ゼロから始める祝福生活04


 おつかい、と聞いて思い浮かべるものの中に某バラエティ番組がある人はどれくらいいるのだろうか。番組スタッフに囲まれ見守られながら、子どもが一人でおつかいに出かけるというアレだ。
 昔昴が視聴したときは、自身が捻くれていたせいで特に何の感慨もなかったと記憶している。
 しかし今、昴は少し先をとてとてと歩いていく姿をハラハラとしながら見守っていた。昴の中では止めたい、けれど立派な勇姿を見届けたい、と二つの気持ちが相反していた。本当に人生とは何が起こるか分からないものである。

「や、異世界召喚だの転生だのしてる時点でこれ以上の驚きとかねぇな」

 事の発端は本日土曜日の午後、妹と二人のんびりとお菓子を食べながら適当な番組を流し見していたら、母に塩を買ってきてほしいと頼まれてしまったのだ。マヨネーズならば全員分のストックがあるが、それ以外の調味料に関しては管理が疎かになりがちだった。
 さすがに塩がないのは困ると思った為立ち上がった昴を止めたのはベアトリス。兄を片手で制すと自身が立ち上がり、宣言してしまった。一人で行ってくるかしら、と。
 それに対する昴と菜穂子の反応は正反対だった。
 菜穂子は娘の早すぎる独り立ちに頑張ってと軽々しく応援し、昴は駄目だと猛反対した。
 こんなプリティーな女の子が一人で出歩いてみろ、秒で誘拐されてしまう。しかしそんな昴の主張はあっさり却下され、あれよあれよという間にベアトリスはポーチに預かったお金をしまい、手を振って家を出てしまった。いってきますを忘れない良い子だった。
 その後を昴が追うのは当然のことだろう。そうして家から数百メートルが過ぎ、ここまでベアトリスは迷いのない足取りで、菜月家もよく通う近所のスーパーまで向かっていた。その少し後ろをこっそり尾ける昴。

「スバル?」
「ヒョワッ!?」

 そんな昴に声を掛けたのは。

「え、エミリアたん?」
「うん。ごめんね、驚かせちゃった?」
「ううん、どったの?偶然だね」
「あのね、不審者がいるってこの辺の人たちが噂してたから探してたの。見つけて警察に通報しなきゃだもの」
「格好いいエミリアたんも素敵だけど、この世界は魔法がないんだから気をつけてね。どんな奴だって?」

 意気込むエミリアに苦笑して、一応忠告はしておく。例え魔法がなくとも、今の彼女もじゅうぶん強いからだ。独学ながらも鍛えているらしい。一度見せてもらった蹴り技には呆然としてしまったものだ。

「確か……男の人で、目つきが悪くて、女の子を見てたっていう……」
「ごめんなさいすみませんそれ俺です」

 昴の自供に驚くエミリアに現状を説明する。まさか周囲の人間にそんな誤解をされていたとは気づかず泣きそうになった。こんなところで近所付き合いの大切さを身をもって味わうことになるとは。

「そう、ベアトリスの…。もう、びっくりしちゃったじゃない」
「ほんっとーに反省してます!……警察が来る前に声をかけてくれてありがとな……」
「やだ、さすがにそこまで怪しい人じゃ、なかった、わよ……?」
「苦し紛れのフォローが逆に痛い…!」

 エミリアの優しさを感じたところで、そろそろ尾行に戻らなければと向き直る。隠密行動とはなんたるかを、ゲームや漫画から培ってきた知識から掘り起こそうとした昴の肩を叩いてきた方を見れば、何故だかここから立ち去ろうとはしないエミリア。どこかわくわくする感情を隠しきれていない彼女はその小さな口を開くと。

「私も尾行をやってみたいわ!」
「……お、おう」

 まさかの助手誕生だった。
 エミリアの話を聞けば、昨夜見た刑事ドラマで刑事たちが張り込みやら尾行やらをしていて、彼女の目にはそれがとても格好良く映ったらしい。そんな次の日に昴が似たようなことをやっていたものだから、自分もやると仰ったのだと言う。
 新たに仲間が加わり、二人でどうやって尾行すれば良いのかと疑問を口にした昴に、エミリアは自信満々に答えた。

「例えばこういうスーパーなら、普通に買い物客を装うといいってあの刑事は言っていたわ」
「……本当にバレないのかこれは……?」
「大丈夫よスバル!コソコソしてる方が怪しいもの!」
「ウン…ソウダネ……」

 ドヤ顔で教授してくれるエミリアに、本当かな、いやでもこんなに可愛いドヤ顔で言ってるんだからエミリアが正しいに決まってる、そうに違いないという結論にたどり着き、昴は頷いた。それに昴は先程コソコソしていて危うく前科持ちになりかけたのだ。エミリアが百パーセント正しいに違いなかった。
 ベアトリスを尾け、スーパーまでたどり着いた二人はカゴを持って他の客に紛れながら特に隠れもせず商品を見るフリをしていた。合間にちらちらと妹の方を窺いながら進んでいく。

「スバルが心配しなくても大丈夫そうじゃない?」
「まぁね…あいつしっかりしてるもんな…」
「ふふ、過保護なお兄ちゃんなのね」
「あ、エミリアたんにお兄ちゃんって呼ばれるとドキドキしちゃう」

 戯言をほざきながらふとベアトリスの様子を見れば、きっちり塩を手に入れレジに向かうところだった。もし帰り道に重そうにする様子が見られるならば、あとで文句を言われようがすぐに手助けに行こうと考える。

「す、スバル…!」
「何?」

 上擦る声にどうしたのかとエミリアの方を向く。彼女が掲げた物にはずいぶん見覚えのあるイラストがパッケージに描かれている。
 つい最近、妹に付き合い視聴するようになった女児向けアニメのキャラクターだった。

「私これ買ってきていい?」
「……どうぞ」

 まさかエミリアとベアトリスのマイブームが同じだとは思いもしなかった。
 おつかいのご褒美に自身も購入すべきかと妹の推しキャラを探し始めた昴を、精算を終え戻ってきたエミリアが目を輝かせて発見するのはすぐあとのことだった。





「結局スバルもスーパーに行ったのかしら!?」
「おう…」
「ベティーは休日のスバルを休ませようと一人で行ったのよ!それじゃ意味がないかしら!」
「ベア子ぉ…!ごめんよ、兄ちゃんを許してくれ…これやるから〜!」
「むむむっ…!」

 最終的に昴のおつかい尾行がバレ、ちょっとした一悶着と、すぐに絆されるベアトリスがいたのであった。



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