わたしの王子様


※サト←ベイ
※未来捏造





「ベイリーフ、今日一緒にどこかへ出掛けないか?」
「…ベイ?」

 珍しく肩に相棒を乗せていない彼は、オーキド研究所の広い草原にあるうちの木の根元でのんびりしていたベイリーフの隣に腰掛けてそう言った。
 そよそよと穏やかな風がベイリーフの頭の葉を揺らし、一拍。次の瞬間には勢いよく立ち上がっていた。
 ──それって、もしかして、デート!?
 ルビーのように赤い瞳をキラキラと輝かせて愛しい彼──サトシに飛びつく。押し倒したまますりすりと頬を擦り付ければサトシは顔を綻ばせてベイリーフの首元を撫でてくれる。

「あはは、くすぐったいってば!そんなに嬉しいのか?」
「ベイ!ベ〜イ!」

 ──それはもう、飛び上がりたいほど!
 言葉が通じない分、ベイリーフは存分に態度で示す。満足するまでくっついて、ようやく身体を退かした。サトシは上半身を起こし、ベイリーフへ話しかける。

「ベイリーフはどこへ行きたい?今日はお前が行きたいところならどこにだって付き合うぜ!」
「ベイ…」

 そう問われて、ベイリーフは考え込む。サトシと出掛けられるのならば、どんな場所だってきっと楽しいに決まっている。けれど、せっかくなら何か希望したい。
 サトシはベイリーフの前にタウンマップを広げてくれた。カントー地方は実際に旅をしたわけではないが、ピカチュウやフシギダネという先輩たちから話を聞いていてなんとなくどの町がどんな風か、などは把握している。
 きょろ、と視線をさまよわせてベイリーフの目的地がある町を探す。

「ベイ!」
「お、タマムシシティか?」

 見つけたその場所を器用に前足で示すと、サトシはタウンマップを覗き込んでくる。そこがタマムシシティだと分かると、サトシは早速立ち上がった。

「よーし!じゃあ、リザードンに頼んでひとっ飛びだ!」
「ベ〜イベイ!」

 現在のサトシはひとつの地方を旅するのではなく、思い立った場所へ何匹かのポケモンを連れてはふらっと短期間の旅に出る。そのときに選出されるメンバーはサトシの気分次第で、ピカチュウ以外は誰が選ばれるかさっぱり分からない。その為サトシと旅に出たければこの研究所で待機しているほかないのである。それを知らず、ようやく腰を落ち着けるのか、と油断していたリザードンがそこそこ後から事実を知ったときのショックを受けた顔は未だに同期組からからかわれると聞く。
 そんな経緯もあり、修行に出ていた彼も今はもうサトシの元へ戻りこの研究所で他のポケモンたちと特訓がてらのバトルをしながら待機している。
 ベイリーフが今回のメンバーは自分とピカチュウとリザードンかな、と予想しつつサトシのあとをついて行くと、サトシはリザードンとベイリーフのモンスターボールのみを手にしている。おまけに彼の相棒の姿もまだ見えない。辺りを見回して首を傾げた。

「ベーイ?」
「ん?ああ、ピカチュウなら今健康診断でいないんだ。遅くても数日で戻ってくるつもりだからついでに休んどけって言っといた」
「ベイ!?」

 ──サトシと二人きりになれる!
 ボールから出たリザードンのやれやれといった視線も気にせずベイリーフはサトシの周りをくるくると走り回った。浮かれるベイリーフを見てもサトシの反応ははしゃいんでんなあ、と呑気なものだった。
 ボールの中に入った後もカタカタと揺らしながらタマムシシティまでの空の旅を楽しむ。サトシ一人を乗せたくらいでは全く落ちないスピードで、あっという間にタマムシシティへ到着した。

「サンキュー、リザードン!」
「がう」

 町の外れで降り立ったサトシがリザードンを労る。これくらい気にするな、と返してボールへ戻っていったリザードンと代わるようにベイリーフが再び外に出る。
 タマムシシティはジムリーダーがくさタイプを得意としているからか、都会ながらも緑溢れる町で、ベイリーフにとって心地よい場所だった。伸びをするサトシを真似てベイリーフも前足を伸ばした。

「さて、これからどうするんだ?」
「ベイ!」

 ベイリーフは町外れからでも見えるくらい高くそびえる建物を一瞥すると、その方向へ駆け出した。

「わっ、待てよベイリーフ〜!」

 慌てて追いかけてくるサトシを確認して、ベイリーフはご機嫌に鼻歌を歌った。

 ベイリーフが足を止めたのはタマムシデパートの前だった。入り口でそわそわと身体を揺らす。

「欲しい物があるのか?」
「ベイ〜」

 ベイリーフは曖昧に頷いた。望むものは物、というより反応だ。
 案内板を確認してからエレベーターに乗り込み目的の階のボタンを押す。サトシはベイリーフの好きにさせていて、黙ってあとをついてくるだけだ。
 着いた階の頭上の看板にはファッションと雑貨と書いてあった。フロアの左右で人用とポケモン用に分かれており、ポケモン用のショップへ足を向ける。
 ポケモンコンテストやトライポカロンが普及し始めてからポケモン用の服やアクセサリーも年々種類が増している。ベイリーフは興味津々に棚へ目を向けた。

「そっか、ベイリーフもオシャレがしたかったんだな!でもオレこういうのはあんまり詳しくないや…、ハルカやヒカリに聞かないと…」
「ベイベイ」
「え?別にいいって?」
「ベーイ」
「オレが選んでいいのか?うーん…自信はないけどお前がいいならそうするよ」

 ──ううん、サトシが可愛いって言ってくれたら、それだけで幸せなんだから!
 気になったリボンやカチューシャをサトシが持ってきてくれたカゴへ入れていく。何点か見繕って店内の壁際にある鏡へ近付いた。サトシはそこで何も言わずとも先程カゴに入れたものをつけてくれた。

「そうだな〜……これ……いや、こっちか……?」

 ベイリーフの為に真剣に悩んでくれているサトシの姿にたまらない気持ちになる。
 今までしてきた旅のなかでたくさんの経験を積んだサトシは成長して最初に出会った頃よりずっと強くなって、性格も少しだけ落ち着いてさらに格好良くなった。そんな彼にもう何度惚れ直したのか分からないくらいだ。ポケモンと人間の違いがなんだというのだ。この気持ちは誰にだって負けるつもりは毛頭ない。

「ベイリーフ、これは?」

 サトシに見惚れてぼんやりしていると、サトシが隣の棚からそれを手にした。
 ベイリーフが覗くと、サトシが持っていたのは真ん中に金色の雪結晶が施された水色のリボンだった。

「ほら、チコリータだったお前と初めて会ったあと雪山の中で暖を取っただろ?なんだかそれを思い出してさ。……ん、似合うな」
「ベ…イ…」

 ベイリーフの首元にかざしながら目元をゆるめて言ったサトシに、ベイリーフはぽかんと口を開いた。しかしそれも一瞬のことで、すぐさまサトシへ愛ののしかかりを繰り出した。
 ──嬉しい!嬉しい…!!
 サトシが自ら選んでくれただけでも僥倖だというのに、それが出会ったときの思い出を重ねたものとなれば嬉しくて床を転がり回りたくなる。いつもは鈍感なくせに、ときおりこうして喜ばせることをするものだから、彼はベイリーフにとっての王子様なのだ。

「ベイ!!ベ〜〜イ〜〜!!」
「わ、ちょ、こらっ!ここ店内だぞ!」
「お、お客様!?大丈夫ですか!?」
「す、すみません平気です!」

 狼狽した店員に尋ねられ答えたサトシを見てベイリーフは身体を離した。サトシのこととなると周りが見えなくなるから気をつけるんだぞ、と常々フシギダネに言われているのを思い出したからだ。

「ベイイ〜」

 サトシと店員に謝れば、店員はほっとした表情を浮かべて手を横に振り、サトシはしょうがないな、と呟きながらぽんぽんとベイリーフの頭を軽く撫でた。

「サトシ様のベイリーフ、噂通りとてもなついていらっしゃいますね!」
「いやあ…ってアレ?どうしてオレの名前を?」
「そりゃもう!よく存じ上げております!!カントーで貴方を知らないトレーナーはいないと思いますが…」
「そ、そんなに!?」

 ──あーあ、始まっちゃった。
 無事に夢を叶えてポケモンマスターになったというのに、当の本人といえばいつもこれだ。有名になった自覚がまるでない。行く先々で声を掛けられる度に驚いているがそれにこちらが驚く。そろそろ己のことをきちんと知って、変装くらいしてほしいものだ。サトシ自身は気がついていないであろう、ここに来るまでに寄越された視線の数々を考えればこのあとの展開も容易に読めてしまうから。

「えーと、ありがとうございます!そうだ、これプレゼント用にお願いします」
「かしこまりました!少々お待ちくださいませ」
「……あ、あの!サトシさん!」

 ほら見ろ、早速である。
 サトシに話し掛けたのは新人トレーナーらしく、まだ服装が新しく靴もピカピカだ。興奮気味の少年は両手をぎゅっと握りしめている。

「うん?どうした?」
「よければ僕とポケモンバトルしてください…!」
「バトルか!?いいぜ!」

 ──やっぱり。
 そうは思いつつも、今ならサトシのおかげで百人力だ。どんな相手にだって負ける気がしない。彼を想って戦えば、彼はそれにちゃんと応えてくれる。その瞬間がベイリーフは最高に好きで、きっと彼のポケモンたち全員もそうなのだと思う。

「あー、やっぱ今はナシ!今日はうちのお姫様の付き添いだから…ごめん!」

 ──え、ウソ!?サトシがバトルを断った!?
 手を合わせて申し訳なさそうにするサトシを見てベイリーフは目を瞠る。売られたバトルは必ず買うあのサトシが、だ。
 しかしそちらに気を取られていたが、今サトシはなんと言ったか。ベイリーフの聞き間違いでなければうちのお姫様と言わなかったか。
 サトシの発言でベイリーフの頭上にぴよぴよとアチャモが走り回る。こんらん状態だった。
 それでも、言わなければいけないことは分かっていた。ベイリーフのことを優先してくれた、その事実だけで嬉しい。だから。

「ベーイ!」
「……いいのか?」

 服の裾を引っ張り、じっとサトシを見つめて訴える。バトルは受けて立とう、と。
 ベイリーフの意思をしっかりと理解したサトシが口角を上げる。すでに瞳は爛々と燃えていて、バトルが楽しみだとひと目でわかる、ベイリーフが一番好きな顔だった。

「バトル、してくれるんですか…!?」
「ああ!行こうぜ!」

 店員から商品を受け取るなり、デパートを出て外れの草原に来た。少年はごくりと唾を飲み込むと、腰からボールを取り出した。

「使用ポケモンは一体でいいか?」
「っはい!」
「オッケー!じゃあ始めるか!ベイリーフ!」
「じゃあ僕は……。いけっ!ガーディ!」
「相性は悪いけど…、頼むぜ、ベイリーフ」

 ──もちろん!任せておいて!
 こくりと頷く。ガーディのひのこが繰り出され、バトルがスタートした。





「〜〜〜ッ負けました!!」
「お疲れ、いいバトルだったぜ」
「そんな…!ありがとうございます…!」

 相性の問題はサトシにとってほとんど意味がない。レベルの差と、今のベイリーフの力を合わせれば勝敗が決まるのはすぐだった。負けたというのに清々しい表情を浮かべている少年は、サトシと同じくバトルを楽しんだというのもあるだろうが、憧れのトレーナーと戦えただけで嬉しいのだろう。
 ──ふふん、さすがわたしのサトシ!
 少年とサトシが握手を交わして、少年が去っていくのを横で見ていると、くるりとこちらを向いてぎゅう、と抱きしめられた。

「よくやったな〜ベイリーフ!」

 からからと笑うサトシにもっともっとと身体を寄せる。しばらくじゃれ合って、そうだ、とサトシが身を起こす。

「ほら、さっきの。じっとしてろよ…」

 身を屈めてリボンを付けてくれるサトシ。

「…よし!」
「〜〜ベイっ」
「んむっ、」

 そうしてにかりと微笑む彼に、ベイリーフはつるを伸ばしてサトシの身体を引き寄せた。ちゅ、と唇へ自身の口を押し当てる。
 ──愛してるわ!サトシ!
 少しでもこの気持ちが伝わればいいのに、と願いながら。



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