくりと辿っていくことにした。会話は少ないものの、炭治郎は上機嫌で義勇の隣を歩いていた。
 だから、悩みのことなどすっかり頭から抜けていたのだ。
 炭治郎の指先が義勇の指先に軽く触れたその刹那、パシリと弾かれる音が響いた。
 今しがた何が起こったのか、理解が及ばず炭治郎は僅かにじんわりと痛む手を呆然と見つめることしか出来なかった。

「…っすまない、」

 しかし義勇が謝ったことで、何をされたのかを頭が認識してしまった。義勇はほんの少し触れてしまった炭治郎の指先を拒絶したのだ。
 当たったのは指先だけで、もう痛みはとっくに治まっていてもいいはずなのに、何故だかじわじわとむしろ広がっているように思えた。

「っ、いえ、大丈夫で、」

 す、と発音する前に、地面に雫が落ちていくのを視界の端に捉える。それが自身の流す涙だったと気がつくのに一拍を要した。
 長男なのにこんなことで泣くなど情けない。そう思っても涙腺は言うことを聞かず、炭治郎の意思とは反対にぽろぽろぽろぽろと次々雫をこぼしていく。
 顔を上げられずにいると、義勇から焦った匂いを感じた。濡れる地面でどうやら炭治郎が泣いてしまっていることに勘づいたらしい。

「…ごめ、なさい…っ!」
「……炭治郎、俺の屋敷に来い」

 そう言うと、炭治郎の返答は関係ないとばかりに腕を引かれる。それを拒否できないまま、遠回りをしていたおかげでより近くになっていた義勇の屋敷を訪れることとなった。
 縁側に座らせられ、隣に義勇も腰掛ける。掴まれていた腕はそのままで、炭治郎はどうしたらよいのか分からず動けない。来る途中に涙は止まってくれたものの、兄弟子の顔を直接見る勇気はなかった。

「先程のことなんだが、本当に悪かった」
「…………」
「もしかして痛むのか。何か冷やすものを…」
「ち、違います。あの、義勇さんは…触れられるのが、駄目なんですか」
「…それは、」

 何度か口を開きかけ、閉じる。義勇が何かを伝えようとして躊躇っているのが感じられた。炭治郎は羽織をぎゅう、と握りしめて、言葉を絞り出した。

「……っ嫌なことは、きちんと言ってください。これからは気をつけるので」
「炭治郎に、触れたのが嫌だったのではない。俺の問題なんだ」
「……?義勇さんの……?」

 義勇は少しずつ語った。曰く、どうにも緊張してしまうのだと。それを悟られたくなく、あんな態度をとってしまったのだと。
 正直、にわかには信じ難い事実に困惑する。兄弟子も緊張するものなのかとか、本当にそれだけなのかと。けれどここで嘘をつく理由もない。

「てっきり、人通りのある場所で触れてしまったからだと思いました…」
「何故」
「何故って…義勇さん、俺と恋仲なの隠したいんですよね」
「?」

 本当に純粋な眼で首を傾げられるものだから、炭治郎もつられて同じ動きをしてしまった。この反応、どうやら炭治郎に思い違いがあるらしい。

「え。義勇さんが秘密にしてくれと、」
「……あれは、そういう意味ではない」
「えーっ!?」
「宇髄や胡蝶辺りに知られると厄介だと思ったからだ」
「???宇髄さん?しのぶさん?」

 何故ここで他の柱の名前が出るのだろうかと首を捻る。義勇は眉根を寄せて、口を開いた。面白がられる、と。
 義勇と炭治郎が恋仲だと知られてしまったら、周囲はきっと様々な反応を示すだろう。幸い炭治郎の友人たちは皆いい人なのでその中に悪い反応はないと言いきれるが、それと炭治郎らを揶揄うのはまた別だ、というのが義勇の言い分だった。なんでも、炭治郎に伝える前に義勇の気持ちは幾人かに見透かされており、なんとも言えない視線を向けられたことが一度や二度じゃなかったという。
 存外愉快な柱たちに、炭治郎はあんぐりと口を開けた。おそらく本人は否定するかもしれないが、意外と仲が良いんだなというような感想を抱いてしまった。

「なんだ…そういうこと…」

 ほっとして肩の力を抜いた炭治郎に、義勇はションボリとした匂いを漂わせる。安堵した態度に己の言葉が足りなかったことを自覚したのだろう。こういうところもしょうがないと許してしまえるのは炭治郎の気質なのか、惚れた弱みというものなのか。
 そろりと離れていく手を追って、炭治郎は繋ぎ止める。嫌ではないと知れたのだ。義勇が慣れるまでは炭治郎が頑張ろうと決意する。かなりの照れはあるが、長男だと己を鼓舞することで乗り越えることができた。

「炭治郎、」
「義勇さん…俺、みんなに報告したいです。そりゃあ恥ずかしいかもしれないけど、それ以上におめでとうって言ってもらいたいです」
「そう、か…」

 秘めていた胸の内を明かすと、義勇はほんの少しだけ笑みを浮かべた。その様子に炭治郎もまた、頬を緩めて義勇の身体に寄り添った。



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