コイントスじゃ決められない01


※未来捏造





 トバリシティにある育て屋、その敷地内の庭でシンジはポケモンたちのコンディションを確認しながら次の目標について考えていた。
 シンオウリーグスズラン大会から早数年。あのあとシンジはキッサキシティに向かい、何度も挑戦してようやくジンダイを破り、それからは各地を巡ってはジムバッジを集めてリーグ出場。そしてついに先日優勝を果たし、トバリシティに帰ってきたところだった。

(そろそろシロナさんに再戦を申し込んでもいいかもしれないな)

 ならば次はあのガブリアス対策だろうか。今のマニューラのふぶきなら多少はダメージを与えることが出来るかもしれない。

(……いや、無いな)

 しばらくはポケモンの調整に時間を使おうと決めたところで、ふと一人の男のことがシンジの頭をよぎった。
 マサラタウンのサトシ。ここ、シンオウ地方で出逢い何度も衝突し、シンジの考えを改めさせた男。
 一年前にポケモンマスターの称号を貰ったサトシは現在マサラタウンを拠点にしながらあちこちを飛び回っているようだ。その割にはそこそこの頻度でふらりとシンジの前に現れてバトルを申し込んでくる。本当に偶然なのかと疑問に思ったこともあったが、知り合いの多い男がシンジにばかり構うのも理由が分からない為そんなものなのだろうと気にしなくなった。

「シンジ!電話が来てるぞ」
「…誰から」

 兄のレイジに呼ばれ聞き返すもにこにこと笑うばかりで答える気がないのが見て取れた。ため息をついて大人しく移動する。
 その時点で、嫌な予感はあった。
 思い浮かべてしまったからなのか、これまたたまたまなのか。電話の相手はサトシの旅仲間であったコーディネーターの女であった。
 シンジは不機嫌さを隠しもせず、仕方なく電話に出る。ここで切っても恐らくまた掛けてくると思ったからだ。

「……何の用だ」
『あっ、シンジ久しぶり〜!』
「もしそんなくだらんことで電話したのなら今すぐに切るぞ」

 シンジがさっさと本題に入れと言外に含ませると、ヒカリはやれやれと肩を竦めた。

『あいっかわらず愛想がないわね!全く……。じゃあ簡潔に言うけど、シンジにマサラタウンまで来てほしいの!』
「意味が分からん。何故だ」
『サトシが大変なのよ〜〜!もう助けられるのはシンジしかいないの!お願い!』
「いやだから何故だと聞いている」
『それは着いたら話すから!よろしくね〜!』

 本当にそれだけを伝えると、自分の役目は終えたとばかりにヒカリは通信を切ってしまった。
 つい舌を鳴らしたが状況が変わることはない。今度こそ深いため息を吐くと、レイジにカントー地方へ向かうことを伝えに踵を返す。
 このまま無視することも考えたが、わざわざシンジが呼ばれたことと、サトシに何かが起こっているということが引っかかった。
 己もずいぶんぬるくなったものだとシンジは薄く笑った。





 シンオウ地方からフェリーで数時間、クチバシティの港で降りるとそらをとぶを使った。
 見渡す限り緑、ときおりぽつぽつと一軒家が建っている。マサラタウンだ。
 だが、着いたもののヒカリが詳しい場所を言わずに電話を切っていたことに思い当たり再び舌打ちをした。無闇に歩き回るなど御免だとその場に立ち尽くしていると、遠くから聞き覚えのある鳴き声がした。そちらを見上げるとムクホークがシンジの方へ向かって来ていた。ムクホークはシンジを見つけるとスピードを落とし、近くに降り立った。

「お前…、アイツのムクホークか」

 ムクホークは頷いて、こっちだと言うように身体の向きを変えて鳴いた。

「分かった。ついて行けばいいんだな」

 ムクホークに案内されたのはオーキド研究所だった。
 そういえば、いつだったかサトシはポケモンをここに預けているという話を聞いていたことを思い出す。バトルを終えると、ポケモンセンターで回復を待つ間にサトシはいつもシンジに喋りかけてくる。昔ならば一蹴していただろうが、今は相槌を打つくらいはするようになった。
 インターフォンを押すと、出てきたのはオーキド本人ではなくヒカリだった。

「シンジ!待ってたわよ!」
「急に呼び出しておいて無茶を言うな、距離を考えろ」
「ちゃーんとこうやって来ちゃうくせにぃ〜」
「……」

 にやにやと嫌な笑みを浮かべるヒカリに、思わず帰ろうとしてしまったが寸前で踏みとどまった。さすがにここまで来ておいて何もせずに帰ってしまえば無駄足もいいところだ。

「とにかく入って。サトシは裏庭にいるわ。もうサトシのポケモンたちが大慌てで大変なのよ…」

 その中に向かわせるのか。シンジは頭痛がしてきた。
 ヒカリに連れられる形で裏庭に行くと、広い草原の中でたくさんのポケモンが一箇所に集まっているのが目に入った。微かに聞こえる声から輪の中心にサトシがいることが分かる。

「…で、いい加減説明してもらえるんだろうな」
「うん、実はね…」

 曰く、サトシがカロス地方を旅していたときの仲間に発明家がいて、その発明家に新しいロボットをつくった為テストを手伝ってほしいと頼まれたサトシはカロス地方へ飛んだ。だがそのロボットが暴走して思わぬ効果を発揮してしまった、ということらしい。

「…思わぬ効果?」
「元はポケモンの気持ちを落ち着かせる為のものだったらしいけど、暴走したロボットの効果を浴びたサトシ、涙が止まらなくなっちゃったのよ」
「……………は?」

 たっぷり間を空けて、シンジはなんとか声を絞り出した。
 シンジの記憶では、いつも怒るか笑っていたあのサトシが、涙を。

「だが何故俺が必要なんだ」
「今のサトシはね、喜怒哀楽の哀の感情だけが膨れ上がってる状態なんだって。元に戻すには他の感情を高める必要があって、サトシに手っ取り早いのはバトルじゃない?そこで白羽の矢が立ったのがシンジだったの。まあ、本人の希望もあったしね!」
「………はぁ、」

 もはやシンジには突っ込みを入れる気力もない。本人の話から薄々勘づいてはいたが、トラブルに巻き込まれすぎではないか。そういえば、その話をしていたときのピカチュウの目が据わっていたことを思い出した。

「ヒカリ」
「あ、シゲル!」

 背後から聞こえた声につられてシンジが振り向くと、そこには二人の青年が立っていた。

「シンジ、こっちは川柳の…じゃなくてオーキド博士のお孫さんでサトシの幼馴染みのシゲルよ、研究者なの」
「サトシから話は聞いてるよ、よろしく」
「…ああ」
「で、彼が…、」

 ヒカリが口を開いたところで、金髪の青年は土下座しそうな勢いで頭を下げながら謝罪を口にした。

「すみませんすみません〜〜〜!!!僕が今回の元凶なんです……」
「……さっき説明したカロスの発明家のシトロンね」

 二人が苦笑して宥めている間にシンジは騒ぎの中心に近付くことにした。正直気は進まないがこのままじっとしていても解決はしない。

「ピカチュ!」
「ウキャ!」
「ああ」

 ピカチュウとゴウカザルがいち早くシンジに気が付き話し掛けてきた。恐らく久しぶりとでも言っているのだろうと見当をつけ、シンジは少しだけ口元を緩めた。

「おい、」
「シンジ…っ!」

 ポケモンに囲まれすぎてもはや埋もれている男に声をかけると、やけに切羽詰まった声色の返事があった。
 ようやく姿が確認できた男──サトシの目元は赤く腫れ、瞳いっぱいに雫を溜めている。
 見慣れないサトシの表情に、シンジの心臓はドクリと跳ねた。だがそれをおくびにも出さずにサトシを見下ろす。

「………、ひどい有様だな」
「うる、さいっ!くそー、シンジには見られたくなかったんだけど、な…」
「お前が指名してきたと聞いたが」
「だって…、シンジとのバトルが一番、燃えるし」

 さらりとのたまうサトシにシンジの方が言葉に詰まる。真っ直ぐで気恥ずかしいことでも難なく口にすることが多々あるサトシには未だに慣れない。いつか慣れる日が来るのだろうか、とぼんやり思った。
 一方サトシは溜まった涙をごしごしと拭っているが一向に止まる様子がない。おまけに泣き過ぎで呼吸も少し苦しそうだ。そんなサトシの姿を見てベイリーフとルガルガンは心配そうに擦り寄っているし、元気づけようとパフォーマンスをし始めるブイゼルとドダイトス。

「おい、今すぐ止めさせろ。こっちにエナジーボールが飛んでくる」
「ご、ごめん。みんな、オレは大丈夫だから、な?」

 でもでも、とシンジに訴えかけてくるポケモンたちに解決策を説明してやる。するとさすがサトシのポケモンと言うべきなのか、一瞬で雰囲気が変わり、その様にシンジは目を瞠った。

「フッ……いい目だ」
「え?」
「何でもない。さっさと始めるぞ」
「ルールはどうするんだい?」

 そこでシゲルが口を挟んだ。シゲルの提案は六体六のフルバトルだという。確かにその方が効果はありそうだとシンジは了承した。

「オレもいいぜ!」
「サトシ、誰を出すんですか?」

 先程の二人の慰めが効いたのか、ようやく普通に戻ったらしいシトロンが顎に手を当てて尋ねる。ヒカリもシゲルも辺りをぐるりと見回して口元を引き攣らせながら同意している。シンジも想像出来ていることだ。他の三人も同じことを想像したのだろう。

「あー、そっか。誰にしよう」

 サトシがそう呟いた途端、自分を選んでくれとポケモンたちが主張を始めた。リーフブレードを繰り出すジュカインにシザークロスを決めるルチャブル、サトシの頭に噛み付くフカマルと肩に飛び付くミジュマル。ワニノコとヘイガニは踊りだしていた。

「わっ、みんなやる気満々だな!」

 元々好戦的な者も多いというのに、普段元気を持て余している主人が涙していて、それを止める手段がポケモンバトルだというのなら一段と気合いが入るというものだろう。

「なあシンジ、誰とやりたい、とか希望ないか?」
「俺が選べと?夜道を襲われるのは勘弁願いたいんだが」
「はぁ?何言ってんだよ」
「……」

 もしこちらが指定などしたならば、選ばなかったポケモンたちに八つ当たりされることは間違いない。
 当の本人は向けられる愛情の深さに全く気付いていないし、ポケモンたちも心優しい主人には絶対に気付かれないように上手くやるだろうが。
 一体ずつコンディションを確認して決めることにしたらしいサトシを横目に手持ち無沙汰に待っていると、シトロンがぽつりと沈んだ声をこぼした。

「それにしても、僕では駄目だったのが少し悔しいです。君はよっぽど強いトレーナーなんですね」

 これでもジムリーダーなんですが、まだまだ修行が足りませんね。そう言ったシトロンの表情は気弱な性格とは程遠いもので、シンジは使えない奴ではなかったかと考えを改める。
 人もポケモンもサトシの周りは一筋縄ではいかない者ばかりだ。

「僕も少し分かるな、その気持ち。もうトレーナーではないから仕方がないけどね」
「あれ、ていうかシトロンってジムリーダーだったの?」
「はい。ミアレジムのジムリーダーをしています」
「……もしかしてあの妙なロボがいた」
「それはシトロイドです。…ということは僕の留守中にジムを…!?なんてもったいないことをしたんだ僕…!!」

 カロス地方はシンジも少し前に旅をしていた。しかしこの青年は見覚えがないなと考えを巡らせていたが、そういえば一つだけジムリーダー本人が不在だったことがあった。調整も終えて来ていたので、ロボットが相手でも待つよりは、と挑戦したのだがなかなかいい勝負をしたことを覚えている。

「よし決めたぜ、シンジ!」

 思い出している間に準備が出来たサトシが拳を作りこちらへ振り返りながら帽子のつばを上げた。
 自然と口角を上げる。どんな理由であれ、己が認めたライバルとのフルバトル。燃えないはずがなかった。

「泣いていても手加減はしないぞ」
「もうそこに触れんのはやめろよぉ…」

 またぶわりと涙を溢れさせるサトシにシンジはぎょっとする。

(クソッ、調子が狂う)
「あーほらよしよし。シンジなんていつもあんな感じなんだから泣かないの」
「ヒカリ〜…」
「おい」

 まるで弟を相手にするかのように接するヒカリ。サトシもサトシでヒカリに大人しく撫でられているのはなんなのか。仲の良い二人にシンジの胸の奥で何かが燻っていた。
 それにしても、ヒカリとは会う機会など滅多にないはずなのに年々シンジへの対応が雑になっている気がして思わず眉を上げる。

「まあまあ。では審判は僕がやりますね」
「サンキュー、シトロン!」

 シトロンが名乗りを上げ、ヒカリとシゲルがバトルフィールドの外側へ出ていく。
 サトシも位置についた為、気持ちを切り替えシンジも移動した。ようやく目的が果たせるというのに、余計なことに気を取られている場合ではない。
 だがそんな心配も無用で、モンスターボールを構えると自然に頭は冷静になっていく。

「エレキブル、バトルスタンバイ!」
「頼むぜ、ジュカイン!」

 サトシとシンジ、両者がポケモンを繰り出した。





「ドンカラス、戦闘不能。よって、勝者はサトシです!」

 目を回して倒れたドンカラスを見てシトロンが声を上げた。今回の勝負はサトシに勝ちを譲ることとなった。
 ボールへ戻しながらシンジはよくやったとそっと声を掛ける。離れていながらも見えたのだろう、サトシはシンジの方を見てにっ、と歯を見せた。
 トレーナーが不調とはいえそこはサトシのポケモン。日々欠かさず特訓を重ねているのはもちろん、明らかに普段とは勢いが違った。主人を想う心が何倍もの力を引き出していた。
 こんなこと、昔の自分なら全く信じなかっただろうが。
 向かいにはリザードンとハイタッチを交わすサトシが目に入る。最後はドンカラスとリザードンの空中戦だった。
 サトシのリザードンと戦うのはこれが初めてだった。どうやら最近修行から帰ってきたらしい。どうりで見掛けなかったはずだ。
 長い間離れていたというのにサトシとはしっかり息を合わせて抜群のコンビネーションを見せていた。
 次にバトルをするまでには対策を練っておかねばならない。シンジは口元を綻ばせて目を閉じた。

「お疲れ、サトシ!涙は止まった?」
「ありがとうヒカリ。……んん、バトルやる前よりはいい、かも?」

 確かにバトル前より治まっているようだった。それでも涙はサトシの意志に反してぽろぽろと頬を伝っていく。

「う〜ん…寝たら明日には治ってるかもしれないし、今日は早く休むよ」
「そうだね、駄目だったらまた明日考えるとしよう。君は普段全く落ち着くことがないのだし、この機会にゆっくりしてなよ」
「なんだとー!」
「サトシ…本当にすみません…」
「シトロンは気にするなって!」

 涙を浮かべながらも笑顔を見せるという器用なことをこなしながら、サトシはリザードンの背中に跨った。空中へ浮かぶとあっという間に加速し、小さくなっていくのを見届けた四人。

「さて、ヒカリとシトロンは今日ここに泊まるんだが君はどうする?」
「……明日まで様子見していく」
「了解。案内するよ」
「ああ、世話になる」





 オーキド研究所には研究員が寝泊まりする為の部屋があり、シンジはそのうちの一室を借りることになった。
 食事とシャワーを済ませたシンジは部屋に戻ったが、まだサトシとのバトルの熱が残っているのか当分寝つけそうにない。仕方なくそっと研究所を出て、辺りを歩くことにした。

「あ」

 やはり思い浮かべれば現れるらしい。
 シンジが顔を上げると、そこにいたのはサトシだった。

「シンジも眠れないのか?」
「そんな所だ」
「オレもオレも!へへ、まだドキドキしてるんだ」
「とんだバトル馬鹿だな」
「お前に言われたくないけど」

 シンジが歩き始めるとサトシもそれに倣うように隣に並んで歩き出した。
 ちらりと横目で窺うと、サトシの目元はまだ赤いままだった。恐らく眠れない原因にはそれも含まれているのだろう。
 シンジの中のサトシといえば、あの頃の己の態度に怒りをあらわにしているか、最近のバトルを申し込んでくる強気な笑みか、無邪気にポケモンと戯れている姿くらいだ。パッと思い浮かべるものに陰鬱なものはなかった。
 そう、だからこそここまで泣いてしまう姿に衝撃を受けている。
 この男は、どこに悲しみを隠していたのか。

「……なあ、シンジはさ、次の目標決めた?」
「………俺は、今度こそシンオウリーグで優勝してシロナさんに勝つ」
「そっか…うん、シンジなら勝てるよ。応援してるぜ!」

 そう言って笑ったサトシ。だがシンジはその瞳がどこか遠くを見ているのを見逃さなかった。
 ポケモンマスターの称号を授与されたサトシは、今までしていた新しい地方への旅というものをやめた。マサラタウンを拠点とし、たまにピカチュウと何体かのポケモンを連れ、ふらりとどこかへ出掛ける。それは長くても一ヶ月程で終わる為、ちょっとした旅行のようなものだ。そんなサトシの様子に誰もがようやく落ち着いてきたのかと安堵していたのをシンジも目にしていた。
 しかし今のサトシの目には輝きが欠片も見つからない。

「…何を悩んでいる?」
「……はは、分かる?」
「鏡を見てみるんだな。…まあ、今なら泣いても言い訳が出来るんじゃないか?」
「………そうだな。じゃあ、ちょうどいいや。オレさ、ずっと憧れてたポケモンマスターになって夢を叶えたはずなのに、あの日からずっと、オレは次に何をすればいいんだろうって、時間が止まってるみたいな、」

 夜空を見上げながら胸の内を明かす今のサトシの涙は、果たして本物なのか。

「これなら、一生夢を追いかけてた方がマシなんじゃないかって思うようになっちゃって」
「……」
「なんか、ポケモンマスターになったのに、こんなんじゃダメだな、オレ……」

 今ここにいるのがあの黄色い相棒なら、10まんボルトでも食らわして叱咤激励するだろうし、旅仲間たちならどうすべきか共に悩んでくれるのだろう。
 だがどちらもシンジの柄ではないし、そうする気もない。

「馬鹿馬鹿しい」
「な、なんだよ、オレは真剣に悩んで…!」
「ポケモンマスターは全てのトレーナーの頂点なのか?お前はシロナさんや各地のチャンピオンたちと対等に戦えるのか?」
「…!」

 サトシがはっとしたように目を見開きシンジを見つめる。
 ポケモンマスターになるには各地の実力者たちの推薦が必要だが、そこにバトルの勝敗は関係ない。どんな功績を残したのか、どれだけポケモンから信頼されているか。主に重要視されるのはそんなところだ。

「つまり、お前は強さにおいてはまだまだ上があるというのにその場で立ち止まっている。自惚れるなよ、もし俺との腑抜けたバトルをしたら承知しない」

 シンジはそう宣言してじとりと睨みつけたというのに、サトシはマメパトが豆鉄砲を食らったような顔を晒した。

「おい、なんだその顔は。ちゃんと話を聞いていたのか」
「いや、ふは、珍しいシンジが見れたなって」

 何が可笑しいのか今度はけらけらと笑いだした。まさか別の影響も出始めたのではと訝しげな表情を浮かべたからか、サトシは違う違う、と言う。

「ごめん…もう目、覚めたよ。危うくシンジに置いていかれるところだったな、サンキュ」

 小さく笑って顔を上げたサトシの瞳の奥には炎が宿っており、もう涙は見られなかった。
 元通りになったサトシに、シンジは思わずほっとしたため息を落としそうになった。今日一日でらしくない感情をいくつも抱いた己にひっかかりを感じるも、それを暴くことはどうにもはばかられた。

「……久しぶりにお前をズタボロに負かす機会だったのを逃したか」
「そーそー、貴重なチャンスだったんだよ」

 いたずらっ子のような笑みをこぼし、サトシは背筋を伸ばした。すでに清々しい表情をしていて吹っ切れたようだ。立ち直りが早いのもサトシの取り柄だろう。

「ぎゃっ」
「なんだ」
「シンジの顔が……」
「だからなんだ」
「そういうところがさあ…………」

 訳の分からない発言をしたきり黙ってしまったサトシに苛つきを覚えながら続きを促すも、それ以上を言うつもりはないのか口を噤んでしまった。

「……続きはオレがカントーチャンピオンになったら言うよ」
「ならば一生聞けないな」
「こんっっの、減らず口」

 さらりと告げたが、サトシがカントー地方でチャンピオンを目指すことを知り、シンジもシロナへの再戦を固く決心した。





 朝起きたら治ってた。昼前に研究所を訪れたサトシは開口一番そう言った。
 結局サトシと別れて研究所に戻った頃には深夜を回っており、習慣でいつも通りに起きたシンジは少し寝不足だ。この時間に訪れたということは、サトシも起きてからそう時間は経っていないに違いない。
 それにしても、昨晩のことが夢だと思える程能天気な笑顔にシンジは拍子抜けした。

「いつも通りのサトシに戻って一安心ね!ね、ポッチャマ!」
「ポッチャ!」
「本当です…!本当に……!!」
「わーっ!気にしなくていいって言ってるだろ!だから顔を上げてくれよシトロン〜〜!!」

 わーわーと騒がしい三人から離れて壁に凭れ掛かると、隣に人の気配がした。シゲルだ。

「君のおかげだ。ありがとう」
「…別に。リザードンと戦えたのは僥倖だった。来て損はなかったな」
「ああ、いや、そっちじゃなくて」

 バトルのことだろうと答えると、シゲルは首を振って肩を竦めた。

「昨夜、サトシと何か話したんだろう?アイツがここ最近悩んでいることには気が付いていたけれど、どうにも僕じゃ聞き出せなかったからね」

 サトシは君のことを余程信頼しているらしい。シゲルの言葉にシンジは頭を抱えた。この男はシンジを相談相手として呼んだつもりだったのだ。

「…次はない」
「アッハッハ!あのサトシが頻繁に悩むことはないだろうから安心しなよ。それよりどうだった?ギャロップに蹴られたくはないけど幼馴染みとして少し気になるところなんだよね」

 どう、とは。昨晩のサトシといい、唐突に話が逸れるのはマサラタウン出身の特色なのか。シンジは眉を顰めた。

「えっ!?嘘だろ!?はー…あのサトシが先攻を……。世の中何があるか分からないものだなあ」
「は?幼馴染み揃って何を言い出すんだ」
「……サトシに同情するよ」

 まるで話を聞いていない。コイツのことは嫌いだ、とシンジは頬を引き攣らせた。



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