スロースタート



 ポケモンドクターの研修でシンオウ地方を訪れたタケシは、ふと思い立ってヒカリに連絡を入れた。
 彼女はトップコーディネーターを目指しあちこちの地方のコンテストに参加しているが、ここ最近はテレビでその姿を見ていない為、もしかするとシンオウ地方へ帰ってきているのではないかと思ったからだ。
 ヒカリの実家へ繋ぐと、タケシの予想が当たって電話に出たのはヒカリ本人だった。

『タケシじゃない!久しぶり〜!』
「おう!久しぶりだな。活躍はバッチリ見てるぞー。元気そうだな」
『本当?ありがと!今日はどうしたの?』
「実はな、今研修でシンオウに来てるんだが良かったら会えないか?」
『えっ?タケシも来てるの?』

 驚いた様子のヒカリの言葉に、タケシはどういうことだと聞いた。

『あのね、昨日サトシからも連絡があったの。明後日くらいにシンオウに着くからって。これってすごいタイミングじゃない?』
「おお!?じゃあ数年ぶりに三人で集まれるんだな!」

 サトシとも定期的に連絡をとってはいるものの、やはりヒカリ同様色んな地方を巡っているので会える機会は多くない。そんなサトシと、自分とヒカリ。三人がこうして集まることが出来るなどあの頃の旅以来だった。久々の再会にタケシの心が躍る。

『せっかくだから秘密にして驚かせちゃおっかな!』
「はは、それいいな。きっと吃驚するだろうなー」

 そのあと数分ほど話すと、タケシはまた、と言って電話を切った。
 友人たちとの再会を心待ちにし、タケシは研修により一層気合を入れたのだった。





 待ち合わせ場所はヨスガシティのポケモンセンターだ。フタバタウンの実家にいるヒカリ、コトブキシティのポケモンセンターに宿泊しているタケシ、そしてナギサシティの港着の船へ乗船しているというサトシ。三人の中間としてヨスガシティに集まることになった。と言っても、まだサトシはタケシが来ることを知らされていないのだが。

「じゃああたしはあの見やすい席にいるから、タケシは向こうの椅子に座って待っててね!」

 いたずらを仕掛けるヒカリは生き生きとしていて、タケシは苦笑する。サトシとヒカリを見ていると、双子の兄妹が増えたように思えて仕方がない。

「おーい、ヒカリ!久しぶり」
「ぴーかー!」

 約束の時間より早めに来ていたので待つこと十五分。ピカチュウを肩に乗せ現れたサトシは真っ直ぐに手を振るヒカリの元へ向かった。
 サトシとピカチュウへ挨拶を交わしながらこちらへ合図するヒカリに頷き、サトシの背後へ近付く。さすがに物音に敏感なピカチュウには先に気が付かれてしまったが、意図を察して協力してくれた。

「久しぶりだな、サトシ!」
「ぅわっっ!?えっ!?タケシ!?」

 背中を叩いて話し掛けると面白い程驚くサトシ。にしし、と笑いながら大成功のVサインを掲げるヒカリの横に並ぶ。トサキントのように口をぱくぱくさせて驚愕するサトシに、ピカチュウが頭の上に飛び移りぐらぐらと頭を揺らす。

「わ、わ。ピカチュウ、分かったって。さんきゅ」
「ぴぃかちゅ」

 しっかりしろ、の意だったらしい。ピカチュウのおかげで我に返ったサトシは満面の笑みでタケシとの再会を喜んだ。
 三人でポケモンセンター内のカフェへと場所を移す。そこからは長時間、全員話のタネが尽きることはなかった。なにせ数年ぶりだ。最近ゲットしたポケモンや出会った人、起こった出来事などいくら話しても話し足らないくらいだった。
 そんな中、サトシが思い出したようにあっさりと。それはもう本当にさらりと、昨夜の夕飯のメニューを告げるような軽い口振りで言ってのけた。

「オレさ、恋人ができたんだけど。……その、」
「へえ〜」
「そうなのか」

 あまりに普段と変わらないのでタケシもヒカリもつられて普通に返事をして紅茶を啜った。当然サトシはそのまま話を進めようとする。だがそれを遮って二人は盛大に噎せた。

「だ、大丈夫か?」
「…ッはぁ!?待って、今なんて言ったの!?」
「え?だから恋人ができたって、」
「サトシが!?あのサトシがか!?」

 思わず本人の目の前で失礼なことを口走ってしまう程タケシは動揺していた。しかしそれも仕方のないことだった。タケシの知っているサトシといえば、ジェラシーという単語に対して新種のポケモンなのかと聞くくらいだ。とにかく恋愛のれ、の字すら分からない子どもというイメージしか思い浮かばない。
 ヒカリも似たような思考だったのだろう。サトシに詳細を聞くべく身を乗り出して迫っていた。

「相手は?普段どんな風に過ごしてるの?」
「相手は二人も知ってる奴だよ。いつもは…バトルしかしてない」
「揃いも揃ってバトル好きなの!?いや、でもサトシならそういう相手の方がいいわよね…ていうかあたしたちも知ってる人…ダメ…この数分で情報量が多すぎるわ…」
「俺も脳が処理しきれてないな…」

 顔を覆って俯いたヒカリと天を仰いでしまったタケシに、サトシがなんだよ、と唇を尖らせる。

「そこまで驚くほどのことじゃないだろー」
「いやいや、ものすごく吃驚したぞ」
「ピィカァ〜」
「……悪かったな。どーせオレはそういうキャラじゃないさ」

 深く頷いてサトシの肩を叩くピカチュウもどうやらこちらの味方のようだった。まさかの相棒の裏切りにサトシは分かりやすく拗ねる。もういいよ、と話を畳もうとするので慌てて謝る。弟分のする恋愛話だ。ここはしっかり聞いてやりたかった。

「すまん、驚きすぎたのは謝る。それで?何か聞きたかったんだろ?」
「う、うん。その、」

 先程の様子にもしかして相談したいことがあるのではないかと思い、タケシが続きを促した。するとサトシは余程切羽詰まっていたのか、再び話してくれる気になってくれたようだった。しかしながら恥ずかしさが勝るのか、歯切れ悪くぼそぼそと呟くように言う。

「……さっき、会ってもバトルしかしないって言っただろ?……アイツとするのは好きだし、やめたいわけじゃないんだけど、せっかく付き合ってるのにこのままは、なんか、やだなって…、」

 まるで恋を知ったばかりの少女のようだな、とタケシは穏やかな目をしてしまった。隣を見ればヒカリも似たような状況だ。だがここで余計な口を挟めば今度こそサトシはきっぱりと口を閉じてしまうことは簡単に予想できるので、ぐっと言葉を飲み込んで二人は黙って話を聞き続ける。

「オレ、他のカップルがどうしてるのか全然分かんなくて、どうすればいいんだろうって…。…だから、二人に相談しようと思ったんだけど…」

 そう打ち明けたサトシの顔は真っ赤に染まり、それを誤魔化すように紅茶をあおっている。
 本当にあのサトシに恋人ができたのだと実感した。

「そうねえ…やっぱり二人で出かけるのが一般的じゃない?」
「例えば…?」
「ショッピングに付き合ったり、遊びに行ったりとか」
「うーん…そういうのはあんまり好きじゃなさそうなんだよな…」
「じゃあお互いの家でゆっくり時間を過ごすのは?」
「あー、…それなら…」

 ヒカリがあれこれと提案していき、サトシが答える。聞き手にまわっていたタケシだったが、どうにも相手はなかなか気難しい性格をしているようで、二人の仲の進展は難航しそうだと唸った。

「ちなみに付き合ってどれくらいなんだ?」
「えーと、半年くらい経つ、かな?」
「ほうほう。……ちょっと突っ込んで聞くが、目標は?」
「………手を繋ぐ」

 そこで一瞬、タケシとヒカリの時が止まった。付き合って半年経つ恋人とやりたいことが手を繋ぐこととは。どれだけピュアな付き合いならそうなるのか。
 そんなサトシに何も言えず、ヒカリと頷き合う。
 相手はちゃんと付き合っていると認識しているのか、不安に思ってなどいない。絶対にだ。

「そ、そっかあ。お相手もバトル好きみたいだし、そういう雰囲気になりづらいのかもしれないわね」
「……やっぱり、オレがダメなのかな…」
「そんなことはないと思うぞ!だから元気出せ!な!?」
「そうよ!大丈夫よ!だいじょーぶ!」

 しかしやはり流石のサトシでも引っかかりを覚えていたのか、滅多に見ないくらいに落ち込んでしまった。ヒカリとともに励ますが、その表情にいつもの明るさは見られない。ピカチュウに視線を送ると、同じく肩を落として首を横に振っている。きっと最近よく見る光景なのかもしれない。
 どうしたものかと三人の間に陰鬱な空気が漂い始めたときだった。

「お前達は何をしているんだ」
「…シンジ?」

 なんの偶然か、かつて何度もサトシと衝突したライバルまでもがこの場に居合わせたのだった。
 馬が合わない二人も最終的には認め合って良いライバルの関係になったとは聞いているし、シンジの活躍もテレビで観ることがあるが、その後二人が連絡を取り合っているかどうかは全く聞いたことがなかった。そもそもサトシが連絡不精であるし、シンジも好んで連絡をとるタイプではなさそうなのだが。

「久しぶりに見ても仏頂面なのね」
「出会い頭に不躾な態度をとる女に言われたくはないが」
「ちょっと!?」
「まあまあ二人とも。久しぶりだな、シンジ」
「…ああ」

 口数が少ないのは変わらないようで懐かしさに苦笑する。
 そこでふと、一番に何か言いそうなサトシが最初にシンジの名前を出して以降、口を開いていないことに気がついた。昔は必ず突っかかっていたというのに。大人になったんだなとサトシの方を見れば、表情は先程よりも暗く沈んでいた。

「それで、この馬鹿は何を塞ぎ込んでいるんだ」
「ええっと、」

 さすがに当人が話していないことを勝手に喋るのは、と言い淀んでいると、突然立ち上がったサトシがようやくシンジを視界に入れた。口もとがかすかに動いて何かを言ったかと思うと、次の瞬間には猛スピードでポケモンセンターの出入口へ駆けだしていた。

「ッ!?」
「サトシ!」
「あっ、あのね、今のサトシはちょっとデリケートだったっていうか、」
「悪いな、シンジ」
「……いや、世話をかけたのはこちらのようだ」
「へ?」

 それだけ言うと、シンジもサトシの後を追いかけてポケモンセンターを出て行ってしまい、この場に残されたのはタケシとヒカリ、そしてピカチュウだった。
 そのピカチュウはというと、やれやれという表情で二人が出ていった出入口を見つめていて、タケシの中にひとつの仮説が浮かんだ。

「なあ、ヒカリ。サトシの恋人って、俺たちが知っている人物で、バトルを好んでいて、外でのデートはあまりしたくない奴なんだよな」
「え、ええ、そうね…………え?」
「いや、まさかだとは思うんだが…どうなんだ?ピカチュウ」
「ぴーかちゅ?」

 シンジの残していった言葉が気になるものの、ピカチュウは真偽を教えてくれる気がなさそうだ。
 もうタケシに出来ることは上手くいくことをただ祈るしかなかった。



  ◇  ◇  ◇



 シンジの名を伏せて相談していたのに、二人の前であんな態度をとってしまっては台無しだ。もしかすると恋人が誰なのかバレてしまったかもしれない。
 しかしサトシにそんなことを気にしている余裕などなかった。だって、自分でも聞こえるかどうかの小さな声だったが、つい言ってしまったのだ。シンジのせいじゃん、と。
 しかもこの言い分は責任転嫁もいいところだ。告白だって、したのはサトシからだったのだ。だから何かを望むのならばサトシから行動を起こせば良かった。付き合っているのは事実なのだから、シンジだって拒みはしないだろうと思う。だというのにわざわざ相談などして、ヒカリとタケシを困らせて、ピカチュウにも呆れられ、なんと女々しいことか。
 勢いでポケモンセンターを飛び出して街の外れまで来てしまった。サトシはそこでやっと足を止める。

「どうしよ…戻りづらいなあ…」
「なら暫くここにいるのか?」
「っえ!?」

 一人だと思って呟いたのに、聞き覚えのある声が耳に届き、サトシはびくりと肩を跳ねさせた。そんなまさかと信じられない思いで振り返ってみても、やはりその声の主は自身のよく知る相手、シンジだった。

「……なんでここに…、」
「お前が泣きそうな顔で逃げだしたからな」
「泣いてない!」
「…別れる算段でもつけていたのか?」
「え…?」

 シンジは勘違いをしている。
 そのことに一拍遅れて気がついた。急いで誤解を解こうとサトシは口を開くが、本当のことを言って引かれないだろうかと懸念を抱いた。言う、言わない、とにかく何か喋らないと。サトシの頭には次々と言葉が浮かんでは消えていく。
 やっぱり自分には恋愛なんて向いていない。このまま別れることになってしまうのだろうか。そこまで考えてしまって、ハッとした。今しがた女々しい自分に嫌気がさしたばかりだというのに、また繰り返そうとしてしまっている。
 意を決して、サトシは口を開いた。

「……違う」
「何が」
「勘違いさせてごめん。二人に相談してたのはそんなことじゃなくて……えっと………」
「おい、言いたいことがあるならハッキリ言え」
「………ッ恋人らしいことが!したかったんだよ!!」

 自棄になって叫ぶと、シンジは虚をつかれたとばかりに目を瞠った。その表情にやっぱり言わなければ良かったかもしれないと後悔と羞恥の感情がサトシの心を襲う。

「お前……」
「ほら!そういう顔するじゃん!」

 耐えきれず再び逃亡しようと踵を返したサトシだったが、シンジがいち早く行動し、すかさず腕を掴んできた為にそれは失敗に終わった。

「離せよ!」
「………何が望みなんだ」
「へ、」
「俺の気が変わる前に早く言え」
「あ…、待って!言う!…っ手、繋ぎ、たい」
「…………これでいいのか」

 サトシの言葉にシンジは腕を掴んでいた手をするすると下ろしていった。
 初めて握ったシンジの手は元々そうなのか、はたまたサトシの体温が上昇しているせいなのか、少し冷たかった。
 念願叶ってようやく手を繋いだものの、すぐに照れくさくなってしまった。ありがと、と言って手を離そうとしたサトシだったが、シンジはまだ指の力を緩めようとしない。そしてサトシを連れたまま来た道を引き返していく。

「シンジ?」
「……別に、もう少しこのままでもいいだろう」
「……うん」

 顔に熱が集まっているのが自分でも分かった。しかしちらりと見えた彼の耳も同じように赤くなっていて、照れと天秤にかけてもサトシと触れ合うことを選んでいるのだと悟って嬉しくなる。
 サトシはシンジの冷たい手をまたぎゅっと握り、繋ぎ直したのだった。



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