降り積もる


※現パロ





「パーシヴァルおはよう。今日もかっこいいね!」

 小さい頃からずっと、グランは隣の家に住んでいるパーシヴァルのことを兄のように慕ってきた。親が留守にしがちだった為に双子の姉のジータと妹のルリアも一緒に、よく家へ招いてくれていた。まるで四人兄妹同然に育ってきたが、グランにはいつしかパーシヴァルに対して憧れ以外の感情が芽生えていた。
 幼い頃はまだその感情が理解出来ていなかったが、次第にそれが恋なのだと気がついた。同時に、一般的ではない感情だということも。
 だからグランはこの三年間、パーシヴァルにずっと本心を隠して接してきた。もし気持ちを打ち明けてパーシヴァルに拒絶されてしまったら、もうそれまでと同じように、とはいかなくなるだろう。グランにとって一番最悪な事態はパーシヴァルと話せなくなってしまうこと。
 しかしグランは春から全寮制の高校に入学することを決めた。ずっと憧れていた父の母校、イスタルシア高等学校だ。これは誰に何を言われようが絶対に譲れない。つまりパーシヴァルとお隣さんの関係もあと少しで暫くお預けになってしまう。それもグランが卒業して帰ってくるまでパーシヴァルが家を出ていなければ話であって、もしかしたらこの冬が最後になるかもしれない。
 あれこれと悩んだ末にグランは決心した。

「好きです、付き合ってください」

 パーシヴァルに気持ちを伝えることを。

「………グラン、」
「分かってるよ、ただ僕が言いたいだけって言ったでしょ?」

 これで十日目。グランは振られた日数分、心のカレンダーにバツ印を書き足した。





「おはようアイル」
「…はよ」

 登校すると一番に会ったのは友人であるアイルだった。挨拶をすればぶっきらぼうな返事がある。
 アイルとは入学当初からの付き合いだ。上級生に絡まれていたところを加勢に入ったのが出会いで、それから話すようになったことを覚えている。困っている人を放っておけない性格のグランは、気が付けば度々こうやって知り合いが増えている。

「…今日もかよ」
「…うん、ごめん」
「なんで謝ってんだ」

 最初にパーシヴァルに告白した日。断られることは分かっていたけれども、実際に向けられる言葉には想像以上の威力だった。そのままふらふらと歩いていたら偶然コンビニ帰りのアイルと遭遇した。それほど着込んでもおらず、目的もなさげに足を動かしていたグランは相当参っているように見えたらしい。正直その辺りの記憶は薄い。ふと我に返ると、アイルの部屋でぼんやりとココアの入ったマグカップを持っていた。いつの間にやら彼の家にお邪魔してこれまでのあれこれを話してしまっていたようだ。変な話をしてごめん、と謝るとアイルは別に気にしない、と言う。ああ、彼は本当に優しい。そう言うと天の邪鬼な彼は怒るだろうから、ありがとうとだけ伝えた。そのあとは湿っぽい空気を吹き飛ばすように他愛のない話をして、家をあとにした。彼の姉にもずいぶん心配をかけてしまって、誤魔化すのに苦労したのはいっそ笑い話だ。
 次の日。どうせ何もかも喋ってしまったから、と吹っ切れたグランが今日も告白したけど振られた、と登校早々に告げた際のアイルは無言で呆れたため息を吐いていた。

「グランも懲りねえな」
「だってお隣さんやれるのもあと少しなんだもん」
「もうそれは何度も聞いた」
「まあアイルとは高校も一緒だけど!これからもよろしくね!」
「うるせえ。……それより」
「うん?」

 教室に向かいながら、グランの顔も見ずに口を開いたアイルに首を傾げる。声のトーンからしてグランの恋路のことだろうか。今までそのことには我関せずとの態度をとっていた彼が突然どうしたのだろう。
 先を促せば、やはりこちらに見向きもしないままアイルは言った。

「グラン、本当にこのまま何もせずに諦めんのか?」
「何も、って…現に告白しては玉砕してるじゃん」
「それがグランらしくねえって言ってんだ。他のことなら負けず嫌いのアンタのことだ、いつもならみっともなく足掻いてるだろ」
「辛辣だなあ」

 そのあまりの言い草と、分かりづらいながらの後押しにグランは苦笑した。
 確かにグランは諦めが悪いところがあり、勝負事をすれば許される限り勝つまで挑戦することもある。
 ところが今回はどうだ。振られながらも告白を続けるのは一般的に見ればなかなかにしぶといであろう。しかしグランを知るアイルから見ればやけに大人しいな、という感想だ。
 そしてそれはグラン自身もだ。
 今まで本気で誰かを好きになったことがなかったから知らなかったが、存外例に漏れず自分も恋には臆病だったらしい。一般論は侮れないものだ。これまでドラマや映画で散々目にしてきた登場人物たちの気持ちが、今のグランには手に取るように分かる。
 パーシヴァルに振り向いてほしい。でも、下手に踏み込んで嫌われたくない。どこまで彼に近づいていいものなのか。
 それが原因で現状維持を保ちながら、パーシヴァルとの距離感をはかりかねていた。
 しかし親友の後押しを無碍にするもの忍びない。もう一歩だけ踏み出してみようと、グランは授業時間を作戦の立案に費やすことを決めたのだった。





 すう、と息を吸って隣家のインターフォンを鳴らす。グランの訪問に応えた声は彼の母であるヘルツェロイデだった。パーシヴァルに用があると告げると快く家に入れてくれる。彼女はグランたちのことも息子らと同じように接してくれているので、グランもすっかり母親のように慕っていた。

「グランちゃん、何か飲む?」
「ううん、多分すぐ出かけるから」
「あらぁ、そう?喉が渇いたらいつでも言ってね」
「ありがとう。パーシヴァルは上にいる?」
「ええ。ゆっくりしていってちょうだいね」

 ヘルツェロイデの言葉に頷くと、一礼をして玄関を通り抜ける。勝手知ったる様子で階段を上がり、二階にあるパーシヴァルの部屋の前に立つ。ノックをすると返事があったので、扉を開けた瞬間に彼がこちらを認識する前に言い放った。

「パーシヴァル、デートしない?」

 失敗していなければ、グランはにっこりと満面の笑みを浮かべているはずだ。部屋には一歩も足を踏み入れず、廊下から覗き込む。
 グランが来ていたことには気が付いていても、まさか第一声がデートしよう、などと言われるとは思っていなかったのだろう。パーシヴァルはというと、椅子に座り読んでいた本を持ったまま珍しく目を瞠っていた。

「なーんて。買い物に付き合ってほしいんだけど」

 咄嗟に予防線を張る。デートだと思っているのはグランだけだ。もし言い方を変えただけで断られてしまっては耐え難いものがある。
 数秒の沈黙が続いたあと、パーシヴァルは黙って立ち上がりクローゼットからコートを取り出した。どうやらグランの誘いに乗ってくれるらしい。
 内心ほっと安堵のため息が出る。これでパーシヴァルと出かけられるのだ。
 グランは今日のパーシヴァルの様子を見て、残り一ヶ月と少しの期間の彼への態度をどうとるか、ここで決めることにしたのだ。

 家を出てバスに乗る。目的地は大型のショッピングモールだった。遊園地や水族館だとあからさま過ぎる思ったし、パーシヴァルがなるべく退屈しないようにと考えた結果がその場所だった。
 ショッピングモールに着くと、グランはパーシヴァルの袖を引いて進んだ。本当はパーシヴァルの行きたい店に向かいたいのだが、買い物に付き合ってほしいと言った手前いきなりそこへ向かうのも不自然だ。とりあえず、頭の中で入用のものをピックアップしていく。
 まずはきれかかっていたシャープペンシルの芯を調達することに決め、グランは文房具店のある二階へ行くことにした。
 こっそりとパーシヴァルの方を窺ったが、パーシヴァルが何を考えて買い物に付き合ってくれたのか、グランには全く読めそうになかった。

 無事にお馴染みのメーカーのものを購入し終えると、今度は目に入った雑貨屋へ足を踏み入れた。今日のことをいつでも思い出せるように、なにか形に残るものを買っておきたかったのだ。
 パーシヴァルの方は黙ってグランについてきてくれている。話し掛けようにも無理に誘っている自覚がある以上さらに負担をかけることはしたくなかった。
 パーシヴァルははっきりとものを言うタイプなので、もし本当にグランの買い物に付き合うことが嫌だったのならばこうして黙々とついてきているはずがない。
 だが頭ではそう分かっていても、心は納得していなかった。
 少し暗い感情が首をもたげたとき、そのスノードームがグランの目に飛び込んだ。炎を象ったオブジェが水の中できらめいている。その燃える赤がパーシヴァルを連想させ、グランの目にはとても眩しく映った。
 思わず見入ってしまっていると、横からスノードームを手に取る人物がいた。

「パーシヴァル?」
「お前の合格祝いがまだだったことを思い出した」
「買ってくれるの?あ、ありがと…、」

 パーシヴァルの優しげな瞳にグランの心は舞い上がったが、それも一瞬のことだった。
 嬉しいはずの合格祝いというひとことに、グランは複雑な気持ちになる。パーシヴァルはグランと離れることをなんとも思っていないのだろうか、などと余計な考えが過ぎってしまったからだ。
 進路については誰に何を言われようと自分で決めたことなので変える気はないし、もちろん後悔もない。だがパーシヴァルと離れることになるという点だけは少し思うところがあるままだった。
 グランの知らないうちにパーシヴァルに彼女が出来て結婚、なんてこともあるかもしれないのだ。例えそれが当然の未来だと理解しているはずなのに、泣き喚きたくなるほど辛い。
 そもそもグランの告白はパーシヴァルにとっていつまで続くのか分からない鬱陶しいものに違いない。それが入学を機に止むのだと思えば安堵するというものだろう。グランだって、もし気持ちに応えるつもりのない告白をされ続けてしまったら心苦しく思ってしまうに決まっている。
 そう考えると、己はなんと身勝手なんだと自嘲してしまった。パーシヴァルの優しさにつけ込んで、気持ちを押し付けてしまっているのだから。

「グラン?」
「ううん、なんでもない。これ、大事にするね」

 会計を終えて戻ってきたパーシヴァルからラッピングされた箱を受け取る。
 この箱のように、グランの想いも綺麗にしまっておけたらいいのに、なんてどうしようもないことを考えながら貰ったものを腕の中へ抱え込んだ。





 引越しの為と、寮に持ち寄るものを詰めていけばグランの部屋はダンボール箱でいっぱいになっていく。何箱目かのそれをガムテープでとめると、グランは大きく背伸びをした。そろそろ出かける準備をしなければならない。
 グランは休日の今日、アイルと遊びに出かける約束をしていた。ボディバッグを背負い靴を履いてジータとルリアに声をかける。二人の本日の予定はクッキー作りと言っていた。いってらっしゃーい、というルリアの愛らしい挨拶を背にグランは玄関の扉を開けた。
 カシャン、と門戸を閉める音が、己が扉を閉める音と重なって耳に届いた。隣家の方を見遣ると、パーシヴァルが自宅の門の前にいた。どうやら向こうも今から出かけるようだ。

「おはよう!パーシヴァルもどこかに行くの?」
「お早う。ああ、少しな」

 今日のパーシヴァルの服装はハイネックの黒ニットに赤のパーカー、ジーンズのパンツとシンプルなもの。しかし格好良く見えてしまうのはグランの贔屓目だからだろうか。
 ぼうっと見つめてしまいそうになるのを振り切ってパーシヴァルに歩み寄った。

「もしかしてデート?」
「…は?」
「なんてね!ごめん変なこと言って。待ち合わせの時間近いからまたね」

 つい思ってもないことを口走ってしまい、気まずさに無理やり話を締める。アイルとの約束の時間までまだ余裕はあるが、走り去っても変に思われないようにする言い訳だった。
 くるりと踵を返して駆け出せば、当然追いかけてくる者などいない。
 そういえば、今日は気持ちを伝えなかったことをぼんやりと思い出していた。

「……い、おい!」
「わっ!?」

 徒歩で十分前に着くように家を出た為、走って待ち合わせ場所に着いたのは約束の時間の二十分も前だった。特にすることも思いつかなかったのでコートのポケットに手を突っ込んでその場に立ち尽くしていた。上の空だったグランはアイルが現れたのにも気が付かず、目の前で声を出されるまで何の反応も示さなかったらしい。

「ごめん」
「ったく、早く到着したんならどっかその辺の店にでも入ってりゃ良かったじゃねえか」
「…思いつかなかった」
「…アンタってたまにバカだよな」
「…よし!早く行こう!」

 んん、と咳払いをして、グランはアイルの背をグイグイと押した。だがグランの向かおうとした方向は目的地のゲームセンターとは全くの反対方向で、アイルはこれみよがしにため息を吐かれた。どうにも、今日はうまくいかないようだ。



  ◇  ◇  ◇



 バスン、と重い音を最後にゲームの終了を知らせる機械音声が流れた。ハイスコア更新おめでとう、というセリフを聞き流す。いつかこの男と本気で殴り合いの喧嘩になったら、などと空想したのも一度や二度ではない。
 アイルがなんだかんだと言いながらも過ごす時間の多いクラスメイト、それがグランだ。
 成績は平均。だが運動神経は抜群で、あらゆる部活動の勧誘を受けている場面をよく目にしていた。もっとも、彼自身は家庭の事情でやるつもりはないと一蹴してしまうのだけれど。
 そんなグランは本人も気がついているのかどうか微妙なところだが、ひとつ癖がある。フラストレーションが溜まる度にこうしてアイルを誘っては遊び回るのだ。行く場所がアミューズメント施設なので健全な方だろう。
 今はパンチングマシンにかなりの速さで一発一発の威力が大きい拳を叩き込んでいた。
 プレイが終わり、長く息を吐き出すグランに水の入ったペットボトルを差し出してやる。告げられた礼を耳に入れつつ自身もキャップを開けて喉を潤した。

「次はどこに行くんだ」
「アイルはやらないの?」
「オレはいい。せっかく出したハイスコアをすぐに塗り替えるのは悪いからな」
「わー、すごい自信。あー、…っと。そうだなあ、」

 そうして訪れたのはスイーツのラインナップが豊富だというカフェ。外から見る限り女性客の割合が高いそこに、ひくりと口元を引き攣らせ腰が引けていたアイルなどお構い無しにグランは平然と店内に入っていく。
 おい、と制止するも彼はすでに店内で声は届かない。おまけにここ最近のグランの様子から今日一日はとことん付き合うと決めていたアイルは、律儀に腹を括ってグランの後を追ったのだった。

「ん〜〜〜最高……!」
「ほんとよく食うなお前…」

 三皿あるスイーツを前に至福のひとときを満喫する友人の前で、ずごごごとほとんど氷のみになったコーヒーを啜る。ブラックだというのに目の前の光景を見ているとどこか甘く感じてしまい、思わず己の味覚を疑ってしまった。

「いやいや!ここのスイーツが嫌いなんてその方が変だよ!」
「……まあ、確かに、美味いのは認めるが……、」
「ふふーん!ほらね!」
「なんでアンタが誇らしげなんだ…?」
「へへ、実は…」
「グラン!来てたのか〜!?」
「ヴェイン!」

 何故か得意げな顔のグランにアイルは訝しむ。ちょうどそのとき、このカフェのスタッフであろう金髪の男がこちらに向かって手を振りながらグランの名を呼んだ。
 ただ、それだけでアイルは理解した。
 グランには知り合いが多い。それはもうどこでどうやったら知り合うのか問い質したい程に、だ。老若男女問わず幅広い知り合いたちは、街でグランを見掛けると当然声を掛けてくるものだから最初はアイルも驚いていたが、何度も遭遇すると次第にグランだしな、というひとことで流すことを覚えた。多分、この男には人を惹きつける何かがあるのだ。

(ああ、ここで働いてる奴も知り合いだったのか)

 だから例に漏れず、今回もそうなのだと納得がいった。

「久しぶりだな〜、グラン!最近来てなかっただろ?」
「おいおい、グランは受験生なんだぞ」
「ランスロット!」

 さらにもう一人増えた。ヴェインと呼ばれた金髪の男と、ランスロットと呼ばれた黒髪の男。自分たちより十は年上だろうというのに、目の前の友人はいったいどこで知り合ってくるのだろうか。
 ひとしきり挨拶が済んだところで、アイルは二人を紹介された。このカフェはヴェインとランスロット、そして厨房にいるらしいジークフリートという男の三人でやっている店らしい。そしてグランが好きだというあの男の友人でもあるという。先程の態度からすると、付き合いが長い気軽な関係なのだろう。

「でももう入学も決まったし。だからまたよろしくね」
「おおー!おめでとうグラン!合格祝いのパーティしないとな〜」
「えー、みんな忙しいでしょ。わざわざやってもらうなんて悪いよ」
「まーまー!遠慮すんなって。俺たちも後輩が出来るのは嬉しいしなー」
「…うん?あ、僕高校はフェードラッヘじゃないよ?」

 グランがそう言うと、二人は目を丸くして驚いていた。その様子に、言っていなかったのかとアイルが疑問をぶつける。

「……忘れてた、かな」

 そういえば、グランは自身のことに関しては無頓着なところがあったことを思い出す。アイルは毒気をぬかれてしまった。

「二人とも僕がフェードラッヘに行くと思ってたんだね」
「そりゃまあ、あんなにパーさんに懐いてたグランを見てたらつい思い込んでたっていうか…」
「俺も同じだな。でもよく考えたら将来のこともあるし高校選びは大事だよな」

 三人の会話を聞き流しながらコーヒーゼリーを食べ進めていたのだが、ふとグランの様子に違和感を覚え、アイルはそちらを向いた。愛想の良い笑顔はグランがよく浮かべる表情だが今日はどうにも気分が暗いままだ。元々機嫌が良かったわけでもないが、友人と会っても直らないのならば早々に帰るのがいいだろう。アイルはひとりでにそう判断すると、さっさとカップの中身を片付けて立ち上がった。

「アイル?」
「グラン、具合悪いんだろ。今日は帰るぞ」
「えっ、そうなのか!?悪い、引き留めちまって!」
「…ううん。僕も話し込んじゃったし」
「すまないグラン。お大事に」
「ありがとう、ヴェイン、ランスロット。またね」

 店を出てしばらく無言で駅への道を歩いていく。そろそろ着くという頃に、グランが口を開いた。

「アイルって、やっぱり優しいよね」
「何だ急に」
「今日はありがとう」
「……別に。お前のお人好しが移っちまっただけかもな」

 だから、礼なんていらない。
 アイルの本心だったというのに、グランはそっと微笑んだのだった。



  ◇  ◇  ◇



 今日は随分とアイルを連れ回してしまった。けれど、おかげで気分はすっかり晴れていた。
 鼻歌交じりに帰宅したグランは出迎えてくれたルリアにただいま、と声をかけながらリビングへと足を向けた。

「あ、グランおかえり。パーシヴァル来てるよ」

 だがキッチンにいたジータの言葉に驚きの声を上げる。

「え、なんで?」
「約束してたんじゃなかったの?」
「特に何も…」
「部屋で待ってもらってるから、とりあえず行ってきたら?」
「う、うん」
「グラン、飲み物持っていきますけど何がいいですか?」
「オレンジジュースで……あ、いいよ、自分で持っていくから」

 ルリアから紅茶とオレンジジュースの入ったマグカップの乗ったトレイを受け取り、二階にある自室へ向かう。その間パーシヴァルが訪ねてきた理由を考えてみるが、さっぱり思い浮かばない。お隣さん、なのだから別に理由などなくともいいのだが、どうしても理由を探してしまうのはグランの緊張からか。
 自室の扉を開けるとテーブルの横に座るパーシヴァルがいた。

「パーシヴァル」
「突然悪いな、邪魔しているぞ」
「連絡してくれればもう少し急いで帰ってきたのに」
「別に、そこまで急かす程だった訳では無い」

 テーブルの上にトレイを置き、鞄とコートを掛けながらそっとパーシヴァルを窺う。平然としているように見えるが、不機嫌なのを隠しているように思えた。
 グランは一瞬迷ってから、パーシヴァルの向かい側に座り込んだ。

「それで、その用って?」
「……先程、ランスロットから連絡がきた」
「うん?」
「お前、高校は何処に行くつもりだ」
「えっと…、イスタルシア、だけど」
「何だと…!」

 絶句したパーシヴァルへ、グランは心底不思議だという視線を送った。パーシヴァルにも進路のことを話したことはなかっただろうか。
 ならば、パーシヴァルは春からグランが引っ越すことを知らなかったのではないか。

「お前、この部屋のダンボール箱は……」
「イスタルシア、全寮制だから…。もうすぐ引っ越すんだ」
「どうして何も言わなかった…!」
「……あの、実は、僕も言ってなかったことにびっくりしてて、」

 パーシヴァルの怒りを滲ませた声に動揺しつつグランは正直に告白する。
 グランは自分を恥じた。伝えていなかったくせに、勝手に傷ついていたことに気がついたからだ。なんとも馬鹿馬鹿しい話だった。
 別に、パーシヴァルはグランと離れることをなんとも思っていないわけじゃなかったのだ。だって、今の状況がそれを物語っている。そう考えると、パーシヴァルは怒っているというのにグランはなんだか可笑しくなってきてしまった。

「何を笑っているんだ。大体お前は自分に無頓着すぎると昔から言っているだろう。何故一向に理解しない」
「ご、ごめん…」

 ここはグランが悪いので素直に謝っておく。そういえば、アイルも同じことを白けた目で言っていたのだった。

「……お前は、ここを出ていくから俺に告白していたのか」
「……うん、ごめん」
「そうか。………では俺も、お前が離れてしまうと知った今、伝えておきたいことがある」

 真剣な表情でグランを見つめる赤い瞳に囚われる。唾を飲み込む音がやけに響いた。

「グラン、好きだ」
「へ、」
「グランに辛い思いをさせていたのは分かっていた。だがお前はまだ中学生だ。大人の俺が手を出していいはずがないだろう。だから待つつもりだったんだ」

 目を見開いて驚くグランに、パーシヴァルが自嘲気味に微笑みながらグランへ手を伸ばす。頬にあたたかい指先が触れた。

「身勝手な考えだった。お前がいつまでも隣にいる保証など何処にもないのだと理解していなかった。この部屋を見て愕然として、正直に告げるとお前が帰宅するまでの間気が気じゃなかった。これから、お前が引っ越そうが変わらず会いに行く。……だから、グランの気持ちが変わらぬのならば俺の恋人になってくれないか」
「……僕、そんなに変わり身が早いように見える?」
「いや、そういうつもりではなかったんだが…」
「ごめん嘘。…これまでに伝えた気持ち全部返してくれるくらいじゃないと許さないからね」
「勿論だ。むしろ我慢していたんだ、これからは包み隠さず伝える」
「うん…ありがとう、パーシヴァル」

 夢にまでみた光景が目の前に広がっている。まだ少し信じられないが、パーシヴァルに触れられたところからじわじわと熱を持っていく為、これが現実だと認めざるをえない。
 添えられた手に己の手を重ね合わせて身を委ねる。そっと近付くパーシヴァルの身体に、グランがぎゅっと目をつむった。
 だが次の瞬間、聞こえてきた足音にグランは思いきりパーシヴァルの身体を押しやった。続いて響くノックの音。

「ど、どうしたの?」

 なんでもないような声色で問いかけると、ガチャリと扉を開けてジータとルリアが部屋を訪ねてきた。

「グラン〜夕飯できたよ〜」
「今日はカレーです!」
「あっ!パーシヴァルも食べてく?」
「…ああ。では世話になるとしよう」
「わーい!久しぶりですね!……あれ、グラン?顔が赤いですよ?」
「ん、んー?部屋の温度上げすぎちゃったのかも!」

 交わされるいつもの会話と、先程までの雰囲気とのアンバランスな差に心臓がうるさく鳴っている。ルリアに顔の赤さを指摘されてしまったが、バレていないと思いたい。
 何もできなかったことが口惜しいような、安心したような複雑な気持ちのまま立ち上がる。駆け下りていくルリアを追いかけたジータに続き部屋を出たところで頭を撫でられた。どうしたのかとパーシヴァルを見上げる。

「パーシヴァル?」
「そう気を落とすな。これから何度でもしてやる」
「っ!……うん!」

 考えていたことが表情に出ていたのか、強気なことを言うパーシヴァルにグランは顔を綻ばせた。そのまま気持ちが上がったグランは、パーシヴァルの手を引いて軽快に一階へと下りていく。
 グランの部屋では、スノードームが一段と燃えるように赤くきらめいていた。



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