それが恋の始まり



 ソルガレオとルナアーラ、そしてネクロズマを巡った一件が終わり、グラジオはまた修行の身へと戻っていた。
 怯えるシルヴァディの様子が気になり訪れた母の元。そこで、どういう訳かぐったりしたルザミーネからウルトラガーディアンズの助っ人になってほしいと頼まれたグラジオは、再びリーリエやサトシのクラスメイトたちと共にウルトラホールの向こう側へ行くことになった。
 あのときのことは今思い出しても少し手が震えてしまう。
 サトシは最後まで助けることを諦めなかった。ソルガレオとルナアーラのことも、ベベノムの住む世界も、そしてネクロズマまでも。
 自分には出来なかった決断。だがリーリエを始めとしたグラジオ以外の全員がそれに賛同した。
 サトシ、という男には会う度に驚かされている。メレメレ島の守り神であるカプ・コケコにZリングを貰ってバトルしていたり、ルガルガンを見たことのないたそがれのすがたに進化させていたり。何者なのかと思いポケモンバトルに応じれば、なんてことのない、己と変わらない普通のポケモントレーナーだったり。
 しかし、彼に惹かれるものがあるというのもまた事実であったり。
 こうして修行に身が入るのも、サトシとやるバトルは最高のものにしたい、と想う心があるからだ。バトルをするのに熱くなれる相手がいることがこんなにも嬉しいなど、少し前までのグラジオは知らなかった。そもそもウルトラビーストを倒すことしか頭になかった為、知れるはずもなかったのだけれど。
 そうして今日もグラジオは、いつも通りにポケモンたちと己を磨くはずだった。それが聞こえるまでは。
 聞き覚えのありすぎるその声が、これまた覚えのある上空からグラジオの耳に届く。そのまま視線を空へ送ると、先程の声の主とその相棒、赤い色をした機械の姿を捉えた。
 思わず遠い目をしかけてしまい、その間に一人と二体はドシン、と大きな音を立てて落下してきた。
 どうしてコイツはこう何度も空から降ってくるんだ、と半ば呆れながら屈んでサトシへと問いかけた。

「おい、大丈夫か?」
「いてて…って、どうしてグラジオが!?」
「驚いているのはこちらの方だ」

 聞けば森の中を探検している最中、うっかりコラッタの尻尾を踏んでしまってそのまま追いかけられ、すてみタックルをお見舞いされ吹っ飛ばされたらしい。もはやよく無事だったなとしか言えない。

「コラッタのすてみタックルはとても強力……データアップデートロト……」
「ピカチュウもロトムもごめんな〜、巻き込んじゃって」
「ぴーかぴか」
「とばっちりロト〜」

 気にするなとばかりに首を横に振るピカチュウ。そんなピカチュウをぐりぐりと抱きしめるサトシ。ロトム図鑑は文句を言いながらもデータの更新を行っていて、なんとたくましいことか。経緯を知らなければ微笑ましい光景なのだが、先程空から落下してきた人物だと思えばそれも薄れる。

「大丈夫そうだな…」
「うん。ブラッキーたちも久しぶり!」

 グラジオの後ろにいたブラッキーとルガルガン、シルヴァディにも声を掛けるサトシに、グラジオは思い浮かんだ提案を口にした。

「サトシ、せっかくだからバトルしないか?」
「えっ!もちろんやるやる!」
「ピ?」

 パッと顔を輝かせたサトシだったが、ぴくりと耳を動かし辺りを見回すピカチュウに気が付き、グラジオもつられてそちらへ視線を移す。

「どうしたんだ?ピカチュウ」
「何かあるのか?」

 グラジオのポケモンたちもピカチュウと同じように周囲を探りだしたので、サトシもグラジオも大人しくポケモンたちの反応を待つ。
 やがて四体が駆けだした。サトシと目を合わせ、互いにこくりと頷き合うとその後を追う。
 四体が立ち止まったのは太い幹を持つ大きな木の根元だった。
 二人は首を傾げながら四体の視線の先をそっと窺う。

「コイツは……」
「このポケモンはジャラコロト!生息地は鉱山だったはずなのに、どうして森の中にいるロト?」
「そうなのか?……って、怪我してるじゃないか!早く手当てしないと……」

 慌てて駆け寄るサトシだったが、弱って動けないながらも唸り声をあげ警戒心を隠さないジャラコ。このままでは治療が出来ないと唇を噛み締めたグラジオに、サトシは真剣な顔つきで任せてくれ、と言った。

「だが…!」
「ピカチュ、」

 下を見ると、ピカチュウも大丈夫とでも言うようにその小さな手でグラジオの足元をぽん、と軽く叩いた。
 彼の相棒が言うのならば、と黙って見守ることにする。

「なあ、お前怪我してるんだろ?手当てだけでもさせてほしいんだ。それ以外は何もしないって約束するよ」
「ギャウウ………ギャウッ!」
「、ッ!」
「…っブラッキー、あくのはどう!」

 ゆっくりと近付いていったサトシだったが、やはり簡単には近付かせてはくれず、ジャラコはりゅうのはどうを繰り出した。たとえ弱っていたとしてもさすがドラゴンタイプ。その技の威力は大きく、グラジオは咄嗟にブラッキーへ指示を出す。
 なんとか技は相殺したものの、二つの技の余波がサトシを覆った。
 しかしサトシは全く怯むことなく突き進み、ジャラコの前に屈み込む。

「お前を助けたいんだ、頼む…」
「ぎゃ、ぎゃうう……」

 優しく包み込むような手つきになんとかこちらの気持ちが通じたのか、ジャラコはようやく大人しく横になった。
 振り向いたサトシの笑みを了承ととり近寄る。

「やっぱりポケモンセンターに連れて行った方がいいのかな?」
「……いや、これなら簡単な処置をしてきのみを与えれば大丈夫だろう」
「ほんとか!?」
「ああ。薬なら俺が持っている。サトシはオボンのみを探してきてくれ」
「分かった!ピカチュウ、ロトム、行こう」
「ピッカ!」
「オボンのみがありそうな場所探しはお任せロト!」

 きのみの調達をサトシたちに任せ、グラジオはジャラコへ向き直る。
 左の後脚が少しだけ赤くなって腫れている。軽い打撲なのだろう。すまない、とひとこと声を掛けてからキズぐすりを患部へ吹きかける。打ったときに負ったと思われる擦り傷もある。その傷口にしみたからか、ジャラコは身震いをした。

「ぎゃう、」
「ぶらっ、ぶらっき」

 安心させる為なのか、ブラッキーが傍に寄り添いジャラコの顔をぺろりと舐めていた。ルガルガンとシルヴァディは少し離れているものの、心配そうにこちらを見つめている。
 最後に丁寧に包帯を巻けば、あとはもうサトシたちの帰りを待つしかなくなった。作業が終わると思わず息を吐いた。

「がるう」
「ぶるる」

 労るように擦り寄ってきてくれたルガルガンとシルヴァディに、グラジオはふっと頬を緩めた。
 それからほんの数分。聞こえてきた足音に顔を上げる。オボンのみを腕の中いっぱいに抱えたサトシたちが戻ってきた。

「グラジオ、ジャラコは?」
「もう落ち着いている。早かったな」
「ああ、みんなに協力してもらったんだ」
「くろー」
「にゃ」
「わうっ」

 サトシの言葉通り、モクロー、ニャヒートにルガルガンもモンスターボールから出ていた。
 お待たせ、と言ってサトシが差し出したオボンのみに齧り付くジャラコ。気持ちの良い食べっぷりに、これならもう安心だろう、と胸を撫で下ろした。

「ぎゃうっ!」
「もう元気になったのか?」

 ぴょん、と勢いよく跳ねて回復したことをアピールするジャラコに二人して苦笑する。元気になったのはいいが、また怪我をされてはいけないとサトシがジャラコを抱え上げた。

「このジャラコ、データにあるサイズより小さいロト」
「生まれたばかりなのかなあ…」
「そうかもしれないな」
「…よし!オレたちが群れに帰してやろうぜ」
「ぴ!ぴかっちゅう〜!」
「それはいいが…どうやって探すんだ?何か考えがあるのか?」
「……ないけど」
「………」

 前にも似たようなやりとりをしたことを思い出してグラジオが呆れた目を向けたところで、モクローがくるくると辺りを旋回して主張を始めた。

「くるるるっ!くるるるる〜っ!」
「…もしかしてモクローが空から探してくれるのか?」
「くるるる〜〜!」

 サトシの頭の上にとまって胸を張ると、きらりと目を輝かせてモクローは飛び立って行った。

「頼むぜモクロー!」
「じゃあ俺たちは近場を見て回るか」
「うん」

 モクローだけに頼ってはいられないので、グラジオたちも動き始める。モクローが森の外へ行ってくれた為、こちらは森の中を探すことにする。幼いジャラコが森の中にいたということは、何か訳があって群れが森の中に来てしまったのかもしれないからだ。

「お前の仲間たち、どこにいるんだろうなー」
「ぎゃうう」
「でも絶対仲間のところに連れて行ってやるからな」

 そう言ってサトシがぽんぽんと優しく身体を撫でると、ジャラコは嬉しそうに笑った。グラジオは横でその様子を見て抱いた感想が、やけにあやし方が手慣れているな、だった。

「可愛いなあ〜」

 無意識にこぼれたような呟きに、グラジオは訝しげにサトシの方を向いた。その呟きにどこか懐かしんでいるような感情が窺えたからだ。
 グラジオとしてはジャラコを見ると、リーリエと共にルザミーネの救出に向かう際に立ちはだかったあのジャラランガたちを思い出してしまう。
 リーリエと協力して無事にあの場を突破することが出来たが、さすがぬしポケモン。途轍もなく強敵だった。
 だからサトシにも何かジャラコに思い入れがあったのだろうかと疑問を投げかけると、きょとりと目を瞬かせた。どうやらそうではないらしい。

「あ〜、なんかこいつ見てると別の地方を旅したときにいたオレのポケモンたちを思い出しちゃって」
「別の地方?」
「そ。そいつらタマゴから一緒にいて、最初はやんちゃだったり暴れん坊だったり泣き虫だったりしたのに、今じゃ成長してすっげー頼りになる仲間たちなんだ」
「…そうなのか」

 そのポケモンたちが大好きなのだろう。本当に嬉しそうに語るサトシにグラジオもつられて微笑んでしまった。
 それにしても。サトシのポケモンへの愛情は、どうしてこうも見ている者の心を捉えてしまうのだろうか。たまにしか会うことのないグラジオでさえ今のサトシの表情にこみ上げるものがあるのだ。普段一緒に過ごすことの多いであろうクラスメイトたちはどうしているのだろう。
 次に会ったときにリーリエにこの感情についてサトシの名は出さずにさりげなく聞いてみることにして、グラジオは群れ探しに意識を集中させた。





 ジャラコを無事に群れに帰すことが出来たのは日が暮れかける頃だった。モクローが母親と思わしきジャラランガを連れて戻ってきたのだ。
 母親と再会出来て喜ぶジャラコに声を掛けていたサトシは良かったと言いつつもどこか寂しそうで、グラジオは思わず手を伸ばしかけてしまった。すぐに我に返って自分が何をしようとしていたのか分からず引っ込めたのだが。
 そして。元々サトシがここに来たのは偶然のことだ。当然ククイにもバーネットにも何も告げていない。遅くなってしまっては心配をかけるから、バトルは次に会ったときに必ず、と約束してサトシと別れた。

 そうしてその約束が果たされることになるポニ島での再会の少し前。
 リーリエとも再会したグラジオはポニ島へ訪れた経緯を話してから、ふと妹へ尋ねたいと思っていたことがあったのを思い出したのだ。グラジオにとってはなんてことのない、雑談のつもりだった。

「まあ!グラジオお兄様…!それは恋です!」
「は……?」
「わたくし本で読んだことがあります!ふとした仕草にきゅん、とときめいてしまう…それが恋の始まりだと!!」

 珍しく熱くなったリーリエの語りはその後もしばらく続いていた、のだと思う。それは何の本なんだ、とか他にも言いたいことがあったはずなのに、発せられた最初のひとことが衝撃すぎてグラジオの耳にはほとんど入っていなかったのだった。



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